20.片思い
(アリーテ姫8歳)(スコール、リノア18歳)


私は今は機嫌がよくないのじゃ。
さっきかかってきた内線電話を取ったときから、魔女殿、もといリノアの様子が明らかに違うからじゃ。
先ほどの内線電話はアルスから。今しがた、任務のためにあの男、スコール・レオンハートがここドールに到着した、というものであった。


全く、アルスめ。誰の味方なんだか全くわからぬ。せっかくリノアがこのドールにしばらく滞在してくれるというに、わざわざあの男を呼びつけなくてもよかろう。私がものすごく楽しみにしておったことも知っているくせに、仕事とはいえ、あの男に頼むとは何事じゃ!アーヴァイン殿などでもいいではないか。何故にあの男でなくてはならん。


(作者注:アーヴァインやセルフィ、ゼルなどはアルスの依頼が来たというだけで逃げる傾向にあり、逃げ遅れたスコールが毎回しぶしぶと引き受けていることを姫は知らない)


「・・・・・姫様、どうかした?」
「姫様、ではない。リノアはアリーテと呼んでいいのじゃ。敬語もよしておくれ。私が魔女殿、と呼ばないこととの交換条件じゃ、これは。」
「いいのかなあ、ドールの公族って身内以外は名前で呼ばない風習があるんでしょう・・・・?」
「よいのじゃ。私がよいと言っておる。」


目の前に出されてある好物の、ナッツとカスタードのパン粉揚げにも手を出さずにむうっとしている私を気遣ったのか、リノアがそっと話しかけてきた。相変わらずリノアは可愛らしい。そっと尋ねる声も、ちょっとした仕草も、どうしてこれほどというほど可愛らしい。全く、あのアルスと一緒に育ったとはとても思えぬ。
いや、そうではない。きっと、いや絶対にリノアの可愛らしさは本物なのじゃ。つくろったものではなく、心底から可愛らしく暖かな性格なのじゃ。だからこそ、おそらくはあの毒性の強いアルスなぞと長い間一緒におっても、その可愛らしさは曇ることはなかったのであろう。私は本物が好きじゃ。そんな私がリノアのことが好きなのは当たり前のことなのじゃ。
ふと目を上げると、リノアが少しだけ心配そうな顔をして微笑んでいた。リノアに心配をかけることは私の本意ではない。私は気にせず明るく笑った。


「しばらく、ここに滞在できるのであろう?面白いと評判のオペラがあるのじゃ!一緒に見に行こうな?」
「うん。楽しみ。」
「そうであろう。海沿いにある別宮に行くというのもどうかな?天気もいいし、きっと楽しいぞ!」
「・・・・・・・。」
「リノア?」


遠出をしようと言ったら、ふと曇ったリノアの瞳に、私は少し不安になる。だから、慌てて尋ねた。もしかしたら海が嫌いとか、水に嫌な思い出があるとか、そんなことがあるのかもしれない、と思って。
だが、次にリノアが言った言葉に、私はぐっと衝かれた。


「そのね、別宮って遠いんだよね・・・・?」
「まあ、近くはないな。王宮に近い海は少々汚れておるし、遠浅ではない。海水浴には向かぬ。」
「じゃあ、わたしは行けないよ。もしかしたら、スコールのお仕事早く終わるかもしれないって、アルスが言ってたから。アルス、嘘はつかないから、だから、多分早く終わるんだと思う。せっかく無理して終わらせてくれるのに、わたしがここにいないんじゃ、意味ないもの。」


意味ならあるではないか!!
私と一緒に楽しい時間を過ごすという意味が!!!


そう叫びそうになったけれども、それを言うのはやめた。今回も、リノアには無理をして遊びに来てもらったのだ。あまり我儘なことを言って、遊びに来てもらえなくなったら、そちらのほうが私は困る。


それに、どこか諦めみたいな気持ちも私の中には確かにあった。
リノアはいつもそうじゃ。いつも、スコールのことを一番に考える。忙しすぎるほど忙しいあの男は、リノアと会うことすら儘ならないらしい。少しの時間でも会いたいから、そう思っているのであろう。スコールの予定に、リノアはいつだって自分の予定を合わせている。
今だって、私の誘いよりも、あの男の方を取った。それは、私にはたまらなく悔しくて、そして泣きたいほど切なかった。私だって、リノアのことがこんなに好きなのに、どうして私では駄目なのか。どうしてそんなにあの男がいいのか。あの男なんて、ただちょっとだけ顔がいいだけの、無愛想な奴ではないか。私だって顔はいいし、愛想もあの男に比べればマシだ。私のほうが、あの男よりもリノアにふさわしいではないか。


でも、仕方ないのじゃ。
私はリノアに幸せになってもらいたいのだから。
私がどんなに頑張っても、あの男のようにリノアに幸せはやれぬ。


「・・・・・・仕方あるまい。別宮へは、私とリノア、スコールで行こうか?」
「いいの!?」
「構わぬ。そのほうが、リノアも楽しいであろう。あそこは実際、眺めもよく素敵な場所じゃからな。」
「ありがとう、アリーテ!!」


嬉しそうに笑うリノアは、いつもリノアよりも数段可愛らしくて綺麗で。華やかに花が咲き綻んだような笑顔に、私は思わず赤くなった。
結局、リノアにこういう顔をさせるのはあの男だけなのじゃ。わたしはリノアが好きじゃ。いつも笑って幸せで居て欲しいのじゃ。ならば、あの男の存在も我慢せねばなるまい。いくら気に食わなくとも。大丈夫じゃ、私は我慢できる。この笑顔を見られるなら、少々の切なさなど、取るに足りぬ。


「片思いって奴は切ないものよのう・・・・。」
「なあに?何か言った、アリーテ?」
「何でもないのじゃ。」


20.片思い end.


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勝ち目がなくても戦わずにはおれぬ。それが、「スキ」という想いじゃろう?
(B.G.Nとのコラボ作品)