*夏色幻想(FF50お題の、14・20の続きになります)





「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」





 華やかな、繊細な様式美を誇るドール公宮。そこで睨みあったまま立ち尽くす二人の男女の姿がある。
 いや、男女、という言い方はおかしいかもしれない。正確には、一人の青年と一人の少女、だ。柔らかな砂金髪に薄い蒼の瞳を持った青年は、不機嫌そうに眉を顰めていた。向かいに立つ豪奢な金髪に緑の瞳の少女もまた、その可愛らしい顔に不機嫌の感情を隠さず映していた。
 ここは、ドール大公国の王宮の回廊のひとつだ。優美なラインで飾られた柱も様々なタペストリーで敷き詰められた壁も、ドール大公国らしく穏やかな暖かいものだ。しかし、この二人のせいであたりはまるで冬の寒空のように凍り付いていた。通りがかる侍従たちは、おもむろに引き返していってしまう。そのくらい、劣悪な雰囲気が流れていた。





「・・・そなたには、思いやりというものはないのか、スコール。」
「同じ言葉を返させて頂きます。アリーテシア公女殿下。」





 ぽつり、と忌々しげに少女、アリーテシア公女が口を開いた。それに間髪いれずにスコールも答える。その答え方は、とてもそっけなくそして簡潔だった。それはとてもスコールらしいのだが、それすらもアリーテシア公女は気に入らないようだった。むっとした顔で自分の倍ほど背の高い青年を睨みつけた。





 スコール・レオンハートはSeeDなりたてで指揮官まで勤めたほどの人物だ。はるか未来の魔女によって起こされた、全世界を巻き込んだ魔女戦争を終結に導いた猛者でもあり、今現在はガーデンが誇るトップクラスのSeeDとして、世界中の国々からの依頼が途絶えることのない人間だった。彼の容貌を見たことはなくても、彼のことを知らない人物など、そうはいないだろう。そのくらい有名で、高名な人間だった。
 しかしそれもどうだっていいことだ。
 目の前にいる、この妙に綺麗なくせに異様に強いだけの男を睨んでアリーテシアは思う。
 ヤツが有名だろうがなんだろうが、そんなことは関係ないのじゃ。ただ、コイツは私のライバルなのじゃ。それだけ認識しておればたくさん。それ以外の情報など、屁でもない。





「私はな、リノアが一緒に遊んでくれるのをそれはそれは楽しみにしておったのだぞ!?本来ならば、そなたが一週間仕事をしている間、ずーっと二人で遊ぶはずだったのじゃ!それをそなたは、仕事を3日ですませおって。私の期待も何もかも、平気な顔で踏みにじるのじゃな。」
「俺だって、大変キツイ仕事を半ばボランティアのようにこなしたのです。その分の報酬として、休日もプラスされているということはそちらの補佐官殿からも認証済みです。
国家がなさった契約を反故になさるほど、ドール大公国は馬鹿ではいらっしゃらないでしょう。そうですね、姫?」





 きっぱり、と冷たい蒼い瞳で言い返されて、アリーテシアは頭に血が上った。コレは、私に明らかにケンカを売っておるのじゃ。そのことを確信したから。
 スコールが言っていることは、たった一つの間違いもなかった。次期女大公になるはずのアリーテシアも、幼年ながらそれは理解している。スコールが言っていることは当然の権利なのだ。そのことを理解できないほど彼女は幼稚ではなく、馬鹿でもなかった。
 だがしかし。
 ムカつくものは、ムカつくのじゃ!!
 その思いが、アリーテシアの心を埋め尽くした。その感情のほとぼりを、アリーテシアはそのまま、スコールにぶつけた。彼女は思いを隠したり我慢することはしない。思ったことをはっきりと口に出す。それはどんな人間に対しても、そうだった。どこまでも豪奢な王者。小さな姫君は、それをすでに体現していた。目の前に不機嫌そうにしている青年が、たとえ世界で一番有名な軍人だろうがなんだろうが、言いたいことを我慢するなど彼女の意識には存在しない。彼女は生まれながらの王者だった。





