告白 〜子供の領分〜










わたしたちは、きっとズルイ。
ズルイ子供。










それでも。
そんなキミが。そんなわたしが。
いとおしかった。










***










「また、ここでさぼっているの?」
「先生こそ。
もしかして、僕に会いたかった?」
「言ってなさいよ。」










アーヴァイン・キニアス。
わたしの担当の生徒ではなかったけれども、噂の多い生徒。
実力はあるのに、どうも向上心に欠けるというか。
先生方も少しもてあまし気味だ。
だから、知っている。










ガルバディア・ガーデンの中庭の隅の木陰。
ここは、わたしのお気に入りの読書スポットだったのに。
この生徒が乱入してくるようになって、もう結構な月日が経つ。










「・・・・・また、何かあったんだ?」
「・・・・・どうしてそう思うの?」
「・・・・・何もなかったら、ここには来ないじゃない、先生。」
「・・・・・・・・。」










この子、嫌い。
人のことを見透かすから。
でも、わたしと似てるとも思う。
だって、きっとこの子も、行き場所がなくて困って泣いている子だから。







わたしは、クールにデキル女を装って。
キミは甘くて優しい男を装って。










それでも、きっと中身は同じ。
叶わないものが諦められなくていつまでも泣いている子供。










だからかしら?
キミが思いつきのように言った、「付き合ってみない?」という言葉に。
「いいわよ。」と答えたのは。










***










「・・・・・・・レーヌ?」
「ぎゅっと抱きしめてくれる?」
「また、なんかあったの?」
「・・・・・・・してくれないの?」










わたしが怒ったように言うと。
キミは、仕方がないなあといった風に手を広げた。










付き合うようになってから、キミはわたしのことをレーヌと呼ぶようになった。
レーヌっていうのはわたしの愛称。
わたしは、この愛称が好きだったから、そう呼んでと言ったのだ。










あの人は、レーヌだなんて呼んでくれない。
ボルガン、と苗字で呼ぶ。
わたしのことを抱いているときでさえ、そう。
その度に、わたしはあなたに拒絶されているんだと思い知らされる。










あの人には、可愛い奥さんがいる。
なのに、わたしのことも嫌いじゃないという。
でも、決してわたしのことは選んではくれない。
どこまで追いかけても、追いつけない。
ギリギリのところでかわされる。










そのことが、わたしを追い詰めていたんです。
だから、わたしはキミに救いを求めました。
この血が噴出す傷を忘れさせてくれるなら、誰でもよかったのです。
いつまでもズルイ子供なのは、わたしです。










「・・・・・・あったかいね・・・・・・。」
「生きてるからね。レーヌもあったかいよ?」
「・・・・・・ぼうやはまだ若いから、だから体温高いんだわ。」
「若いから、こんなこともできるんじゃない。」










キミはそう言って、わたしにそっと口付ける。
優しいキス。
あの人みたいに性急なそれではなくて、わたしを落ち着かせるような。










わたしは、アーヴァインのことをぼうやと呼ぶ。
それは、年上なわたしのささやかな抵抗。
中身は子供でも、せめて外見は大人な女でいたかったから。
だから、無理して、ぼうや、と呼ぶ。










つきあって間もない頃、わたしはぼうやのことをどうやって呼んだらいいか
迷っていた。
アーヴァイン、と呼ぶのはなんだか気恥ずかしく、それでもキニアス君と呼ぶ
のは他人行儀だし。
そんなとき、たまたま、アービンと呼んでみたことがある。










そのとき、キミは。
はっとしたようにわたしのことを見て。
それから、ちょっとやるせないように笑ってこう言った。










「・・・・・・・その呼び方は、勘弁してくれない?」










わたしは理由を聞かなかった。
今までたくさんの女の子と付き合っていたけれど、その子たち
の誰一人として、アービンと呼んだ子はいなかった。
だから、聞かなくてもその理由がわかってしまった。










その名前でキミのことを呼ぶのは、きっとキミの本当に好きな女の子だけ。
そうなんでしょう?










