28.おせっかい
(アルス×キスティス 24歳)


目の前ではにかむドール貴族の令嬢と、隣に少し困った顔をして立っている彼女。
意図するものがすぐにわかって。俺は。
ーーーーーーーすごく、腹が立った。


「あの、キャリッジ様!このお手紙、読んで頂けないでしょうか?」


年の頃はおおよそ17、8。まだまだ初々しい表情で、目の前の少女は頬を真っ赤にしながら俺に問いかける。俺は、にっこりと笑って彼女に答えた。


「・・・・・・これは、一体何ですか?」
「・・・・あの、あの、キャリッジ様の、お手すきの時でいいのです。読んで下されば、それで!」
「それは、とりたてて急用ではない。そういうことですか。」
「ええ・・・・。」


俺は、意図して優しげないとおしそうな、そんな笑顔を浮かべて彼女を見た。俺は自分の顔がどういうイメージを他人に、特に女性に与えるかよく知っている。だから今のこれも、計算されつくしたものだ。案の定、彼女はよりいっそう顔を赤らめて、こくり、と小さく頷いた。そこまでは予想通りだった。
だけど。予想通りじゃなかったのは、そんな様子を見て少し辛そうな顔をした、キスティスの表情だった。


・・・・・・馬鹿じゃねえの?お人よしにも程があるってんだよ。
そんな顔するなら、何でこんなこと引き受けるんだよ。
ホント、馬鹿じゃねえの。


「急用でなく、言葉にするほどでもない用事ならば、私は拝見しません。この手紙はお返しします。」
「・・・・・・・え?」
「お返しします、と申し上げたのですよ?聞こえませんでしたか?」


そう言って、俺はその手紙を彼女に突っ返した。彼女は驚いて俺の顔を見た。しかし、だからかえって、彼女はショックを受けたようだった。今の俺は、さっきとは打って変わって、冷たい、何も思っていないような顔をしている。そんな俺の表情を、きっと彼女は見た事がなかったのだろうから。
彼女はくしゃっと手紙を握り締めると、そのまま走って行ってしまった。俺は気付かれないようにふん、と鼻を鳴らす。キスティスが、咎めるように俺を見た。


「何か?トゥリープ教科主任?」
「・・・・・キャリッジ補佐官、今のはあんまりですわ。可哀想に、彼女泣いていましたよ?」
「知りませんね、そんなこと。大体、応える気がないにも関わらず優しくする方がよっぽど酷いと思いますが?」
「それにしたって・・・・!!」
「俺は思ってもいないおべんちゃら言って、大事な人泣かすほうがよっぽど嫌ですな。
・・・・・ねえ、トゥリープ教科主任?」


ちらり、とキスティスの方を俺は見た。キスティスはかかか、と赤くなる。彼女は色が白い。だから、赤くなるとすぐにわかるのだった。きっ、と、キスティスは俺を見上げる。それは、まるで虚勢のように。そんなこともすぐにわかった。


「泣かないわ、わたし!」
「嘘つけ。さっき俺があの子にちょっと笑っただけで、泣きそうな顔になったくせに。
大体な、お前おせっかいなんだよ。どこの世界に、自分の男への橋渡しを了解する女がいる?」
「・・・・・だって、あの子いい子で、手紙くらいだったら手助けしてあげたかったから・・・!」
「んで、お前俺が彼女の方がいいやって乗り換えたら、それでいいってのか?」


そこまで俺が言うと。
キスティスはきょとんとして、それから顔が少し青くなって。
ぽつり、と涙を零した。
そんな彼女に俺は苦笑する。どうして彼女は、こうなんだ。きっと助けてあげたいと思った気持ちも本当で、でも心に抱く不安も本当で。嘘の気持ちがないから、どれも素直に行動に出す。今の一粒の涙も、彼女の本当の気持ち。それは、俺の怒りを少し和らげた。
だから、もう怒ってないと、そう伝えるために。手を伸ばして、くしゃっと彼女の綺麗にセットされた頭を撫でた。


「だから、おせっかいだって言ったんだ。出来ないことまで引き受けるなよ。」
「・・・・・・ごめん。」
「ま、そういう人がいいところ、嫌いじゃないけどな。俺にはないところだから。」
「そんなことないと思うけど・・・・。」


まだそんなことを言い募る彼女に、俺は本気で苦笑した。全く、付き合って2年経つのに、彼女はまだ俺のことをかいかぶっている節がある。昔はそれを躍起になって否定したものだったが、最近ではそれでもいいかと思うようになった。多分、彼女の澄んだ綺麗な瞳はそう見えるというだけのことなのだ。彼女は心が綺麗だから、だから目に写るもの全てが綺麗に見えるんだろう。


「ま、出来ればそういうお人よしなとこ直したほうがいいと思うけど、でも無理なんだろうな。」


仕方がない。そんなお人よしで間抜けなとこが、俺は好きなんだから。


ぽつりと言った俺の言葉に、彼女は気付かなかったようだった。


28.おせっかい end.


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馬鹿だと思うけれど、それでもそこは嫌いじゃない。不思議なことに。