37.永遠と一瞬
(イデア 4歳)


長く、つらい勤めは永遠。
裏切るのは一瞬。


イデアはとことこ、と叔母のところへと向かっていた。ちいさな手には、バスケット。母が、叔母のために焼いたケーキが入っている。
イデアは、叔母の事が大好きだった。綺麗で、優しくて。母の姉とはとても思えないほど若々しくて、まるで少女のような叔母。
叔母は優しい声で、イデアに色々な話をしてくれる。そのお話は、今まで聞いたこともないような面白いものばかりで。だからこそ、イデアはしじゅう叔母のところへ行きたがった。


「おじちゃん、こんにちは。」
「ああ、イデアいらっしゃい。コーネリアは今、ちょっとお仕事中だから待っていてくれるかな?」
「うん。」


叔父がにっこりと笑ってイデアに椅子を差し出す。イデア専用の、木で出来た可愛らしいちいさな椅子は、叔父の手作りだった。
叔父は、もう年は50くらいになるのだろうか。叔母と並ぶと、まるで夫婦ではなく、親子のように見える。しかし、それは仕方ないことなのだ。イデアにもそれは、よくわかっていた。


だって、おばちゃんは。
おばちゃんは、まじょだったから。


叔父と叔母には子供はいない。だからだろうか、叔父も叔母も、イデアのことをとてもよく可愛がってくれた。
今も、叔父が淹れてくれたココアはおいしかったし、叔父の柔らかな微笑を見ているのも好きだった。


「あら、イデア来ていたの?」
「おばちゃん!」


奥の小部屋から、叔母が出てきた。それと一緒に、近所のおばあちゃんも一緒に出てきた。多分、叔母は薬を作っていたのだろう。叔母の作る薬は、とても評判がよかった。


「まあ、杏のパイを持ってきてくれたのね。
オフェリアによろしく言っておいてね、イデア。」
「うん。」
「お土産にアイスがあるから。それを持って帰ってね?」
「アイス!?おばちゃんのアイスだいすき!」
「それはよかったわ。」


叔母はそう言うと、にっこりと笑って椅子に腰掛けた。叔父がコーヒーを差し出すと、それを受け取ってほうっと吐息をついた。湯気が、まあるく広がる。叔母の吐息にのって、ふうわりと広がる。


「おばちゃんはすごいね。なんでもできるね。」
「すごくないわよ。何も出来ないわよ?」
「できるよ!いまはなつなのに、アイスもつくれるし!」
「でも、わたしはイデアのママみたいに、おいしい杏のパイは焼けないわ?」
「そうかな。」
「そうよ。」


でも。
おばちゃんみたいにまじょだったら、そしたらとてもたのしいんじゃないかなあ。
もし、わたしがまじょだったら。
まいにちアイスをつくるし。なんでもできる。


「わたしも、おばちゃんみたいにまじょになりたいなあ。」


ぽつり、とイデアが言うと、叔母は少し目を丸くした。そして、驚いたように問い返す。


「イデア?」
「だって。そしたらなんでもできるもん。」


イデアはぱたぱた、と足を揺らせながらそう言って、笑った。
その笑顔を見て、叔母は笑った。
笑ったけれども、その笑顔はどこか寂しいような。そんなものだった。


「もしかしたら、あなたも魔女になる力があるかもしれないわね。そのときにならないとわからないけれど。」
「そうかな?まじょになれる?」
「ならない方が、幸せだと思うわよ。」
「でも、もしおばちゃんがいなくなったら、みんなくすりがなくてこまっちゃうよ。
まじょがいれば、くすりもつくれるし。」


叔父が、困ったように笑った。それを見て、叔母もくすり、と笑う。二人が抱いている気持ちは同じなのだろう。そう思えるほど、二人の笑みは重なっていた。
叔父と叔母は、こういう風に一つの気持ちや雰囲気を共有していることがよくあった。それは、叔母が魔女であり、叔父が魔女の騎士だったからだろうか。イデアにはまだ、よくわからなかった。


「ねえ、イデア?
あなたが魔女になるかどうかはわからないけれど。でも、もしなったときのために。」
「うん?」
「これだけは覚えておいて?
この、魔女の力というのは、借り物なの。」
「かりもの?だれかのものってこと?」
「そうよ。自分で思うままに使えるけれど、でもやっぱり自分のものではないの。借りている力なの。
だから、正しく使わなければならないし、正しく返さなくてはいけないの。
魔女の力は、人を守るためにある力。だから、それを破って人を壊す力として使ってしまってはいけない。」
「うん。
せいぎのみかたになるんだね!」
「そうよ。そして、いつかはやがて返すときが来る。最後の魔女に。
それが、魔女の勤めなの。」
「その、さいごのまじょっていうのは、かみさま?」
「そうね。多分、そうだと思うわ。」
「ふうん。」


叔母の言っている事は、何となくはわかったが、それでもやはりイデアには全てはわからなかった。
しかし、その話をする叔母が真剣な顔をするから。だから、心にその言葉は留まっていた。
叔母はゆっくりと言い含めるように、イデアに言った。


「魔女の力というものは、借り物の力なの。
だから、いつか来る最後の魔女に、全てを返さなくてはいけない。それが、魔女の守らなければいけない永い勤めなの。
裏切ったときは、報いは辛いものになるわ。裏切りは一瞬。だけど、その報いは永遠になる。」


言っている意味はそのときは、わからなかった。
わかったのは、それから何十年も経ってからだった。
自分の意思を離れて、魔力があの子に吸収された、そのときに。
力を返す。
そのことを、理解した。


38.永遠と一瞬 end.


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まるで呪文のように、わたしの中に留まっていた言葉。