「・・・・・・行ったな。」
「・・・・・・行ったね。」


 こそり、と扉から外へ出ていくアーヴァインを見ながら、スコールとリノアはそう言葉を漏らした。
 今はガルバディアガーデンでのカウントダウンパーティの最中。後僅かな時が過ぎれば、また新たな年がやって来る。
 リノアがふふっと笑った。


「何だかんだ言っても、やっぱりセルフィってアーヴァインに夢中なんだよねえ。こんな土壇場に電話かけてくるくらいなんだもん。絶対、声聞きたくて我慢出来なかったんだよ。」
「普段のアイツ見てるとあんまり想像できないけどな、それ。でもそうだと思う、俺も。」
「ね?バレバレだよねえ?でも、わたしたちにはバレてないと思ってるんだよ、セルフィ。かっわいいの。」


 くふふ、と笑いを噛み殺しながらそう言うリノアに、スコールも笑みを浮かべて一口アルコールを飲んだ。自分たちがこんなことを話していると知ったら、あの茶色の髪のトラビアガーデン学園長はどんな顔をするだろうか。きっと真っ赤になって憤激して、そしてさらに態度を硬化させそうだ。簡単に想像できるその未来は、出来れば来ない方がいい。彼女の「愛しの」旦那のためにも。
 リノアが、ちびりちびりと手にしたカクテルを舐めるように飲みながら、言葉を零す。


「でもねえ、セルフィ見ててちょっと思うんだ。」
「何を?」
「セルフィ、本当は悩み多いのかなって。苦しいのかなって。そういう風に見せないし、表には出さないけど。」
「・・・・・・。」
「もちろん、わたしたちには何も言わないんだけど。いつも元気だけど。でも何かの拍子にね、そういうこと思ったりするんだ。セルフィは、いつだってギリギリまで我慢しちゃうから。だから、わたしが気づいていないところで、もしかして泣いてたりするのかなあって。そんなこと、たまに思う。」
「・・・・・・。」


 リノアの言葉は、スコールに同意や意見を求めるようなものではなかった。ただ、心に移り行く思いをそのまま言葉にしているようなものだった。だが、スコールには彼女の言いたいことは何となく理解出来た。だから、またアルコールを飲んでから口を開く。


「アーヴァインも、俺には悩みなんて何も言わないぞ。勿論『セフィがつれないんだよ〜』とかそんな冗談みたいな弱音を言うことはあるがな。でも本気の、心から悩んで辛いと思っていることは口にしない。」
「・・・・・・アーヴァインって素直だから、わたしたちには言いづらくてもスコールたちには相談してたりするのかなあって思ってたんだけど。」
「アイツから真剣な相談なんて、俺は受けたことないな。大体アイツの決定事項を告げられるだけだ。そこに至る過程なんて、まず聞いたことない。」
「えー、そうなの?」
「ああ。だからアイツ等、似たもの同士だ。」


 スコールが心持ち苦虫を噛み潰したかのように言う言葉に、リノアは少しだけ瞳を丸くして。それから苦笑し、顔を俯けた。


「何か、寂しいよね。わたし、結構セルフィやアーヴァインには色々スコールのこと相談したり、助けてもらったりしたから、余計に。
 もし、何か辛いことや悩み事があるなら、話して欲しいなあ。わたしも、セルフィたちのこと助けてあげたいのに。友達だし、大事だから力になってあげたいのに、頼ってはもらえないんだなあ。ちょっと、自分が情けないかな、なんてね。」
「・・・・・・そんなことはないだろ。」
「え?」


 リノアがつい、ぽそりと漏らしてしまった弱音のような悔恨。それを聞いて、スコールはひと呼吸置いた後、確かに否定した。リノアは驚いたようにスコールを見上げる。
 そのとき。
 ゴーンゴーン、と鐘の音が鳴り響き、辺りの照明が全て消えた。新年がやってきたのだ。どこのガーデンのパーティでも、新年を迎えた瞬間は鐘が鳴り響き全ての照明は落とされる。
 ざわざわ、と静かなさざめきがあちらこちらに漂う。そんな中、リノアは自分の顎を軽くつままれた。向けさせられた視線の向こうに、夜目には慣れなくても確かに光るものを見つける。それは澄んだ蒼い瞳だ。あたり一面暗い中、確かに静かに煌めいて見える、それは。まるで。


