***このまま(「FF8 Character's Party」様よりお題をお借りしました。) 「もしもし」 「あ、レオンハート査察官ですか。魔女管理局1局のオコーネルです。」 午後の長閑な静寂を破った一本の電話。仕事上の携帯にかかってくるわけではなく、自宅電話が鳴るということが意味するところ。そして、電話の主。この2点から俺はすぐに内容を察知してしまい、溜息をついた。その僅かな吐息が電話口の向こうに聞こえてしまったようだ。電話相手は申し訳なさそうに謝った。 「すみません、私がかけてきた意味なんてすぐにお分かりですよね。レオンハート査察官ですものね。」 「・・・・・・別に貴女が謝らなくちゃいけない訳なんかない。気にするな。」 「それでも。職務上致し方ないとはいえ、友人としてはやはり謝らせていただきたいのですよ。こうして電話を差し上げていることを。」 「本当に気にするな。・・・・・・まだリノアは帰宅していないぞ。」 「存じております。先程まで任務にご一緒させていただいておりましたから。」 俺の言葉にオコーネル1局局長は静かに返答した。リノアに話がある訳じゃない、ということはやはり俺に話があるのだろう。オコーネルのいる魔女管理局1局は、魔女任務の実働部隊だ。実際に任務に出るリノアに付き従い、その手足となってサポートする。だからリノアがまだ帰宅できていないことなどお見通しだ。 「明日は、リノア様のお誕生日ですね。」 「そうだな。」 「明日は、どこかへ行くご予定が?」 「いや、特には。前日まで任務だったリノアに遠出は厳しいだろうし。多分家でゆっくりして、出かけたところで近場だと思う。」 「・・・・・・そうですか。それは助かります。」 遠出をしない、ということは魔女管理局の人間が俺とリノアに連絡を取ることが容易いということだ。オコーネルは普段は俺たちが何をしているか詮索することなどしない。任務が入りそうだという時、もしくはリノアの定期検診が近づいているときだけ連絡をしてくる。 ちなみにリノアの定期検診は先日終わったばかりだ。次回は2ヶ月後。だから、オコーネルが俺に連絡してきた意味はただ一つ。 ーーーーー明日、リノアの誕生日にも関わらず、リノアが当たらなければいけない任務が発生する可能性が非常に高いということ。 それを示している。 「・・・・・・トラビアの猛吹雪の件だろう、貴女が電話をかけてきたのは。」 「・・・・・・ええ。ご明察のとおりです。」 「天気予報見れば分かる。3日前から降り続いた猛吹雪がまだ止まらず、また気圧配置的に明日は強風が吹きそうだ。」 「はい。今日まででリノア様のお力も合わせて大体の緊急避難措置は取れましたが、それでも応急のものでしかありません。該当地域の住民が皆ちゃんと避難してくれれば問題ないのですが、一部地域にまだ避難を完了させていない地域があります。彼の地は表層雪崩が起きやすい場でもあります。一度山から居住地域へ雪崩が始まりましたら、我々では食い止められません。」 「・・・・・・。トラビアだからな。難しいな。」 「ええ。彼の地はやはり魔女に対する拒絶感が強いので・・・・・・。」 俺の言葉に、オコーネルは少し言葉を濁した。 トラビアはエスタに隣合っている国だ。かつての魔女アデルの侵攻により国土をめちゃくちゃにされたことは、まだ国民の記憶に新しい。特に山岳地方の辺境地域に住む人間は過疎化のために老人が多いから、余計にかつての記憶は鮮明だろう。新たな魔女とはいえ、アデルの力を受け継いでいるリノアに拒絶感や不信感を抱く者たちがいることも致し方ないことではあった。 今回の任務に着く前に、リノアが少しだけ悲しげな溜息をついていたのを思い出す。 トラビアは過酷な自然環境に囲まれているため、自然災害も多く、結果魔女の、リノアの助けを借りることが多い。その度にリノアは真剣に人の命を救い、そしてそれ以上に酷く傷つけられて帰ってくる。容赦なくぶつけられる不信の目、言葉、疎外の眼差し、傍に近寄ってもくれない頑迷な老人たち。それらのマイナスな感情を正面から受けて、酷く疲弊して帰ってくる。