「おかえりなさいませ、ご主人様」 ドアを開ければ、メイド服に身を包んだ愛しい少女が満面の笑みを浮かべて座っていた。 * * * 「…スコール、さん?」 大きい襟の黒いブラウス。様々なところにオフホワイトやブラウスと同色のフリルやピンタックを使っているのだが、上品で抑えめのためそんなに派手な印象は受けない。 けれど半袖のパフには外せる姫袖がついており、どちらかと言えばシンプルな上に比べスカートの丈は短く、ボリュームもたっぷり。スカラップの裾には綺麗な刺繍が施されている。 首には少し大きめな白いリボンをくくっていて。 同系の靴下にはフリルと、ワンポイントに黒いリボン。それにヒールの高さは6センチほどある、黒のパンプスを履いていた。 パンプスは新しいものだから、床が汚れる心配はない。 黒と白だけで構成されているそれはメイドというよりも、ゴスロリといったほうがぴったりかもしれない。 気休めのようにつけられているカチューシャヘッドという小物が、かろうじてメイド服だといえるだろう。 「マリアドレスって言うんだよ。可愛いでしょ?」 くるり、とまわって見せるリノアの姿にスコールは立ちくらみを覚えた。 可愛いのは、可愛い。 だけど部屋に入っていきなり『ご主人様』と呼ばれ、そんな服を着ている彼女を見れば皆、ひくのではないだろうか。 『そういうの』が趣味な人間にとってみれば、リノアの姿も出迎えた言葉も。すべて喜びの対象になるのだろうけれど。 (学園祭のヤツか………) リノアにわからないように小さくため息をつき、痛む頭を左手で押さえた。 メイド服を着るなんてことは、本来なら一生に一度もないだろう。 リノアにそういう趣味はないし、そういった服装で働く場所に勤める予定もない。 たまたま、学園祭のクラスの模擬店でメイド喫茶をしたいと提案したセルフィの案が、生徒会執行部を無事に通ったのがはじまり。教職員からも、生徒会長である自分からも賛同を得なかったはずなのに、いざ実行してみれば自分の知らないところで、話は進んでいた。別の企画を提案しろ、とセルフィには告げたはずだったのだが。他学年、しかもキスティスとアーヴァインが籍を置いている3年のクラスと、合同でするようということで、まとまったみたいだ。 (キスティスが手を回したな) 副会長として、彼女は全幅の信頼を教師からも生徒からも寄せられている。一度は却下した申請を受理したということは、教師を上手く丸め込め、『何か』あったときの責任の所在をはっきりさせたのだろう。彼女ならば、対策法をきちんと考えているのだろうし、何にしろもう執行部の認定を押し受理してしまったのだ。今更メイド喫茶は禁止だと言っても、遅い。 リノアとセルフィは同じクラス。セルフィがこの企画を提案したときに、スコールは一瞬本気で殺意を覚えた。 本人に自覚はないけれど、リノアは美人だ。入学してすぐに、全校生徒に知れ渡ったほど。 学園祭には、生徒の保護者や他校の生徒だけでなく、不特定多数の人がやってくる。彼女がメイドをやればすぐに人が集まり、繁盛するはずだ。 リノアはきっと、そういう格好が似合う。 家柄が家柄なのだから、ドレス着用は日常茶飯事だろうし、時には和装をすることだってあると聞く。背筋はまっすぐ伸び、無駄な贅肉など少しもない。メイドという職業に就いている人物にじかに触れ合ったことがあるのは、リノアのクラスでは彼女ぐらいだ。 スコールは彼女の家、カーウェイ家がガルバディアでどういった立場にあるのか知っていた。 スコールは教師の人数が足りないからという理由で無理矢理、受験のスタッフに借り出された。その際に、他の生徒には知らされない個人情報を、少し知ることになったのだ。彼女が訳あって、故郷であるガルバディアを離れ、バラムにあるこのガーデンへの入学を希望したことも。 このことで、他の生徒よりも少しだけ彼女と知り合うチャンスが早くなり。知り合いのいない学校への進学は心細かったのだろう。入学式でスコールの姿を見た瞬間から休み時間にはそばを離れようとはせず、自分に懐いた子犬が増えた感覚でいただけの彼の心の中に、ちゃっかり入り込み。入学してからわずか五日で、高等部でというよりも、この学園全体で誰よりも秀でた才能と肩書きを持つ彼は、彼女に変わらぬ愛を誓い。ただの先輩、後輩だった関係から『恋人同士』になった。 スコールなら。リノアなら。それぞれ異性から憧れの対象に見られていた二人。相手が相手ならと生徒全員が納得していた。中には渋々、という面々もいたのだがそれは数えるほどだった。 職権乱用という言葉を言われてもいい。スコールはただ、リノアがメイドの格好をして他の男に愛想を振りまく姿をみたくなかったのだ。どうにか手を回してリノアが裏方の仕事に就くよう模索していたところだったのに。 スコールが画策するよりも一足先に貸衣装が届き、その中に気になる服があった。 (…着てみたいけど、でも) 学園祭当日に、リノアがメイドになるなんてことをすればスコールのことだ。即中止にして、学校行事をすべて取りやめにすると言い出さない。セルフィもキスティスも、スコールの考えは手にとるようにわかるし、学生達が楽しみにしている様々な行事が取りやめになるのはいただけない。キスティスがセルフィの提案を受理した交換条件には、リノアは絶対裏方という取り決めが含まれていた。 (裏方だもん。無理、だよね…) 憧れないといったら嘘になる。先日セルフィと立ち寄った本屋で見た雑誌に、彼氏が好むコスプレというランキングが掲載されていて。