***歪み(「FF8 Character's Party」様よりお題をお借りしました。)




「スコール、どう?ちょっと飲まない?」
「お姉ちゃん?」


 エスタで割り当てられているスコールの個室に、ふらりとエルオーネが現れた。片手にはそれなりに度数の高いアルコール。今までエルオーネがアルコールを飲んでいる場面を見かけたことはなかったが、案外彼女はイケる口なのかもしれない。
 でも、それにしたって随分いきなりだな。スコールはそう思って、椅子をドア口にいるエルオーネの方に向け問いかけた。


「構わないけど。・・・・・・何かあった?」
「別に何もないわよ。ただ、スコールとゆっくり話したことなんてなかったなあと思って。それだけ。」
「なるほど。」


 確かに、戦いの後はバタバタしていて、スコール自身環境の変化についていくのが精一杯だった。SeeDの仲間たちとはガーデンで話をするし、ラグナは勝手に押しかけてきて(もしくは呼びつけて)話をしたりするが、エルオーネについてはその限りでない。自分からエルオーネに話しかけにいくこともなかったし、声をかけることもなかった。エルオーネからも何も言わなかったから、余計に関係は疎遠になっていた。それは望むと望まざると関わらず。
 話したいことは、たくさんあった。
 聞きたいことも、たくさんあった。
 だけど「いつか」と思うだけで、行動には移せていなかった。エルオーネが何も言ってこないのをいいことに、後回しにしていた自覚は少なからず、ある。
 だからいい機会だ。スコールはそう思ってデスクのPCを閉じ、エルオーネを部屋へと招き入れた。
 スコールにどうぞ、と声をかけられ、エルオーネはキョロキョロと辺りを見回しながら示されたソファへと腰を下ろした。スコールはそのまま簡易キッチンへと向かう。ガタン、と冷蔵庫を開ける音がした。どうやら、エルオーネが酒しか持ってこなかったので、軽いツマミを用意してくれるらしい。
 変なとこ、マメよね。エルオーネはそう思い、こそりと笑った。


「どう、この部屋?何か不都合なとことかない?」
「特に何も。」
「そう、良かった。ここ私が整えたから、気になってたのよね。ベッドの広さも問題ない?」
「ああ。広くて困るくらいだ。」
「そう?だってあなた、リノアちゃんと一緒に寝ることだってあるでしょ?狭いといろいろ辛いじゃない、多分?」
「!」


 ガタリ、と大きな音がキッチンからした。何か重いものでも落としたような、そんな音だ。エルオーネは眉を顰めた。


「やあね、気をつけなさいよ。怪我しなかった?」
「あんたが変なこと言うからだろう・・・・・・!」
「あら、そうお?だって、そういうことなんでしょ、あなたたち。」


 何がそういうこと、だ。スコールは苦虫を噛み潰したような顔をしてチーズをまた削り始めた。確かに自分とリノアは恋人同士でもあるしそういう関係でもあるから、エルオーネが指摘したような事態になることもなくはない。なくはないのだが・・・・・・、そういうことは知っていても指摘しないもんじゃないのか。スコールはそう思う。第一、自分の恋愛云々を身内や家族に突っ込まれるのは、およそ勘弁願いたいと思うのは一般的な感情じゃないのか。他者に関わられることを厭うていた自分はもちろん、あのリノアですら、セルフィたちの突っ込みにはたじろいでいるのだから、きっとそうだ。リノアも、もしガルバディアの父親に指摘されたりなんてしたら、恥ずかしくて死にたいとまで言いそうだ。間違いない。
 エルオーネは、そんなスコールの逡巡には気づいているのかいないのか、相変わらず飄々と言葉を続けた。


「昨日はどうだった?誕生日、楽しく過ごせた?」
「ああ。」
「そういや、リノアちゃんいないのね。今どこに行ってるの?まだエスタにいるんでしょ?もうじき戻ってくる?」
「リノアは今日から魔女検診。魔女研究所の方にしばらく泊まり込みだ。」
「そう。リノアちゃんともいつかじっくり飲みたいわね。今日は残念。」
「・・・・・・アイツは酒弱いから、そんな強いアルコールは付き合えないぞ。」
「じゃあ、お酒なしで、お菓子つまみながらとか。
 セルフィやキスティスと違って、私あの子のことは全然知らないんだもの。
 今度一緒におしゃべりしましょ、って言っておいて。絶対よ。」
「はいはい。」


