「・・・・・・・・・。」










いつものようにリノアは俺の部屋に居る。
そしていつものように俺の持ち帰りの仕事が終わるのを、本を読みながら待っている。










・・・・・・ここまででいいか。
仕事のひと段落がついたので、俺はコンピューターを終了させた。










「・・・・・・・・・。」










いつもなら、ノートパソコンを閉じた音でリノアは気がつくのに。
今日の彼女は眉をしかめて本を読んだままだった。










・・・・・・そんなに面白い本なのか・・・・・・?










俺には小説の楽しさはわからない。
文字はあくまで情報を得るためだけのものであって、それに感動したりとか、そういうことはない。
大体、人が頭の中で考えた話なんて、たかが知れている。
現実の方が、よっぽど複雑だと思う。
まあ、そんなことは彼女には言わないけど。
拗ねるのが目に見えているから。










それに小説に夢中になっている彼女を見るのは好きだ。










たまには、いいか。
俺はそう思って自分の分のコーヒーと、リノアの分のココアを淹れに簡易キッチンへと足を向けた。










***










「ごめん!!お仕事終わったんだね。わたし、全然気がつかなかった。」










キッチンから漂ってくる甘い香りと、香ばしい香り。
そのせいで気づいたのか、リノアは慌てて俺の傍へとやってきた。










「読んでていいぞ?面白いやつなんだろ。たまには俺が淹れたのでもいいだろう?」
俺がそう言うと。
リノアは少し頬を赤らめた。










もう、リノアといるようになって結構な月日が経つし、俺の笑顔なんか彼女は見慣れてるはずなのに。
まだ、慣れないらしく、初々しい仕草をする。
そんなところがリノアらしいというか、なんというか。










「んー、じゃあおまかせしちゃおっかな。」
リノアはそう明るく言って、可愛らしく小首をかしげた。
その仕草は、俺をどきりとさせた。










俺も人のことは言えないかもしれない。
向こうへ行ってしまったリノアは気づいていないと思うけど。
今の俺の顔もきっと赤い。










どうしてだろう。
彼女といるようになって結構な月日が経つのに。










いつもいつも、俺は彼女に心を打ち抜かれるような気持ちに襲われる。










***

 








「・・・・うん、おいしい。ありがと、スコール。」










俺の作ったココアをおいしそうに飲むリノア。
彼女の好みは普通より少し砂糖多め。
これも、一緒にいるようになって俺が覚えたことだ。










「さっきの本、どういう話だったんだ?」










俺の好みの少し苦めなコーヒーを飲みながら尋ねると。
彼女はまた眉を少ししかめた。










「うーん、恋愛ものなんだけど・・・・・。ちょっと読んでみて?」
リノアはそう言うと、本のある箇所を俺に示した。










「・・・・・?」










***










わたしたちの「愛」は永遠ね。
そう言うと、彼はにこりと笑ってわたしを抱き寄せた。










「ああ、永遠に僕の気持ちは変わらないよ。」
「嬉しい。わたしも、永遠にあなたへの気持ちは変わらないわ。」










お互いをぎゅっと抱き締めあって、わたしたちは微笑む。
そして、唇を寄せ合って、お互いを確かめた。










ああ、わたしたちは永遠に一緒なのだ。










***










それは、多分主人公の恋がうまくいったシーンなんだろう。
まあ、こういう小説にはありがちなことが書いてある。










「そこさー、わたし気に食わないんだよね。」
リノアはぽすっと俺のベッドに座ると唇をとがらせた。










「・・・・・・?」
よく、わからない。










「スコールはさ、永遠の愛って信じる?」
「・・・・リノアは?」
「わたしは信じてないよ。そんなの知らないし。」
「俺は・・・・わからない、な。」










俺は今で精一杯だから。
先のことなんて考える余裕はない。
だから、わからない、と言う答えしかなかった。










「永遠に同じ愛情なんて、ないと思う。だって、わたしは昨日より、今日のスコールの方が好きだよ。
これ以上好きだと思えないほど好きなのに、でももっと好きになってくんだよ。不思議だね。」










リノアは俺をまっすぐ見据えて言った。
それから俺を見つめたまま、大輪の華が開くように笑う。
鮮やかに、咲き誇るように。










「毎日あなたのことが好きになる、そんな素敵な日々がずっとずっと続くといいな。
毎日同じじゃなくて、毎日違うの。
そういう日々を、わたしは欲しいな。」










ーーーーーーーそんなことを、綺麗に笑いながら言う彼女に、俺は言葉をなくした。










ああ、そうだ。
俺は彼女のこういう前向きな考え方に惹かれたんだ。










俺はどうも後ろ向きに考えてしまうところがあるけど。
リノアはいつも前を見ている。
今までもそうだったが、これからもきっとそうなんだろう。
そして、俺もそれに影響されていくんだ、きっと。










これだけ一緒にいれば、もう相手のことをわからないなんてことはないと思うのに、それでも俺は
今でも毎日彼女に驚かされて。
そしてその度ごとに。
俺は彼女に魅了されてしまうんだ。










「確かに、そうだな。」










俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
俺の頭の中にも、永遠なんていう言葉は存在しない。
永遠に同じ、なんていうことはありえない。
今までは、後ろ向きな意味でのそれだったけれど。
リノアのように前向きなそれはなんて眩しいんだろう。










いつもそうだ。
リノアはいつも俺の前で眩しく輝いていて。
俺の心の暗闇をも、光で塗りつぶしていく。










俺がベッドに座る彼女の隣に腰掛けると。
彼女はにっこりと微笑んだ。
俺はその微笑につられるように、彼女の唇をふさいだ。










この甘さもきっとココアのせいだけではなくて。










リノアから漏れる甘い溜息も何もかも。
毎回俺を惑わす媚薬となる。










今、俺がリノアのことをいとおしいと思う気持ちは、思った瞬間に消えていく。
でも、それでいいんだ。
次の瞬間に、もっといとおしいと、そういう気持ちを持てるから。
今思う気持ちと、明日思う気持ちはきっと違う。それがいいんだ。
ずっと永遠に同じ、なのではなくて、いつも可変するそれは、とても楽しいから。
とても素敵だから。










昨日より今日。
今日より明日。
お互いを大事に思える日々を過ごしていけるといい。










甘いココアの淹れ方を知らなかった俺が、それを覚えて。
苦いコーヒーの淹れ方をわからなかった彼女が、それを覚えたように。
昔の自分と今の自分は全然違う。
だったら、気持ちだって全然違って当たり前。










それでも、そんな明日は怖くない。
なぜなら。
このまま素敵な日々がずっと続いていくといい、そういう夢を俺達は共に見ているから。










end.