そのランキングで圧倒的な差で1位を獲得していたのが、メイドのコスプレ。だがリノアは男の人が、どうしてそういう格好を好むのか、どういうときにそういった格好をして欲しいのかわからずにいたのだけれど。 頭の片隅にあったそのことが思い出されて、メイド役に決まっているクラスメイトが嬉しそうに衣装の袖を通しているのを、羨望の眼差しで見つめていた。 そんな彼女の仕草を、セルフィとキスティスが見逃さなかった。 大勢の前ではなく彼の目の前だけで、メイドの格好をさせてあげよう。 少しの好奇心と、いつもたくさんの仕事を教師から押し付けられている彼に、心ばかりのプレゼントをあげよう。 彼はどう思い、そしてリノアに対してどうするだろう。 学園祭当日でなければ大丈夫だろうし、スコールの自室でなら彼も怒らないはずだ。彼の顔を拝めないのは、残念だが。 その服に興味を示したのは、リノアからだ。 自分たちが押し付けたわけではないのだから、二人はスコールに後から怒られることは、まずない。 堅物で通っているスコールだが、彼女の可愛い格好に理性は崩れるはずだ。 業者には後で買取の連絡をいれればいいだろう。 きっと、着れなくなること間違いないのだから。 スコールはリノアを溺愛している。 言葉や態度に表立ってすることはないけれど、周知の仲であるメンバーにとってみれば、見るだけでわかるのだ。 堅物で他の人間に心を許すことなんてなかったスコールが、入学して五日しかたっていないリノアを彼女にした、と知ったときは、顎がはずれるほど吃驚し。槍が降るのではないかと話したけれど。 スコールの自室隣にあるアーヴァインの部屋で、こっそりとリノアを着替えさせた。もちろんアーヴァインがリノアのメイド姿を見ることはない。彼は、他の生徒がコチラにやってこないよう、監視役をしている。 予想通り、リノアはよく似合っていた。 似合っていると告げれば、まんざらでもない表情を浮かべるリノアに、今がチャンスだと二人に悪魔が告げる。 スコールに見せてみたら、と怪しい笑顔を浮かべながらリノアを唆したのだ。 もちろん、冒頭でリノアが口にした出迎えの言葉を教え込んだのも、この二人なのだが。 「…変?」 ずっと無言でいるスコールに、リノアは表情を曇らせた。 よく考えれば自分ばかりが話をしていて、スコールの口からは帰宅した時に告げられる挨拶すら、ない。 (一人で浮かれて馬鹿みたい。やだ、恥ずかしくなってきた) スコールへと向けていた視線を外し、床をみる。スカートの裾を、きゅっと握り締めた。少し皺がついてしまったけれど、アイロンをきちんとあてれば、問題ない。滲み出てくる涙を堪えながら、唇をかみしめた。 いつも、スコールばかりが自分を驚かせる。 セルフィとキスティスの二人が唆したのもあるけれど、彼女自身、自分の姿をスコールに見せたいと思った。 時には自分がスコールを吃驚させてみたいと思うのは素直な考えで。それと、一度はこういう服を着てみたいという自分の欲求が重なったけれど。 真面目なスコールのことだ。 恋人がこういう服を着ているのを、気に入らないのかもしれない。 「に、似合わないよね。うん。着替えて、くるね」 涙声にならないよう気をつけたけれど、少し声が掠れてしまった。 気付かれていないいいなと願いながら、リノアは奥の部屋へと歩き出す。 けれど、体は進まない。 ぎゅっと体を抱きしめられているのだと脳が理解したのは、その温もりを感じてから十秒は経っているだろう。 「あの、スコールさん?」 「吃驚しただけだ」 「え、と」 「………よく似合ってるから」 「え………?」 「アイツらだろう、仕組んだのは」 アイツら、とスコールが指している人物はセルフィとキスティスのことだ。 それに気付いたリノアは素直に首を振ると、頭の上から大きなため息が零れ落ちた。 「アンタは本当に………」 「あ、でも無理矢理じゃないよ?あたしが着てみたいなーって思ってたら、いつまででもどうぞって言われて」 他人に興味など持たずに生きてきたのに。 一生心を許す相手などいないと思っていたのに。 「スコールさん?」 メイド服だとか、ゴスロリだとか。そういった服を好むわけではないが、彼女が着れば別だ。 「先に謝っとく。悪い」 「へ?」 「今日は寝かせられない」 「はい?」 重さなど感じないのだろうか、彼は簡単に彼女を抱え上げた。所謂お姫様だっこ、だ。 彼女を連れて行く先は、もちろん寝室。 「色々奉仕してくれるんだろう、メイドさん?」 「え、あ、え。ちょ、スコールさん!?」 軽くパニックに陥っているリノアをよそに、スコールはいたずらを思いついた悪ガキのように表情を緩めた。 そんなもの、一瞬で崩れ去っている。 ****** いそあより。 kazuraさんから、お正月小説頂きました♪ やー、内容的には甘甘なはずなんですが、甘すぎない上品なテイストはやはりkazuraさんらしいですよね! このテーマで、ここまで可愛らしくかつ長さ的にもちょうどいいってのはかなり腕がないと出来ないですよね!年はじめから、いいもの見させていただきました。 有難うございました! ちなみに、この小説の最後のフォント部分。 題名が一番最後にくる、逆説的な感じがわたしは特にお気に入りです。 ほぼ、kazuraさんのソースを最後は引用させていただきました。 その方が、おそらく意図されているところがバッチリ出るのではないかな?と思ったので。 ではでは、kazuraさん、本当にどうも有難うございました〜!! |