31.鎖
(イデア 12年前)


暗闇の底から、私を呼ぶ声がする。
ここへ来いと、そう誘う声がする。
私は、それに捕まりたくはない。捕まりたくないのに。
それは私の足元を絡んで、わたしをそこへ引きとめようとする。まるで、鎖のように。


「・・・・・やぁっ・・・・!!」
「イデア!?」


ずっと続く悪夢に今日もうなされた。思わず声を上げてしまった私に、隣のシドも起き上がって、私を見た。私は、ぼんやり、と辺りを見回した。目に入るものは、私の見慣れている風景。セントラの、私たちの孤児院の寝室。私はほっとして、息をついた。


よかった。
今日もちゃんと、帰ってこれた。


そんな私を見て、シドが心配そうに尋ねる。


「最近、イデアはよくうなされているね?何か、あったのか?」
「・・・・・何もないわ。」
「何もないわけないだろう。何もないなら、こんなに連日うなされはしないんじゃないか?」
「本当に、何もないのよ。ただ、何だか夢見が悪い。それだけなの。
ごめんなさいね、起こしてしまって。」
「それは構わないけど・・・・。」


心配そうに私を見るシドに、私はそっと微笑んだ。シドはまだ腑に落ちない顔をしていたけれども、それでも私に追求することはなかった。その代り、私に毛布をかけて、そのまま私を抱き締めた。


「こうしてれば、また悪い夢を見たときに私を起こせるだろう?」
「うん。」


そっと寄り添ったシドの身体は温かかった。それは彼が寝起きだからというのもあるんだろうけれど、それだけじゃなくて、彼の気持ちが暖かだから、だからあたたかいと、そう私は切実に思った。
こんなに好きなのに。こんなに、私は幸せなのに。
なのにどうして、私はあんな夢を見るのだろう。


その夢は、まるで落としても落としても落ちない、シミのような嫌悪感を私に与えるものだった。求めても手に入れられない焦燥感、悲しいと泣き叫ぶ心、自分の状況に対する怒り、そんなマイナスの感情ばかりが吹き荒れる夢。暗く深い色をし、私を闇へと引きずり込もうとするもの。たまらない不快感に、私は襲われる。それの繰り返しだった。


私はぎゅうっとシドにしがみついた。そうやって、シドの暖かさを感じていれば、私はあの夢を見ないですむと思ったから。


見たくないの、あんな夢。
私は、もうあんな辛い気持ちを感じたくないの。
だから、私をしっかり捕まえていて欲しい。鎖で縛るように、私を捕まえていて。そうすれば、私はあの夢に捕まらないですむかもしれないから。


身体全部が包まれているような暖かさの中で、私はそっと目を閉じた。もうあんな夢は見ないといい。心からそう願って。


でも、反対に、確信してもいた。
私はきっとまた、あの夢を見るだろう。そして今は逃げ切れているあの、何だか分からない嫌な感情の塊に、私はいつかは飲み込まれてしまうのだろう。
そういうことを、確信していた。確信してしまう自分が、とても怖い。


その日がやってきたら。
そしたら、私はどうなるのかしら。貴方はどうなるのかしら。私があの思考に取り込まれても、貴方は私を助けてくれるかしら。


とろり、とろりと私の意識はまたまどろんでいった。そうはしたくないのに、意識は夢の海に溺れていく。


「此方へいらっしゃい。魔女イデア。
魔女の名前を継ぐ者よ。」


ああ、又私の名前を呼ぶ声がする。
シドを求めて伸ばした私の手は、彼には届かなかった。


31.鎖 end.


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奈落の底から、私を呼ぶ声がする。