 溜息をつきつつ、スコールがキッチンから戻ってきた。お盆にグラス二つ、ソーダ水、氷、チーズの盛り合わせにクラッカー。マメとしか言い様がない。エルオーネは破顔する。


「随分しっかり用意してくれちゃって。悪かったわね。」
「いや、その酒結構強いから、ツマミなしで飲むと明日に響く。明日は、朝早いんだろう?」
「・・・・・・そうね。朝早くないと着かないものね。」


 スコールの問いかけに答えながら、エルオーネは酒瓶を開けてグラスに注いだ。濃い蜂蜜色の液体がグラスを満たしていく。しかしある程度適当なところでやめ、スコールに手渡した。


「どういう風に飲むのが好きなのか知らないから、自分で後はやって。」
「ああ。サンキュ。」


 エルオーネからグラスを受け取り、スコールはいくつかの氷を入れてからソーダ水を注いだ。シュワシュワと泡が立ち上っていく様はとても綺麗だった。エルオーネも同じようにアルコールを割りながら、それを見つめた。


「スコールはこれ飲む時、いつもソーダ割り?」
「いや。普段は氷多めの水少し、かな。」
「ふうん。お酒案外強いんだ?」
「普通だろ。」
「ラグナおじさんは全然弱いよ。いつもこれを、蜂蜜色がなくなるくらい、ほっとんど透明に近いくらいまで水で割って飲むの。それでも何杯も飲めない感じ。」
「・・・・・・アイツ、酒弱いもんな。」
「スコールが案外イケルのは、レインに似たのかもね。」
「母さん?」
「そう、レインはお酒飲んでもあまり変わらないタイプだったわ。よく覚えてる。二日酔いなんてこともなかったし。パブの女主人だったしね。」
「・・・・・・そうか。」


 エルオーネはからから、とマドラーでグラスの中のアルコールを掻き混ぜた。そして、上手い具合にソーダと馴染んだところでグラスをスコールの方に持ち上げて、小首を傾げて微笑んだ。
 その笑顔は、初めて見るような懐かしいような、不可思議な気持ちをスコールに起こさせる。自分の感情に戸惑いながら、スコールは軽く目を細めた。


「じゃあ、スコール君の19歳の誕生日に、乾杯。」
「乾杯。」


 かちり、とグラスを合わせるとまたしゅわしゅわと軽い泡がアルコールの中から立ち上って消えていく。口をつけてみれば、この酒独自の芳醇な味わいと炭酸の軽さが絶妙に合わさって、なかなかのものだった。


「・・・・・・いい酒だな。」
「飲酒年齢に達して1年の子が言う台詞じゃないわね。昔っから飲んでたの?」
「まさか。俺が18歳になって酒が飲めるようになってから、そういう付き合いがやたら増えたからだ。この1年で、経験値を酷く上げられた。」


 エルオーネの指摘に、スコールは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。エルオーネは可笑しそうに顔を歪ませる。


「あはは。エスタに来ればラグナおじさんも飲みに誘うしね。」
「知ってるなら止めてくれ。毎度酔いつぶれたアイツを担いで帰るのはしんどい。」
「嫌よ。だっておじさん、すごく嬉しそうなんだもの。せっかくの楽しみを潰しちゃったら可哀想じゃない。
 近くに住んでる訳じゃなし、たまにの機会なんだからそのくらい奉仕しなさい。」


