何だって毎年、ガーデンでは年越しカウントダウンイベントなんてもんがあるのだ。
 おかげで毎年、僕は寂しい年越しを送らざるを得ないじゃないか。


「は〜・・・。」


 僕がカクテル片手に溜息をつくと、横からくすくすとした忍び笑いが聞こえた。声で、誰が笑っているのかすぐに分かる。僕はゆっくりと振り返ってそしてジトリと睨んだ。


「笑わないでよ、リノア。」
「ご、ごめんね。でもアーヴァインったらさっきまですっごく楽しそうな顔してたのに、挨拶回り終わったらとたんに1人でブスったれた顔してるんだもの。眉間に皺まで寄ってる。誰かさんみたい。」
「悪かったね。って、これも誰かさんみたいだなあ。
 でも仕方ないじゃん。僕だってさっさとこんなイベント終わらせたいんだもん。」
「うん。毎年頑張ってるよね。今年はさすがにサボるかと思った。新婚なんだし。」
「サボると烈火のごとく怒って、口聞いてくれなくなりそうな奥さんがいますからねえ。」


 僕がそうぼやくように言うと、リノアはおかしそうに黒髪を揺らして笑った。今年は12月に入った辺りからスコールはガルバディアガーデンの査察に来ていて、結果新年もガルバディアで迎えることになっていた。今日の年越しカウントダウンパーティはガーデン関係者に招待状が送られる。ガーデン査察官であるスコールに招待状が届くのは至極当然のことで、その連れ合いであるリノアがここにいることも当たり前のことだ。
 僕はグラスを持ったまま、とすっと壁にもたれた。ひやりとした壁が心地よかった。もしかしたら空きっ腹にヤケ酒で、少し酔いが回ってしまっているのかもしれない。


「今頃、セルフィはトラビアガーデンの年越しパーティの準備で大わらわなのかな。えっと、ちょうど7時間時差があるんだっけ?」
「そうそう。だから電話しながら一緒にカウントダウンして、んで新年おめでとうとか言い合うのも無理って訳。あああああ・・・・・・新婚なのに・・・・・・。」


 自分の言葉に、僕はさらにうなだれた。そう、今年はセフィと結婚して初めての!年越しなのだ。大事なことなので2回言うけど、初新年!なんですよ。それなのに何なの、この現状って思う。新年おめでとうと言い合えるのは仕事関係者ばかり。僕だけじゃない、トラビアにいる彼女もそう。新婚なのに、このワーカホリックな感じってありなのか。


「だから今年はサボれば良かったのに。お前が今年欠席したところで、別に誰もとやかく言わないだろう。新婚なんだし。」
「・・・・・・新婚って言葉、スコールから出ると何だかすごく違和感だ。」
「悪かったな。」


 ふいにかけられた声に振り向くと、そこにはスーツを着たスコールがいた。呆れた、というような、それでいて気遣うような表情に、僕は思わず心に浮かんだことを口にしてしまう。それを聞いて、目の前の蒼い瞳が印象的な彼は眉を顰めた。おっといけない、せっかく心配してくれるんだ。大事な友人を怒らせてどうする。


「僕もねえ、先月あたりちょっとセフィに打診してみたんですよ。副学園長からも、『今年は欠席してもいいですよ。』って言われたしさあ。初めての年越し、やっぱり奥さんと一緒に過ごしたいじゃないですか。」
「で?」
「仕事真面目なマイハニーに、『アホちゃう』と言われた挙句、3日口聞いてくれなかった・・・・・・。
 その後あんたは学園長って仕事を腰掛けでやってんのか、って真面目に説教された。大事な行事だろう、それをすっぽかすとは何事か!って。」
「えー・・・・・・。」


 僕が肩を落としてそう言うと、リノアは瞳を丸くして口に手を当て、スコールは腕を組んだ。
 僕とセルフィは、現在別居結婚を余儀なくされている。僕はガルバディアガーデン学園長、セルフィはトラビアガーデン学園長の任に着いているため、どうしても別居という形を取らざるを得なかったのだ。結構長い期間遠距離恋愛だったのに、やっと結婚してもやっぱり遠距離なのは変わらずだ。どちらかが学園長を辞めなければ、多分ずっとこのままだろう。
 リノアが、少しだけ眉を下げて僕に問う。


