今日は、寒い。
 バラムは比較的温暖な土地であるが、それでも真冬の寒さはそれなりに厳しい。寒冷地出身のセルフィはこの程度では何ともないらしく、雪が降っていない限りコートも着ずに飛び回っているが、それはあくまで例外だ。冬は割と厳しい方のガルバディア育ちのリノアでも、木枯らしが吹きすさべば、やはり寒いなと思う。
 今日は、木枯らしが島北部の山から海岸部へと吹き下ろしていた。風で窓ガラスがガタガタと音を立てている。
 ーーーーースコール、寒いだろうな。
 リノアは外を眺めながら、そう溜息をついた。


 今、スコールとゼル、セルフィはバラム市国との警護まわりの打合せに出掛けている。バラムガーデンという世界最大級の軍人養成学校を抱えているバラム市国には、実は警察組織がない。バラムガーデンのSeeDたちが当番制を組んでバラム市国の防衛・治安維持に当たっているのだ。毎年、バラムガーデンのSeeD代表がバラム市国の代表である執政官たちと警護計画と駐屯について打合せをしていく。バラム市国にも一応軍隊は存在しているが、昔とは異なり今のそれはとりあえず存在している、というだけの形骸化したものに変わり果てていた。バラムガーデンが設立され、さらにバラムガーデンにしか存在しないSeeDという戦闘スペシャリストの存在が、魔女大戦後の世界バランスの中でバラム市国を守っていると言えた。


 今日は、今年一番の寒さになります。夕方には雪が降るでしょう。さっき見た携帯サイトの天気予報は昨日からそう告げている。
 それなのに車に乗っていくのかと思いきや、近いし運動不足だからと三人は歩いてバラム市街へ向かった。タフだなあ、リノアはそう思い首を竦めた。何もこんな寒い日、外を歩き回らなくても。暖かい専用車でささっと行った方が楽なのに。しかしスコール、ゼル、セルフィの3人の意見は、全員一致で「歩いていく」だった。リノアには理解不能だ。SeeDではないリノアには分からない、何かがあるのかもしれなかった。


 とんとん、と扉をノックされた音がし、リノアははっと我に返った。インターホンを見れば、そこには茶色の髪の背の高い友人がいる。リノアはロックをすかさず開けて、アーヴァインを迎えた。彼は口元までマフラーに埋もれながら、肩を縮こまらせて立っていた。彼もどうやら、徒歩で外出していたらしい。


「あー、やっぱ部屋はあったかい〜。」


 心からほっとしたような声でそう言うアーヴァインに、リノアは何か暖かな飲み物でも淹れようか、そう尋ねた。マフラーを外していたアーヴァインは、それに緩く首を振った。


「あ、長居しないから気を使わないでいいよー。僕、届け物しに来ただけだから。」
「そうなの?ちょっと飲み物飲むくらい、いいじゃない。」
「いやー良くないっしょ。スコールがいるならともかくさぁ。」
「?」


 アーヴァインはごにょごにょと言葉を濁しながら手を振った。リノアは意味が良く分からなくて、首を傾げるしかない。アーヴァインは大事な友人だもの、その彼をもてなすのはいけないこと?スコールがいないと、なんでダメなの?
良く理解していないリノアを見て、アーヴァインはただ苦笑するだけだった。
 とにかく、彼はこのままここに居る気はないらしい。さっさとコートの内ポケットから1枚のディスクを取り出すと、リノアに渡した。


「これ、リノアに前頼まれてた映画。ちょうど僕もバラム行く用事あったから、レンタルショップで借りてきたよ。返却は1週間後だからね。」
「あ、有難う!わざわざスミマセン。」
「いいよー。僕の用事についでだったから。」


 リノアは渡されたディスクの題名を見る。今よりも10年以上も昔の映画だ。その映画はその当時物凄く人気があったらしく、今でも語り草になっている。リノア自身は勿論見たことはなく、ただ読んでいた小説でその映画に触れられていて気になっていたのだった。


「これ、アーヴァインは見たことあるんだよね?どう?やっぱり良い感じ?」
「そうだね。ロマンチックに溢れてていいんじゃないかな。僕は嫌いじゃない。女の子はハマルと思うよ。」
「そっか。楽しみ!有難うね。さっそく今から見ちゃおうかな。」
「あー、今スコールいないもんね。帰ってくるまでまだ少し時間あるし。」
「そう。何しようかなって思ってたとこだったの。だから余計に嬉しい!」