 ふん、とエルオーネはそう言い放ち、皿の上にあるクラッカーにチーズを擦り付けた。そのままぱくり、と頬張ると、またぐいっとグラスを煽った。
 エルオーネは童顔だ。黒髪、黒い瞳、ショートボブのヘアスタイル、ほっそり小柄な体型、彼女を構成する全てが大人の女性というよりは未だ少女のよう愛らしい。スコールより4歳上なのだから今は23歳で、妙齢の女性と言ってもいい年齢なのに、ともすればリノアよりも幼く見える。スコールと並んで歩いていたら、きっとスコールの妹だと思われるだろう。そのくらい、年齢よりも若く初々しく見えた。
 ーーーーー昔は、自分では追いつけないほど大きいと思ったのに、な。
 微かに覚えている、遥か昔のエルオーネの姿と自分が抱いていた感情。それを思い起こして、スコールは嘆息した。自分より遥かに小さくなってしまったエルオーネ、ふたり酒を酌み交わしている事実、それら全てに、あの頃から過ぎ去った年月を否応なしに突きつけられる。
 クラッカーにチーズを載せ、自分も齧った。ウォッシュタイプの独特な味わいが、苦味とともに口の中に広がった。


「エスタ西海岸、楽しめた?あそこは海も綺麗だし、あまり開発されてない分自然が綺麗で、結構いいところでしょ。」
「ああ。大統領府保養所も、いい感じのコテージだったし。リノアも喜んでたよ。アイツ、ガルバディアシティ出身だから、ああいう自然溢れる場所にあまり行ったことがないらしくて。」
「うふふ、それなら良かった。私の誕生日プレゼントは喜んでいただけたようね。」
「サンキュ。ハイシーズンなのに、保養所やバスの手配までしてくれて。」
「いいのよ。喜んでもらえたなら、私も嬉しいわ。元々、そういう施設の管理も私の仕事の範囲内にあるし、裏道も知り尽くしてますから。」


 にやり、とエルオーネは酒を飲みながら笑った。幼げで、まるで汚れを知らない純真そうな見かけをしているくせに、今見せる表情や仕草はやはり年齢相応なものだった。いやむしろ、人が悪いような何か企んでいるようなところも見える。エルオーネはこういう人だっただろうか。かつて知っていた姿はあまりに遠く、また朧げだ。
 からり、とグラスの中で氷がぶつかる音がした。見れば、エルオーネは二杯目を自分のグラスに注いでいた。


「結構飲むの早いんだな。」
「貴方、私のこといくつだと思ってるの。随分前に成人してるのよ。これくらい普通でしょ。」
「そうだけど。あんた、ずっと白いSeeDの船に乗ってただろ。アルコール飲む機会なんてあったのか?」
「白いSeeDたちとは飲んでないわ。独りでこっそり、寝酒をちょろっとね。」
「・・・・・・。」


 エルオーネが当たり前のように言った言葉に、スコールは額を押さえた。そんなスコールの姿を見て、エルオーネはくすくす、と笑った。


「なあに?『思い出のおねえちゃん』からしたら、信じられない?」
「・・・・・・いや。俺が知ってたおねえちゃんっていうのが、どれだけ狭い範囲内の話だったのかって思っただけ。」
「あら、随分大人な意見ね。」
「俺が5歳の頃のおねえちゃんから全然変わってなかったら、そっちのがおかしいだろ。お互い子どもだったんだし。俺だってあの頃とは違う。」


 スコールはそう言って酒を飲み干し、エルオーネと同じく手酌で自分のグラスに酒を注いだ。手馴れている、と言ってもいい動作だ。自分のアルコールを飲みながら、エルオーネはそれを見つめた。
 確かに、スコールは昔の、小さな子どもだった頃の彼とは違う。いつも私の後を追いかけて、縋り付いてきて、甘えていたあの子ではない。
 そして、再会したばかりの、あの誰も寄せ付けないような雰囲気を持った彼とも違っている。
 だから、今なら。今なら言えるかもしれない。エルオーネはぽつり、と言葉を漏らした。


「ごめんね。」
「お姉ちゃん?」
「いつか、謝らなくちゃと思ってたの。何も言わずに、貴方の前からいなくなったこと。」
「・・・・・・いいよ。別に、お姉ちゃんにもどうにもできなかったことだったんだし。エスタの追っ手から逃れるために、急を要していたってこと分かるから。」
「・・・・・・そうだったけど。でもね、違うの。」
「お姉ちゃん?」


 スコールの言葉を肯定しつつ否定するエルオーネの意図するところが分からず、スコールは首を傾げて彼女を見た。エルオーネは俯いてグラスを揺らしている。どんな表情をしているのか、窺い知れなかった。


