10、ふたりきり
(ゼル、三つ編みの図書委員・17歳)


「ごめん、今日あたしデートなの!」
「あたしも今日は実家に帰らないと・・・・。」


親友二人にそう言い出されて、一人で図書室番をすることになって。それでも、一人が別に嫌でもない私は、いつもどおり本を読みながらカウンターに座っていた。


今日もうらうらといい天気。
陽射しは暖かく降り注いで。だからかしら、人もいなかった。まあ、こんないい天気なんだもの。図書室に来ないで外に出かけるの方がいいかもしれない。でも、誰もいない図書室も、かなりいいものだった。私は、好きだった。


かたん、と音がする。
誰か来たみたい。
私は入り口の方を見て、そして、少し固まる。


・・・・・・だって。
そこには、図書室にはおよそ縁の無い人がいたから。
ゼルさんが、そこにいたから。


ゼルさんは、本棚の方へ行く。私は、どきどき、という胸の音を抑え切れなかった。だって、今は本当に二人きりで。他には誰もいなくて。私の息も、あの人の息遣いも、全てお互いの耳に届いて。
くらくら、と眩暈がして。
私はどうしたらいいのか、わからなくなる。


どきどき。
どきどき。
どきどきで、前が見えなくなった。息をしているのか、それすらもわからなくなった。
もう、駄目、そう思ったときに。


「・・・・・・あのさ。」


いきなり、声をかけられた。


「は、はいっ!?」


思わず裏返ってしまう声に、私は恥ずかしくなる。なんで普通に話すことも出来ないんだろう。目の前のこの人は、別に怖い人じゃないのにね。馬鹿な私を呪いながら、私はゼルさんの方を見た。ゼルさんは一冊の本を持っていた。多分借りたいのだろう。私はその本を受け取った。


「返却は、二週間後までにお願いしますね。」
「ああ、サンキュ。」


貸し出し処理をパソコンで行ってから、バーコード処理を行う。そして、処理が終わった本をゼルさんに渡したんだけれど。


そのとき、ちょっとだけ。本当に、かすかに。
手が、触れた。
そしてそのまま、何かを渡される。


「・・・・・・・え!?」


私はきっと、真っ赤になってしまったと思う。だって、まさかに手が触れるなんて思わなかったから。それに、これは何だろう?私がゼルさんを見上げると、ゼルさんも私に負けず劣らず、顔が赤かった。


「あのさ、それ、御礼!
前にさ、雑誌くれたろ?あんときの!」
「え、そんな御礼なんて・・・・。」
「もらってよ。たいしたもんじゃないけどさ!
雑誌もらったとき、俺ホントに助かったし、嬉しかったからさ!」


明るく笑って、そしてゼルさんは手を振って図書室を出て行った。私は、現実なんだか、夢なんだかもわからなくて。もしかしたら、都合のいい夢でも見てるんじゃないかとか、そう思って。
でも、目の前にゼルさんが置いていった包みがあったから、夢じゃないって、やっとそう思った。


可愛らしい包みは、掌に収まるくらいに小さいものだった。少しくしゃっとしているそれを、私はそっと開けた。中には、可愛いリボンが入っていた。私がいつも三つ編みを編んでいるから、だからそれに合わせて、リボンを選んでくれたんだろう。手の込んだ刺繍が施してあるそれは、とっても可愛らしくて綺麗なものだった。


・・・・・・どうしよう。嬉しい。
嬉しくて、たまらない。


ちょっとだけ、涙が出てしまった。誰もいない図書室でよかった、と思いながら、私はそっと両手に顔を埋める。


あのとき、ほんの少しだけ勇気を出したのは、やっぱり間違いじゃなかった。嫌がられたらどうしよう、とか、やっぱり迷惑じゃないかとか、そんなこと一杯考えたけど。でも、何も行動しなかったら、何も伝わらないもの。そう思って、頑張ってちょっとだけ踏み出した。あのとき頑張ったから、だから今こんなに嬉しい気持ちを持てる。そうしてよかったと、今本当にそう、思える。


今はまだ、どきどきして、眩暈がするようなふたりきりの時間も。
いつかは、穏やかに当たり前な時間になる日が来るのかな。
今まで影からこっそり眺めるだけだったあの人と、今日2人で話せたように、いつかはもうちょっと前進していたりするのかな。そうだといいなあ。
そんなことを思った、天気のいい午後のひととき。


10、ふたりきり end.


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頑張った分だけの、ご褒美をもらったような