 リノアが嬉しそうに笑うと、アーヴァインもどういたしまして、とにこりと笑った。そして、じゃあね、と手を振って部屋を出て行こうとした。
 しかし、何か思い出したのか、扉に向かっていた歩みを止めてリノアに向かって振り返る。リノアがなあに、と問いかけると、アーヴァインは悪戯そうな笑みを浮かべた。


「その映画さ。今日観終っちゃっても、まだ返却には時間があるでしょ?」
「うん、そうだね。」
「もし良ければ、スコールにも見せてみてよ。スコールが何て感想言うか、ちょっと僕気になる。」
「?いいけど。」
「案外ロマンチック好きなのか、それとも徹底的にリアリストなのか。僕の予想としては前者なんだけど。」


 くふり。アーヴァインはそう笑って、さっさと去って行ってしまった。それはいやに楽しそうな笑みで、悪戯をしかけるときに浮かべるものに良く似ていたな。リノアはそう感じて肩を竦めた。この映画は物凄く甘くてロマンティックだっていう噂だし、それを見たスコールの反応知って面白がりたいんだろう。
 アーヴァインもセルフィも、どうしてかスコールをからかうのが好きだ。それもスコールの機嫌を大いに損ねないギリギリのラインを狙って悪戯をしかけていく。いつも凄いな、と思う。自分だったら怖くて出来ない。もし、本当に怒らせてしまって嫌われたら。それを予想したら、もう怖くて何も出来ない。嫌われたくないの、わたしのことずっと好きでいてもらいたいの。そう願うリノアには、そんな危険な賭けは出来そうにない。
 でも、この映画を見てスコールがどう思うか、についてはリノアも少し興味があった。ロマンチックでラブラブな話、と定評のあるこの映画を見て、彼はそれなりに楽しんでくれるのか、それとも拒否するのか。もしそれなりに見てくれるのなら、今度一緒に映画観に行ってもいいかもしれない。きゅんとするラブストーリーの映画はいつも必ずやっていて、見てみたいなあといつも思うから。
 だから。
 アーヴァインとは違う意図だけど、一緒に観ようって誘ってみようかな。今まで一度も一緒に映画観たことないもの。そういう如何にも付き合ってる、みたいなことやってみたい。2人で同じもの観て、どう思ったか話し合うなんてとても素敵だわ。わたしとスコールの思ったこと、もし同じだったら嬉しいし、違っていてももっとスコールのことを知れるからやっぱり嬉しい。
 リノアもくふり、と笑って、そしてディスクをデッキにセットした。


***


「ただいま。」
「……。」
「リノア?」


 シュン、と扉が開いてスコールがリノアの部屋を訪ねると、リノアはしきりにハンカチで目を擦っている最中だった。スコールの呼びかけに、リノアが振り向く。おかえり、と言った言葉は酷く掠れ、そして瞳は赤く潤んでその周りは擦られたせいでほんのり腫れていた。
 スコールが驚いてリノアの傍によると、リノアはううん、と首を振った。


「だいじょぶ、悲しいことがあって泣いてたとかじゃないから。」
「でも、酷く泣いたろ。目が腫れてる。」
「うん、……ちょっと言うの恥ずかしいけど、映画見てて感動して、涙がね。」


 困ったように、恥ずかしそうに言うリノアの言葉にスコールはほっと肩を下した。ふとテレビを見れば、何かのエンドロールが流れていた。
 良かった、何もなくて。安堵しながら、スコールはコートと手袋、マフラーを外していく。リノアはそれを受け取って表面を軽く撫でた。掌に細かな水滴の感触がある。雨の時の濡れ方ではないから、雪でも舞っていたのかもしれない。


「外、雪降ってた?」
「雪…って程でもない。ちらちら、あられみたいなのが降ってただけ。」
「そっかあ。寒かったでしょ。やっぱり車で行けば良かったのに。」
「いや、もっと寒くても良かったくらいだ。」
「ええ?」


