***11字の厳命、そして、106字と27字のラブレター




最近の年少クラスでは、10歳になると10年後の自分に手紙を書かされるらしい。20歳までSeeDとしてガーデンに居れば、卒業前に渡されるし、その前にガーデンを去った者は20歳の誕生日に自宅へ郵送される。
ちょうど年少クラスでその手伝いをしていたリノアが、その話をネタにしないはずもなく、戻ってきて早々息巻いた。

「ね!10歳の時、スコールも書いたの?」

目をキラキラと輝かせながら尋ねてくる姿は、10歳児とさほど変わらないな……思わず苦笑しながらそんなことを思った。
自室での内勤もちょうど終えて、リノアが帰って来たらコーヒーでも飲もうか、そんな時に彼女が帰ってきた。
ぴったりのタイミングで現れた彼女に気を良くして、素直に答えることにした。

「いや、俺の頃にその習慣は無かった。始めたのは何年か後からだったと思う」
「残念。スコールが何を書いたのか聞きたかったのに」
「きっと、白紙で出したと思う」

自然とそんな言葉が口から出てしまった。
一人で強くなって一人でただ生きていく。
つい最近までそんなふうに思っていたから、将来の夢や未来の自分へのエールなんて考えもつかなかっただろう。
今でも正直、その手のことを考えるのは苦手だ。

「遺書なら、書いてるぞ」
「えっ?遺書?!」
「SeeDになると何があるか分からない。命だって落とす可能性がある。だから、遺書はSeeDになった日に強制的に書かされるんだ。そこから一年更新で新しく書き直す。上位ランクのSeeDが死ぬと、遺品や遺産をどうするか……案外、揉めるんだ」
「そうなんだ……」

俺だけが気づく悲しそうな顔をすぐにへにゃっと笑顔に変えたリノアは、デスクに座ったままの俺に真っ白い便箋と封筒を差し出した。

「ね、書いてみない?」
「何をだ?」

リノアが言いたいことを分かっていてわざとそう尋ねた俺に、リノアは少し口を窄めて空いている方の手を腰に当てた。
外は暑かったのだろうか、頬がいつもよりほんのりとコーラルピンクに染まっている。

「もうっ、分かってて聞かないで!でもね、10年後はさすがにわたしも想像つかないんだ。だから……1、2年後くらいなら、書けるかなって」
「20歳、か」
「そう。わたし、2年後の自分とスコールに手紙を書こうと思うの。スコールにも、書いて欲しいんだけど……だめ、かな?」
「俺も?」
「あ、でも!やっぱり迷惑だよね」
「いや。リノアの手紙、読んでみたい。俺も書くよ」

普段の俺なら、照れ臭くて断っている。リノアもそう予想していたはずだ。
けれど、照れも臆面もなく自然にその案を受け入れた。
俺の予想外の答えを聞いた彼女は目を丸くして、その後すぐに花のようにふわりと笑った。

「なんか嬉しいぞ〜!じゃあ、スコール殿にはとびっきり美味しいコーヒーを淹れてしんぜよう!」

部屋に来た時よりも更に機嫌が良くなったリノアは、軽い足取りと陽気な鼻歌を連れてキッチンに消えた。
しばらくリノアは、ポットの前でこれから書く手紙の内容をあれこれ考えるだろう。すぐに戻ってくる気配はないと睨んだ。

俺は受け取った便箋をデスクの脇に置いて、リノアの気配を気にしつつパソコンの個人フォルダを開いた。
そこには来月、更新する遺書の草稿があった。さっきの話で、まだ書きかけだったのを思い出したのだ。
現在の預貯金や私物をリストアップした一覧とその相続先、関わってきた近しい人物へ宛てた手紙。
『一応』親族扱いのラグナとエルオーネ宛の文面は完成している。友人一同へも。
実は今回、かなり苦労して纏めた。一番最初に書いたものは、『全ての総資産はガーデンへ寄付』それしか書いていなかったから。

あの戦いの後、こんなにも書くものが増えた。増えたものを改めて眺めていると、自分の命がとても愛おしくなる。まだ生きたいと強く思う。
もしかしたら、『これまでの自分を振り返り、必ず生きて帰れ』というガーデンなりの教えなのかもしれない。

そして、リノアへの言葉。
それだけがまだ書き終わっていなかった。
自分が死んだら、リノアはどうなるのか……そんなことは正直考えたくない。だが、可能性は0ではない。
思い立ったが吉日、そう肚を決めて、キーボードに指を置いた。



リノアへ
これをリノアが開いたとき、俺はいないんだろうな。
騎士失格だよな、すまない。
でも、これだけは忘れないで欲しい。
たとえ肉体という形が奪われても、リノアのそばにいる。
リノアの幸せをいつも願っている。
ずっと、愛している。



いまこの瞬間も、仮に死ぬ時も、リノアへの想いがそのまま彼女へ伝わればいいのに、何度もそう思う。
もっと伝えたいことはあるはずなのに、こうして文章にしてみると、拙く、たったの106文字しかなかった。我ながら情けなくなる。
リノアはこれを見たら、どう思うんだろう。
泣くだろうか、それとも不器用だと笑ってくれるだろうか。
もしかしたら、短いと怒るかもしれない。

