4.Verbena (FF8・Irvine×Selphie) 「また買ってきたの、アービン?」 「だっていい匂いでさあ、これ。ほら、セフィも嗅いでみなよ。」 自室に戻ると、やあ!という顔でアーヴァインがアタシの椅子に腰掛けていた。手にはちいさなビンがある。また化粧水とかクリームとかの類だろう、アタシはビンの形からそう判断してげんなりとした。アーヴァインはそんなアタシの様子にも臆することもなく、いつもどおりにこにこと笑っている。 ーーーーー何だかなあ。 アタシは何ともいえない気持ちになりながら、洗面台へと向かった。いつもどおり、勢いよく水を出して、ばしゃばしゃと盛大に顔を洗う。石鹸をがしがしと泡立てて、さっさと顔を撫でるようにして、それからまた水で勢いよく洗い流した。タオルで水気をふき取って、あーさっぱり。アタシは外出から帰ると必ず顔を洗う。外に出てほこりっぽく、脂っぽくなってしまった肌を綺麗にしたいっていうのもあるし、冷たい水で洗うと気持ちが切り替えられるようなそんな気もするから。さっぱりとした爽快感がたまらなく気持ちいいし。 ふう〜と満足げな溜息をつきながらごしごし顔を拭いていると、アーヴァインが洗面台を覗き込んだ。そして、溜息をひとつついた。 「セフィ・・・・・・そのおじさんみたいな洗顔止めない?石鹸と水で洗顔って、それ子どもかおじさんがやるタイプの洗顔だよ?」 「いいの、これが気持ちいいんだから!どうせアタシ化粧なんてしてないし、石鹸でたくさん。」 「メイクだってさ、ほんのり軽〜くしてみたらいいじゃん。これからの季節、紫外線も強くなるよ〜。肌荒れるよ?」 アタシはうんざりとした表情でアーヴァインを見た。もう、何だってこの人は男の癖にこんなに煩いのよ?いいじゃない、アタシ、化粧とか好きじゃないんだもん。めんどくさいってのもあるけど、何より、色々肌に塗ると、何か息苦しいようなそんな感じしない?毛穴がふさがれて、息が出来ないみたいな。アタシは皮膚呼吸している動物じゃないから、息苦しいなんてそんなの気のせいだと分かってるけど。でも、何か気持ち悪いんだもん。 返事をしないでアタシは顔をタオルで拭き終わると、そのままコーヒーでも淹れようかと簡易キッチンへと向かった。アーヴァインがあー、と言いながらまたついて来る。 「なあによ?」 「セフィ、洗顔の後すること忘れてる!顔を洗ったあとは、化粧水つけなきゃ!肌カピカピになるよ!」 「いいんだって!この洗い立てのツッパリ感が気持ちいいんじゃん。何かつけてしっとりさせるなんてゴメンやわ。」 アタシはそう言い放って、胸を張った。この前、アーヴァインが「これお勧めだよ。」と言って持ってきた乳液のことを思い出す。アレは本当に参った。もらっておいてつけないのも悪いかな、と思って、一度だけつけてみたんだけど。ヌルヌルとして、いつまでも自分の肌が脂っぽい感じがして、本当に気持ち悪くてもう一回顔洗っちゃったもんね。冬の荒れた肌に保湿効果抜群なんだよ、とか何とか言ってたけど、ああいうのはマジ勘弁だわ。使う気しなかったから、リノアにあげちゃったもん。 きっぱりと、妙に威張って言い切るアタシに、アーヴァインははあ〜とやるせない溜息をついた。何でこの子はこうなんだろうね・・・そんな呟きまで聞こえてきた。悪かったわね。 それでも、アーヴァインはめげずに、アタシに持ってきたビンを差し出した。淡い黄緑色のガラスビンには葉っぱのレリーフが透かし彫りされている。 「これ、つけるといいよ。今のお勧め!」 「・・・・・・やだ。めんどくさい。」 「爽やかな香りだし、気持ちいいって!要するに、しっとりするのが嫌なんでしょ、セフィは。これはさっぱりするから!そこは保障するよ、うん。」 「・・・・・・なんでそんなに自信満々に言い切れるのよ?」 良くいる商店街のオバチャンみたいに、超押しが強くアーヴァインはアタシにその化粧水を勧める。ホント何なんだろ、コノヒト。アタシが化粧水つけようがつけまいが、はっきり言ってどうでもいい話じゃない?何でこんなにお節介なのよ。 アタシがいかにも胡散臭そうにアーヴァインに尋ねると。彼はにこにこしながら言い切った。 「だって、これ買うときお試ししたもん、僕。」 「ん?これ、ユニセックスなの?男性用でもあるって訳?」 「ううん、女性用だよ。」 「・・・・・・女性用なのに、お試ししたんだ・・・・・・。」 「だって、使ってみなくちゃ分からないでしょ。」 「そうだけどさ・・・・・・。」 そうだけど、でも一般的に男の人は、女性化粧品売り場に行って、実際試してみて買うなんてしないんじゃない?何でそんなことしてるわけ、コノヒト?アタシの頭の中で、女の人に混じって、鏡見ながら化粧水をつけてるアーヴァインの姿がポンっと浮かんだ。 ・・・・・・ちょっと、ううん結構キモイわ。 アタシが乗り気じゃないのに、アーヴァインはやきもきしたんだろう。いきなりアタシの手を引っ張った。そのまま居間へと連れて行こうとする。 「ちょっとちょっと、何よ?アタシ今コーヒー淹れてるんだけど!」 