2.Peony
(FF8・Alse×Quistis)


 シャワーも浴び終えて、さあこれからボディミルクでも塗ろうかしら。そんなことを思ってキスティスがボトルを手にとった瞬間に、ピンポン、とドアベルが鳴った。
 バスルームについているテレビ式インターフォンで、来客の確認をする。そこには、蜂蜜色の髪をして不機嫌そうに肩を竦める人がいた。


「アルス?」
「・・・・・・寒い。」


 インターフォン越しにキスティスがそう呼びかけると、開口一番むっつりとアルスはそう言い放った。今日は海から冷たい風が吹き付けている1日だった。そういや、あの人は風の強い日も嫌いなんだったわ。髪が乱れてうっとおしいから。晴れてる日は「暑い」と文句を言うし、アルスには一体好きな日っていうものがあるのかしら?
 少しだけ苦笑を漏らしながら、キスティスはアルスに話しかける。


「ごめんなさい、私今シャワー浴びたばかりなのよ。ドアを開けることが出来ないの。」
「分かった。」


 アルスはキスティスの言葉に軽く頷いた。そして、ブチッとインターフォンが切れ、代わりにガチャりと扉が開く音がした。
 アルスには、随分前に自分の家の鍵を渡してある。自由に入っていい、そう言っているのに、彼はその鍵を使って自由にキスティスの家に入ることはほとんどなかった。いつもキスティスがいるときにだけ訪れ、そのときも勝手に鍵を使って入ってきたりもしない。必ずインターフォンを押し、キスティスが在宅しているかどうか確認し、さらに彼女に扉を開けてもらう。徹底している。
 彼が鍵を使うのは、そうこんなときくらい。どうしてもキスティスが表に出られないとか、そういうときだけ。女にだらしないとか、無数の彼女がいるとか、色々噂されていて、実際もそのようなものだった癖に。アルスは、そういうところは妙に潔癖だった。


 カツカツ、と革靴の立てる音が段々と近づき、そっとバスルームの扉がノックされる。キスティスの、「どうぞ」という声のあとに、扉は開かれた。キスティスが開かれた扉の方を見ると、黒いコートを片手に持ちながら、蜂蜜色の髪を乱れさせている人が立っていた。
 キスティスがくすくす、と笑いながら一筋、二筋と乱れて額から目に落ちているアルスの髪を掬い、後ろへと撫で付けてやる。しかしやはり、彼の髪はもうおとなしく撫で付けられてはくれなかった。一度あげたはずの髪が、またさらさらと前へと落ちてくる。アルスは思いっきり顔を顰めた。


「ダメね、元に戻らないわ。」


 小首を傾げて、キスティスはそう笑う。アルスは自分でざっと前髪を後ろへかき上げた。いつも丁寧に撫で付けられている髪は、ぐしゃぐしゃに乱れてしまった。ばさばさ、と髪の束が彼の眉、目を隠していく。


「全く面倒くさいったらないな。一度こうなると、もう駄目なんだよ。」
「貴方の髪、全くクセがないストレートだものね。今日は風が強かったし、セットも持たなかったのかも。」
「そうかもな。」


 キスティスの言葉にそう答えて、アルスは溜息をついた。そして、持っていたコートをぽん、とバスルーム外へ放り投げた。そのまま、キスティスの腕を掴んでぐいぐいとバスタブに近づいていく。
 キスティスは慌てたようにアルスに問いかけた。


「あの、ちょっと。」
「何。」
「貴方、お風呂入るの?」
「悪い?」
「いえ、それはいいんだけど。何で私も連れてこられてるのかしら?」
「俺が風呂入るから。」


 片手でキスティスの手を握り、もう片方の手はさっさとネクタイを外し、シャツのボタンを寛げながら、アルスは簡潔にキスティスの質問に答えていく。キスティスは慌てたようにアルスの手から逃れようとした。不意に、握り締める手から逃れようとしているキスティスに気がついて。アルスは歩みを止め、不審そうな顔で首を傾げた。キスティスはアルスに言い募る。


「あのね、私、さっきお風呂入ったばかりなのよ。」
「そうだろうな。だってお前、バスローブ姿だし。」
「だから、お風呂入るなら貴方一人で入ったほうがいいんじゃない?お湯も入れ替えるし。」
「いいよ、そのまんまで。」
「・・・・・・いいの?だって、私シャワージェル入れちゃったわよ?」
「別に構わないだろ。」
「え?だって、こんないかにも女の人の香りがついちゃったら、貴方嫌でしょう?」


 伺うようにそう零したキスティスに、アルスは少し目を見開いて。そしてそっと屈んでキスティスの首筋に顔を埋めた。くん、と香りを辿ると、ほのかにシトラスフルーツからバラ、様々な花の香りに満ち溢れている。キスティスからいつも零れ落ちる香り、それが確かにそこにある。それは華やかで甘い香り。男の自分からその香りがしたら、少々気色悪いと思われるかもしれない。キスティスはそう心配してくれているのかもしれなかった。
 ーーーーー全く。馬鹿じゃねえの。
 アルスはくすり、と笑みを漏らす。そのとき立てた吐息が、そっとキスティスの首筋を撫で上げた。その刺激に、キスティスはぴくり、と肌を粟立たせる。


「俺がお前の香りを纏ってて、何か問題が?」
「・・・・・・恥ずかしく、ないの?」
「全然。女の香りを身に纏ってるなんて、男の勲章じゃないか。自慢の種ならともかく、恥ずかしいなんてある訳ないだろ。」
「・・・・・・。」


 臆面もなくはっきりとそう言い切られて、キスティスは空いた口が塞がらない。やっぱり、この目の前の蜂蜜色の髪をした男は、とんでもないと思う。とりあえず今まで、こんな男の人に会ったことがない。いつだって自分の思う通りに行動して、私を振り回す。でも、私はその手を振りほどけないのだ、どうしても。 私だけじゃない、この手を振りほどける女の人なんているのかしら、そうとまで思う。
 じいっとキスティスはアルスを見つめる。そんな彼女に、アルスは面白そうな顔をしていた。


「キスティス、何か反論は?」
「・・・・・・。」
「じゃ、ほら、さっさと脱いで。風呂入るぞ。」
「・・・・・・!じ、自分で出来ます!!」
「あっそ。」


 反論は、なんて聞かれて何か言うことなんて、出来ない。そんなことが出来るなら、私、ここまで貴方に落ちてはいなかった。
 じとっと少し潤んだ瞳で上目遣いに睨むキスティスに構わず、アルスはどんどんと服を落としていく。そのあいだも、まるで時間が止まったかのようにキスティスは固まって動かない、いや動けなかった。そんな彼女に、アルスは少しだけ眉を上げ、そして彼女の腰に巻きついている紐を解いてバスローブを落とそうとする。その手に気がつき、キスティスは真っ赤な顔をして手で押さえた。いつまで経っても、まるで少女みたいに初々しい。アルスは笑って手を離し、そしてさっさと全てを脱ぎ去るとバスタブに入ってしまった。


「うわ、結構匂うな。」


 ちゃぽん、という音がした後、アルスのそんな声が聞こえる。だから言ったじゃないの、そう思いながらキスティスはゆっくりとバスローブの腰紐を落とした。


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自覚しているタラシ