それを知って、わたしは嬉しかったのです。
裏切っているのはわたしだけじゃないということが分かって。
寂しさを癒してもらいたかったのは自分だけじゃなかったということがわか
って。










ズルイ自分をごまかすことができて、わたしは嬉しかったのです。










「ぼうやは、優しいね。」
「女性に優しいのは当たり前ですよ。」
「・・・・・・そうね。」










キミは、本心をなかなか見せない。
それはきっとキミなりの優しさ。










わたしが本気にならないように、どこかで一線を引いている。
そして、きっとわたしも。
キミを甘えさせることはするけども、キミのためにハッパかけてちゃんとさせるような
ことはしない。










そんなところが、わたしたちは似たもの同士なのだ。
新しい一歩を踏み出さなければ、いつまでたってもこのままなのに。
変化を怖がって、変わろうとしない。
いつまでもズルイ子供。










でも、いつまでもそのままではいられないのよ?










***










それから、色々なことがあった。
ぼうやが任務のためにいなくなって、そして帰ってこなくなって。
わたしはだんだんと自分の精神を保つことが難しくなっていた。
元々、ギリギリのところで頑張っていて、ぼうやの存在でやっとバランスを保ってい
たようなわたしだったから。
癒してくれる人がいなくなって、何かがぷつんと切れてしまった。










今思うと、それがよかったのかもしれない。










あの人を思い切ることが出来て。
そして愛する人も見つけることが出来たから。










結局、傷を舐めあっているだけではダメだったの。
それじゃあいつまでも変わらない。変えられない。
でも、キミといた日々はあまりにも居心地がよかったから。
だから、その日を先延ばしにしていたんだわ。
傷を開いて、膿を出す日を先延ばしにしていた。










開いた傷はいつまでも痛みました。
それは、きっとズルイ子供から大人へと変貌するための痛みだったのかも
しれません。
今もその傷跡はあるけれども、もう痛みは感じません。
わたしは、この青空のように澄み渡っています。
それは、わたしが頑張った証拠だと思うのです。










わたしは穏やかな日々を送っています。
けれどもそんなとき、たまにキミのことを思い出すのです。










キミは、まだあのときのまま泣いているのですか?










***










「アーヴァイン・キニアスです。よろしくお願いします。」










そう言ったキミの顔は。
一年前の子供ではなかった。










わたしは思わずくすりと笑ってしまう。
それはね、嬉しかったからよ。
わたしは今は幸せになったけれども、キミのことも心配だった。
だって、わたしたちは、仲間、でしょう?
自分だけ幸せになるのは、なんだか気が引けていたというのもある。










でも、そんなのただの杞憂だったみたいね。
キミはちゃんとキミ自身の力で壁を乗り越えたんだわ。










「やっぱりここにいたんだ、先生。」










いつも会っていたあの木陰で本を読んでいたら、キミがやってきた。
キミが来ると思って、わたしはわざわざそこで待ち伏せをしていたのだ。
わたしたちは、もうお互い終っているということがわかっていたけれども。
きちんと別れてはいなかったから。
だから、きちんとさよならするために。










これは、儀式。
きちんと子供だった自分たちとお別れするための。










キミは、もうわたしをレーヌとは呼ばない。
そのことが、わたしたちは完全に終っていることを思わせる。
でも、寂しくはないわ。
付き合っていた頃の方が、よっぽど寂しかった。










「・・・・・・・今考えると、僕も結構無神経だよね。ごめんね。
僕だって、同じようなことしてたのにね。」










キミはわたしに謝る。
謝らなくていいのに。
だって、わたしも同じだった。
わたしも、キミよりもっと好きな人がいるのに、キミをあの人の代わりにしてた。
そんなこと、キミも知っていたのに。
それでもキミはわたしに謝る。










やっぱりキミは優しい。
わたしね、誰かに癒してもらいたかったけれど、それは誰でもよかったわけじゃあ
なかったのかもしれない。
わたしのことを気遣ってくれるキミだから。
だから、わたしは癒されていたのだろう。










わたしもね、キミのことは好きだったわ。
大事だし、幸せになってもらいたかった。
ほんの一時、キミに愛されただけだけれども、その間わたしは幸せを感じることが出来た。
だから、キミは大丈夫。
キミの好きな子を、本当に幸せにすることが出来る。
恐れないで、ぶつかって御覧なさい?
わたしにだって出来たんだから、キミにも出来るでしょう?