それでも、彼女はトラビアに行くことを躊躇いはしなかった。そんな彼女の姿は痛々しくて、切なくて、俺はただ黙って抱きしめることしか出来なかった。 オコーネルが話を続ける。 「リノア様、本当は帰らない、って仰ったんですけど。何があるか分からないから、現場を離れる訳にはいかない。そう仰っていたんですけれども。でもその現場の雰囲気はあまり良いものではないので、無理を言ってとりあえず帰宅していただきました。今レオンハート査察官たちがおられる場所はエスタですし、リノア様はもうテレポを使いこなしておられますし。何か問題があっても大丈夫ですから。」 「・・・・・・そうか。」 「せっかくのお誕生日ですもの。休暇も取れず任務に当たらなければならず、しかも自分を嫌っている人間に囲まれて過ごすなんて、そんな悲しいことさせたくはありません。」 「・・・・・・有難う。」 「いいえ。私どもにとっても、リノア様は大切な方ですから。」 妙にきっぱりとしたオコーネルの口調に、俺はほんのりと笑みを漏らした。そう、リノアは魔女管理局の人間たちにとても大事にされている。それは僥倖、と言ってもいい。 魔女管理局の人間たちは、皆世界各国から集められた人間だ。特定の国出身の者ばかりということはなく、本当に平等に各国に割り当てられた人数を本国から派遣されている。 魔女管理局が発足した当初、彼らがリノアに抱く感情はお世辞にもいいものとは言えなかった。恐怖を消しきれていないものや、嫌悪感をどうしても抱いてしまうものもいた。だがそれらも全て、リノアが示す言葉や行動により段々と軟化し、やがてはリノアのためになら動く誠実な親衛隊のようなものへと変化していった。特定人と魔女が親密な関係になることはあまり好ましい事態ではないため、当然スタッフは数年ごとに入れ替えられる。しかし去っていったスタッフたちも、そして新たに入ってきたスタッフもともに同じく、リノアに暖かく優しい感情を抱いてくれているということは、どれほどリノアの助けになることか。 リノアの不断の努力のお陰だとは言え、やはり俺は彼らに感謝せざるを得なかった。 だから、彼らが止むにやまれぬ事情で俺に連絡をしてきたのなら。俺がそれを受け入れない訳はないのだ。 「明日。どのタイミングになるかは分からないが、おそらく確実にこちらに連絡してくる。それがタイムリミット。貴女が連絡してきた意味はそういうこと、だな?」 「・・・・・・毎度ご明察、痛み入ります。」 「了解した。」 「本当に、申し訳ありません。」 「謝らなくていい。知らせてくれて有難う。」 「いいえ。願わくば、このまま対策が持ちこたえてくれることを祈ります。幸せな一日を、貴方がたが送れますよう。」 「そちらこそ。きちんと休息を取れよ。」 「了解しております。」 最後の俺の苦笑混じりの言葉に、オコーネルも少しだけ笑みを乗せた声音で応え。そして電話は切れた。 受話器を元あったところに戻しながら、俺はやはり溜息をつく。 SeeD年齢を過ぎ、SeeDを引退してガーデン査察官になった俺は、以前からは考えられないほど定時の仕事を得ることが出来ていた。ガーデンがきちんと問題なく運営されているか。それを調査してバラムに報告する仕事だ。稀にSeeD候補生への授業を依頼されることはあるが、それでも昔のように急に任務が入ったりすることはない。いつも決められたスケジュール通りに動くことが出来ている。 反対に、リノアは。魔女任務が災害に遭った人々や大地を救うことであるが故に、きちんとしたスケジュールなど存在しない。定期検診だけはスケジューリングされているが、それ以外の任務は全て随時性のもので、ある日突然持ち込まれることばかりだ。何か大事な用があったとしても、どこかへ出かけよう、そういう約束をしていたとしても。一度任務が入ればそれら全てを諦めて、彼の地へ赴かねばならない。魔女の代わりは誰もいない。リノアが行かなければ、災害にあっている人たちはただ死んでいくばかりだ。そんな状況の中で、彼女の中に「行かない」という選択肢が出てくるわけがない。 かつて、彼女とした約束を破りまくっていたのは俺だったが。