15.ひとさしゆび
(スコール×リノア 25歳)


「あ、イタっ!」


台所でそう声を上げたリノアに気づいて、スコールはそちらへと行った。見ると、リノアはじっと水道の水で人差し指を冷やしている。コンロには煮込み鍋。どうやら煮込み料理を作っていて、火傷をしたらしい。
近寄ったスコールにリノアは気づいて、そして手を振ってにっこり笑った。


「あ、大丈夫だよ。ちょっとだけだから。」
「薬は?」
「うん、ちょうだい。」


冷やしていた指を水から外して、リノアは居間へと向かった。スコールは居間の救急箱から火傷軟膏を取り出す。そして、リノアをソファに座らせて、彼女のほっそりとした手を取った。
白くて透き通ってしまいそうな肌に、ぽつり、と赤くなっているところがある。


「わたし自分で塗れるよ?」
「いいから。」


スコールはそう答えると、そっと彼女の指に軟膏を塗った。強くするときっと痛いだろうから、羽が滑るようにそっと。


「ありがと。」
「乾いてまだ痛かったら、もう一回塗りなおした方がいいぞ。」
「うん。」


そう言いながら、スコールはじっとリノアの人差し指を見つめていた。その視線に気がついて、リノアは不思議に思って。少しだけ首をかしげた。


「どうしたの?」


そう尋ねる声に、スコールははっとして。それから、少しだけ笑った。


「ああ、なんでもない。ちょっと昔のこと思い出した。」
「昔のこと?」
「思えば、この人差し指から全て始まったよな・・・・・とね。」
「・・・・・ああ。」


スコールが語る言葉に、リノアもくすっと笑う。確かにそうだ。人差し指で、空を指し、人差し指でスコールにおまじないをして。それで自分達の関係は始まったのだ。
ソファに座って救急箱を片付けるスコールを見上げながら、リノアは尋ねた。


「ねえ、あのときわたしがあなたを指さして、あなたどう思った?」
「え?」


ソファに座ってにこにこ笑いながらそう尋ねるリノアに、スコールは少しだけ眉を上げる。救急箱を元あった場所に片して、それからリノアの隣に腰掛けた。そして、人の悪い笑顔を浮かべた。


「・・・・・・変な女だ、と思った。」
「ああ!酷い!」


むうっとそう言うリノアに、スコールは楽しそうに大笑いをした。拗ねた顔をするリノアがおかしかったらしい。リノアも、スコールが笑っている顔を見て、むうっとした顔を止めて朗らかに笑った。


「いや、本当にあのときはそう思ったぞ?だって、初めて会った人間に『自分のことが好きになる〜』とか言われてみろ。そう思うだろうが。」
「ま、ね。」
「でも、結局あのときのおまじないが効いた・・・・ってことなんだろうかね。」
「んー、今だから言うけど、わたしあのとき、あなたに好きになって欲しくてああ言ったんじゃないんだよね。」
「そうなのか?」
「そうなんだ、本当は。」


ちょっと驚いた顔をしたスコールに、リノアは笑いながら言葉を続けた。


「あの頃のスコールって、わたし言葉が届いてない人みたいに見えたんだ。だから、わたしが突拍子もないこと言えば、そしたら言葉が心に届くかなあってそう思って、だからああ言ったの。」
「・・・・・・・?」
「パーティであなたのこと、わたし見てたんだ。どんな人が話しかけても、どんな言葉をかけても、あなたは何にも反応がなくて。あなたの中は何一つ埋まっていない、からっぽ、のような気がした。なんて哀しい人だろう、と思った。
今のあなたからしたら、もう考えられないくらい。」
「・・・・・・・そうか。」


確かにそうだったかもしれない。そうスコールも思った。
あの頃の自分はとにかく何もわかっていなくて、そのくせそのことを誰にもわかってもらいたくなくて、一人で殻に閉じこもって。一人で生きていけると、本当にそう信じていた。何も欲しがらなければ、何も失わない。そんなことを本気で信じていた。誰も指摘しなかったけれども、確かにあの頃の自分は今思い返しても希薄でからっぽだった。
何も欲しがらない、ということは、何もない、ということなのに。それを俺は、全くわかっていなかったのだ。


しかし驚きだ。まさかにそのことをリノアが初めて会ったときから感づいていたなんて。それでも、リノアが気づいた理由も、何とはなしに分かる気もした。
何故なら。
彼女は人間が大好きだから。笑って、話して、怒って、泣いて。そういう風に生きている人間のことを愛しているから。今も昔も変わらず、彼女はいつもそうだった。だから、あの頃の自分の空虚さに気がついたのかもしれない。
スコールは手を伸ばしてリノアの頬に触れた。リノアはちょっときょとっとしてから、それから花が咲くように微笑んだ。
スコールも笑う。リノアといるようになって覚えた、穏やかな微笑みを浮かべて笑った。


「やっぱり、人差し指の魔法が効いたのかな。」
「ん?」
「変な女だと思ったのは本当だが、でもすごく印象に残ったのも本当だから。あんな風にした人間はいなかったから余計にな。」
「そっか。それは嬉しいな。わたしの言葉があなたのこころにきちんと届いてるってことだもんね。」
「ああ。」


15.ひとさしゆび end.


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こんなに遠くまで来ても、あの頃の気持ちを忘れてはいない。