だって、わたしたちは。
子供の領分を分け合っていたのだから。










「先生に会えてよかったよ!!」
「わたしもよ。
今までした練習の成果、出しなさい、少年。」










もう、わたしもキミのことをぼうやとは呼ばない。
もうキミはあの頃の子供じゃないんだから。
これからは、一人の大人として扱うわ。
だから、最後のプレゼントとして、キミにハッパをかけてあげる。
逃げたり、ごまかそうとしても甘えさせてなんかあげない。










あの頃先のことがわからなかったように。
今でもやっぱり、未来のことはわかりません。
それでも、あの頃のように手探りの未来が怖くはないのです。
だって、そこには明日があるのがわかっているのですから。










***










「キニアス、やっぱりやれば出来る子だったんですねえ。」
「あの頑張りにはたまげましたよ。」
「いやあ、この分だったらSeeD確実ですねえ。」










あれから3週間ほど経って。
各教科の担当教官が集まって、彼の習熟度について話し合う機会があった。










わたしの目からしても、彼は完璧に教科をこなしていると思う。
最初、先生方は彼をSeeDにするのは反対だった。
どうしても一年前の彼の様子が思い出されて、他の生徒に悪影響を与えるとか懸念していたのだ。
でも、その懸念を吹き飛ばすような彼の頑張りに、今では先生方も彼に期待している。










「これからガルバディアガーデンが変わっていくためには、キニアスのような人材が必要なのかもし
れないですね。」










ドドンナ学園長がそう言って笑うと、法律学担当の最高齢教官のフルトン先生が穏やかに笑った。










「若いっていうことは素晴らしいですよ。いかにダメかと思っていても、それを跳ね返す強さを持っ
ています。この学園も、まだ若い。だから、きっとこれからも大丈夫ですよ。」










フルトン先生は、ガーデン創建のころから教官でいらして。
でも、ガルバディアガーデンの校風がなんだかおかしくなっていった頃から、先生はそれを直そう
と努力していらした。
そのために、閑職にまわされたり、苦労の絶えない方でいらした。
そんな先生の目から見えたこの学園は、いったいどうなのか、わたしにはわからないけれど。
でも、きっと先生もわたしと同じに新しい未来を楽しみにしているはず。










「少年の可塑性、ですね、フルトン先生。」










わたしが昔先生に習ったことを言うと。
フルトン先生は穏やかに頷いた。










「その通りですよ、ボルガン先生。
でもね、最近わたしは思うのですよ。人間はいつまでも子供なのかもしれないって。
だからいつまでもやり直すことはできるのではないかとね。」
「そうですね、チャンスがないなんてことはないですね。」










そう言って、ドドンナ学園長も頷き。
他の先生方も穏やかに微笑む。










あの戦いの最中に、ガルバディアガーデンはめちゃくちゃになったけれども。
それでもこうやって新しい未来へと進んでいける。
あのときの混乱は嫌なものだったけれども、それでもあのことがなければ、今こんな
風になることは出来なかった。
だから、あの嫌な思い出も、心の中にしまっておくことが出来る。










わたしたち教官は、そんなにキミたち生徒を助けてあげることはできないかもしれないけれど。
それでも、みんな素晴らしい未来を夢見ている。










***










「あの、アーヴァイン・キニアスくんに面会に来たんですけれども。」
「あなたは?」
「バラムガーデン所属SeeDの、セルフィ・ティルミットです。」










わたしの授業も今日で最後、という日に。
わたしは小柄な女の子に声をかけられた。










ぴしっとSeeD敬礼をするその子は、とっても愛らしかった。
くるくるとよく動く快活そうなグリーンの瞳に、外はねの茶色の髪。










「キニアスくん、これからわたしの授業にでる予定なんですよ。
授業が始まる前なら、少し会えますよ。
いらっしゃい。」










わたしがそう言って微笑むと。
その子は太陽みたいに嬉しそうに笑った。










「びっくりしました。まさかSeeD試験のために、休暇がなかったなんて知らなかったです
から。」
「そうですね、このことはかなり急に決まりましたしね。でも、もともとバラムの方ではそのつ
もりだったようですよ?」
「うちの学園長、狸ですから。」