今では俺とした約束を彼女が破らざるを得ない状況となっている。 やがて、リンゴーンと扉のベルが鳴った。俺が扉を急いで開けると、そこには鼻の頭を赤くしたリノアがいた。3月は春の始まる季節とはいえ、やはり外は寒い。真冬ほどの冷たさは空気にないとはしても、それでも暖かいとは言えなかった。きっとリノアは走って来たのだろう。僅かに息を切らしながら、俺の顔を見てにこりと笑った。 「ただいま、スコール。」 「お帰り、リノア。」 そしてすぐに部屋に招き入れ、コートを脱ぐのすら待たずにそのままぎゅうっと抱き締めた。彼女の全身から冷たい空気が立ち上る。それらはすぐに消えて、俺の体温を取り入れて温まっていく。リノアはほうっと息をついた。 「あったかい。」 「そうか。」 「もう暦の上では春なのに、まだまだ夜になると寒いね。」 「そうだな。何か、温かいものでも飲むか?」 「うん。」 そっと俺はリノアの頬に手を滑らせた。すべすべした頬は、やはりきいんと冷えていた。肌の滑らかさと冷たさが妙に気持ちいいな、そう思って俺が撫でると、リノアは気持ちよさそうに瞳を閉じた。そのまま指を滑らせて、ふっくらと紅色に色づく唇を撫でた。それもやはり冷たくて、自分のもので塞いで暖かさを与える。最初冷たかった唇が、俺に応えて段々と綻び温もっていく様は例えようもなく幸せな光景だった。 ーーーーーそれが、期限付きのものだと知ってはいても。このままずっとこうしていたい、そう願うほどに。 *** 「・・・・・・オハヨ。」 「おはよう。」 リノアが目を覚ましたのは、日が大分昇ってからだった。昨晩は夕食を取った後、風呂やベッドでお互い触れ合った。暫く離れ離れだった反動もあるし、お互い時間を無駄にしたくないという意識が働いていたからだと思う。いつもにはありえないほど俺を求めてくれる彼女の姿に、ああ今日2人でいられる時間がいつ終わりを告げるか分からないということを彼女も知っているのだな。そう思った。 先程まで幸せそうに瞑っていた黒い瞳はゆらゆらと開かれ、そして俺を見て恥ずかしそうに細められた。すぐ隣で、まるで彼女を抱き込むかのように休んでいた俺も、ほんのりと微笑する。それは幸せとしか言えない、朝の光景だった。 「今、何時くらいかな。わたしすごく寝ちゃったみたい。」 「11時ってとこかな。昨日まで任務だったんだから、仕方ないだろ。」 「・・・・・・任務だけのせいじゃないと思う・・・・・・。」 「そうか?」 「そうですよ。」 俺の言葉に、リノアは少し頬を赤らめて口を尖らせた。その仕草は出会った頃と全く変わらず、相変わらず素直であどけないものだった。俺は思わず笑ってしまった。 なあに、また子供みたいって思ってるんでしょ。 リノアがそう小さく文句を言う。そんな唇を軽く塞いでから、俺はベッドから起き上がってガウンを羽織った。 「スコール?」 「シャワー浴びてくる。リノアはまだ寝てる?」 「ううん。わたしももう起きる。いつまでも寝てるなんて勿体無いもの。」 「じゃあ、俺が出たらリノアも入るか?」 「うん。」 「終わったら声かけるから。」 「ありがと。」 リノアはベッドに横たわったままふわりと笑って、そして俺に向かって手を振った。そんな風にしていたら、また眠りに入ってしまうんじゃないのか。俺はそう思いながら手を振り返した。 昨夜の名残をさっさと落としてシャワーを切り上げ、リノアがいるベッドに戻ると、やはり彼女は幸せそうにうつらうつらしていた。俺がリノア、と呼びかけると、ぱちりと瞳は開かれた。 「わたし、寝ちゃってた?」 「ああ。風呂空いたからどうぞ。」 「ありがとう。」 やがてリノアがむくり、と起き出した。昨夜あのまま寝てしまっていたのだから、当然申し訳なさ程度の下着しかつけていない。俺がじっと見ているのに気づいたのか、上目遣いで睨まれた。その表情に笑い出してしまいながら彼女に背を向けると、ほっとしたような吐息とともにシーツが擦れる音とベッドが軋む音がした。 やがて、風呂場の扉が閉められた音が聞こえる。 俺はそれを合図にさっさと着替えを済ませると、キッチンへと向かった。 *** 「えー、スコールがブランチ作ってくれたの!?」 「たまには。今日はお前の誕生日だし。」 シャワーを済ませ長い黒髪を乾かしてからリノアはダイニングへとやってきた。ふわりとしたワンピースは俺からの誕生日プレゼントだ。着替えのところに置いておいたのを早速見つけ、身につけてくれたらしい。 柔らかなシフォン素材の空色のワンピース姿のリノアに、俺は目を細めた。 「それ、良く似合ってる。」 「そう?有難う、とても嬉しい。 でもスコール、よくわたしのサイズ分かったね?誂えたみたいにぴったりだよ。」 「それは、まあ。」 「まあ、何?」 「・・・・・・言ってもいいのか。」 「?」 俺がわざわざぼかした言葉の先が、リノアには思い至らないらしい。きょとんと黒い瞳を丸くして、子栗鼠のようにこ首をかしげる仕草が妙に被虐心をそそる。少しばかり虐めてみたくなってしまった。素知らぬ顔で、俺は先ほどぼかした続きを口にする。 「あれだけ色々なところを年中触ってたら、誰だって・・・・・・。」 「!!ストップストップ!分かりました!」 「何だ、教えてほしそうだったから言ったのに。」 「もういいっす、サーセンっした、査察官殿!」 慌てたように敬礼の真似事までして、顔を真っ赤にして言い募るリノアを見て。俺はやっぱり笑いを堪えることは出来なかった。ぶほっと情けない音とともに、俺の顔が崩れていく。くくく、と堪えきれない笑い声が漏れるのを聞いて、リノアはやはりプンプンと怒った。 「もう、そんなに笑わなくてもいいじゃない!スコールわたしのことからかって楽しんでるでしょ?」 「だってお前、『サーセンっした』なんて男軍人用語、どこで覚えてきたんだよ?」 「こないだ魔女管理局の新人クンが使ってた。ちょっと面白かったの。」 てへっとリノアは照れくさそうに笑った。そういや、彼女は昔から男言葉を照れ隠しのように使うことがあった。昔聞いてみたところ、「ティンバーに逃げ出す前、女の子らしい話し方ばかりを強制されて、それがとても窮屈で嫌だったから。」という答えが返ってきたのを思い出す。 リノアはひょいっとダイニングの机を覗いた。先ほど俺が焼き上げたパンケーキが湯気を立てている。俺の皿には目玉焼きとソーセージ、彼女の皿には色とりどりのフルーツを添えてある。くん、とリノアは辺に漂う甘い香りを嗅いだ。 「美味しそう!冷めないうちに頂こうかな。」 「どうぞ。召し上がれ。」 「いただきます!」 リノアが嬉しそうに席に着くのを横目で見ながら、俺は淹れておいたコーヒーをマグカップに注いだ。俺のものにはなみなみと、彼女のものには半分程度。注ぎ終わったマグカップをリノアに渡すと、リノアは嬉しそうに受け取り、おもむろに砂糖とミルクをたっぷりと入れた。 「誕生日、おめでとう。」 「有難う。」 ブランチタイムだから酒というわけにはいかないが、それでも俺がマグカップを軽く持ち上げて彼女の誕生日を寿ぐと、彼女もにこりと笑ってマグカップを持ち上げた。かちり、という優しい音がしてマグカップが一瞬だけ触れ合う。それはまるで、小さなキスのように暖かくて優しかった。 リノアはマグカップからカフェオレを一口飲んで、そしてたっぷりとパンケーキにバターを塗った。さらにシロップも思いっきりかけている姿を見て、俺は微笑した。 「ダイエット、っていつも口癖みたいに言ってるくせに。」 「いいの!朝は糖分とっても大丈夫って、こないだ雑誌に載ってたもん。あ、これすごく美味しい。やっぱりスコール料理上手だねえ。」 「それは良かった。 ・・・・・・でもいつも言ってるけど、リノアは別にダイエットする必要なんかないと思うが。ちょうど良いくらいだろ、今。」 「えー。確かに体型は昔からあんまり変わってないけど、でももうちょっと引き締まってる方がカッコイイなって思うんだけどな。」 「いや。そのままがいい。」 美味しそうにパンケーキを食べながら、リノアは少し口を尖らせて俺の問いに答えていた。今のままでも、十分腰は細いし、腕も身体も、力を入れてしまえば壊してしまうんじゃないか。そう危惧するほどなのに。それなのにもっと細くなろうなんて。