「だから、私も妥協しておるではないか!本来なら、リノアと二人で行く予定だった離宮に、そなたも特別に誘ってやろうと言うのじゃ。光栄であろう?」
「全く光栄ではありませんね。
 どうせ姫は、俺をのけ者にしてリノアを独り占めする気でしょう?」
「・・・・・・そんなことはない!」
「今、少し黙り込みましたね。図星ですか。」
「やかましいのじゃ!!私はリノアのことが好きなのじゃ、独り占めしたいと思うて何が悪い。」
「俺だって、姫以上にリノアのことを愛しているんです。俺が姫を邪魔に思うのは当たり前でしょう?」
「・・・!!
 邪魔、と申したな!?そなた、この私に向かって邪魔と・・・!!」
「邪魔なものは、邪魔です。」
「はいはい、そこまで。
 いい加減にしなさい、二人とも。」





 キー!!とスコールの言葉に逆上し、金髪を逆立てたアリーテシアと、それを冷たく見据えるスコールに少し後ろの方から声がかかった。澄んではいるが、少しだけ低めの声。その声に、二人ともうんざりとした顔をして振り向いた。そこには、二人を心底馬鹿にしたような顔をしたアルス・キャリッジ一等補佐官と、困った顔をしたリノアがいた。
 二人が気まずそうな顔を浮べて口を閉じると、アルスとリノアはつかつか、と傍に歩いてきた。





「全く二人してみっともないと思わないのかねえ。姫、我儘ばかり言っていると、もうリノアをドールへ呼んで差し上げませんよ。それからスコール。こんな子供に本気になって、馬鹿みたいだと思わないのか?」
「アルス!私は子供ではない!!それから、私がリノアと一緒に遊ぶためにどれだけ頑張ったのか知らぬわけではなかろう!?私の要求など、ちっとも我儘ではないぞ!!」
「アルス、この姫は子供ではないだろう。こんな小憎たらしい子供なんてそうはいない。
 子供というのは、もっと素直で愛らしいものだろう?ま、お前が育てた子供が素直で愛らしくなったら、それはそれで怖いがな。」
「!!スコール、よく言った。
 そなた本気で私にケンカを売っておるのじゃな!?」
「仕方ないだろう。姫は次代の女大公になるんだ。馬鹿じゃやってけないからね。」





 二人の恨み節たっぷりな視線を受けてもしれっとした顔をして、アルスはにんまりと笑った。その笑顔を見て、二人とも心底馬鹿らしくなったのかもしれない。スコールは溜息をついて天を仰ぎ、アリーテシアはむっすりと口を噤んだ。
 このアルス・キャリッジという男は、ある意味最強だ。たとえスコールであろうとも、そして彼の主君であるアリーテシアでも彼に勝つことは出来なかった。別に、何か弱みを握られているとか、そういうことがあるわけではない。しかし、どうにも彼の言うことに逆らえない。アルスはリノアの幼馴染だが、リノアとは全く似ていなかった。どうしてこれほど、と思うほど性悪で頭が良かった。お人よしで少しおっちょこちょいなリノアとは全く違う。
 そのリノアと言えば。
 アリーテシアとスコールの二人を、困ったかのように交互に見ていた。そんなリノアに気がついて、アリーテシアはリノアに飛びついた。





「リノア!スコールが酷いのじゃ!!3人で海辺の離宮に行きたくない、とか申すのじゃぞ!!」
「・・・・・・そうなの?」





 アリーテシアの言葉に、リノアは少しだけ瞳を見開いた。そして、スコールにそっと伺う。スコールはリノアのその視線に困ったかのような笑顔を浮べて、そして頷いた。





「・・・最近、忙しすぎて、俺たちほとんど一緒にいられなかっただろう?
 だからこの休みは、二人でゆっくり過ごそうかと思ってな。だけど、それがどうも姫はお気に召さないらしい。」
「当たり前じゃ!!本来だったら私とリノアで二人、海のバカンスを楽しむ予定だったのじゃからな。
 それを私がここまで我慢してやっているというのに、それすら嫌だとは!
 リノアも酷いと思うじゃろう?私が、どれだけ海に行くのを楽しみにしていたか、リノアも知っておるじゃろう?」