 スコールの答えに、リノアはコートをハンガーにかけながら顔を顰めた。今でも十分寒いと思う。スコールの頬や鼻は心なしか赤らんでいるし、コート表面から感じる温度も冷え切っていて、酷く寒かったのではないかと思うのに。それでもスコールはもっと寒くてもいい、としれっと言う。


「セルフィはトラビア育ちだから寒いの強いの知ってるけど、ゼルとスコールはバラム育ちでしょ?なんでそんなに寒いの好きなの?」
「寒さが好きな訳じゃないぞ。」
「じゃあなんで、こんな日にバラムまで歩いていくの?風も強くて寒いのに、もっと寒くてもいいってどうして?」


 リノアが首を傾げてそう尋ねると、スコールはSeeD服を脱ぎ普段着に着替えながら、ああ、と何かを思いついたような顔をした。


「そうか、リノアは知らないか。要するにアレだ、訓練の一環。」
「?」
「SeeDはどこへ任務に行くか分からないだろ。寒いから動けないとか、暑すぎて働けないとかだと困るから、日ごろから外気温に慣れる訓練をした方がいいんだ。快適な環境に慣れていると、過酷な条件下が余計にしんどく感じるようになってしまうし。」
「ほー……。」
「だから真夏でも、炎天下での作業に耐えうるように出かけるときは基本徒歩だぞ。」
「あー、じゃあ夏になるとセルフィが心なしか萎れているのって…。」
「アイツ、寒冷地生まれだからな。今日もコート着てなかったくらい冬に強いけど、夏は本当に辛いらしい。良く文句を言っている。それでもやっぱり、身体を慣らさない訳にはいかないからな。嫌でも外歩きの時間を設けるようにしてるから、だからじゃないか。」
「みんな大変なんだねえ……。」


 リノアは、しみじみと感嘆の声を上げた。まさかそんな、地道なことを皆しているとは思わなかった。そういえばあの戦いのときも、どこかへ行くときは基本歩きが多かったような気がする。アンジェロの散歩にもなるし、自身も歩くのが苦ではなかったので何も気にしてはいなかったが。
 そんなリノアの姿が面白かったらしい。スコールは少しだけ笑った。


「それも仕事のうちだから。誰だってそうだろ。リノアのお母さんだって、ピアノの練習とかずっとしてたんじゃないのか。」
「あ、そうか。そうね。確かにお母さん、どんなに忙しい時も時間を必ず作ってピアノに触れてた。」
「それと同じだ。」


 なるほど、と手を叩いたリノアに、スコールはいい子、と言わんばかりに髪を撫で、そして洗面所に行った。撫でられたところが、不思議にほんわか熱を持っているような気がした。スコールが撫でたのはほんの一瞬。絶対に自分の気のせいだと思う。けれど触れられたところからやんわりと熱が灯るように広がっていくのは、いつも感じることだ。それは、酷く自分をときめかせる。嬉しいと、そう思う。
 リノアはやがて、ふるふると頭を振ってからキッチンへと飲み物を用意しに行った。きっと、スコールは温かいコーヒーとか飲みたいだろう。電気やかんをセットすればあっという間に湯は沸く。丁寧にネルで落としてもそれほど待たせずにコーヒーを淹れられる。
 電気やかんは、やはりすぐにゴポゴポという音を立てて湯を沸かした。コーヒーをネルで落とし始めたら、良い香りが辺り一杯に広がった。


「あ、サンキュ。」


 その香りで、キッチンでコーヒーを淹れているリノアに気付いたのだろう。洗面を終えたスコールが、顔を覗かせた。すぐ出来るから、ちょっと待っててね。リノアの声に、スコールは大人しくリノアの部屋のソファセットへ向かう。リノアがコーヒーを全て落とし終え、カップにスコールのブラックコーヒー、自分のカフェオレという名のコーヒー牛乳を用意しスコールの元へ向かうと、スコールはリノアが先ほどまで見ていた映画のディスクケースを手に取り眺めていた。かたん。リノアがコーヒーをテーブルに置いた音で、スコールは視線をリノアに向けた。


「さっき観てた映画ってこれ?」
「そう。古いけど有名な映画だよ。一度見てみたかったから、アーヴァインに借りてきてもらったの。」
「ふうん。」


 リノアの答えに相槌を打ちながら、スコールはディスクケースをひっくり返した。そこには、映画のあらすじとキャッチコピー、場面のキャプチャー写真が載っていた。リノアはスコールの隣に腰を下ろしながら、彼の手元を覗き込んだ。