勘弁して欲しいと思う。そんなに華奢になられたら、俺は怖くてうっかり抱きしめることも出来なくなってしまう。 俺があまりにきっぱりと、今のままがいいと断言するからだろうか。リノアは、そーうお?と訝しげに俺を伺った。俺の瞳の色を見て、俺が嘘偽りなど何も口にしていないことを理解したのかもしれない。リノアは不思議そうな顔をして、それから「スコールがいいならいいけど。」ともぐもぐと呟いた。 「・・・・・・今日、どこか行きたいところとかあるか?」 「うーん・・・・・・。」 俺がそっと尋ねると、リノアは難しそうな顔をして唸った。パンケーキを食べながらひとしきり色々思いを巡らしていたみたいだが、やがて吹っ切ったかのように俺を見つめて答えを出した。 「どこも出かけなくていいや。今日は、こうやってずっとスコールと一緒にのんびりしてたい。 ここのところ、スコールと一緒にいられなかったし。お出かけしなくても、こうやってお話したり、美味しいもの食べたり。それだけで十分嬉しい。」 「・・・・・・本当にいいのか?今日はリノアの誕生日だろ。今日くらい我が儘言っても、誰も責めない。 どこか出かけたいなら、遠慮なんてするな。俺が連れて行ってやる。」 欲のないリノアの言葉を聞いて思わず俺は、そんな言葉を口にしてしまった。言ってから、しまったと思った。リノアはきっと、この時間が仮りそめのものなのだということを知っている。呼び出しが来たらすぐに災害の地へ戻らなければいけないことを納得している。そんな彼女に向かって、彼女の心を迷わすようなことを言うなんて。 俺が一瞬だけ後悔の色を瞳に浮かべてしまったのを、リノアは気づいたらしい。ふわり、と微笑んでそれから首を振った。 「・・・・・・行けないよ。スコールだって、分かってて言ってるんでしょ? スコール、今日は一度もテレビつけてない。テレビを見たら、何かの拍子に天気予報目にしちゃうから。」 「・・・・・・。」 「本当だったら、わたし、今日ここにいるのは難しかった。だけど、皆のおかげでここにいることが出来てる。スコールと一緒にいられてる。スコールに誕生日を祝ってもらえてる。 そしてね、それは絶対に当たり前のことじゃないの。皆が手伝ってくれて、ようやく手に入れることが出来たものなの。だから、このままでいるだけで十分。わたしを送り出してくれた人たちのこと、わたしは裏切りたくない。誰も責めなくても、わたしは彼らを見捨てることなんて出来ない。」 「・・・・・・。そうだ、な。悪い、変なこと言った。」 ゆっくりと語るリノアの言葉はまさに正しかった。俺も理性ではそう思う。それでも、彼女に楽しい時間をあげたいとどうしても思ってしまう。現状を踏まえたうえでの希望なんかではなくて、本当にしたいこと、やりたいこと、それらがあれば叶えてやりたい。 ーーーーーそれは、彼女のためでは決してなく、むしろ俺のエゴでしかないのかもしれないのだけど。 リノアは俺が口にした謝罪に首を優しく振り、そして穏やかに微笑んだ。 「ありがと、ね。一緒にどこか行ってくれるって言ってくれたの、嬉しかった。」 「・・・・・・。」 「そして、ごめんね。誕生日はずっと一緒にいようって約束したのに、多分その約束、守れない。」 リノアはそう言って、そして目を伏せる。彼女は泣いてはいなかった。だけど、少しだけ震えている肩が、彼女の感情を如実に表していた。それが堪らなくて、俺は手を伸ばして彼女の頬に触れた。彼女は潤んだ瞳を俺に向け、そしてまた瞳を閉じてすり、と擦り寄せた。 リノアが言った言葉は、数年前の俺がいつも吐いていたものだった。約束したのに、仕事が入ってしまった。この次は必ず、そういうあてのない約束ばかりを繰り返して。うん、分かった。そう答えるリノアはいつだって笑ってくれていたけれども、それでも潤んだ瞳はささやかに「寂しい」という感情を俺に伝えていて、俺はそれを見ないふりをするのがやっとだった。 きっと今は。 今は俺が、どうしようもない切なさと寂しさを隠しきれずにいる姿を見て、密かに彼女は心を痛めているのだろうと思う。数年前の俺がそうであったように。 