 スコールの言葉に続くように、アリーテシアが捲くし立てる。そして、ついでに、アリーテシアはリノアを潤んだ瞳で見つめた。眦にほんの少しだけ涙を湛えている。綺麗なエメラルドグリーンの瞳がキラキラと乱反射した。その姿がとても可愛らしく、そしていじらしくて。リノアは思わずアリーテシアの味方をしてしまいそうになる。
 リノア、騙されるな!それはそのクソガキの演技だ!!
 スコールのその思いを裏付けるように、アリーテシアはスコールの方をちらりと見た。そしてリノアには気付かれないように、ふふんと笑った。つくづく可愛くない子供だ。自分が子供で、しかも可愛らしいということを分かっているというのは厄介だ。この姫はそれを最大限に利用する頭があるところが、さらにいっそう厄介だった。
 スコールはさらにいっそうムッとしながら、リノアに近寄った。そしてこれ見よがしに抱きついていたアリーテシアをべりっとリノアから引き剥がした。アリーテシアは怒ってスコールの足を蹴飛ばした。脛に入ったその蹴りが案外効いて、スコールはじろりとアリーテシアを睨みつける。
 そんな二人に困った顔をするばかりのリノアに、アルスがやれやれ、と言ったように話しかけた。





「なあ、リノア。リノアはどうしたい訳?」
「え?」





 アルスが言っている意味が分からなくて。リノアは少しだけ首をかしげた。そんなリノアに、アルスは腕を組んだまま尋ねる。





「パーティってのはリーダーの意向で物事が決まるもんさ。どうしたらいいのか、が一番正しいんじゃない。 リーダーが何をしたいか、ってことが重要なの。分かる?」
「・・・・・・うん。」
「この二人の中で、リーダーはリノアだろ?だからリノアがしたいことを言えばいい訳。それが最善の仲裁だね。
 はっきり言うけど、二人とも大馬鹿だから、このまんまじゃいつまでたっても馬鹿な言い合いを止めないよ。」





 アルスは呆れたようにそう言った。そして、ひらひら、と手をリノアに振って促した。アルスの言いたいことが分かって、リノアはにこりと笑って頷いた。
 そして、すうっと息を吸い込んで。
 




「二人ともいい加減にしなさい!」
「「リノア?」」





 飽きもせずぎゃいぎゃいと言い争っていた二人は、びくり、と言い争いをやめて振り返った。リノアは腰に手を当てて、二人をじっと見ていた。もしかして、いやもしかしなくても、リノアを怒らせてしまったのだろうか?そんなことを思ったのか、二人とも少ししゅんとする。
 そんな二人に、リノアはにっこりと笑った。





「お休みは、4日間あるでしょう?だから、最後の2日間で海に行くってのはどうかな?」
「・・・・・・。」
「2日間だけだなんて少なすぎる!」





 リノアの案に、スコールは眉を顰め、アリーテシアは文句を言った。二人とも妥協しなくてはいけない案だ。二人が嫌そうな顔をするのは当たり前かもしれなかった。
 が。二人の文句ににっこりと微笑んだリノアのその返答が、何だか非常に怖いものを感じて。二人はなすすべもなく、黙り込む。嫌々ながらも、承諾せざるを得ない。スコールもアリーテシアも、リノアに叱られたり嫌われたりするのだけは嫌だった。結局、リノアの意思に逆らえる訳がないのだ。
 むっすりと黙り込んで、承諾の意を認める二人に、リノアはほっとしたように笑ってアルスの方を振り返った。それに、アルスは「ほら見ろ」と言った風に頷いた。その様子が、なんだかんだ言っても仲がいいのだろう、そのことをスコールに思わせる。少しだけ瞳の陰を濃くした。そんなスコールに気がついたのかもしれない。アルスは面白そうな顔をしていた。