「セルフィ、アーヴァインと一緒に居たくない訳じゃないと思うけど。前にトラビア行ったとき、ちょうどアーヴァインがトラビア行く少し前くらいだったんだけど、そのときすごく嬉しそうにそわそわしてたの。わたしがやっと会えるね、って言ったら、うんってはにかみながら笑ってたのよ?」
「知ってるよ〜。僕が会いにいくと、いっつも嬉しそうにしてくれるもん。でもそれと、仕事の問題は多分別問題なんだよねえ、セルフィは。」
「確かに、アイツ仕事に関しては融通が効かない感じにクソ真面目だからな。」


 スコールの言葉に、僕は少しだけ苦笑した。スコールは間違ってない。だけど、きっとセフィにとってはそれは心外な指摘だろう。スコールにそんなこと言われるなんて!と頭から湯気出しそう。僕は思わず吹き出した。


「スコールにそれ言われたって聞いたら、セフィは怒り出しそうだ。あんたには言われたくないとかって。」
「そうか?俺なんかよりセルフィやキスティスのがずっと仕事真面目だと思うがな。俺は給料に見合った分しか働かないし、仕事しなきゃ生きていけないからそうしてるだけだ。あいつらみたいに滅私奉公なんて出来そうにない。」
「まあ2人とも女の人だからねえ。女の人は得てして、仕事に真面目なもんさ。」
「言える。リノアもそうだし。」
「えー?わたし?」
「俺がいくら言っても、必要以上に頑張るし、自分の身を大事にしないし。この間だって・・・・・・。」
「ああ、それは反省してます!ごめんなさい。管理局の皆にも怒られたし。もうしません。」
「そうしてくれ。」


 スコールの言葉にリノアは慌てていた。先日の件は僕もちょっとだけ聞きかじっている。リノアは仕事をするとき、魔女である自分を過信しすぎるのだ。普通の人間だったら止めておくようなことも、自ら率先してやることが多い。わたし丈夫だし、死ぬことはないから大丈夫。そんなことを言って率先して危険に飛び込んでいく。
 あれも、仕事熱心の裏返しと言えなくもないよなあ。僕はそんなことも思い、スコールの苦労と心労を思った。いつまでも10代のように無茶な奥さんなんて、心配以外の何者でもないよねぇ。それでいて、あんまり心配しすぎると拗ねるんだ、子供扱いしてるって。そうじゃないのにね。
 僕の視線に、スコールは気づいたみたいだった。そっと苦笑を唇の端に浮かべる。お互い仕事好きな嫁もらうと大変だな、そう言わんばかりの表情に、僕もへにゃりと笑みを浮かべた。


「あ、後2分だね。後2分で、年明けだよ。」


 リノアがホールに飾ってある大時計を見てそう言った。時計の短い針と長い針が、もう後少しでぴたりと重なる。それは、まるでやっと巡りあった恋人同士みたいに。
 今年もいろいろあったなあ。今年が本当に終わってしまう、それを目にして、ふと僕はそんな感慨を覚えた。辛いことも楽しいこともいっぱいあった。でも何より、今年はセルフィと家族になれた、そのことが一番大きい。ずっと一緒に歩んでいきたいな、と思っていた人と一緒に歩むことが出来ている幸せ。それは今年から始まった。
 うん、色々あったけど。でも今年は過ぎ去ってしまうのが惜しいと思うほど、いい年だったな。そしていずれ来る新たな年も、そう惜別の思いを持てるほど愛おしいものであればいいな。そう願う。それは僕にとってだけじゃなくて、今頃大好きなイベント準備でいっぱいいっぱいになってるであろう彼女にとっても。


 ふいに、ポケットに軽い振動を感じた。
 仕事用の携帯が、何かを着信している。数秒で止まらず鳴り続けているということは、即ち電話がかかってきているということ。
 何だろう、一体?今ガルバディアガーデンの連中は皆このパーティーに出席してるし、携帯使わなきゃいけないほど切羽詰ったこともないと思う。だって何かあれば、電話なんか使わなくてもすぐに僕に言えばいい話なんだしさ。
 じゃあ、バラムとかドールとかエスタとか、他のガーデンからの至急連絡なのだろうか?ここでトラビアを除外しているのは、僕のセルフィに対する欲目だ。トラビアガーデンから火急の連絡なんて僕のところに来るわけない。セルフィは僕なんかよりずっとしっかり学園運営をしている。何か起こってもセルフィが対処できるし、そもそも問題なんてそうは起こらないだろう。それくらいトラビアガーデンは堅実に運営されていた。僕の奥さん凄いだろ、僕がガルバディアの皆に自慢して回れるほどに。
 鳴動を続ける携帯をかちりと開くと、そこには見慣れない番号が並んでいた。はて、ホントに一体誰だろう?僕は訝しげに電話に出た。


