1.Rose de Champs
(FF8・Squall×Rinoa)


 どこからか、囁かな歌が聞こえてきて、スコールは読んでいた書類から目を上げた。自分の家で歌を歌う人間なんて、1人しかいない。やはり、その人物は楽しげに皿を拭いていた。


「リノア。その歌は?」
「あ、ごめん。煩かった?」
「いや、そんなことはない。」


 スコールがリノアに声をかけると、リノアはくるりと振り返って、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。そんな彼女にスコールは笑って手を振り、そして彼女が拭き終わった皿を次々に仕舞っていく。わたしがやるのにぃ、そんな不服そうな声が小さく聞こえてきたが、それについては綺麗に無視をした。スコール自身はリノアに付き合って家事をすることを全く厭わないのだ。リノアはそれについて、出来れば自分だけでやりたいと思っているようだが、一緒に何かをするということが案外楽しいので、気がついたときはいつも手を出してしまっている。


「お仕事、一段落着いたの?」
「ああ。ちょっと休憩。」
「じゃあ、お茶でもいかが?」
「有難う。」


 リノアのお茶の誘いに微笑んで頷き、スコールはダイニングの椅子に腰掛けた。リノアはまた楽しそうに鼻歌を歌いながらお茶の支度をしている。スコールは手際よく支度をしているリノアをただ眺めていた。リノアがそんなスコールの視線に気づいて、にこり、と笑う。それに笑みを返して、スコールはまたリノアを見ていた。


「そんなに見られてると、何だか恥ずかしいよ。」
「そうか?」
「うん。ドキドキして、手元が狂いそう。」


 少しだけ頬を赤らめながら、リノアは口を尖らせて文句を言う。そうは言いながらも、リノアは慣れた手つきでお茶を淹れていった。何やらせても不安で仕方なかった最初の頃が、まるで嘘のようだ。


「はい、どうぞ。」
「有難う。」


 そっと琥珀色の液体をなみなみと注いで、リノアはスコールに差し出した。それを受け取り、スコールは一口飲む。ほんわか、とした暖かさと香りが身体に染み入るようだ。ふと思いついて首を左右に曲げてみると、確かにコキっという音がした。ずっと書類読みをしてたからだろう、身体は酷く固まっていたようだ。
リノアがくすくす、と笑う。


「ずーっとデスクワークしてたもんね。身体固まっちゃったでしょ?」
「そうだな。やっぱり身体動かす方が性に合う。」
「わたしもよく、本を夢中になって読んだりすると肩痛い〜とか思ったりするよ。あ、そうだ。ちょっと揉んであげる。」
「え?」


 スコールの返事を待つことなく、リノアはいいこと思いついた、というように明るくぽん、と手を叩くとさっさとスコールの後ろに周り、スコールの肩に手を載せた。小さな、柔らかい指がスコールの肩先から背中に這わされる。その感覚に少しだけ艶のあるものを感じて、スコールはドキリとする。しかし次の瞬間、ぐいっと力をいれてツボを押されて、思わず声を上げてしまった。


「いってーーーー!!」
「痛いくらいが気持ちいいんだよ、スコール。結構凝っちゃってるから痛いんだよ。ちょい、我慢して。」
「いや、もういいって、マジで。・・・・・・って、いててて・・・・・・!」


 リノアはスコールの文句に構わず、ぐいぐい、とスコールの肩の筋肉を揉みほぐしていく。一体あの細くて小さな指のどこにこんな力があるのか。恨みがましいスコールの視線にも構わず、リノアは一通り揉みほぐして。それから、そのままスコールの首に手をかけ、後ろから彼の顔を覗き込んだ。


「どう?大分楽になった感じ、しない?」


 リノアがウキウキと期待に満ちた顔で覗き込んでいる。じろり、と少しだけスコールは恨みがましく彼女の顔を見てから、そっと首を回してみた。先ほどよりずっとスムーズに動く。肩にズドンと重いものでも載っていたような感覚は、綺麗に消えている。