この、セルフィと名乗った女の子はとっても人懐っこかった。
だからかしら、わたしも楽しくおしゃべりすることが出来る。
わたしは、中々人見知りなところがあったりするのだけれども。
この子はそんなことを気にしないかのように、わたしと話をしてくれる。
それが、わたしには心地よかった。










「キニアスくん、面会よ。」
「え?誰?」










わたしが教室の扉を開いて、そして彼女を招き入れると。
キミは一瞬心のそこから驚いた顔をして。
それから、ぱあっと顔をほころませた。










「え、セフィ!?
どうしてここに〜!?」
「へっへっへ〜、アービンが約束破るのがいけないんやからね!!
アタシ、トラビアで待っとったのに。」
「あ〜、ごめん。
まさか、僕もこんなことになるとは思ってなかったからさ〜・・・。」
「うん。アタシも聞いてびっくりしたよ〜。」










アービン。
その子は、キミのことをアービンって呼ぶのね。
そうか、その子がキミの本当に好きな子。










二人が楽しそうに話している姿は、なんだか可愛らしくって。
キミがやっと年相応に見える。
やっぱり、あの頃は無理していたのだ。
無理して、大人ぶっていたんだ。
でも、あの頃のキミより、今のキミのほうがずっと素敵だと思うわよ?










だから。










頑張りなさい、少年?










「・・・・・・せっかく、わざわざ会いに来てくれたのだし、今日のわたしの授業は
休講にしましょうか。」










わたしがそう微笑みながら言うと。
セルフィちゃんがびっくりしたような顔をした。










「え、アタシ勉強の邪魔はしないつもりだったんですけど・・・・・。」
「キニアスくんね、ほんとにずっと頑張ってたのよ。
もう、多分SeeD試験クリアレベルには達していると思うわ。
元々、今日の講義はまとめテストでもしようかとか思っていただけだから、別に
いいのよ。」
「先生、それって僕へのご褒美?」
「ま、そうとってくれてもいいわ。
その代わり、本試験で落としたら承知しないわよ?」










キミは、なんだか照れくさそうな顔をしていた。
わたしが、セルフィちゃんのことを気づいているということがわかっているみたいだった。
わたしはまとめ用のプリントを手渡した。










「これは直前に目を通しておくといいわね。
重要なことが書いてあるから。」
「ありがとう、先生。」
「頑張りなさい、キミなら出来るわ。」










最後に言ったわたしの台詞は、含みがある。
試験のことももちろん、キミの恋もね。
わたしは応援してるから。
そういう意味で言った。










キミもきっとわかっている。
だから、わたしの方を見て、笑って言った。










「ありがとう、先生。」










別に御礼なんかいらないわ。
キミはキミらしく生きていきなさい。
そういう意味も込めて、わたしは二人に手を振った。










わたしたちは、いつまでもズルイ子供でした。
けれども、今は違います。
相変わらず明日を夢見る子供ではあるけれども、それでもズルくはないはずです。
それはなんて、気持ちがいいことでしょう。










わたしは携帯電話を取り出し、短縮番号1番にダイヤルする。










「もしもし?なに、レーヌ講義中じゃないの?」
「休講にしちゃった。それに、あなたの声も聞きたかったんだもの。」
「いけない先生だね。」










電話越しから聞こえるあなたの穏やかな笑い声。
それは、わたしをときめかせる。










「いけない先生は嫌いですか?」
「・・・・・・言わせようとしてますね、奥さん?」
「わかりますか?」
「わかりますよ。・・・・・もちろん愛してますよ。」
「わたしも、愛してるわ、旦那様。」










わたしは、わたしの人生を生きていく。
キミも、いつかこういう未来が送れるといいわね。
わたしは、今すごく幸せだ。










だから、キミも。










幸せになって。










ていうか、ならなかったら承知しないわよ(笑)?









end.