どれも想像出来る顔で、不謹慎だが思わず吹き出しそうになる。
口角が上がったままでいたら、リノアがコーヒーカップを持ってきて慎重にテーブルに置いた。
ノートパソコンをいじっていた俺を見て、リノアは眉をほんの少し下げて微笑んだ。俺が仕事中だったと誤解しているんだろう。
すまなそうにしているその笑みは、不思議と右頬だけにしかエクボが出ないのを最近になって知った。
リノアが何かを『しでかし』ても、そのエクボ効果なのか……どうしても憎めない。時々狡いと思わなくもない。(惚れた欲目があるのは十分承知している)

「ありがとう、美味そうだ」
「ごめん、まだお仕事中だった?でもご機嫌な顔してるね」
「いや、もう終わったんだ。美味そうな匂いは、人間の機嫌もイチコロだろ?」
「そうだね。お手紙は、これから?」
「リノアのコーヒーで、集中力を高めてからにしようと思ってたんだ」
「うん、私も飲みながら書くね」

ベッドの前に置いたローテーブルの前に座って、静かにコーヒーを飲み始めたリノアを目に収めてから、パソコンを閉じて便箋を目の前に引き寄せた。

そういえば、今日はリノアに一度も触れていない。
それなのに、触れた時のように優しく穏やかで、静かな時間が流れている。

(こういうのも悪くないな)

部屋に広がる馥郁とした香りを楽しみながら、万年筆を取った。
先に、リノアがペンを走らせる音が聞こえてきた。本を読んでいる時のような顔をしながら、髪を耳にかける時に小さな溜息が聞こえる。息を詰めながら真剣に書いているのだ。
前髪と睫毛がうっすらと影を落とす伏し目がちなその顔を見て、顔を近づけた時のことを不意に思い出してしまい、不埒な思いをコーヒーと一緒に喉へ流し込んだ。

遺書でも手紙でも、結局のところ、彼女に伝えたいことは一つだけ。
能がないと自覚しているけれど、一生消えることはないだろう確かな気持ちを、銀の罫線にそって乗せていく。
自分と彼女宛にあっという間に書き上げたそれを、二つ折りにして封筒へ滑らせた。
封は彼女の手紙と一緒にすればいい。

リノアはまだ書いている最中だった。口を尖らせたり微笑んだり……こみ上げるものがあったのか、時折瞳を潤ませたりしている。まるで百面相だ。
ひとしきりその顔を堪能していると、書き終えたらしい彼女の目がこちらを見た。

「や、やだっ!もしかしてずっと見てたの?」
「リノアはどんな時も、表情が丸見えなんだな」
「わ、悪かったわね!単細胞で」
「別にそんなこと言ってないぞ。ポーカーは弱そうだなと思ったが」
「意地悪!」

い〜っと歯を出して怒ったふりをするリノアがどうしようもなく可愛くて、それを伝えることにした。
席を立った俺がどうしたいのか本能で気がついた彼女も、立ち上がって俺に近づいてくる。
辿り着く手前で意地悪く止まると、リノアも立ち止まった。お互いが一歩を踏み出せば届く距離だ。

「……どうした、リノア?」
「もう、本当に意地悪」
「何がだ?」

腕を組みながら、さっきと同じようにとぼけてみせた。
けれど、リノアは真逆の、はにかんだ笑みで両手を広げた。

「スコール、大好き。お願い。こっちに来て」

二歩を飛び越えて、彼女への想いがそのまま浮力になったかのようにリノアを抱き上げた。
キャッキャ、と子供のような愛らしい声を上げて首に掴まったリノアと、回りながら着地した場所は、どこよりもお互いが近づける場所だった。
触れなくても満たされる。でもやはり、触れ合えた瞬間は何にも代え難いもので。

「お願い聞いてくれてありがとう。わたし、この日も手紙を読む日も、きっと忘れないわ」
「そうだな。俺も、忘れない」

そして、この溢れた想いを一番的確に伝える術は、やはり、ひとつなのだ。






リノアへ
そばにいてくれて、ありがとう。
これからも、愛している。



20歳のスコール・レオンハートに告ぐ
全力で、リノアを愛せ。




end.

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のえさん(@Ginbotan)から頂きました!のえさんのサイトの1周年記念にわざわざわたしなどにも書いてくださったものです。
すごく心が温かくなるお話で、わたしだけが堪能するのは勿体なさすぎるので、頼み込んで掲載させてもらっちゃいました。
スコールたちはSeeDで、何となくうやむやにされてるけど、やっぱり普通の人間よりはずっと命の危険があるんですよね。毎年遺書を書くことになっている、という設定が、酷く説得力と切なさをわたしに与えました。たった10代の子がやる覚悟ではないなあ…などと。
だからこそ、普段の何でもない日々や、愛おしい人との交歓を大事にしてほしいし、かけがえのないものだと実感してほしいなあと思います。

のえさん、素敵な作品有難うございました!