34.踏み込む
(シエラ、ジュリア)


静かな夜更け。今日は、フューは夜勤で帰ってこない。一人だと寂しいから、そう言われて私はフューの家にお夕飯をご馳走になることにした。
ジュリアは意外にも料理がうまい。その料理にありつけるのは私も楽しみで、ご馳走になったのは期待を裏切らずとても美味しいものだった。
すっかり満足して、私は食後のお茶を楽しんでいたのだけど。


「ねえ、シエラ。フューって軍隊ではどうなの?」
「なあに、改まって。」


いきなりジュリアにそう尋ねられて、私は少しだけきょとんとしてしまった。


「どうって、何が?」
「うん、元々フューってあまり軍隊にいたいというわけではなかったでしょ?それなのに、いきなり中央に行くことになって。ちょっと心配なの、わたし。」


ああ、そういうことか。私はやっと納得した。
フューはジュリアと結婚してから、中央の戦略統合本部に移動になった。それまでずっと、本人の希望もあって第一線にはいなかったのだから、ジュリアは余計に心配なんだろう。私も、初め知ったときは少なからず驚いたのだから、ジュリアにとってはもっとだろう。そんなことを思った。
だから、安心させるようににっこりと笑いかけた。


「大丈夫だと思うわよ。元々、フューってあっちで欲しがってた人材だったし。無理はしてないと思うわ。」
「そうかな・・・。そうだといいんだけど。
わたし、フューのお仕事関係、全然わからないから。だからうまく助けてあげられないかもって思って。」


そう言うと、ジュリアは寂しそうに笑った。
その姿は、何ともいじらしくて。私も思わずぎゅーっとしたくなる。そんな気持ちを起こさせる。
ジュリアは、可愛い。元々美人なんだから、綺麗なひとだと言うのはあるんだけど、普段の彼女はとても素直で、真っ直ぐで、自分の気持ちを隠すことを知らない。女の私ですら、たまにこんなに可愛くてどうしようと思うのだから、フューにとってはもっとそうだろう。


ジュリアに無邪気に笑いかけられて、赤くなって戸惑っているフューの姿を思いだして、私は思わず笑ってしまった。そんな私を見て、ジュリアはお茶のおかわりを入れながら、きょとん、とした。


「どうしたの、シエラ?」
「何でもないわ。多分ね、フューはどこで働いても同じだと思うわよ?大丈夫よ、今のフューなら。」
「どういうこと?」


よくわからないわ。そう言うジュリアに、私は微笑んだ。


ジュリアは、知らないから。
昔のフューのこと、知らないから。だから不安になるんだと思う。
昔の彼を知っている私からしたら、今の彼は考えられないほど生き生きしている。こんな顔も出来るんだ、そう驚かされるくらいに表情も豊かになった。きっととてつもなく幸せなんだなあ、そうこちらに思わせるほど。


だからね、大丈夫なのよ。
ジュリアはわかってないけど、ジュリアがいる、それだけでフューは本当に幸せなの。
それって、すごいことなのよ?


私も、最初はジュリアのこと苦手だった。それはそうだと思う。私は、これでも本気でフューのことが好きで、だからこそ私を選んでくれなかったことは辛かったし、彼の心を捉えたジュリアに会うのも何だか辛かった。彼女のせいではないのに、何だか気まずい、そんな思いがしていた。
だけど、ジュリアと何回か会って。彼女は本当にいい人で。フューのことは関係なく、彼女のことを本当に好きになって。私はやっと、楽になれた。
フューのことを思っても、胸が締め付けられるように痛い、そういう風には思わなくなった。笑っている彼を見て、本当によかったね、とそう思えるようになった。


そういう感情を持てるようになるというのは、本当に幸せなことだ。
この幸せも、ジュリアがくれた。


まだわからないと言った風に首をひねるジュリアに、私はそっと言った。


「どこに行っても大丈夫。
だって、フューはきちんと居場所を持っているから。だから大丈夫なのよ。」
「・・・・・・それって、家族ってこと?」
「そうね。」


殻に閉じこもり気味なフューの中にまで踏み込んで、本当の彼を引っ張り出したのは、ジュリア。彼が本当に求めていたものを全て与えたのも、ジュリア。
もう、それだけで彼にとっては、満足だと思う。
ジュリアがほんのり、と微笑を浮かべた。それを見て、私の心も柔らかくなっていくような、そんな気持ちがした。


どこへ行っても、大丈夫。
そう思えるのは、とても強さをくれる。


34.踏み込む end.


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一歩を踏み出す勇気がくれたもの。