「必ず巡りあうことを約束された運命の愛、ね。」
「そう。すごく思い合ってる2人なのに、離れ離れにされてね。もう一緒にいることは出来ないかも、と諦めかけたときに再会するの。そこからまた色々あって…、でも最後にはハッピーエンド。」
「へえ。」
「最後、やっと2人が一緒にいられるようになって、それまでの主人公たちの苦労を思ったらもう泣けて泣けて。」
「なるほど。」
「ね、これ、まだ返すまでに一週間あるから、一緒に観るのとかってどうかな?やっぱり嫌かな…。」


 大体の内容をかいつまんで話したが、スコールはさして興味を持っていないようだった。だから、誘っても断られるかな、そう諦めの気持ちでリノアはスコールを誘ってみたのだが。


「いいよ。」
「え、いいの?」


 彼から返ってきたのは予想外の言葉だった。リノアは思わず問い返してしまったが、スコールの顔には嫌悪感も何もなく、ただ普通のものだった。リノアの訝しげな視線に、スコールは反対に不審に思ったようで、ん?と問いかけ返してきた。


「え、だってこういうロマンチック系な恋愛映画とかって、スコール好きじゃなくない?」
「観たことないから何とも言えないけど。まあ自分から進んでは観ないな。」
「だよね。だったら……。」
「でも、リノアは観たいんだろ。俺と一緒に。」


 スコールはテーブルのコーヒーに手を伸ばし、そして一口啜った。ほっこり、と笑みが彼の顔に広がる。今日のコーヒーの味は彼のお気に召したらしい。その笑顔にすこし見とれながら、それでもリノアはスコールに尋ねた。


「わたしはスコールと一緒に観たいけど…。」
「だろ。なら一緒に観よう。」
「ホントのホント?」
「ホント。何だ、疑り深いな、リノアは。」
「だって。この映画、わたしは凄く好きだし面白かったけど、スコールみたいな男の人には受けなさそうっていうか…。」
「リノアは面白かったんだろ。」
「そうだけど。」


 ぐずぐずと言い募るリノアに、スコールはコーヒーを飲みながら眉を上げた。そして、人差し指でリノアの鼻を弾いた。


「いたっ!」
「人を信用しないヤツに罰。そんなに言うなら、観ないぞ。」
「う、ごめんなさい。一緒に観たいです。」
「よろしい。
さっきからリノアは何か色々気を回してるけど、俺が好き嫌いをはっきりできる程興味を持ったものなんて元々あんまりないんだよ。なんせSeeDになるために勉強ばっかりしてたからな。物知らずなんだ。」


 スコールの言葉に、リノアはきょとん、とした。あれ、スコールってそうだっけ?何か凄く好みがしっかりしてて、嫌なものは嫌だとはっきり拒むようなイメージがあったのだが。どうやら彼に言わせるとそれは違うらしい。


「そうなの?でもスコール、カードとかシルバーのアクセサリとか好きじゃない。それに、嫌なことは割とはっきり言ってたような……。」
「反対に言えばそれしかない。後、俺が何かを嫌だって言ってたのはそれが嫌だから、じゃない。ただ単に、何かをして興味を持つというのが嫌だったんだ。勉強以外にたくさんの興味あるものがあったら、それだけSeeDになるのが遅くなるような気がしたし、無駄なことはせずに最短距離で少しでも早く独り立ちしたいと思ってたしな。だから、余計なことはしたくなかった。」
「そうなんだ。ゼルとかは物凄く多趣味だったけど。」
「アイツ、ある意味凄いよな。あれだけ色々手を出してて、ギリギリだったとはいえ良くSeeDに合格したと思う。俺だったら多分無理だ。」


 淡々、とそう話すスコールに、リノアは新しい彼を知ったと同時にどこか納得する思いも抱いた。
 そういえば、コンサートに誘った時も。行きたくないとは言っていたが、音楽が嫌いだとは言っていなかった。興味ない、とはよく言っていたけれど嫌いだと言ったことは限りなく少なかったような気がする。