「もしもし?」
「・・・・・・。」
「もしもし?アーヴァイン・キニアスですが。どちら様?」
「・・・・・・アタシ。セルフィです。」
「・・・・・・えっ、セフィ!?」


 躊躇したような間のあった後、問いかけられた言葉に返ってきたものは、僕が想像もしていなかったもので。あまりの驚きに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。僕のその声に、スコールとリノアが振り向く。リノアは嬉しそうににこりと笑った。スコールは仏頂面ながら、くい、と扉を指した。
 ーーーーーこれは、アレだ。このまま少しフェードアウトしても問題ないって、そういうことだよな?もし何かあっても、「伝説のSeeDだったスコール」が何とかしてくれる、ってことだよね?
 声には出さず、唇をそっと「サンキュ」と動かして、そして僕はスコールが指し示した扉からそっと廊下へと出る。人いきれで暑いほどだったホールと比べて、そこは人気がなく静かで寒かった。


「セフィ、どうしたの?電話なんてまさかかかってくるとは思わなかった。」
「・・・・・・ごめんね。忙しい時だよね。そっちはもうじき日付が変わるもんね。」
「ううん〜!ナイスタイミングだよ。今セフィの声が聞けて、僕すごく嬉しい。」


 僕が勢い込んで言う言葉に、電話向こうの彼女は少し言葉に詰まったようだった。軽く息を呑む雰囲気が感じられる。もう長いこと一緒にいるし結婚までしてるっていうのに、僕の奥さんは相変わらず馴れなんて微塵もないと言わんばかりに照れ屋で不器用だ。僕が言葉も手も出るタイプだから、ちょうどいいんだろうと思ってるけども。


「こっちはね、後1分で年明けだよ。」
「うん。アタシんとこは、今年明けパーティの準備真っ最中。」
「そうだよね。ねえ、電話してきて大丈夫なの?暇あるの?」
「少し位は大丈夫だよ。」
「ならいいけど。セフィはいつもこういうイベントものとかって一生懸命になるからさ、今だってかなり忙しんじゃないかなって思ったんだけど。大丈夫ならいいや。」
「うん。」


 僕の心配に、セルフィは硬い声ながらしっかりと否定した。そういえば、この電話をかけてきた時からいつも何でもない話をしている時みたいに快活な声じゃない。どちらかというと、緊張して怯えているような声。一体何があったんだろう?僕には分からなくて、困惑する。
 ああ、やっぱり電話ってもどかしくて好きじゃないなあ。だって電話だけの声じゃ足りない。セルフィがどんな表情して喋ってるのか、全然見えないんだもん。声音だけじゃ、全く伝わらない。会って、顔を見て、表情を知って、そして触れたい。触れたところから伝わる熱で、彼女の心の内を探りたい。


 やがて、ボーンボーンと時計の音が響き渡った。日付が変わり、年が明けたのだ。一斉に落とされた照明のおかげで、辺りは真の暗闇になる。それを合図に、歓声やあちこちから「おめでとう」の声が聞こえる。こちらのザワザワした様子は、電話向こうのセルフィにも伝わったようだった。


「年、変わったんだね、そっちは。」
「そう。新年おめでとう、セルフィ。今年も仲良くしようねえ。」
「うん。新年おめでとう、アーヴァイン。」


 僕がそっと祝いの言葉を囁くと、セルフィも柔らかな声で返してくれた。あ、ヤバイ、とふと思った。どうしよう、嬉しすぎて目が回りそうだ。今年一番最初に声を交わし、挨拶をした人が僕の大事な愛しい奥さんだなんて。ずっと夢見てたんだ。それが現実になっている、そのことに眩暈がしそうに有頂天になる。


「へへ、すごく嬉しいなあ。
今年が始まって、一番最初に話をして、挨拶をした人がセフィだなんて。」
「・・・・・・。」
「今年も大好きだよ、セフィ。」
「・・・・・・。」