「・・・・・・ホントはお別れを言うチャンスはあったの。黙っていなくなったのは、私がそう望んだからなの。」
「・・・・・・。」
「あの孤児院を出る前にね。スコールにお別れを言うかい?ってシド先生たちに聞かれてた。さよなら言わなくていいの?そう聞かれてた。
 だけど、私、嫌だって言ったの。さよならなんて言いたくないって。」
「・・・・・・。」


 スコールはエルオーネを見た。エルオーネは未だ俯き、グラスをからりと揺らしていた。やはり彼女の浮かべる表情を全く窺い知れない。スコールは何て返したらいいのか分からず、そのままエルオーネの言葉を待った。
 エルオーネは、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あのとき。スコールにさよならって言ったほうがいいっていうのは、私にも分かってたの。だけどどうしてもそれをしたくなかった。」
「・・・・・・理由を聞いても?」
「・・・・・・。」


 スコールの静かな問いかけに、エルオーネは黙って酒を飲み、それから息をついた。


「私がもしさよならを言ったら、そしたらきっと、スコール泣いちゃうでしょ?それを見るのがが嫌だったの。単なる、私の我が儘。」
「・・・・・・そうか。」
「ごめんね。スコールは私に裏切られた、って、捨てられたって思ったんだよね。ずっと一緒だよ、なんて言ってたのに、その約束も何もかも捨てて、勝手にいなくなってしまって、すっごく傷ついたんだよね。それ、私、貴方にジャンクションして初めて知った。そんな風に思われるなんて、あの頃の私、何も考えてなかった。
 ・・・・・・謝ればいいって問題じゃないけど。でも、謝らせて。本当にごめんなさい。」
「・・・・・・気にしないでいいよ。お姉ちゃんだって子どもだったんだ。それに、俺が泣かないように、俺のことを思ってしてくれたんだろ?」
「んー、ちょっと違う。」


 スコールの言葉に、エルオーネはそう返した。どういうことなのだろう。訝しげにスコールはエルオーネを見つめた。やがて彼女は顔を上げ、スコールを見た。お互いの視線が交差する。そこには熱情や温かい感情、そういうものはなく、ただ静謐で冷静な色だけを乗せていた。


「私、自分がしたくないことは絶対やりたくないの。しなきゃいけない、って分かってても、やりたくないからやらない。昔っからずっとそう。
 私、自分の望みが一番大事な人間なの。」
「・・・・・・。」
「孤児院から去るときも。スコールを泣かせたくないから、さよならを言わなかったんじゃないの。泣いているスコールを見るのが嫌だったから、さよならを言わなかったの。
 白いSeeDの船を勝手に降りてエスタに行ったのもそう。キロさんが迎えに来てくれて、わたしキロさんやラグナおじさんのところに早く行きたくて。だから白いSeeD達のことなんか何も構わずにさっさと船を降りた。彼らは私のことをとても大事にしてくれていたし、私も彼らのことが好きだったけど。私が勝手に船を降りたら、彼らがどんな思いをするか。それを知っているくせに、スコールに何も言わずに去ったことをすごく悔やんだくせに、やっぱり私は自分勝手に自分の望みだけ叶えようとしてしまうの。自分の気持ち以外、見えなくなるの。」
「・・・・・・。」
「スコールにリノアちゃんを助けるためにジャンクションしてって頼まれた時も。私、自分のしたことないことにチャレンジするの怖かった。スコールがあんなに願っているんだもの、叶えてあげなきゃと思うくせに、自分の能力以上のことを頑張ろうなんて思いもしなかった。何が起きるか分からないし、リノアちゃんは私全然知らない子だし。知らない子のために、頑張る気なんてなかった。スコールの気持ちなんて、全然考えてあげてなかった。
 ・・・・・・ホント、酷い人間よね。」
「・・・・・・。」


 自嘲しているのか、エルオーネは最後少しだけ苦い笑みを零した。スコールは何も言うことが出来ず、ただエルオーネの自戒を聞いていた。エルオーネはまた俯いている。さらり、と短めの黒髪が流れ落ちて、彼女の表情を隠していく。その姿が、不思議にラグナロクで見たリノアの姿と重なって、スコールは胸を突かれた。


