33.思い出す
(エルオーネ)


「ねえ、おじちゃん。エル、おじちゃんのおよめさんになってもいいよ?」


そんな風におしゃまに言った、ちいさなわたし。
おじさんは、その言葉に笑って、そりゃあ無理だなあ、とそっと囁いた。
そのときのことを、今でも思い出す。


***


「おじさん!もう起きないと遅刻するわよ!!」
「んー・・・・後5分・・・・」
「まったく、お酒弱いくせに、キロさんとかと飲んだりするからだよ。」
「うー・・・・。」


まだもにょもにょと布団の中でぐずるラグナおじさんをたたき起こすために、わたしはえいやっと布団を剥ぎ取った。さあ、と身体を包む冷涼な空気に震えて、おじさんは目を覚ました。そして、少しぼんやりしてから、わたしを見て苦笑した。


「エルは結構強引だよなあ、こういうところ。」
「起きないおじさんがいけないの。」


さあさあ、とおじさんをバスルームへと追い立てて、わたしはぱんぱん、とおじさんのベッドを直した。そのときに、微かに、でも確かにおじさんの香りがした。ほんの少し。少しだけ、どきり、とした。
おじさんが好きでよく使ってるフレグランス。ウィンヒルに咲くシトラスの花。その香り。
その香りは、わたしにウィンヒルと、そして何よりレインを思い出させる。


もうレインが亡くなって、ものすごくたくさんの月日が流れた。スコールがあんなに大きくなっているんだもの。月日っていうのは本当に過ぎ去るのが早いと思う。
早すぎて、気持ちが追いついていかないくらい。
気持ちは置いてけぼりにされるのに、時は過ぎ去っていく。
それは、わたしもおじさんも、そうだった。


おじさんは、もうレインと一緒に過ごした時間の何十倍も、レインを失った時間を過ごしている。
それでも、おじさんはレインを忘れてはいないのだ。今も変わらず、あの頃のまま愛してる。もう呼びかけても答えないの知ってるのに、それでもレインに話しかけて夜を過ごしたりする。


それは、わたしにとっては嬉しくて。
そして、なんとも切なかった。
ああ、多分この人は一生こうなんだ。
わたしがいくら大きくなっても、いくらおじさんが好きでも、おじさんはそれに応えることはない。
そのことが、わかって、そして嬉しくて切なくなる。
おかしな感情だけど、それがわたしの真実、だった。


わたしは、レインのことが大好き。昔も好きだったし、今でも好き。だから、レインが今でも愛されてることが分かって嬉しいの。レインを忘れないおじさんを見て、嬉しいの。レインよかったねって、本当にそう思うの。
でも、だからこそ、おじさんは絶対にわたしのものにならない。そのことがわかって、哀しいとも思う。
だって、わたしは。


そこまで考えて、わたしは頭を振った。こういうとき、いつもわたしはあのときの思い出を思い出す。小さい頃に、おじさんに振られた思い出を。


あの頃から、おませなわたしはおじさんのことが大好きで、だから、一生懸命考えて、おじさんに好きだって言った。おじちゃんのおよめさんになってもいいよ、そんな言い方だったけど、アレはわたしにとってものすごく勇気を出した告白、だった。
だけど、おじさんは。笑って楽しみだなあ、とか、そうだね、とかそんな大人なことは言わなかった。ただ、無理だと言った。困ったように笑って、俺にはレインがいるから、無理だよ。そう言った。
こどもの私は、それが面白くなくて暴れたけど、でもおじさんはその言葉を訂正すらしなかった。


だから、そういうことなんだと。
そう、こどもながらに分かってしまった。


このひとは、絶対にレイン以外のひとのものにならない。
レインは、このひとの全部を持って行ってしまった。


そういうことが、わかってしまった。


泣きたいような、嬉しいような気持ちは今も変わらない。おじさんはやっぱりレインが好きで、わたしのことは娘のように思っている。そのことはすごく嬉しかった。大事にされてるなあ、それがわかって、すごく嬉しい。これは本当の気持ち。
だから、ほんの少しだけの痛みをこころに感じるのは、わたしのエゴなのだ。


いつか、この痛みもなくなるかしら。
いつか、わたしはおじさんよりももっと好きな人が出来るのかしら。
そんな日は、本当にくるのかしら。
それは、誰にもわからない。


がらり、とバスルームの方から音がした。多分おじさんがシャワーを浴び終わった音だろう。本当にもう急がなければ、遅刻だ。わたしは慌てて台所に行って、朝食の準備の続きをした。


「おじさーん、目玉はいくつー!?」


わたしの問いかけに、バスルームからおじさんの、みっつーという声がした。相変わらず、寝起きでもよく食べる。わたしはくすり、と笑ってフライパンを温め始めた。


33.思い出す end.


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ここから変わる日が訪れるかもしれないけれど、今はまだ、わからない。