 浮かれた気分のまま僕はそう告げたけど。でも電話向こうから何の返答も帰ってこない。まあ、照れ屋の彼女がアタシも嬉しいとか、早く会いたいとか、そんなこと言ってくれる訳ないってのは長年の付き合いで重々承知してますけどね。でも改めてその現実を突きつけられると、ちょっとだけ凹んでしまう。・・・・・・これは仕方ないと思う。
 それでも、セルフィが僕に会いたくないとか思っていないことは知っているので、それ以上彼女を追求することはしない。それはまあ、直に逢った時のお楽しみに取っておく。僕に追い詰められた先で、どんな瞳で僕を見てそして囚われるのか。その瞬間がゾクゾクするほど好きだから。


 電話の向こうで押し黙っているセルフィに、僕はそっと声をかけた。


「じゃあ、僕もそろそろ戻らなきゃ、かな。そろそろこっちの皆とも挨拶しないとね。」
「・・・・・・。」
「じゃあね、セフィ。電話かけてきてくれて嬉しかったよ。」
「・・・・・・あかん!」
「え?」


 僕が穏やかに電話を切ろうと言葉を紡いだら。そしたら彼女の慌てたような声がした。普段、僕と話すときはあまりトラビア弁を話さない彼女が、珍しくトラビア弁で僕を止める。何か切羽詰ったことでもあったんだろうか?僕は少しだけ不安を感じる。
 電話向こうからは、静かな溜息が聞こえた。細く長く、心を切なく震わせるような。僕は背中にゾクリとしたものを感じた。


「・・・・・・アタシ、もうホンマどないしよう・・・・・・。」
「セルフィ?どうしたの?」
「アタシ、アービンと結婚して弱くなった。自立出来なくなった。こんなんダメなのに。」
「え?言ってる意味が良く分からないよ、セフィ?」
「今電話したのも、アタシがアービンの声聞きたかったからなの。アービン今忙しいって言うの分かってるのに、自分だってやってることだからどれだけ大変かとか知ってるのに。それなのに仕事携帯にまで電話かけて。アービン優しいから何も言わないけど、アタシ、狡いんだよ。声聞きたかったくせに、何もまともなこと言えないで、アービンがくれるものばっかり欲しがって喜んで。」
「セルフィ。」
「今年は、アービンと結婚して初めての年越し、だし。今までみたいに何もなし、っていうのが何だか変に虚しくて。だから電話かけたのに、アタシったらやっぱりアービンからもらうばっかりで、何もアービンにあげられない。せっかくの年越しなのに。」
「・・・・・・セルフィ。」


僕は驚きに満ちて、彼女の名前を呼んだ。ずずっという音が微かに聞こえる。セルフィの言葉の最後の方は、少しだけ湿っていた。もしかしなくても、きっと今彼女は綺麗な翠の瞳を揺らめかしている。
 そう。
 僕の言葉を欲しがって。僕を欲しがって。そして、混乱して瞳を潤ませている。


 ゾクリ、とした。
 自分の中を、激しい喜びが満たしていくのを感じる。ズクリと感じる痛みは、きっと恋情が起こさせる熾火のような熱。
 セルフィ、君は間違ってるよ。何もくれない、なんてことある訳ない。君が零したささやかな言葉、それだけで僕は体が震えるほどの熱を与えられている。これはもう僕では鎮められない。セルフィ、君の手でなければ。君の、小さくて柔らかな手でなければ。


「セルフィ、僕に会いたかった?」
「・・・・・・うん。会いたかった。」
「僕も会いたいよ。でも、今ここにセルフィいたらやばかったなあ。周りを気にせず押し倒しちゃいそう。」
「・・・・・・へ?」
「ねえ、セフィ。」


 僕の言葉に、きっと顔を赤くさせたり白くさせたりしてワタワタしているだろうセルフィを思い浮かべた。うん、やっぱり可愛い。セルフィは自分のことを「素直じゃなくて可愛くない」って思ってるみたいだけどね。僕からしたらすっごい可愛い。あまり好きだとかそういうこと言わない彼女が、目線や触れる感触や、ちょっとした仕草で僕に行為を伝えてくれるところ。それは可愛い、という言葉以外では表しきれない。