「それでも。怖くても、嫌でも、お姉ちゃんは結局俺の願いを叶えてくれただろ。」
「・・・・・・。」
「だから、そんなに自分を責めることない。お姉ちゃんのおかげで、リノアは助かったし、アルティミシアも倒せた。お姉ちゃんがいたから、今平和になってる。」
「・・・・・・。」


 スコールは、静かにグラスを傾けながら、そうぽつりぽつりと呟いた。それはまるで、エルオーネに聞かせているのではなく、自分に言い聞かせているかのような声音だった。スコールの声が、柔らかく空間に溶けていく。まさに癒しだ。エルオーネはそう思い、苦笑した。


 私を許さない。そう言いきって構わないのに。
 勝手に1人取り残していった私を、リノアちゃんを助けることを躊躇った私を、糾弾してしまえばいいのに。酷い人間だと、かつて懐いていたことすら嫌悪するほど恨んでしまえばいいのに。
 それでも、目の前のこの弟は、そうしようとはしないのだ。
 都合のいい私の謝罪を、懺悔を受け入れて、それでいいと赦してくれる。
 それは、なんて。
 気づけば、スコールが蒼い瞳で自分のことを見つめていた。その眼差しは、まるで透き通るように綺麗で、何もかもを冷徹に見通すようなものに感じられた。私の中の、この混沌とした薄暗い感情すら、明るいところで暴き立てるかのような。


 エルオーネは、くしゃり、と顔を歪ませて微笑した。今にも泣き出してしまうんじゃないか、そう思わせるほど黒い瞳は揺らいでいる。しかし、彼女は涙を零すことはしなかった。そうはせずに、またアルコールをぐいっと呑んで、そしてスコールに話しかけた。


「世界が平和になったりしたのは、スコール達が頑張ったからだと思うけど。でも、ありがと。」
「俺たちだけじゃなく、皆が頑張ったから、だ。」
「うん。
 ・・・・・・ねえ、スコール、そう考えるようになったのは、それはリノアちゃんの影響?」
「何だ、いきなり?」


 リノア、という単語を出されて、スコールが驚いたかのように目を丸くする。そんな彼に、エルオーネは茶化した笑いを浮かべることなく、真面目に言い切った。


「だって、スコール、小さい頃はそんな皆で頑張るとか、そういう考え方しなかったもの。お姉ちゃんと自分、それ以外はどうでもいい、みたいな。小さな鳥籠の中に、お気に入りのものだけ抱えて蹲っているみたいな、そんな子だったもの。
 宇宙で再会する前も、そんな感じだったような気がしたわ。鳥籠はさらに狭くなって、自分ひとりで閉じこもっていたようだったけど。」
「・・・・・・。」
「良かったわね、社交的になって。いいことだわ。」


 エルオーネはまるで歌うかのようにそう言った。スコールはといえば、心持ち頬を赤らめて、それでもむすりとした表情を浮かべている。誰だって自分が年若い頃の、未熟だった頃のことを指摘されるのは恥ずかしいものだ。彼の苦渋は、むべなるかな、であった。
 しかし、先ほどの言葉は、エルオーネはからかうつもりで言ったわけではないのだ。心の底から、良かったとそう思ったのだ。そして、良い変化をし、おそらくは充実した恋愛関係・友人関係を築いているらしいスコールを、単純に羨ましいと思った。


 だって、私はあの頃から何も変わっていないから。
 何一つ、変えようという気がないから。


「そういえば、お姉ちゃんは?」
「え?」
「お姉ちゃんはいないのか、誰か好きなヤツとか、そういうの。」


 ぼそり、とスコールから、まるで逆襲のようにそう尋ねられて、エルオーネは瞳を丸くする。グラスを傾けながらじっとスコールの顔を見つめれば、スコールも真面目に瞳を合わせてきた。どうやら意趣返しで口にした訳ではないらしい。グラスのアルコールを飲み干して、またエルオーネはおかわりを作った。