「じゃあ、そう言う感じでお前たちで上手くやれよ。俺は行かないけど。」
「アルスは休み中どうするんだ?」
「俺?俺は寝て過ごす。後、夜はちょっと綺麗なお姉ちゃんたちと遊んだり飲んだりするくらい、かな。」
「何か、おじさんみたい・・・。もうちょっと若々しいことしたら?」
「うるさい。いいんだよ、俺は面倒なことは嫌いなんだから。」





 リノアが眉を顰めて言う台詞に、アルスは嫌そうな顔をしてあしらった。
 アルスはもてるくせに特定の彼女を作ろうとはしていなかった。いつも適当に遊んでいるだけだ。それは誰かのことを特別に思っていて、諦められないからそうしてるのかも。そんなことを疑いたくなるほど、特定の誰かに縛られるということを頑固に拒否する。それはリノアにとっては理解不能で、そしてスコールにとっては理解できる反面油断ならないと思わせた。
 アルスがリノアに全く恋愛感情を抱いていないことは知っている。だがしかし、今のまるで妹に対するかのような感情が恋愛に変化しないとは言い切れない。未来は誰にも分からない。ましてや人の気持ちの変化なんて、全く保障なんかない。
 疑心暗鬼すぎる、とは思うが。
 それは仕方ないのかもしれない。だって俺は。
 そんなスコールの思考を打ち破るかのように、アリーテシアの明るい声がした。





「本当は嫌なのじゃが、リノアのために、蒼の間を用意させよう。今リノアが使っている薔薇の間は一人用で狭いであろう?図体のでかい男が一人増えるのじゃ、使い勝手が悪かろう。」
「・・・・・・結構です。ドールホテルを予約してありますから。」





 にこにこ、と笑いながらアリーテシアはそう提案する。
 しかし。
 ところどころに混じっているイヤミにぴくり、としながらスコールはやはり慇懃無礼に断った。





「何故わざわざ?ここにはたくさん客間はあるのじゃ。わざわざ外で宿をとらずとも良いではないか?
 そなたたちは私の賓客じゃ。それ相応のもてなしをせねばならぬ。」
「嫌です。絶対姫は合鍵を使ってベッドに潜り込むわ、出て行かないわ、さんざんな目に会いますから。
 さきほど申し上げた言葉をもう1回はっきり言わせて頂きます。邪魔です。」
「・・・・・・つくづくそなた、私のことをのけ者にする気じゃな。」
「当たり前です。」





 さっき少しは反省したはずなのに、もうまたぎゃいぎゃいと言い始めている二人に、リノアは心底呆れたように溜息をついた。





「もういい加減にしなさい!!」





***





「スコール?」
「・・・・・・・。」
「スコールってば。」





 スコールが予約してあったドールホテルにチェックインをして、それから部屋に入った。ホテルが用意してくれていた部屋は、ちょうどドールの中央広場を見渡すことの出来る位置にあった。これからだんだんと夜が更けていくにしたがって、優しく暖かな光に彩られるドールを眺めるにはとてもいい部屋だった。リノアは嬉しそうに窓から外を眺めて、それからスコールに振り返ったけれど。スコールはそんなリノアにも気付かず、どかっと椅子に座ったままだった。その彼の姿は、何だかやっぱり気のせいではなく不機嫌そうで。リノアは呼びかけた。しかしスコールの返答はない。
 ・・・・・・やっぱり、さっきの仲裁は嫌だったのかなあ?
 そんなことを思って、リノアはもじもじ、とした。





