Driving 〜柔らかくて甘いお菓子のような君〜










「もしもし?」
「ああ、俺。今からガーデン出るから。」
「おっけー!!じゃあ、45分の特急だから、7時に駅だね?」
「ああ、でも気をつけろよ?」
「了解でっす!!」










ガーデンから帰る前に、必ずリノアに電話を入れる。
ここのガーデンはまだ出来たばかりで、駐車場なども整備されておらず。
やむなく電車通勤をしている俺を、リノアは毎日送り迎えをしてくれている。










「レオンハート査察官、今からお帰りですか?」
「ああ、そうです。お疲れ様です。」
「お疲れ様です。」










査察官の仕事を始めて、もう2年。
この仕事は、それなりに楽しい。
SeeDでいた頃よりも今のほうが仕事は楽しい。
ただ命令に諾々と従っていればいいSeeDとは違い、今の仕事は
これからのガーデンを見据えて、そのための指針を出していく仕事だ。
難しいが、やりがいはある。










「レオンハート査察官のご自宅は少しここから遠いんでしたね?」
「空き家がなかったんですよ。」
「査察官という仕事はかなり急に赴任先が決まりますしねー。」










このガーデンの教師たちと話をしながら、駅へと向かう。
彼らはガーデンの近くの町の寮に住んでいることが多い。
俺のように一軒家を借りるケースのほうが珍しい。










「それじゃあ、また明日。」
「ええ。また明日。」










駅で別れて、俺は約束どおりの特急に乗る。










しかし、リノア、スピード出したりしていないだろうな。
家から最寄の駅までは高速道路使って25分。
少し遠い。
だからこそ心配なんだが。










でも、彼女はドライブするのが好きらしい。
心配だけれど、それでもいいかとも思う。
君が幸せそうな顔を見るのが俺は好きなんだから。










昔、何かの本で読んだ。
女性は、甘いものとやわらかいもので出来ているって。
確かにそうかもな。










毎日顔を見て、一緒に眠って。
昔からは考えられないくらい、二人でいるというのに。
この特急がもっと早く君のところへ連れて行ってくれないかとか、
そんなことばかりを考えている。
すぐにでも、君に会いたい。
一分でも長く、君を独占していたい。










俺はきっと、いつまでも子供みたいなんだろう。
砂糖のように甘く、そしてプリンのように柔らかい君が俺の心を捉えて
離さない。
君がいないと、何か寂しくて仕方がない。
まるで、お菓子のように、俺を虜にするんだ。
食べなくても生きていけるのに、知ってしまった後では、もうそれなしの
生活なんて考えられないくらいに。










俺は君に囚われている。










***










「ただいま、リノア。」
「お帰りなさい。」










俺が電車から降りると。
リノアはもう待っていた。










いったいいつから待っていたんだろう?
あの電話の後すぐに家を出たとしても、ちょっと早いよな。
また、車を飛ばしたな?
本人は俺にばれていないと思っているみたいだが、知ってるぞ。










電車から降りた乗客たちが、こちらをちらりと見ていく。
リノアは目立つからな。
どこにいても、その周りがぱあっと明るくなるような可愛らしさで
すぐにわかる。
それは長年見慣れているはずの俺でさえ、うっかりする見つめてしまうくらいに。
こんなことは、リノアには言わないけれど。










「リノア、鍵。」










そう言って、俺はリノアに手を差し出した。










「えー?いいよ、スコール疲れてるでしょ?
わたしが運転するよ。」










リノアはそう言って、首を振る。
二人でいるときに、リノアが車の運転をすることはあんまりない。
いつも俺がリノアから鍵をとりあげてしまうから。










どうしてかなあ。
リノアはちょっとむうっとしたようにたずねる。
俺は、少し溜息をついた。










別に、リノアの運転が不安だとか、嫌だとかいう訳じゃない。
リノアはそれほど車の運転は下手ではないと思うし。
ただ、リノアが運転していると、俺はなんとなく落ち着かないんだ。
なんだか、リノアが遠く感じられるから。
ただの我儘なんだが。










「どうしてもしたいのか?」
「・・・・・・たまにはわたしが運転したっていいじゃない。」
「・・・・・・まあ、たまにはいいか。」
「そうでしょー?ま、まかしといてよ!!」









そう嬉しそうに言うリノア。
そんなに嬉しいものなんだろうか。
相変わらず彼女の考えていることはよくわからないけれど。










でも、やっぱり。
可愛いじゃないか。










俺はついぽつりと「あんまりまかせられなさそうだが」とか
呟いてしまう。
リノアは気づいていたけど、それでもちょっとこちらを見ただけで、
すぐに車へと向かった。
普段だったら、絶対つっこんでくるのに、それをしない。
よっぽど車を運転するのが楽しみなのだろうか。










・・・・・・俺よりも?