「何だか、スコールからそういうこと聞かれるとは思わなかったわ。意外。」
「そうか?考えてみたら、俺、お姉ちゃんのそういうこと全然知らないな、と思って。俺のことはほとんど知られてるのに、フェアじゃないと思わないか?」
「フェアとか、そういう問題?」
「そういう問題だ、俺にとっては。」
「ふうん。」


 からり、とマドラーでグラスをひと混ぜして、エルオーネは気がなさそうに相槌を打った。心なしか、スコールの顔がワクワクしているかのような、そんなものに見える。さっきの自分もそういう顔をしていたのかもしれない。


「とりあえず、今恋人はいないわよ。」
「作る気は?」
「今のところはないわね。」
「・・・・・・即答だな。」


 スコールが驚いたように、目を見開く。その姿が、妙に幼く感じられて、エルオーネは思わず吹き出してしまった。


「何よ。恋人を作る気がないっていうの、おかしい?」
「おかしい訳じゃないけど、意外だった。だってお姉ちゃん、今までと違って何でも自由にできるようになったんだし。広い世界に触れるようになって、気になる奴とか出来たりするだろうと思っていたから。」
「広い世界、ねえ。私、実はそれをあまり欲しくないのかもしれないわ。」
「お姉ちゃん?」


 ふうむ、とチーズを齧りながらそう呟くエルオーネに、スコールはさらに驚かされた。別にリノアに毒されている訳ではないが、割と同じ年代の女子たちの主たる関心のひとつは、恋愛ごとなのだろうと思う。しかし、エルオーネはそれに対してさほど興味を抱いていないらしい。それは何故なのか。
 自分の中を渦巻く様々な疑問は、正直に顔に出てしまっていたらしい。エルオーネはスコールの顔を見て、すごい顔してるわよ、と言って笑った。


「つまりね。私が欲しいものって、この両手に収まるくらいでちょうどいいんじゃないかってこと。広い世界で、様々なものがあっても、自分が掴めるものって限りがあるでしょ?
 自分が心底欲しいものって、そういくつもなんてなくて、ひとつふたつ、そんな程度なんじゃないかなって。」
「・・・・・・それに、恋人は含まれない?」
「そうね。今のところ。」
「好きな奴がいない訳じゃないんだろ?」
「・・・・・・。」


 エルオーネは、スコールの質問に答えなかった。ただ、また一口チーズを噛んで、それをゆっくりと味わうように咀嚼した。こくり、とエルオーネの白い喉が動いて、チーズが嚥下されていくのが分かる。そして一口またアルコールを含んで、エルオーネは口を開いた。


「スコールたち、ラグナおじさんたち、白いSeeDたちや、シド先生、ママ先生。好きな人は、もう手一杯ね、私は。これ以上増やす気はないわ。」
「・・・・・・そういう意味の、好きな人を聞いたわけじゃないけど。」


 ぼそっと呟いたスコールの声に、エルオーネはただ微笑んだ。それを見て、スコールは誤魔化されたな、と感じる。
 先程から話していて、気がついた。エルオーネはものすごくはっきりとした人間だ。外見が幼げで儚く見えるが、決してそういう、風が吹けば流されるような、そんな人間ではない。むしろ、意固地なまでに、強風の中でも1人立っていようとするだろう。エルオーネが言った、「したくないことは絶対にやらない。」という言葉。それは彼女の明快な姿勢を表している。確かにエルオーネはそういう人だ。
 そして、優しい嘘を嫌う人間だ、ということも気がついた。
 エルオーネはいつだって真実しか言わない。嘘で誤魔化す必要があるなら、口を閉ざす。そのくらい、徹底している。
 さっきもそうだ。リノアにジャンクションするのを最初断ったこと。何も言われなければ、エルオーネにもきちんとジャンクション出来るのか自信がなかったからだとスコールは思っていた。そのまま、誤解させておけばいいのに。何も、自分の心の暗部を暴いて見せる必要はないのに。それなのに、エルオーネはそうしない。ストイックなまでに、自分の心を偽らない。
 だから、分かった。
 エルオーネはおそらく、恋をしている。ただ、それを叶えようという気がない。だから、恋人をつくる気はないと即答する。そのくせ、好きな人がいるかどうかの質問には答えない。