 ーーーーーまるで、星みたいだわ。わたしの往く道を指し示してくれるような。


 自分は真っ黒の色彩しかなくて、きっと今闇の中では馴染んでしまっているはず。大概の人はおそらくわたしのことを見つけられないだろう。それでも目の前の、暗闇の中でも光を失わない人はわたしを確かに見つけてくれるのだ。
 リノアはそっと瞳を閉じると、それがまるで合図であったかのように、柔らかで温かな唇が落とされた。軽く触れ、啄んで、そして静かに離れていく。その後照明は元に戻され、辺りはまたまばゆい光を取り戻した。先ほどまでの暗闇からいきなり光の世界へ戻り、瞳がついていかない。眩しさを堪えて見上げると、リノアと同じく瞳を細めて見つめるスコールの瞳があった。


「あけまして、おめでとう。」
「おめでとう。今年もよろしく。」
「こちらこそ。」


 新年に定番となっている挨拶を交わして、そして2人少しだけ穏やかな笑みを交わした。先ほどの暗闇でしていたことは秘密。そう言わんばかりに、スコールは自分の唇に人差し指を寄せる。その仕草が妙に子供っぽくて艶っぽくて、リノアは心の中でジタバタ暴れまわった。
 だがしかし。ここは、ガルバディアガーデン。周りは難しそうな、厳しそうな顔をした偉そうな人が多い。甘く蕩けた顔なんて見せちゃいけない、気を引き締めなくちゃ。リノアはふるる、と首を振る。
 そしてともすれば頬を赤らめて言わずとも周りに喧伝してしまいそうな自分を戒めるために、わざと難しい顔をしてスコールを見つめた。スコールはそんなリノアを面白そうに見ていた。


「さっき。」
「ん?」
「さっき、スコールわたしの言葉を否定したよね。それはどういうこと?」
「ああ。」


 リノアの問いかけに、スコールは穏やかに微笑んだ。外見の落ち着いた男ぶりと雰囲気にそんな笑みを加えられたら、正に完璧な大人の極上な男が出来上がる。その姿に思わずリノアは見とれてしまうが、ぼぼぼっと顔を赤くしたりうっとりと間抜けな顔を晒さないよう、必死に心の中で気合を入れ直した。


「リノアの『寂しい』という気持ちは分かるが、でもアイツ等が相談してこないからって俺たちのことを頼っていないという訳じゃないと思うってこと。」
「うん、そうなんだよね。だけど・・・・・・。」
「だけど、何?」
「そのことはちゃんと分かってるけど。でもやっぱり、友達なのに助けてあげられないのってどうなのかなって、どうしても思ったりしちゃうんだ。だから、寂しいって思うことを止められないの。難しいね。」


 リノアが眉根を寄せて言う言葉に、スコールはまたアルコールを口に含んで微笑した。ちらりとリノアを見る視線が、アルコールのせいもあるだろうか妙に色があって、リノアはやはりドキリとするしかない。


「それはつまり、アイツ等の問題じゃなくてリノアの問題だよな。」
「そうかな。・・・・・・うん、そうなるかな?
 単なるわたしの我が儘だよね、多分。」


 リノアはそう結論づけて、それからふうと溜息をつく。リノアの外見はまるで夢見る少女のようなのだが、今した仕草と声と話の内容は非常に大人びていて、本来の年齢を思わせるものだった。老成したかのように見えるそれは、見た目とは釣り合わないアンバランスさを伴って、かえってリノアを魅力的に見せていた。
 スコールはそんなリノアに目を細めながら、また話を続けた。


「まあ、我が儘でもいいんじゃないのか?お互い様だし。」
「スコール?」
「アイツ等が自分で何とかしようとするのも、アイツ等のポリシーだし持って生まれた性格みたいなもんで、どうもならない。多分俺たちが言ったところで変わらない。
 もう、それは仕方ないんだと思う、きっと。同じように、俺たちの寂しい、という気持ちも、アイツ等のことを理解しててもどうしようもなく湧いてくるんだ。だからそれはそういうもんだと諦めて、感情の揺れも仕方ないと思うしかない・・・と思う。」
「・・・・・・仕方ない、でいいのかな。」
「いいんじゃないか。」
「・・・・・・そっか。いいのか。」
「ああ。どうせ、リノアは助けたくて仕方ない気持ちを抑えることなんて出来ないだろ?構いたい、っていうのはリノアの性格だし。だからそのまま、寂しいと思う気持ちを否定することなく、そういうもんだと思ってればいい。」


