2.絡めた小指に集まる意識
(FF8・Zell×Pigtail girl)


「おっす。」
「こんにちは、ゼルさん。」
「こないだ頼んでた本、もう入ってる?そろそろかなあって思ってさ。」
「はい、昨日返却されましたよ。」


 ちょっと待ってくださいね。そう言うと、彼女は三つ編みの髪を肩口でそっと揺らして立ち上がり、図書委員席の後ろ側にある本棚の方へと歩んでいった。そんなところまで、なんつーか優等生っていうか、行儀がいいんだなあとちょっと感心してしまった。俺は、というと、頬杖をついて図書委員デスクに寄りかかっている状態だ。行儀の悪いことこの上ない。


「この、本ですよね?」
「サンキュ。それそれ。」


 そっと差し出された本は、確かに俺が先日貸し出し希望を出していたものだった。俺はにかっと笑って、それを受け取る。ずしり、と手に重みを感じた。そういや、本って結構重いよなあ。文庫とかはそうでもないけど、図鑑やこういった専門書なんてかなりの重さだったりする。


「ここに名前書いてくださいね。返却は、2週間後です。」
「あ、うん。」


 貸し出しカードを差し出されて、俺はそれを受け取って名前を殴り書きしはじめて。ふ、とさっき彼女が行った本棚を見た。それは可動式の本棚で、高さは大体俺の胸のあたりくらい。それはいいんだけど、そこに載っている本の量が。何であんなに載せてんだ?ってくらいてんこもりだった。


「なあ、アレ。」
「・・・・・・はい?」
「今、アンタがこの本取ってきた本棚。随分本が多くねぇ?」
「・・・ああ。」


 彼女は、なるほどというように、ふわりと柔らかく微笑んだ。


「先日、ガーデンの中間試験が終わったばかりでしょう?ちょうど返却されてきた本が多い時期なんですよね。」
「ああ、みんな試験勉強で借りてて、終わったから返却、ってやつ?」
「そうです。大体、毎回試験後はそうですよ。」
「・・・・・・それにしたって多くね?」
「だってゼルさん。ガーデンは学生も多いから当たり前ですよ。」
「そうだけどさぁ・・・・・・。」


 そうなんだけど。彼女の言っていることは至極当然のことなんだろうけど。それにしたって量多すぎだろうがよ、と思う。見渡せば、彼女以外の図書委員は居なかった。もしかして、一人であの量を本棚にしまっていくつもりなんだろうか?


「これ、全部アンタがしまうの?」
「そうですよ。今日はわたしが当番の日ですから。」
「一人で?」
「ええ、そうですけど。」


 それが何かおかしいことがあるのか?という感じに、彼女は小首をかしげた。あの量の本を全てしまうのに、一体どれだけの労力と時間がかかるのか、本当に彼女は分かってるんだろうか?また、試験用だっただけあって、クソ厚い本ばっかりだし。
 ・・・・・・あー、もう。
 放っておけるわけなんか、ないじゃないか。


「俺も手伝ってやるよ。二人でやればすぐに終わるし!」
「えっ」


 俺が出した提案に、彼女は目を丸くして驚いて。それから慌てたように手を振った。


「いいですよ、いつものことだし慣れてますから。
 ゼルさんこそ、お忙しいのに。」
「俺、今は暇だぜ?だから図書室に来てるんだし。」
「あ、そうですよね。でも、そんなせっかくの休暇に悪いですし・・・。」
「いいよ、大丈夫。俺、基本的に身体動かすの好きだしさ。」
「でも・・・・・・。」


 なおも言い募って、俺の提案を遠慮する彼女に、俺は人差し指を立てて言った。


「あ、そしたらさ。本しまいおわったら、何かご馳走してよ。それで貸し借りなし、チャラ。
 いいだろ?」
「・・・・・・本当に、いいんですか?」
「ああ、いいぜ。
 でも、何だかむしろ俺の方が得してるみたいな感じになっちゃうな。あ、奢ってくれるのはパンでいいから。」


 そこまで言うと、彼女はハの字に顰めていた眉をやっと開いて、それからほんのりと微笑した。あ、やっとその気になってくれたみたいだな。そう思って、俺もにっかり笑った。そして小指を立てて彼女に差し出す。


「じゃ、取引成立だな。ほい、指きり。」
「指きり?」
「約束するときは、指きりげんまんじゃん。」


 近所のチビとかと約束するときはいっつも、「ゼル兄ちゃん指きりー!」と言われていたから、どうも癖になってんのかもしれなかった。いつものように指を出したのだけど、彼女は面食らってびっくりしたようだった。あ、もしかしてやばかったかな。そう思って、でも一度出してしまった指はひっこめづらくて、どうしよっかなーとぐるぐるしてたら。
 そっと。
 そっと、ちいさくて細い小指が、俺の小指に絡まった。


 ・・・・・・ビックリ、した。
 女子の手、って、こんなにちいさいくて柔らかいもんなんだろうか。何か、乱暴に扱ったら壊しちゃいそうな。母ちゃんが大事にしているガラスの細工人形よりずっと。まるで、そこにあるのが奇跡みたいに。


「ん、じゃあ約束な!」
「はい。」


 何でもないように、俺はそっと指切りをして、それから後ろを振り返った。いつものことと同じように、後ろ向いて頭に手をやりながら口笛なんて吹いたりして。後ろを向いてしまったから、彼女がどんな表情をしたのかは見ていない。でも、俺は自分の表情も見られたくなかった。


 だって、俺、今ヤバイ。
 超ヤバイ。ルブルムドラゴンにぶちあたったみたいに、ヤバイ。
 自分から言い出したくせに、ああ、指きりなんて誘うんじゃなかった。身体のほんの一箇所、全体からしてほんの一部分触れているだけなのに、そこが俺の身体全てを支配しているような。触れていた部分が、熱くてじんじんする。
 何だ、コレ。
 俺、何なんだ?ぜんっぜんわかんねぇ。


 とりあえず、さっさと片付けようぜ!そんなことを言いながら、返却用本棚のところへ行くのが精一杯だった。


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意識したら、もう止められない。