 おそらくこれ以上突っ込んで尋ねても、彼女は絶対に答えないだろう。スコールはそれを理解して、それ以上尋ねるのを止めた。からり、とグラスを揺らしてアルコールを飲み干し、またお代わりを注いだ。


「俺、来年成人するだろ。」
「そうね。」 
「そしたら、俺、リノアがいいって言ってくれたら、結婚しようと思ってる。」


 ぽつり、と呟いた言葉に、エルオーネはグラスを傾ける手を止めて、スコールを凝視した。そして、そっと問い返してきた。


「・・・・・・随分早いわね。」
「若すぎる、って思うか?」
「どうかしらね。若いな、とは思うけど。若すぎるかどうかは、分からないわ。そういうの、人それぞれだし。
 ・・・・・・でも、どうしてそう思ったの?」
「・・・・・・俺、今までリノアの一番近くにいるのは自分だって、そう思ってたんだけど。でもそうじゃないんだってこと、今回の旅行で気がついたから。」
「どういうこと?」
「ほら、宿泊カードとか、予約カードとか、そういうの記入するだろ。そのときに、氏名や関係を書かなきゃいけない。」
「ああ・・・・・・・。今の貴方たちだと、2人それぞれ記入しなくちゃだものね。結婚してないから、2人でカップルとして書くんじゃなくて、1人1人個人の記入になるわね。今回の滞在先は、大統領府の保養所だったから、余計にそういうとこ煩いわよね。一応法律的には貴方たち未成年だし、保護者の名前まで記入させられるしね。」
「そう。姓も全く違う。関係は、夫婦でない以上、他人としか言い様がない。それが、何だか酷く・・・・・・・。」
「寂しかったのね。」


 言い淀んだスコールの台詞を、エルオーネが引き取って続けた。エルオーネが言い表した自分の感情は、酷く的確であり、またやたらと認めたくはない内容だったので、スコールはそれに何も言わずにただアルコールを飲んだ。
 自分でも分かってるのだ。自分たちはまだまだ子どもで、結婚してきちんとやっていけるかどうかの自信なんて全然ない。リノアの人生を背負うこと、それに対する躊躇は全くないが、きちんとやり遂げられるのか、そのことに対する不安は少なからずある。リノアを幸せにしてあげられる、と自信を持って言い切ることなんてまだ出来そうにない。
 それが、きっと、「結婚するには若すぎる」ということなのだろう。
 それでも、リノアと自分が他人である、という関係性。それを許せる程大人ではないから。だからこそ、これ以上ない程近しい関係、誰からも「一番近くにいる存在」として認められたいと、そう思う。もう少し年を取ってから、社会に出て責任を果たせるようになってから、そんな抑えは全く効かない。条件が許せばすぐにでもそうしたい。子どもだから、我慢が効かない。ただ欲しがって、渇望して、それを手に入れるためにがむしゃらに動くことしか出来ない。


「血のつながりはないけど。でも私とスコールって、何だかんだ言って似てるのかもしれないわね。」


 黙り込むスコールに、エルオーネはそんなことを言った。スコールがエルオーネに視線を向けると、彼女は仕方ないわね、と言わんばかりの表情でスコールを見ていた。


「好きなものは、全部欲しいのよね。全部手に入れられないなら、全く手に入れないで構わない。全てかゼロなの。一部、何かに預けるなんて考えもよらない。そのくらいだったら、最初から要らない。
 スコールが結婚したいっていうの、そういうことでしょ?」
「・・・・・・。」
「私も同じだわ。全部手に入らないなら、何も要らない。全部手に入れられるなら、絶対手に入れる。そんな執着を抱えてる。
 ・・・・・・歪んでるわね、私たち。」


 最後の一言は、小さな声でぽつり、と零された。それはエルオーネの自戒の念から出た言葉なのか、それともただ単に自分たちの現状を簡潔に言い表したものなのか。それはスコールには分からなかった。ただ、自分とエルオーネは似ている、その事実が不思議と心にすとん、と落ちた。
 血のつながりはなくても。例え、エルオーネが全ての人間に「お姉ちゃん」と呼ばれる存在であったとしても。それでも、エルオーネは確かに自分の姉で、家族なのだ。そう理解した。