 考えてみれば、スコールはリノアのために二人でずっと一緒に過ごす、という案を出してくれていたのだった。しばらく会えない、そのことが分かったとき、確か自分は、今度のお休みはずっと一緒にいたいね。そう言った。一目会うことも出来ないなら、お仕事が終わった後、飽きるほどスコールのこと見ていたいなあ。目を瞑ってもスコールのこと、はっきりと思い出せるくらい。もう嫌だと思うくらい、一緒にいたいなあ。そしたら、それ楽しみにして、また明日から頑張れるから。そんなことを確かに言った。それをきっと彼は覚えていて、だから海行きに反対したんだろう。





 スコールはいつだって優しい。そして、わたしの言葉を決しておろそかにしたり、忘れたりすることはない。ちゃんと心に留めておいてくれる。それは知っていた。
 だけど同じくらい、アリーテシアの願いも、リノアにとっては見捨てることの出来ないものだった。
 アリーテシアはドール大公の一人娘であり、次代の大公になる人間だった。彼女は一人っ子であり、そして、周りには同世代の子供もいなかった。親戚の中で子供と言ったら、ドール大公の弟に赤ん坊がひとりいるだけだ。赤ん坊では話相手にもならない。またそれ以上に、彼女は公位継承者である以上、一般の学校に通うこともなくただひたすら公宮で一人、帝王学を学ばされていた。周りには大人しかいない。彼女と話をする人間でもっとも若い人物はアルスだ。後はみな、彼女の親、もしくはそれ以上の年配の人間ばかり。彼女はいつだって大人に囲まれて生きていた。
 その姿が、リノアには放っておけないのだ。
 その姿は、とても自分の子供時代を思い出させるから。寂しかった頃の、一人ぽっちだと思っていた頃の痛みを思い出させるから。同じような環境を味わっていたリノアにとって、彼女はまるで小さい頃の自分だった。放っておけるはずがなかった。
 自分が訪れると、アリーテシアは本当に嬉しそうな顔をする。妹みたいに可愛いと思う。だから、アリーテシアの我儘やおねだりは出来るだけ聞いてあげたいと思ってしまうのだ。
 ーーーーーもしかしなくても、それがスコールには気に入らないのかなあ?
 そう思って、リノアはおそるおそる、尋ねた。





「ねえ、スコール。やっぱり、アリーテと一緒に海行くのそんなに嫌・・・・・?」





 少し、いやかなり気落ちした声だったのかもしれない。スコールはその言葉にはっと顔を上げて、それから一つだけ溜息をついた。やっとスコールが気がついてくれた。そのことにリノアはほっとして、だからほんの少しだけ彼に近づく。スコールはそんなリノアに気がついて、ちょっと笑って隣に座るように促した。





「海に行くのは嫌じゃないさ。あの姫が気に食わないだけだ。」
「・・・・・・本当に仲悪いよね・・・。でも、アリーテ、悪い子じゃないんだよ?」
「知ってるさ。」





 本当に困ったかのように言うリノアに、ちょっと自分も大人げなさすぎたかと思って、スコールは苦笑した。
 本当はリノアがアリーテシア公女殿下のことをアリーテと呼ぶのですらあまり好きではない。ドールの公族は自分の名前を呼ばせない風習がある。彼らの名前を呼ぶのは、彼らが許した人間のみ。たいていは身内以外の人間が名前で、しかも愛称で呼ぶなんてことはない。養育係のアルスですら、姫のことを名前では呼ばない。その許可を貰っていないからだ。
 それなのに、リノアは姫のことを愛称で呼ぶ、ということは。それはやっぱりリノアが姫の特別な人間だ、ということな訳で。自分を差し置いて、何が特別だと言いたくもなるというものだ。