 スコールは、あの頃、本当に一生懸命だったんだ。リノアは改めてそう思った。早く独り立ちするために、それだけのためにスコールは生きてた。自分の目標をただ一点に据えて、それ以外目を向けなかった。それはとても真面目で努力家で凄いことだと思うけれど、それでもどこか寂しいなと感じてしまうのは何故だろう。軽く、胸が痛い。リノアは胸をそっと手で抑えた。


「でも、今は少し余裕が出たかな。リノアや皆のおかげで。」
「わたしたち?」
「ああ。リノアたちを見ていて思った。そんなに一生懸命に無駄なことして、何の役に立つんだと思ってたけど、後から見れば全然無駄じゃなくて。むしろ、それがなかったら上手く行ってなかったかもしれない、そんな局面にも出会って。だから分かったんだ。」
「……何を?」
「何が必要で不必要なのか、そんなのは結果論でしかないってこと。最短距離を進みたいとあらゆるものを切り捨てても、結局はそれらが必要だったり遠回りをしなくちゃいけなかったり。結果を求めるあまりにそれ以外に目を向けない、っていうのは、酷く見識が狭くて、それ故に何も出来ない。それを俺は皆に教えられた。そのおかげで、周りを見ることが出来る余裕が出来たように思う。」
「……。」


 スコールはそこまで言うと、どこか遠い目をした。彼の瞳には、彼の脳裏には何が映っているのか、それは分からないけれど。リノアは、ただじっと彼の言葉を漏らさぬよう聞いていた。


「俺、何も知らないんだ。目指すものになるためには、もっと俺は色々知らなくちゃいけない。世界を広げなくちゃいけない。」
「……。」
「だから、リノアが面白いと思うものも俺に教えてくれ。そうしたら、俺も興味を持つかもしれないから。俺の世界が、きっと広がっていくから。」


 スコールはそう言うと、昔見せたような穏やかな笑みを浮かべた。それは何だかとても暖かくて優しくて、リノアは訳もなく涙が出そうになってしまった。
 リノアは潤んだ瞳を誤魔化すように、へにゃりと笑った。


「わたしが教えるものなんて、役に立たないことばっかりかもしれないよ?」
「役に立たないものを何一つ知らないってのも、それはそれで結構ヤバイと思わないか。」
「そうかな。」
「そう。」


 たとえば。
 そう言い置いて、スコールはコーヒーをテーブルに置いてリノアの手を取った。それをひとしきりきゅ、と握りしめて、それからもう片方の手でリノアの頬を撫でた。


「こうやって、リノアに触れるのも。SeeDとして役に立つかと言ったら絶対違うだろ。でも。」


 それから、スコールはリノアの身体に手を回して大きく包み込むように抱きしめた。力強くではなく、それでいて緩い訳でもない抱擁は酷く気持ちよくて、リノアはすり、と頬をスコールの胸に摺り寄せる。手をスコールの背中に回せば、とくん、とスコールの心臓の音が大きく聞こえた。


「うん、そうだね。」


 リノアもスコールの言葉を受け継ぎ、頷いた。
 生きて行くのに絶対に必要なもの、そういう観点から行ったら睡眠・栄養・最低限快適な環境、それぐらいだろう。それを得るためのお金、お金を得るための仕事、それらもどうしても必要なもののうちに入ると思う。
ではそれ以外のものは全て要らないものなのか、そう言ったらそれは絶対に違う。違うと言い切れる。役に立ちそうにないもの、多分要らないもの、そんなものの中にも大事なものや大切なものは隠れてる。わたしたちはまだ若くて、世界にたくさん散らばっている素敵なことをまだ少ししか手に入れられていない。どこに隠れているか分からない大切なもの、それを手に入れるために様々なものを見て、感じて。そしてたくさんの素敵なこと、嬉しいものを見つけられたらいい。そうやって生きて行く。


 本物と偽物、必要と不必要、有益なもの無駄なもの、そんなことを図る定規は要らない。
 2人、そっと寄り添っているだけの時間も、傍から見ればきっと途方もなく時間を無駄にしているだけかもしれない。効率的ではないかもしれない。それでも、手放せない。こんなに心が温かくなって幸せな気持ちになれるものを、切り捨てることなんて出来ない。
 だから、わたしたちは溺れていく。優しく柔らかくて暖かい、フェイクファーのようにふわふわとした曖昧模糊の海の中で。




end.