「次は、セフィに会って、そしておめでとうって言うよ。いいよね?」
「・・・・・・どうやって?」


 僕の言葉に、セルフィは少しだけ期待を載せたような声で、そう呟いた。口調は少しだけぶっきらぼうだったけれど、隠しきれない甘いものが声に映ってる。伊達に長年付き合ったわけじゃない。そういうの、僕には隠せないよ。
 僕は、くすくす、と笑みを浮かべながら電話向こうの、きっと赤い顔をしてる彼女を思い浮かべた。
 ーーーーーうん、すぐに会いたいな。
 照れ屋の君が、こちらのカウントダウンに合わせて電話をくれるなんてアクションしてくれたんだから。僕も同じくらいの気持ちを返したい。
 だからね。


「このパーティー終わったら、すぐにトラビアに行く。そしたら、トラビアでの新年カウントダウンに間に合うよね?」
「え・・・・・・?」
「ガーデンの特殊飛行機使えば、4時間で着くよ。十分間に合うデショ?」
「でもアレは、ガーデンの緊急時にスコールみたいな査察官が使う奴じゃない!そんな勝手に・・・・・・!」
「今ちょうど、スコールとリノアはガルバディアにいるんだよねえ。このパーティにも参加してくれてたし、1日貸してくれるくらい訳ないと思うんだけど。」
「・・・・・・職権乱用って言うんじゃない、それ。スコール真面目だから、貸してくれないよきっと。」
「いやあ、貸してくれるでしょ。そういうところは案外スコールも話分かるっていうかさ。」
「・・・・・・。」


 そうなのだ。スコールは普段真面目だけど、こういう僕の頼みごとは、あんまり否定することはない。譲歩できるラインを示しながらたいがい許可してくれる。それをセルフィも知っているのだろう。僕の言葉に押し黙った。
 僕はふふっと笑う。


「だから、僕、会いにいくから。待っててね。」
「・・・・・・。」
「愛してるからね、奥さん。」
「・・・・・・。」


 きっと、ううん絶対、セルフィは顔を真っ赤にしてふるふる震えてそうだ。彼女から返ってくる言葉はないけど、想像は簡単に出来る。可愛すぎる。
 でも、まあ。ここであんまりセルフィをからかったり虐めたりしすぎちゃうと、へそを曲げてしまうから止めておこう。せっかく苦労してトラビア行って、セルフィに会ってもらえませんでした、とかいうオチじゃあ僕だって傷つく。期待してた分、奈落の底に真っ逆さまだ。
 ーーーーーセルフィは、僕に会ったらどんな顔をするのかな。僕の胸は、期待に膨らむ。
 多分、セルフィは僕が会いに行っても、いつもどおりを装うだろう。瞳を潤ませて抱きついてきてくれる、そんなことは絶対にない。でも、それでいい。だってそれがセルフィだもん。
 リノアのように、「会いたかったの」って満面の笑顔で飛びついてきてくれはしないだろう。でもそれでいいよ。ただいつもみたいに、照れ隠しに上目遣いに睨みながら、それでも僕の手を離さないでいてくれれば、それだけで。
 それだけで僕はまるで天国にいるみたいに幸せだ、絶対に。


「会ったときには、チョコレートたっぷり用意しておくから。食べてよ?」
「うん?分かった。」
「じゃあね。」


 最後の、チョコレートを食べろという言葉。その意味は良くわからなかったけれど、でも瑣末なことだと思った。そんなことより、あのセフィが!僕に!会いたいと言ってくれたこととか、僕の声が聞きたくてたまらなくなったとか、そういう甘くて胸焼けがしそうな言葉をくれたこと。そっちの方がずっと重要だ。
 僕は、パチン!と音を立てて携帯を閉じた。そして、もう明かりがついているだろう大ホールの方へと戻る。さあ、これから忙しいぞ。さっさと挨拶済ませて、スコールに特別機借りて、そしてトラビアまでフライトだ。


 待っててね。
 僕の大事な奥さん。
 会えたら、そうだな。すぐにぎゅうって抱きしめてしまうかもしれない。君はきっと慌ててワタワタするだろうけど、いいよね。だって僕たち夫婦だし、新婚だし。
 浮かれすぎ!って君は言うかもしれないけど。でも浮かれたっていいじゃん。嬉しいんだから。本当のことだし、見られて恥ずかしいなんてことある訳ないね。


 大ホールの扉を開けると、廊下とは異なった熱気と人の波に思わず圧倒された。先程までいた廊下が、静かで人気がなかったせいだろう。さっきまでいた世界から、あっという間に現実に引き戻されたような気がした。
 さて、スコールはどこにいるだろう。
 僕は少しだけ鼻歌なんて口ずさみながら、辺りをざっと見回し始めた。




end.