「どうせセフィはめんどくさいーってつけなかったり後回しにしたりするから。だから僕がつけてあげる。」 「ええ!?ちょっといいよ、やだよ。」 「だいじょーぶ!優しくするから。」 やだやだ、と暴れるアタシに構わず、アーヴァインはどんどん歩いてアタシをソファに座らせた。普段当たりが柔らかいくせに、こういうとこ強引だわ。アタシが立ち上がれないように、がっちり前に座り込んで、そしてアーヴァインはビンの蓋を開けた。 ふわり、とレモンみたいな香りが広がった。あ、結構いい香りかも。さっぱり、気が引き締まるっていうか。 アーヴァインはビンを振って掌に適量化粧水を出した。 「セフィ、目を閉じて。」 「・・・・・・ハイ。」 ホントはやだって言いたかったのよ。だけど、目を閉じて、って言ったときのアーヴァインの顔と声が妙に真剣で、そして瞳の色も深い青だったから。アタシは逆らえなくて大人しく目を瞑った。 そっとアーヴァインの大きな掌がアタシの頬を撫でた。アーヴァインは大きいから、アタシの顔なんて片手で覆いつくせるかもと思う。けど、彼は丁寧に両手でアタシの顔に、化粧水をなじませた。アタシが普段やるみたいに、バシバシ叩いて気合いれるみたいなやり方じゃなくて、大きな掌を使ってそっと押さえながら馴染ませていく。ちょっと体温の高いアーヴァインの掌が、何だか気持ちいい。 「さ、いいよ。目、開けて。」 アーヴァインの優しい声がして、アタシはそっと瞳を開いた。目の前に、アーヴァインの満面の笑顔があった。酷く優しくて暖かい。アタシは思わず顔を赤らめてしまう。 アーヴァインはそんなアタシに構わず、にこにこと言葉を続けた。 「どう?そんなにしっとりしないし、いい香りでしょ?触ってみ?」 「ウン。」 アタシはぱちぱち、と頬を叩いてみた。確かに前の乳液みたいなねっとり感っていうのはない。むしろさっぱりツルツルという感じで気持ちいい。香りもレモンが主体のさっぱり目なもので、アタシの趣味に合った。 「あ、ありがと。これなら大丈夫そう。」 「良かった。これからもちゃんと使ってね?」 「ウン。」 アーヴァインの言葉に、アタシはこくりとちいさく頷いた。毎日使うかどうかは・・・、まあアタシが覚えてればの話なんだけど。でもそう言い返す気分でもなかったから、アタシはただ頷くことしかしなかった。 そんなアタシを、アーヴァインは嬉しそうに見た。その笑顔は本当に邪気が無くて、昔小さい頃に良く見たものと不思議に重なる。何だかアタシはドキドキした。 「うーん、でもセフィ顔ちっちゃいよねえ。化粧水余っちゃったよ。」 「そうなの?」 アーヴァインは自分の掌を見ながらそんなことを言う。アタシが覗き込むと、アーヴァインの掌にはまだもう1回くらい使えるんじゃないのと思えるくらいの化粧水が余っていた。でも、こういうのって余ってもどうしようもないよねえ?ティッシュで拭って捨てちゃうしかないんじゃない?アタシはそう思って、ティッシュの箱を探した。そんなアタシに、アーヴァインは優しく首を振った。 「アービン?」 「これ良い香りだし、もったいないよ。こうしちゃう。」 そう言うと、アーヴァインは自分の掌で自分の顔をそっと押さえた。残っている化粧水を全て自分の頬や鼻、額に馴染ませていく。ひととおり馴染ませて、そしてアーヴァインはアタシの顔を見てにこり、と笑った。 「ねえ、それ女性用なんでしょ?いいの?」 「うん。さっぱりしてるし、いい香りだしね。男の僕がつけててもおかしくないし。」 「まあそりゃあそうだけど。」 「でもさあ。」 アタシが不承不承頷くと、アーヴァインは少しだけ照れくさそうに笑った。そして、モジモジとして言い放った。 「おんなじ香りさせてると、誤解、されちゃうねえ。みんなに。」 「・・・・・・はあ?」 何言ってんの、この人。前に、そんなことをリノアがスコールに言ってるの、アーヴァインと一緒に覗き見したことあったっけ。あんときのリノアはすっごく可愛くて、ぶっきらぼうで愛想なしのスコールでも結構ぐらりと来たんじゃないの?なんて後で笑ったりしたんだけど。 ーーーーーうん、ごめん。正直キモイわ。 リノアがやれば可愛い仕草でも、ガタイのでかいアーヴァインがやるとやっぱりキモイ。本人可愛いつもりで言ってるみたいだけど、はっきり言って逆効果。 「アーヴァイン、言ってもいい?」 「何?セフィ。」 「ごめん、やっぱりアービン、キモイわ。」 「ええ!?」 アタシの言葉に、アーヴァインは本当に心外だったみたいでものすごくショックを受けた顔してた。ほんの少しだけ可哀想かなとも思ったけど、でもさっきのはアタシの正直な気持ち。アービン、アタシの正直な気持ち知りたいっていつも言うわよね?またおんなじことされてもかなり引くもの。きっぱりはっきり言うのも優しさだと思うわ、アタシ。 酷いよ、セフィ〜と情けない声をあげるアーヴァインに、アタシはほんのり微笑んでから、放ったままにしてあるコーヒーを取りにキッチンへと向かった。 ************* タラシになりきれないタラシ |