 スコールが言う言葉に、リノアは瞳を丸くする。そして、へにゃりと笑った。可笑しそうに、悪戯げに光る黒い瞳に、スコールは小首を傾げた。


「何か、不思議。人間関係の妙について、スコール君に教わる日が来るなんてね。」
「・・・・・・悪かったな。」
「悪くないよ。嬉しいなあって思う。」
「そうか?」
「うん。」


 リノアが嬉しそうに笑う顔に、スコールも破顔した。そして、彼女と歩んできた10数年の月日の積み重ねを思う。


 頼ってくれなくて寂しい。スコールはずっとそう言われることには慣れていた。出会ってしばらくした後、リノアにも言われたし。あの戦いの最中、仲間たちにもそう言われた。あの戦いが終わってからは、ラグナからも言われている。
 昔は確かに、自分の悩みを誰かに告げて解決なんてする訳ないと思っていたから無視していた。寂しいと言われようとも頼るつもりなんてなかった。小さく意固地な子どものまま成長しなかった自分は、ただ氷の壁を周りにうず高く張り巡らせて、閉じこもっていた。広い大きな世界、そんなものは見たくない。誰かがそれを乗り越えてくることすら恐れていた。
 やがて、リノアがその壁に風穴を開け、やがて小さな穴がどんどんと外界へと開けていき、悩む自分を受け入れられることがどういうことかを知った。外の世界は怖くはない。自分を拒絶しない。そのことを知った。
 そしてやがて、自分も大事な人間のために何かしたいという気持ちを知り、やっと周りの人間が口癖のように言っていた「頼ってもらえないのは寂しい」という言葉の意味を知ったのだ。


 しかしだからと言って、自分が思い悩んだときや迷った時に、すぐに誰かに相談するようになったかと言ったら、答えはNOだ。やはり自分で解決できそうだと思えることはいくら悩ましくても相談なんてしないし、誰をも頼らず自分で何とかしてしまう。本当にどうにもならない時、その時は相談しようとは思っているが、そんな時など滅多にない。結局、「頼って欲しい」という気持ちを理解しながらも自分が実践しているかと言ったら、それは限りなくないのだった。
 今は、いざとなったらちゃんと頼るつもりでいる。他人を拒絶したりはしていない。それは確かだ。
 しかし大事な人間だからこそ、悪戯に依存してしまいたくはないとも思う。自分自身頑張れるところまで頑張りたい。何も努力せず他人に頼りきりになること、それを良しとは思わない。


 きっと彼らもそうなのだ。スコールはそう理解していた。アーヴァインはともかく、セルフィはきっと自分と同じだ。頼る、ということが依存に結びつかないか、それを神経質に探っている。だからギリギリまで我慢しようとするのだ。
 自分たちは、おそらく孤児として育ったことがあるからなのだろう、普通以上に依存の恐ろしさを知っていた。一度頼りきり依存しきってしまうと、もうそこからどこへも動けなくなるのだ。自分の足で立つことすら放棄してしまう。孤児で、周りは他人だらけで、常に「要らない子かもしれない」という危惧を抱きながら暮らしていたから、誰かに頼ってもいいということは怖気づく程凶悪な甘美に思えた。ともすれば自律することなくそれに甘えてしまいそうになる程。重い鎖と酷い執着で、相手を縛り付けてしまうかもしれない程。
 かつて失敗し破綻した関係、エルオーネのことは今でも、スコールの心の中に傷として残っている。依存し甘えすぎた結果、それを失った時の自分の弱さ。それらは戒めのように覚えている。忘れはしない。


