22.選択肢
(ラグナ)(スコール19歳)


唯一撮った彼女の写真を飾っている写真立てに、そっと、ウィンヒルで摘んできた花を添える。この花も彼女が好きだった白い花。ウィンヒルの丘に咲き乱れる、あの清楚で可憐な、白い花。彼女もまた、この花のように元気良くしているくせにどこか儚げな、そんな綺麗な人だった。
いつまでも変わらずに微笑む写真の中の彼女に、ラグナも微笑んだ。そして、かつん、と蜂蜜色のお酒が入ったグラスを写真立てに当てる。


乾いた、硬質な音が、あたり一体に響いたような気がした。


「誕生日、おめでとう、レイン。」


今日は彼女の誕生日だった。それを知っているのは、自分とエルオーネ、スコールだけ。今日の昼間はみんなでお墓参りをした。その後、夜も更けてから、自分はもう一度彼女の誕生日をやり直している。


昔、エルオーネ、自分、そして彼女の3人でお祝いをしたことを思い出す。こんな風に賑やかで楽しい誕生日ははじめてだわ、そう言って彼女は嬉しそうに笑った。これからもずっと、こうやって賑やかだし、もしかしたらもっと賑やかになるかもしれないぜ?そう言うと、少し目を丸くして、それから楽しげに笑った。そして、夢見るように言った。


『そういう未来があるかも、そう思って楽しみにするのって、素敵ね。』


その未来は結局は叶わなかったのだけれど。


「・・・・・・なあ、レイン。
どうして、レインは今ここにいないんだろうな・・・・?」


返事は帰ってこないことを分かっていながら、それでもラグナはぽつり、と写真の中で笑うレインに話しかけた。
ずっと離れ離れだった子供に会うことも出来た。エルはもう逃げ惑う生活を送らなくてもいい。自分も自由に動けるようになった。邪悪な魔女はいなくなり、落ち着いた生活が出来るようになった。
何もかもが、うまくいった。
それでも、君はここにいない。
君がここにいる選択肢を、自分は昔選ばなかったせいで。


もし、あのときエルをレインのところへ送り返したとき、俺も一緒にウィンヒルへ帰っていれば。
助けてくれたエスタの仲間達をあっさりと捨てて、レインのところへ帰っていれば。
そしたら、君はここにいたかなあ?


「・・・・・・そんなの、嘘だよな。レイン。」


くすり、とラグナは笑った。
蜂蜜色の酒のアルコールが回ったような、そんな苦い顔をして笑った。笑ったときに出来る笑い皺が、月日の過ぎ去ったことを思わせた。


そう。
俺は、あのとき選んだ道以外を選べなかった。
他にも選択肢は確かにあったのだけど、それでも他を選ぶということは出来なかった。俺は、俺でしかない。レインにももちろん会いたかったし、レインのところへすぐに帰りたかった。だけど、エスタでの仲間を見捨てることも、出来なかった。せめて少しは手助けしてやりたかった。それが、俺の本当の気持ちで。俺は、俺の気持ちに反したことは選べなかった。


今が幸せじゃない、という訳ではない。
まわりは賑やかで、楽しげで、いつも色鮮やかな毎日を送っていると思う。
だけど、たまに。ごくたまに、君がいなくて寂しいなあと思うことはあるんだ。
でも。
そんなとき、俺は思うんだよ。


「今も、そこにいるんだろ、レイン?」


君がそこにいるから、悪戯のように俺の気持ちを惑わすから。俺が君の事を好きだから。
だから、寂しく切なくなるのは、仕方ないんだ。


22.選択肢 end.


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俺が覚えている限り、君はいまだにそこにいる。