仕事は大事で、自分を待ってくれている人間がいる以上、彼らを見捨てて自分の思うままに振舞う、そんなことを出来るはずがなかった。誰も自分の代わりをすることなんて出来ない。だから自分は投げ出すわけには行かない。自分のプライベートを何よりも優先させる。そんな責任感のないことは出来ない。 だけど、無理やり我慢させた心や思いは、やはり軋んで自分に疼痛を与えるのだ。誰よりも大切にしたい人間にこんな顔をさせたい訳はない。いつも幸せに笑っていてほしい。いつも傍にいて、笑い合っていたい。望むことはそれだけなのに、とても簡単なことなはずなのに、それすら満足に与えられない自分。仕事に誇りはあるし、決して嫌いではない。しかしこんなとき、どうしてこの仕事を選んでしまったのだろうという後悔を抱いた。この仕事さえしていなければ、もし普通の仕事に着いていれば、そうしたらこんな顔を彼女にさせないでもいいだろうに。 この仕事をしていたおかげで彼女と出会えたというのに。 もし普通の仕事をしている人間や、ただの学生だったら彼女と出会うことなんてなかっただろう。もし出会ったとしても一緒にいることなんて無理だったろう。 それを知っているくせに、まるで子どもの繰り言のように「SeeDでなければ」「この依頼さえ入らなければ」と繰り返した。 時間にしてほんの僅か、だったと思う。 ふいに居間にある電話のベルが鳴った。大きな音ではないが、静謐な空間を破るには十分なもので、リノアも俺もはっとしたように身体を強ばらせた。 頬を撫でていた俺の手に、リノアの手が添えられる。きゅっと小さな指が、俺の指に絡められた。 「タイムリミット、だね。」 「ああ。」 リノアの言葉に、俺は頷いた。そしてそっと彼女の頬から手を離し、電話を取りに行った。 「もしもし、レオンハートです。」 「・・・・・・オコーネルです。申し訳ありません。」 「謝らなくていい。リノアに代わる。」 少し弱々しげな声が、電話向こうから聞こえる。まだ昼時だというのにもうリノアを呼び戻さなければいけない現状、それにオコーネル局長は傷ついているようだった。気象条件の問題であり、オコーネル局長のせいではないので、俺はただ事務的にリノアを呼んだ。 リノアはこくり、と確かに頷いて、そして俺から受話器を受け取った。 「はい、リノアです。 もう帰還しないとまずいのですね。分かりました。15分で支度して、そちらに転移します。」 リノアのその言葉を聞いて、オコーネル局長はリノアに何か言ったようだ。それは俺には聞こえなかったが、リノアが返答する言葉を聞いて何となく想像は付いた。 リノアは受話器を切ると、俺にゆっくりと振り返った。 「ごめんね。わたし行かなくちゃ。」 「ああ。」 「着替えてくる。」 「ああ。」 リノアは急いでクローゼットへと向かった。これから向かうトラビアは厳寒の地だ。ましてリノアが赴くところは大雪害に悩んでいる地域。今着ている、俺が贈ったワンピースなど着ては行けない。 俺は、自分の心を落ち着かせるかのように、少し冷めてしまったコーヒーを飲んだ。苦い液体が喉を通り過ぎていくたびに、自分の胸が確かに痛むのを感じる。 ーーーーーこのまま。 ーーーーー誰が苦しんでいても関係ない。このまま、俺の傍に居て欲しい。任務になんて行かないで欲しい。独りで置いていってしまわないで欲しい。 このまま、ただこのままそこにいてくれるだけでいいから。 そんな願いは、口に出すことなく、ただ胸の中に頭の中に、生まれては消え生まれては消えていった。 「用意、出来た。」 「うん。」 リノアからかけられた声に振り向くと、彼女は昨日帰ってきた時と似たような格好をしていた。しっかりとした厚手のセーターに防寒着を重ね着している。分厚い手袋までしっかりはめた姿には、先程までの春の装いがまるで幻であったかのように欠片もなかった。 俺は、時計を見る。リノアが転移する、といった時間まで後7分。まだ、彼女はそこにいてくれる。 リノアがとことこ、と俺の座っているところまで近づいてきた。そして、俺の首にそっと手を回して抱きついてくる。俺はそんな彼女を、瞳を細めながら抱き締め返した。 