 それは多分に特殊な事情なのだろう。少なくとも一般的ではない。その自覚はある。
 普通は、もっと素直に悩みを吐露したり、相談したりするのだろう。ただ、自分たちはそれを素直にするのが、少し難しい。寂しい、と言われてもどうにもならない現実だ。
 リノアは、そんな自分たちとは違うから。本当に普通に育ってきたひとだから。余計に理解しづらいのだろう。そして、それ以上に、リノアは誰かに優しさを、当然のように惜しみなく降らすからこそ、自分たちの不器用さを知りながらも、それでも寂しさを感じるのだろう。スコールはそう思う。
 リノアは基本的に素直で、自分の感情を隠すことはあまりない。付き合い始めの頃や、魔女になったばかりの頃は誰にも何も言わず、独りでじっと悩んでいることもあったけれど、今から考えればあの頃の彼女が特別だった、とも言えた。基本リノアは人を恐れず自分を恐れず、人と触れ合うことを恐れない。誰かに愛や優しさを与えることを惜しまないし、与えられることを喜ぶ。
 そして魔女という独特の存在になってしまった今は、それ以前よりもさらに誰かに何か手助けすることを当たり前のように行うし、誰かに必要とされることを酷く求める。手助けできない自分を必要以上に責める。優しく愛情あふれる性格ゆえに、そういうところはまるで修道者のように厳格だった。
 人に優しく自分に厳しい彼女は、まるで求道者のようだ。


 きっと、彼女は気づいていない。
 魔女だから、と自分を甘やかさずに他者を労わる彼女に、どれだけ周りの人間が癒されたか。認識を新たにさせられたか。
 そして、そこにいて笑って、なんでもない話をしたりしてくれていることだけで、俺たちがどれほど助けられているか。甘えさせて貰っているか。
 絶対に、彼女は気づくことはないのだろう。
 だからこそ、俺はリノアをこれ以上ないほど甘やかしたい。甘えさせ、何も考えないで、ただ嬉しそうに笑っていてもらいたい。幸せだ、と感じる瞬間をたくさん数え切れないほど手に入れて欲しい。そう願う。


「あ、アーヴァイン戻ってきた。」


 リノアの言葉に釣られて大広間の扉の方を見ると、アーヴァインがそっと辺りを伺いながらパーティー会場を歩いているのを見た。やがてアーヴァインはスコールとリノアを見つけ、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら手を振った。
 そんなアーヴァインに手を振り返しながら、リノアはスコールに問いかける。


「ねえ、アーヴァインすっごくいいことあったみたいだね?」
「意地っ張りで仕事好きな嫁と、上手く行ったんじゃないのか。」
「あ、こっち来る。」


 アーヴァインが人の波を掻き分けながら自分たちの方へと寄ってくる。やがて、声が届くところまで近づいたかと思ったら、俄かに声を上げた。


「スコール!!」
「何だよ。」
「頼みがあるんだけど、聞いてくれるかなあ?一生のお願い!」
「・・・・・・何だ、いきなり。」
「スコールの緊急プレイン貸して!どうせここに来るとき、乗ってきてるんだろ?いつリノアに仕事入るか分からないから。」
「・・・・・・。」


 息せき切って何を言うかと思えば。スコールは心なしか脱力する。リノアはけらけらと可笑しそうに笑った。


「なあに、アーヴァイン。セルフィのところに行くの?」
「そう。やっぱり新婚じゃん?年越しは一緒にしないとねぇ〜。」


 にこにことこれ以上ないくらいイイ笑顔でそう言うアーヴァインに、リノアは笑いを噛み殺した。さっきまで何だかイマイチな感じだったのが嘘みたい。きっと今ここにはいないセルフィも、こんな感じなのかも。
 隣のスコールを見上げてみた。彼もリノアの視線とその意味するところに気づいて、そっと目配せをした。アーヴァインはお願いポーズのまま頭を下げている。きっと、スコールとリノアが目配せしていたことも、その顔に浮かぶ笑みにも気がついていない。


「一生のお願いって、結構俺は何回も聞いてるんだが。そろそろ品切れなんじゃないか?」
「あ、じゃあ来世の分まで前借りでお願いシマス!」


 軽くイヤミで言ったスコールの言葉にめげず、アーヴァインはあっけらかんと言い返した。そんなアーヴァインはやっぱり食えなくて、リノアはもう駄目だと言わんばかりに吹き出した。スコールが笑うなよ、と言わんばかりにリノアを軽く睨む。ごめんね、でもわたしもう無理!言葉にならず、リノアはそう瞳で語りかけながらスコールに手を振って、デザートコーナーの方へ行ってしまった。
 黒髪を揺らしながら歩いて行ってしまうリノアの後ろ姿を心なしか名残惜しげに見てから、スコールはアーヴァインに向き直った。