頭でわかっているのに、どうしてもそんなことを考えてしまう俺は。
やっぱり、まだ子供だ。










***










リノアは車のオーディオをかける。
彼女のお気に入りのラジオ番組からは、彼女の好きな曲がかかりはじめる。










「あ。この曲いいよねー。わたし結構好きなんだ!!」
「リノア、よく歌ってるもんな。」
「スコールは歌わないよね。」
「・・・・・・・・・。」










俺は、あまり歌とかよくわからないし。
どれも同じに聞こえるだけだから、覚えることもないし。
多分、純粋にあまり興味がないんだろう。
でも、リノアが歌うのは好きだ。
彼女の優しい歌声が空気に漂っているのを感じるのが好きだ。










リノアは歌が好きで、よく口ずさんでいる。
幸せそうな顔で、何かをそっと歌っていることが多い。
そんなときの彼女は夢見るように幸せそうで。
そんな時間を俺が彼女に与えることが出来ているのなら。
これ以上ないって思うくらいに。










俺も幸せを感じる。










目があえば、リノアは必ずにっこりと微笑む。
その笑顔は、出会ったときから変わってはいないけれども。
俺たちの間に流れる雰囲気は違う。
それが、俺たちが過ごしてきた時間の長さを思い浮かべさせる。










それが、俺の自信になっているなんて、きっと君は気づきもしないんだろうけど。










***










ドライブは順調に進む。
まあ、もともとリノアはそれほど運転が下手なわけではないんだから、
当たり前なんだが。
もし下手だったら、絶対に運転なんかさせないし。
それでも、リノアは勘違いしているみたいで。
どうも俺がリノアの運転を下手だと思っていると勘違いをしている。
まあ、本当の理由は恥ずかしいから言わないけど。
まだ、誤解したままでいてくれるといい。










多分、俺に認めてもらおうと、真剣になっているんだろう。
じっと真面目に運転をしている。
俺の方は少しも見ずに。
何も話さず。










真剣な彼女の姿は微笑ましいけれども。
いつまでも子供みたいな俺は。
少しの寂しさも感じてしまうのは何故だろう。










こんなに近くにいるのに、なんだかリノアが遠い。
まるでそこには彼女しかいないみたいだ。
俺には、決して手の届かないもの、そんな風に思えてしまう。
俺は、ここにいるのに。
君は、そこにいるのに。
なんでそんなことを思うんだろう?










だから、嫌なんだ。
リノアは真面目だから、運転するときは本当に運転に没頭する。
きっと今の彼女の頭の中は、運転のことしかないだろう。
でも、俺は。
我儘で欲張りな子供のように、リノアを独占したいんだ。










だから。










「次のサービスエリアに入ってくれ。」
「どうして?このまま帰ったほうが早くお家に着くよ?
スコールだって、早く帰ったほうがいいでしょ?」
「ちょっと休憩しよう。」
「どうして?」










リノアは、訳がわからない、といった風に俺に尋ねる。
早く帰りたいけれど、それよりももっとしたいことがあるから。
俺がここにいて、君がそこにいる。
そのことを確認したいから。
ただの我儘なんだとわかっている俺は、すこし罰の悪い顔になってしまう。
リノアはやっぱり不思議そうな顔をして、でもそれでもサービスエリアへ
と向かった。










***










「いったいどうしたの?」










とりあえず、車を止めて、リノアは俺に尋ねる。
ああ、やっとこっちを向いた。
俺がほっとした気持ちを見透かすように、リノアは俺を見て少し
頬を赤らめる。










そして。










「!!」










リノアは少し驚いたみたいだったけれども。
俺は彼女を引き寄せて、唇を寄せた。










甘く、ついばむようにそっと何回も重ねて。










「・・・・・・いきなり、なあに?」
「・・・・・・なんだかしたくなったから。」
「・・・・・・それだけ?」










そう拗ねるように言う彼女は真っ赤で。
瞳は少し潤んでいて。
そんな彼女の姿は、やっぱり。
なんというか。










無意識なのはわかっている。
でも、その表情ひとつで、どれほど俺の心を掻き乱すなんて、君は知らないんだ。










俺は溜息をひとつついた。










「わかってやっている・・・・んじゃないのは、知ってるけど。
でも、たまに罪だよなって俺でも思うぞ?」
「・・・・・・・なんのこと?」
「・・・・・・・別にいい。」
「気になる。教えてよ?
いけないことなら直すようにするから、ね?」










言える訳がない。
こんなことを俺が思っているだなんて。
ただ、俺がリノアに参っているだけなんだ。
そんな風に俺のすることにすぐに反応する素直なリノアが、俺は好きだ。
どうか、そのままで。
これからも、そのまま変わらないで欲しい。










「いいんだ、そんなリノアが俺は好きなんだから。」










昨日より、今日。
今日より明日。
きっと俺は毎日、彼女に魅了されるんだろう。
でも、そうやって年月を重ねていくのは悪くない。










リノアがちょっと口を尖らして言う。










「スコールってばズルイよ。
わたしばっかりあなたのことが好きすぎて、おかしくなっちゃう。」










そんなのは、俺も同じ。










「もっとおかしくなってくれよ。」










そう言って、今度はさっきよりもっと深く口付ける。
片手であごを固定して、もう片方の手でリノアの髪を梳いて。
全てひとつに溶け合うように。










俺は、リノアがいない頃、本当に無味乾燥に生きていたと思う。
毎日、何も変わらず、ただ同じことをくりかえすだけ。
生きてはいるけども、充実はたぶんしていなかった。
もう、あの頃には戻れない。










まるでお菓子のように。
君は俺を惑わし、魅了する。
もうそれなしでは生きていけなくするように。
それがわかっているんですか、奥さん?











リノアはどこまでも甘く。
そして柔らかく。
そんな君に触れるたび、俺はきっと前よりももっと君に溺れていく。
俺が触れると、リノアは素直に反応を返す。
それが、どんなに俺を夢中にさせるか。










きっと毎日、俺は君に惹かれていく。
そして、そんな毎日でよかったと思うんだ。








end.