32.Nobody told me(誰も教えてくれない)
(ラグナ×レイン)


恋ってどういうものかしら?
そんなことは、誰も教えてはくれなかった。
それなのに、多分きっとこういうこと。そう言えるのは、どうしてかしら。


「さて、そろそろ帰ってくるわね。」
「もうおひるだからー?」
「そうよ。」


わたしはそうエルに話しかけてから、それから台所へと向かった。時間はそろそろお昼時。きっとあの人が、お腹をすかせて帰ってくる。
冷蔵庫を覗いたら、ベーコンや野菜があった。今日はこれでパスタなんてどうかしら?わたしはそう思って材料を刻み始めた。


ラグナはきっと、たくさん食べるわよね。
だから、パスタも多めに茹でないと。
彼が元気になって、もう一月。わたしはやっと、3人で食卓を囲むこと、3人分の食事を作ることに慣れてきた。慣れてきたことが、嬉しかった。


今までは、わたしとエルだけだったから、食べる量もそれほど多くはなくって、用意するのもたくさんでなくてよかった。でも、男の人って、たくさん食べるものなのね。ラグナと暮らして一番驚いたことはそこだった。ラグナはよく食べる。わたしの2倍くらいは食べるんじゃないかしら?最初のうちは、わたしそれがわからなくって、いつも足りなくなってしまって困っていたっけ。


あの頃の慌てた気持ちと、ラグナが気にすんなよ、とお腹を鳴らしながら笑った表情、そんなことを思い出して、わたしはくすり、と笑った。


じゅーっといい音を立てて、野菜とベーコンが焼けていく。となりでぐつぐつと湧いているお湯の中では、パスタがゆらゆらと泳いでいた。もうじき、出来上がるだろう。


そのとき。


「ただいまー!!」
「ラグナおじちゃーん!!」


元気なラグナの声と、それに気付いて駆けていくエルの声がした。わたしはそれを聞いて、胸が温かくなるような、そんな気持ちになった。そんなわたしに気付かず、ラグナはずんずん、と台所に入ってきて、わたしの手元を覗いた。


「ただいま、レイン。
今日のお昼はパスタかー。うまそー!!」
「お帰りなさい、ラグナ。
もうじき出来るから、エルと一緒に手を洗ってきてくれる?」


わたしがそう言うと、ラグナはおお、と答えてエルの方へ行った。向こうで、おててあらうぞーという彼の声と、ごはんー!!というエルの声がした。


ねえ、ラグナ。
あなたは知っているかしら?わたしが、あなたにお帰りなさい、って言うの、どれだけ好きかとか。あなたがただいまって言って笑うのを見るのが、どんなに嬉しいかとか。
こんなに浮き立つように嬉しい気持ち、あなたは知っているのかしら?


わたしは、身体が弱いし、どこへも行ったことがない。両親も早くに死んでしまった。わたしの世界は、とても狭いものだった。死んではいないけれど、厳密に言えば生きてもいない。毎日、穏やかで静かなモノクロームの世界で生きていた。それがわたしの毎日だった。
だけど、ラグナが来て。わたしにたくさんのものを見せて。わたしにたくさんの気持ちをくれて。そして、わたしは初めて、世界が鮮やかな色に満ちているんだってこと、わかったの。ラグナが触れるもの、みせるもの、それら全てがきらきらと輝いている。


そしてね。
誰も教えてはくれなかったけど、でもこれがきっと、恋なんだと。
これが恋なんだと。
そう、思ったの。


どこからこの気持ちが来るのかはわからない。
だけど、確かにそこにあって、そこかしこを満たしていく。
ああ、なんて。
なんて恋って素敵なものかしら?


茹で上がったパスタをいためた具材とさっと合わせた。そして軽く味付けをしてから、お皿によそう。
ちょうどそのとき、おててあらったよー、というエルの元気な声がした。


「さあ、お昼できたわよー!!
お待たせ!」


何でもない、こんな毎日がずっと続くといいな。
今のわたしには、それが一番の望みだった。


32.Nobody tolds me  end.


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本能的に、答えがわかった。