18、笑って
(フューリー、ジュリア、リノア4歳、アルス4歳、キャリッジ夫妻)


「ほら、リノアちゃん、笑って笑って。」


ティンバーの町外れの写真屋で、カメラマンがくまのぬいぐるみを振りながらリノアに笑いかける。可愛らしいドレスを着たリノアは、くまの人形に少しだけ興味を惹かれながらも、それでもむっつりと首を振った。そんな様子に、ジュリアは困ったように笑って、そして、カメラマンに謝る。カメラマンも困ったように笑って、ファインダーを覗くのを止めた。


今日は子供の成長を祝う花の日だ。毎年、この時期にはたくさんの子供がお祭りに参加した後、そのときの正装のままに写真を撮る。リノアとジュリアも、そのために写真店に来ているのだが、いかんせんリノアの機嫌はずっと悪かった。その理由は、ジュリアにも分かっていた。
今日の朝、いきなりの仕事が、フューリーに入ったから。お父さんがいないから、だから拗ねているのだ。


「リノア、まだおこってるの?」


もう写真を撮り終えたらしいアルスが、とことことリノアの傍へとやってくる。その後から、リーナとウェインもやってきた。ジュリアはキャリッジ夫妻に話しかけた。


「アルスの写真はもう終わったの?」
「ええ。綺麗に撮れたわよー。あまりにも出来がいいかもだから、もしかしたら店に飾るかも、ですって。」
「アルス、可愛い子だから。」


ジュリアがそう言うと、リーナは悪戯っぽそうに笑う。


「間違ってるわ、ジュリア。あの子は、自分を可愛く見せることを知ってるのよ。まあ、確かに可愛いんだけどね、でもお菓子よりお金を喜ぶ子供ってどうかと思うわ・・・・。」
「最近なんか、株のネットトレーディングを覚えたらしくてさ・・・・。何だか末恐ろしいよ。
うちの子は、どうもリノアちゃんみたいな子供らしさみたいなのはなくてねえ。だけど、可愛いんだから、親って恐ろしいよな。」
「そのリノアは今日はずっとおかんむり、よ。
あんまり可愛いとは言いがたいわね。」


アルスがリノアに話しかけているけれど、それにもあまり応えもせずにむっつりとしてるリノアを見やって、ジュリアは肩を竦める。リーナとウェインも苦笑した。


「まーだ、怒ってるのね?」
「そうなのよ。リノアが起きる前にフューは仕事に行かなければならなかったから、余計に機嫌悪いの。ドレス姿をお父さんに見て欲しかったんじゃない?リノア、お父さんっ子だから。」
「何かさ、そういうところ、フューにそっくりだよな。今日のあいつも、すんごい恐ろしい形相で仕事してそうだ。部下も可哀想に。」


大人たちはそんなことを話しながら、くすくすと笑っていた。リノアはというと、相変わらずむすっとしたまま、もらったお菓子を食べていた。アルスは最初のうちはリノアに気を使って色々声を掛けていたが、それも嫌になったらしい。「リノアのばーか!」という捨て台詞に、リノアは泣きそうになる。そんなリノアにあっかんべをして、アルスは大人たちのほうにやってきた。


「こら、アルス!リノアに馬鹿、なんて言っちゃ駄目でしょ?」
「だって、ばかなんだもん。おこったってしょうがないじゃないか。それわかってて、すねてんだよ、リノア。ばかだよ。」
「アルス、女の子には優しく、だろ?」
「やさしいじゃん。ばかにばかっていってるんだから。」
「・・・・・・アルスー・・・・・。」


キャリッジ夫妻の頭を抱える姿に、ジュリアも思わず噴出してしまうが、泣きそうになりながら、それでもまだ眉をしかめているリノアの姿を見て、はてどうしたものか、と思って途方に暮れた。ここでいつまでもこうしていても、リノアの機嫌は直らないだろう。フューのお休みのとき、もう一度写真店に来て、撮り直した方がいいかもしれない。今日は、もうムリだ。そう思う。
しかし。
カメラマンにそのことを言おうと思って声をかけようとした、そのとき。
後ろの方からばたばた、と慌てて駆けて来る様な音がして、扉がばたんと開かれる。
フューリーが、顔中に汗をかいて肩で息をしながら、そこにいた。
フューの顔を見て、リノアはくしゃくしゃの顔になりながら、飛んでくる。


「フュー!仕事大丈夫なの!?」
「もう終わった。
悪い、なるたけ急いだけど、祭にはやっぱ間に合わなかったな。ごめんな。」


べったりしがみついてくるリノアを抱っこするフューリーに、ジュリアは心配そうに話しかける。そんな彼女に、フューリーは優しく笑った。そして、リノアをちょっと高い高いする。


「可愛く出来たね、リノア。お姫様みたいだよ。」
「ホント!?リノアかわいい!?」
「可愛い、可愛い。」


フューリーに可愛い、と言われてほっとしたのだろうか。リノアはさっきまでの不機嫌そうな顔はどこへやら、とても嬉しそうに笑う。そんな表情が可愛らしくて、フューリーも笑った。ジュリアも仕方ないなあ、と言うように笑う。


「お父様いらしたなら、これで写真が撮れますね。」


カメラマンが笑いながら声を掛けてきた。フューリーは少しだけ頭を下げて、それから手間をかけさせたことを詫びた。カメラマンは気にしない、というように笑って応える。


「今度はいい笑顔出来るよね?
さ、リノアちゃん笑って!」


18、笑って end.


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もう、きっとあの子は覚えていないような、そんなある日の出来事。