 まあ、あの姫の気持ちは分からないでもない、とは思う。
 あの姫は、姫自身の特殊性からいつも一人ぼっちだ。父大公は多忙な方だし、アルスがいるとは言っても、あの男では安らぎとかそういうものは得られないだろう。優しくて明るく、そして彼女の特殊性を気にせず接してくれるリノアのことが本当に好きなのは、スコールにも分かっていた。
 ただ。
 分かってはいるが、それを認めてやるほどスコールは心が広くはなかっただけだ。
 あの姫は、頭が回る分ヒネていて、子供らしい可愛らしさとかそういうものは全く無い。アルスの言うとおり、そうでなければいけないのだろう。子供であることを、あの姫の立場が許さない。それを姫は子供ながらきちんと理解していた。それについて我儘を言ったり恨んだりすることはなかった。その辺り、敵ながらあっぱれだと思う。そして、彼女はリノアのことが好きだと言うだけはあった。リノアが嫌がることはしない。その辺りも、スコールはしっかり認知していた。だから、あの姫が悪い子ではない、ということは知っている。どちらかといえば、よく頑張っている子だとも思っている。





 しかし、それはそれ。
 これはこれだ。
 あの姫は、気に食わないのだ。それだけだ。
 きっと、それは。





「なあ、リノア?」
「なあに?」
「あの姫って、アイツに似ていると思わないか?」
「アイツ?」
「・・・・・・サイファー。」
「ああ!」





 スコールが眉を顰めながら言った言葉に、リノアは破顔した。それを見て、スコールはふん、とした顔をする。その表情が物語る事が分かって、リノアはくすくすと笑い出してしまった。そっとスコールの頬に触れようとして、でもそれは出来なかった。その前に、スコールが掬う様にリノアをぎゅっと抱きしめたから。





「確かに似てるかも。自分の思ったとおりに行動するところなんてそっくり。」
「だから余計にムカつくんだよ。また、あの姫は俺を逃がそうとしないからな。正面からぶつからなかったら、そのときこそオシマイだ。」
「・・・・・・自分を馬鹿にしたって怒るね、きっと。
 なんだ。スコール結構アリーテのこと好きなんじゃない。」
「・・・・・・好きじゃない。」





 リノアの髪をくるくるともてあそびながらスコールはむうっとしたかのようにそう言った。だけど、嫌いだとは言わなかった。そのスコールの言葉に隠れた意味を敏感に感じ取って、リノアはやっぱり微笑んだ。そのとき、スコールの溜息がリノアの首筋にそっとだけ触れた。少しだけ暖かでしめやかな吐息が、リノアの肌を滑って。リノアは思わずぴくり、としてしまう。スコールもそれに絶対気がついた。くすり、と笑う。しかも同じ位置で。背中を走り抜ける甘い感覚とくすぐったさにリノアは思わず身をよじって、顔を上げる。
 やっぱりスコールは笑っていた。





「元々、リノアはあの手のタイプの人間に弱いからな。俺が気に入らなくても仕方ないだろう?」
「でも、わたしはスコールのことの方がもっと好きだよ。」
「知ってる。
 でなきゃ、気に入らない、ですむか。絶対に嫌いになるし、徹底的に叩き潰す。」






 物騒なことを言いながら、スコールはそっとリノアに顔を寄せた。次に来るものを分かって、リノアはそっと目を閉じる。予想したとおり、暖かな吐息とスコールの香り、それから柔らかな唇が降ってくる。買いかぶりだわ、とか、そんな文句も全てからめとられてしまった。ゆっくりとリノアを味わいながら、何度も繰り返し落ちてくるスコールに、リノアは何も言えない。触れることでほんのりと赤く染まった唇が紡ぐものはただ、優しげな吐息とスコールの名前だけだった。





「あ、後。
 あんまりアルスに甘えるなよ?」
「・・・・・・甘えてない、よ?大体わたしが甘えても、アルスが聞くわけないじゃない。」
「・・・・・・。」





 リノアの言っていることは半分正しく、そして間違っている。アルスはリノアを甘やかしはしないけれど、困っているときに助けないほど冷たくもなかった。普段は全くリノアのことを構わないくせに、どうしてもダメそうなときはやっぱり手助けしている。そんなあの男は、実はかなりリノアのことを見ているんじゃないか?アルスが特定の誰かを作らないのは、リノアことが好きだからなのかも。疑心暗鬼すぎると分かっていて、それでもそんなことも思わない訳ではなかった。決して彼を疑わない、と言ったらそれは確実に嘘になる。
 しかし、スコールは知っている。リノアが自分のことを確かに好きなのだ、ということを。誰よりも大事だと、自分が思うのと同じくらい。彼女も自分のことを思ってくれていることを。
 だから、大丈夫。
 ヤキモチは、焼かないわけでは無いけれど。独り占めしたいと思うのは当然なのだけれど。その思いで苦しいとかは、もう思わない。