「まあ、確かに良くなったかもな。」
「でしょ?」
「でも、痛かった。」
「だから、痛いくらいが効くんだってば。」
「この指の、どこにあんな力があるんだ、全く。」


 スコールが眉を顰めながら言う文句に、リノアはクスクスと笑いながら言い返してきた。そんな彼女の指先に、スコールはそっと触れる。いつだってしっとりとして触り心地のいい肌は、少しだけかさりとざらついているように感じた。そっと唇にリノアの手を持って行って、触れてみる。唇に感じる感触も、やはり少しだけ引っかかるものを感じた。リノアが頬を赤らめて自分を見ていたが、それに構わずスコールは彼女に訝しげに問うた。


「リノア、少し手荒れてる?」
「あ、さっき食器洗いしたあと、何もしてないからかも。今日は色々水仕事してたから、脂分が抜けちゃったのかもね。ハンドクリーム塗れば治るから。」


 スコールの問いに、リノアは笑ってそう答えて、そして食器棚の端の引き出しから1つのチューブを取り出した。それはピンクの花びらがポップにデザインされているものだった。


「これねえ、新製品なんだって。見た目可愛いし、香りも良かったから買ってみたの。」
「ふうん。・・・・・・ちょっと貸して。」
「どうぞ。」


 リノアからそのチューブを受け取り、スコールはそっと開けて香りを嗅いでみた。確かに瑞々しい花々の香りがする。基本はバラの香りだが、それだけじゃない、春の陽だまりのような香りがした。
 ぷにゅ、と軽く押して中身を指先に載せると、リノアが首を傾げた。


「なあに。スコールもそれ、使ってみたいの?」
「まさか。手、貸して。塗ってやる。」
「え、いいよ。自分で出来るよ。」
「いいから。さっきの肩揉みの御礼。」


 リノアがスコールの言葉に驚いたように、手を引っ込めようとした。それを握ることで押さえて、スコールは丁寧にリノアの指先にクリームを塗っていく。ん、という声が微かに漏らされた。それに気づかぬふりをして、スコールは丁寧に、ゆっくりとクリームを伸ばしていった。


「よし、出来た。」
「・・・・・・ありがと。」
「どういたしまして。」


 視線をリノアの顔に向けると、リノアは少しだけ惚けた表情をしていた。黒目がちの瞳は少しだけ潤んで、頬を赤らめて。その表情が意味するところを知りながら、スコールは何でもないように手を離した。そして、また紅茶を一口飲む。
 リノアはそっと手を胸元で握りしめていた。


「いい香りだな。花畑にいるみたいだ。」
「・・・・・・そうね。わたしもそう思って、試してみたくなったの。」
「そうか。」


 何でもないように紅茶を飲みながらスコールはリノアの言葉に答えていく。リノアは頬を赤らめたまま口を尖らせた。
 絶対、今わたしがどんな状態なのか分かってるくせに。スコールは意地悪だ。だけど、わたしだってやられてばかりはいないんだから。見てなさい。


「・・・・・・ねえ、スコール。」
「何だ。」


 リノアはスコールに呼びかける。スコールは紅茶の入ったカップを机に置き、リノアに向き直った。そんな彼の頬を両手で押さえて、そして目を見開く彼に構わずそのまま口づけた。スコールは、くすりと笑みを零しながらリノアの口づけに応えていく。どちらが主導権を握っているのか分からないような状態になってから、リノアは唇を離した。
 スコールはやっぱり笑っていた。リノアはむうっとした顔をして睨んだ。


「スコールがいけないんだから。あんなえっちい触り方するから。」
「それはどうも。」


 辺りに満ち溢れる、花々の咲き乱れる香り。それは、リノアの小さな指先からだけではなくて、スコールの首筋にも、頬にも移って、2人を包み込んだ。


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タラシ修行中