「ほら。」


 スコールが2枚のカードを差し出した。1枚は緊急プレインの起動キー。もう1枚はスコールのID証だった。


「あのプレインは、俺のID証、もしくは俺の生体反応認証でなければ動かない。お前は俺じゃないから、俺のID証を使ってアナログ起動するしかない。やり方はわかるか?」
「・・・・・・ありがとう!!うん、分かるよ。一応僕もガーデン幹部だからね。あのプレインの設計にもすこ〜し関わったし。」
「今回だけ、だからな。4日猶予をやる。4日後には俺に返せよ。ガルバディアガーデンで待ってるから。」
「うん、分かった!!ホント、マジで有難うスコール。このご恩は必ず・・・・・・!」


 ぎゅっとスコールの手を握り締め、キラキラした瞳で礼を繰り返すアーヴァインに、スコールは少しだけ嫌そうな顔をしていた。しかしそれは単なる照れ隠しなんだろうということは、もちろんアーヴァインにも分かっていた。初めて出会った頃よりずっと彼は感情を表に出すようになったけれども、やはり照れ屋でぶっきらぼうなところはなくなってはいない。
 しかして、知り合ってから10数年経過した今では、それで終わることはない。スコールは思い出したように、アーヴァインに口を開いた。


「恩ならすぐに返してもらおうか。」
「へ?何?」
「今晩、お前の家貸せ。」
「ええ?別に全然いいけど、何で?ガルバディアホテル取ってないの?」


 きょとん、とした顔で尋ねるアーヴァインに、スコールはこくりと頷いた。


「元々シティに泊まるつもりはなかったから。パーティ終わったらすぐに家に帰ろうと思ってた。でも、帰る手段がなくなったからな、誰かさんのおかげで。」
「・・・・・・うっ、それはそれは返す返すも有難うゴザイマス。」
「だからお前の家を貸せ。」
「ああ、いいよ〜。今からだと、多分ガルバディアホテルも満室だろうしね。ニューイヤーデイだしね。」
「そういう訳だ。」


 スコールの同意に、アーヴァインは顔を綻ばせ、そしてひとつのカードキーを差し出した。それをスコールは受け取って懐に入れる。リノアはまだデザートブースから戻ってきていない。それを確認してから、アーヴァインはスコールにコソコソと耳打ちした。


「僕ん家さ、客間あるからそこ使ってよ。僕の部屋はさすがに嫌でしょ。客間はちゃんと新品シーツにしてあるからさ。洗い物は、帰るときにでも洗濯機放り込んでおいてくれればいいよ。替えのシーツは、客間の押し入れのとこに入ってるから。」
「・・・・・・随分シーツのことばかり気にするな。」
「そりゃあそうでしょー。だってヤったらすぐにドロドロになっちゃうでしょ。女の子ってそういうの気にするじゃん。誰かの家だったら特に。」
「・・・・・・観点がズレてる。それを言うなら、親しい友人の家でヤリたいって言う女はあまりいないだろう。」
「じゃあ何、スコール今晩はヤらない気?」
「・・・・・・。」
「ヤるつもりなんじゃん。僕別に気にしないから、お好きにどうぞ。洗い物だけよろしくね。」


 あけすけに、あっけらかんとそう言うアーヴァインに、スコールはひとつだけ溜息をついた。
 機嫌がいいときのアーヴァインは結構あからさまだ。男同士になると特にそうだ。男飲みの時の会話では、何度ゼルが顔を赤くしたり青くしたりしてるか分からない。最初のうちは、何でコイツこんなにあけすけなんだと頭を抱えたものだったが、今ではスコールもすっかり慣れた。慣れるどころか、たまにこうやって自分の嫁と有意義な時間を過ごすためのやり取りを交わしている当たり、お互いどうしようもないというか何というかだ。
 とりあえずアーヴァインの家だろうがどこだろうがリノアを襲う気ではいたので、アーヴァインの申し出は確かに有難かった。だがそれを素直に感謝できるほど、スコールは素直ではない。いつものように軽く不機嫌そうに眉間に皺を寄せてみせるスコールを見て、アーヴァインはははっと笑った。アーヴァインももちろんスコールの思考は読めていたらしい。スコールがぽかり、とアーヴァインを小突くと、それすらも喜ぶかのようにへらりと笑っていた。