 くすり。
 エルオーネが笑った。


「まあ、歪みがあっても、執着が酷くても、それでいいと認めてもらえるなら、それはそれでいいんじゃない?」
「そう、だといいな。」
「リノアちゃんに聞いてみるといいわ。」
「そうだな。」


 エルオーネの言葉に、スコールは静かに頷いた。エルオーネは一口で最後までグラスに残っていたものを飲み干すと、キュッと酒瓶の栓を締めた。


「ここまででお開きにしましょ。明日、ウィンヒルまで行かなきゃだし、二日酔いで長距離移動なんて考えただけでも嫌だわ。」
「そうだな。」
「・・・・・・毎年悪いわね。誕生日の3日後に墓参りなんて。リノアちゃんとゆっくりできないわね。」
「それが母さんの命日なんだから、仕方ないさ。お姉ちゃんが気にすることじゃない。リノアも分かってるし。むしろ、ゆっくりお母さんと話してきて、って言ってる。」
「次のお墓参りは、リノアちゃんも一緒に行けるかしら。」
「ああ。断られなければ。」


 エルオーネは、スコールと自分の使ったグラスを台所のシンクに入れた。チーズはまだいくらか残っていたので、ラップをして冷蔵庫の中にしまう。スコールは置いたままでいいと言っていたが、飲みの支度をしてもらった手前、そのまま放って帰るわけにはいかなかった。
 酒瓶は、置いて帰ることにした。2人で飲んでしまったとはいえ、まだ半分近く残っている。昨日誕生日だったスコールに、誕生日プレゼントの追加として渡してしまうのがいい。エルオーネがそう告げると、スコールは瞳を見開いてから、サンキュと小さく笑った。


「じゃあ、明日、エアステーションでね。」
「ああ、寝坊するなよ?」
「そっちこそ。私はむしろ、絶対寝坊しそうな人を思いっきり起こさないとね。」
「アイツ、寝汚さそうだもんな。」


 クツクツ、とスコールは笑う。今頃きっと、ラグナはくしゃみが止まらないだろう。それを想像してエルオーネも笑ってしまう。
 ひとしきり笑ったところで、じゃあね、と扉を締めようとしたそのとき、スコールから一言尋ねられた。


「今、幸せか?」


 エルオーネは振り向いてスコールを見た。そう問うた彼は、先程までの笑みを消し、ただ真剣な瞳で自分を見ている。それは、幼い頃に自分を見上げていた瞳とよく似ていて、どこか不安げのように見えるそれだった。だから、エルオーネは思いっきりにやりと笑ってやった。


「もちろん幸せよ。スコールもそうでしょ。」
「ああ。」
「それ、明日、レインにも言わなくちゃね。」
「そうだな。」


 スコールの最後の同意に頷いてから、エルオーネは手を振りさっさと帰っていく。淀みなくハキハキと歩く姿は、やはりきっぱりとしている彼女の性質を表しているかのようだった。


 ーーーーー聞きたいことは、たくさんあった。
 話したいことも、たくさんあった。


 だけど、結局は今、「幸せなのだ」と。それさえ知ることが出来たら、もうそれでいいのだ。何があろうとも、例え様々な思いに心を乱すことがあったとしても、歪んでいようとも、幸せだと感じていてもらえるのなら。ただ、それだけで。


 廊下に消えていくエルオーネの姿をひとしきり眺めて、それからスコールは扉を締めて自室へ戻る。静まり返った部屋は、ただ穏やかに自分を迎えてくれた。だからだろうか。先ほどまでしていた会話が頭の中でリフレインする。自分に幸せをくれる人、その人に無性に会いたいと思う。


 今頃、リノアは何をしているのだろう。
 俺と同じくらい、でなくて構わない。けど、俺のことを少しでも思い出してくれているだろうか。


 昨日まで隙間もないほどくっついて一緒にいたくせに、まだ離れて1日も経っていないのに、もうそんなことを思う自分の歪み具合がおかしくて、スコールはただ苦笑を漏らした。




End.


***


2013スコール誕生日記念企画「騎士祭」より再録。