「気をつけて行けよ。」 「うん。わたし丈夫だから大丈夫。何があっても死なないし。」 「でも、怪我はするんだから。無理はしないようにな。」 「うん、ありがと。」 俺はリノアの髪の毛に顔を埋めた。風呂に入ってからそれほど時が経っていないからか、リノアからは花の香りが立ち上っている。それはシャンプーや石鹸の純粋な香りで、未だリノア自身の香りと混じってはいない。せっかくなら、リノア自身の甘い香りを嗅ぎたかった。そう思った。 「帰ってきたら、誕生日の続きしような。」 「うん。楽しみにしてる。そのときこそは、お出かけしようね。久しぶりにわたしのドライブなんてどうかな?」 「・・・・・・あんまり気乗りしないな、それ。」 「あ、酷い!」 「リノアはすぐにスピード出しすぎたり、急ブレーキかけたりするから。」 「・・・・・・ゆっくり落ち着いて運転するように、気をつけます。」 「そうしてくれ。」 抱きしめ合ったまま話す内容は、酷く他愛のないものばかりだ。だが、それ以上に言うべき言葉なんて見つからなかった。真実彼女に願いたい気持ちがあったとしても、それは言ってはいけない。俺の心の中で押し込める。 何故なら、俺が約束を破っていた頃。彼女は一言だって、俺に「このまま自分の傍に居て欲しい」なんて言わなかった。もしそれを言われてしまったら、俺は絶対に任務に行くことなんて出来なかっただろう。曲がりなりにも俺がSeeDとしてすべての依頼任務をこなし成功させることが出来たのは、リノアが何も言わずきちんと送り出してくれたからだった。 だから、俺も。 俺も、彼女に「このまま自分の傍に居てくれ」とは言わない。ただ帰ってきた時の約束だけして、笑顔だけ残して見送る。離れているあいだに彼女が思い出す俺の顔、それが哀しみを堪えたような表情ではなく穏やかな表情であって欲しいから。 「後、2分。」 「うん。」 「リノア。」 「うん。」 時計を見て、リノアが残り時間をカウントする。そんなリノアの首筋に指を触れさせた。ぴくり、とリノアが僅かに震えて俺を見た。俺が彼女の名を呼ぶと、リノアはじっと見つめてくる黒い瞳を閉じた。 そのまま、軽く開かれていた唇に、自分の唇で触れた。無事帰ってくるように、とのおまじないをするかのように。普段のような濃厚なものではなくて、本当に軽い、まるで小さな子どもが無邪気に唇を寄せるかのように。ちゅっという音すら立てない、僅かな触れ合いを何回も繰り返した。 そして、本当のタイミリミットはやってくる。 啄むようなキスを止めて時間だ、と告げると。リノアは何とも言えない笑顔を浮かべた。 「じゃあ、行ってきます。」 「行ってらっしゃい。」 家族にしか交わせない挨拶を交わし、リノアはそのまま「テレポ」と詠唱した。リノアの身体が虹色に光ると同時に、ふわり、と空気に溶けていく。俺たちが使用していた擬似魔法とは明らかに異なる魔法の発動の仕方を見るたびに、俺は「リノアが魔女なのだ」ということを実感した。 ーーーーーこのまま。 ーーーーーこのままずっと傍にいて。 それは、簡単な願いなはずなのに、何よりも重くて言ってはいけない禁忌の言葉だ。 今俺が噛み締めている感情も、きっと彼女は知っている。あの儚い身体でこんな痛みに耐えることが出来ていたのだ、俺にも出来ないはずはない。 大丈夫。 リノアは何があっても俺のところに帰ってきてくれる。ほんの少しの間だけの別離だ。彼女は頬を赤らめて、息せき切って走りながら俺のところに戻ってくるだろう。昨日、俺のところに戻ってきたように。 だから、ここで待っている。戻ってきた彼女に、笑ってお帰りと言うために。ここで待っている。 俺は飲みかけの自分のコーヒーを流しに捨て、代わりにリノアが残していったカフェオレを飲んだ。俺からしたら甘すぎるように感じるそれは、まるでリノア自身のようにも思えて。 俺は堪えていたものを吐き出すかのように、ひとつ息をついた。 End. *** 2013リノア誕生日記念企画「姫祭」より再録。 姫祭では、これのイラスト(氷月さんが描いてくれました!)があります。是非ご覧になってくださいませ〜 |