 今彼女が漏らす甘い吐息も。花のようなかおりも。ほんのり上気した肌も全て。それは全てスコールのものだと言っているから。
 きっと誰も知らない、彼女の色々な姿を見ているから。
 だから、大丈夫だと笑える。





 また、スコールはくすりと吐息だけでリノアの耳元で微笑んだ。





「とりあえず、2日間はしっかり一緒を満喫しないと、な。」
「海でも一緒じゃない。夜とか。」
「甘いな。あの姫が邪魔しない訳ないだろう。」
「・・・・・・そうかも。」
「だから悪いけど、この2日間は外に遊びに行かないから。」
「えー!?」
「嫌なのか?」
「・・・・・・嫌じゃない。」
「だろ?」





 外出しない宣言をしたスコールに、リノアがほんのり唇を尖らす。スコールは思わずその仕草に目を細めてしまった。どうしようもない、不思議な感傷を抱いた。
 何故なら。
 その表情は、初めて会ったときから全く変わっていないものだったから。ぶつかってきたカップルに、いーっと舌を出したリノア。驚いた自分に、ちょっとだけ首をかしげて笑った。そんな、初めて会ったときの彼女の姿が、自分の目の前を通り過ぎる。それはまるで夏の景色に浮かぶ、蜃気楼のようだ。あっという間に姿を隠してしまう幻影のようだった。それほど昔のことではないはずなのに、とても遠い昔のことのように認識している自分がいる。何故こんなに、セピア色な思い出になっているのか。たった1年ほど前だっただけなのに。とても優しい、暖かい記憶として認識しているのはどうしてだろう?





 訳もなくリノアに、自分に。
 遙かな懐かしさといとおしさを感じてしまったのは、どうしてなんだろう? 
 昔も今も、自分の気持ちは分からないことだらけだ。
 しかし、それでいいのかもしれなかった。





 とりあえず、自分が子供と言い合いをするくらい、人と付き合うことが出来るようになっているのは確かなのだから。リノアがずっと傍にいて、そして自分が変わっていったのだけは、本当なのだから。したいことはしたいと言い、嫌なことは嫌だと言う。今までの、嫌だということだけ明確で、自分の意思を持たなかった17のときの自分からしたら、考えられないほど。そして、今の自分は嫌いではなかった。昔は分からないものは嫌いだった。気持ちが悪いから。だけど、今は自分の事が分からなくてもまあいいかと思える。それは決して悪くは無い気分だ。
 スコールはまた、リノアの耳元でくすくすと笑った。そのとき立てた吐息がくすぐったくて、リノアは少し首を竦めた。





 end.




********************



 月影さんからの、101010ヒットのリクエストで書いたものです。
 テーマは、今の「贅沢なペイン」が終わったあと、落ち着いたスコリノの話でスコール独占欲大爆発!、というものでした。
 まあ、普通は独占欲といったら、リノアに言い寄るX男がいて、それに対して独占欲→イチャイチャ見せつけ、みたいな感じになるのかもなんですけど。そういう甘いお話はわたしが書くよりも他の素晴らしい管理人さんたちが書いて下さっているので、やめました。ちょっとほんわかな独占欲に絡んだ話・・・みたいのを狙ってます。大人気なく、子供と本気でケンカしてるスコールって結構好きなんですが。だ、だめかな・・・(どきどき)。
 

 ええと、これはお題のお話と連続してます。あちらを読んでからの方が、分かりやすいかもしれないです。これだけ読んでも分かるようにはなってますが。



 ではでは、月影さん、リクエスト有難うございましたー!