「もうすぐに出るんだろ。」
「うん、スピーチしたらすぐに行くよ。」
「じゃあ頑張ってスピーチしてこい。」
「分かった〜。」


 そう言い残すと、アーヴァインは手を振ってガルバディアガーデン関係者の方へと行ってしまった。やがてリノアが皿にデザートを山盛りにして戻ってきた。アーヴァインがいないことに気づいて、きょろきょろと辺りを見回した。


「スコール、アーヴァインは?」
「最後のスピーチの打ち合わせに行ったぞ。スピーチしたらすぐにトラビアに発つんだと。」
「そっか。ねえ、わたしたちはどうするの?パーティー終わって、それからどうやって帰る?タクシー?」
「アーヴァインの家に泊まる。」
「・・・・・・え。いいの?」
「いいんだよ。どうせアイツはトラビアに行ってていないし、ガルバディアガーデンから歩いて帰れるし。ホテルはもう満室だろうしな。こんな日にタクシーなんて中々捕まらない。だったら今晩アイツの家に泊まって、明日ゆっくり家に帰る方が得策だ。」
「そうだけど。」


 スコールの言葉は尤もな内容で、リノアはなるほどと納得した。納得はしたが、何となく物足りないような不満気な表情を浮かべている。本人それに気づいているのだろうか。いや、おそらく気づいてはいないだろう。無意識に浮かべてしまったと思われる表情は、確かにリノアの心の内を表していて、スコールは破顔した。
 そう、彼女も期待していたのだ、多分。この年末年始休暇の間、2人で触れ合い抱き合って、肌を重ねることを。忙しなかった12月を終えて、久々にゆったりとした時間を持てること。時間や仕事を気にせず、いつも一緒にいて身体を寄せ合うことを。
 しかしアーヴァインの寝室でそういうコトに及ぶなんて到底無理、リノアはそう考えているだろう。リノアはアーヴァインの家の間取りを知らない。単身赴任のような状態のアーヴァインであるから、部屋数は最低限しかないだろうと思っていそうだ。客間の存在なんて、思いもよらないだろう。ただただ、友達のベッドで抱き合うなんて絶対無理、そのことしか考えていないだろう。
 結果、アーヴァインの家では、そんなことは出来そうにない。そう結論づけたに違いない。そして、彼女は確かにその事実に落胆しているのだ。たった一晩、明日の夜には自宅にいて、好きに抱き合うことが出来るのを分かっているのに。ほんの少しの間のお預けなのに。それでも、その僅かなお預けすら残念に感じてしまうほど、彼女も自分とふれあいたいと思ってくれていたのだ。それが、リノアの表情と仕草で簡単に分かってしまった。


「不満そうだな。アイツの家に泊まるの嫌か?」
「不満とか、そういうんじゃなくて。・・・・・・えっと。」
「何?」
「・・・・・・別に何でもない!」


 スコールの問いかけに、リノアは暫くもじもじとしていたが、やがて思い切ったように何でもないと言って笑った。スコールはそれを見て、クククと喉の奥で笑い声を耐える。
 語るに落ちる、とはこのことだ、と思う。そんな真っ赤な顔で、心持ち潤んだ瞳で、眉をハの字にして、それで何でもないと誤魔化せる訳なんてないだろうが。誰か騙せても、俺には無理だ。何年一緒にいると思ってる。
 だからスコールは、リノアの耳元で囁いた。


「客間を使え、ってさ。」
「客間・・・・・・?アーヴァインの家、そんな部屋あるんだ?」
「ああ。シーツは新品だし、替えもあるからって。」
「・・・・・・。」
「リノア?」


 スコールの言葉の指し示す意味に、リノアもやはり気づいたらしい。さらに一層顔を赤くして黙り込む彼女に、スコールは殊更優しげな声で呼びかける。声の誘惑に負けたリノアは、そろりと上目遣いにスコールを見て、それから睨んだ。睨まれても涼しげな顔で平然としているスコールだが、それでも澄んだ蒼い瞳の奥は熱いものがあって、それを見つけたリノアはもう逃げることなんて出来なくなる。


 ーーーーーやっぱり貴方が、わたしを導いて連れて行ってしまうんだわ。そしてわたしはそれに逆らえないの、絶対。悔しい。わたし、いつも振り回されているばかり。


 リノアはそんなことを思いながら、スコールにデザートの皿を押し付けた。これ、全部食えって言うんじゃないだろうな、という心なしか焦ったスコールの声を聞いて、リノアはほんの少しだけ溜飲を下げた。




end.