38.わだかまり
(リノア23歳、フューリー)


「お父さん、今日泊めて。」
「・・・・・リノア?」


訪れる人もあまりない自宅に、珍しく来客があった。誰だろう、誰か来るなどという連絡はなかったはずだが。そう思って扉を開けると、そこには娘とSeeDがいた。
リノアは、むうっとした顔をしていて、その隣のSeeDの女性は困ったような笑いを湛えている。
その二人の表情を見て、フューリーにはすぐにわかった。


・・・・・・さては、スコールくんとケンカしたな?


「泊めるのは構わないがね。いいのか、リノア?」
「いいの!ちょっと頭冷やさないといけないの!」


それは、彼ではなくてお前なのでは?そう思ったが、それは言わないでおいた。隣にいたSeeDをも促して、彼女達を家へと招きいれた。そして、お茶を淹れる。
フューリーは、料理は下手だったが、お茶を淹れるのだけは上手だった。


茶葉を取り出しながら、そっとリノアの方を見た。リノアは大きな荷物を抱えていた。一体何日泊り込む気なんだ?どうせ、すぐに彼の事が恋しくなるくせに。


くすり、とフューリーはリノアに気付かれないように笑った。
むうっとしているリノアの顔が、表情が、ジュリアにそっくりだったということもあるが。それ以上に。
こうやって、ワガママを言ってもらえるほど、自分達の中にあった壁が、とても低くなっている。そのことを感じたからだった。


リノアが家を飛び出していたあの頃。
その壁はとても高くて、まるで青く広がる空すら見えないほどに全てを覆い隠していた。
この壁が消えることなんて、絶対にない。そのくらいの絶望を感じさせるほど、それは強固だった。


今でも、やっぱり壁はある。
自分がいまだに、少しだけの罪悪感をリノアに抱いているように、リノアもまた、言葉に出来ないわだかまりみたいなものはあるのだろう。
しかし、それでいい。
それ以上に、お互いが近くなるような、そんな努力を重ねてここまで来れたのだから。だから、それでいい。


「お茶をどうぞ。」
「ありがとう。」
「・・・・・何があったかは聞かないがな。
お前、またワガママでもスコール君に言ったんじゃないのか?」
「・・・・・なんで、スコールとケンカしたってわかるの?」
「わかるさ。」


お茶をそっと啜りながら、それでも自分の言葉に驚いたようにリノアは顔を上げた。
そのときの顔は、まさにふいうちを食らった子供のようで。昔、からかうと、こういう顔をした妻のことを思い出してしまって。フューリーは噴出してしまう。そして、ぽんぽん、とリノアの頭を撫でた。


「だって、そんなことがなければ、お前はココまでは来ないだろう?しかも一人で。」
「・・・・・そんなことないもん。」
「遊びに来てくれるのは嬉しいがね。
あまり彼を心配させないであげなさい。」
「スコールは、別に心配なんかしないもん。フェリアも一緒だし。」


フェリア、と呼ばれた若いSeeDは、その言葉を聞いて、困ったように笑った。それを見て、フューリーも申し訳ない、そう言う風に微笑した。


「心配するさ。そして、後悔もする。
今のお前と同じように。」
「・・・・・・・。」


リノアは何も言わなかった。しかし、への字に曲げた口が、フューリーの行った言葉を肯定していた。
全く、誰に似たんだかな、この強情っぱりは。


・・・・・・俺か。


「ま、今日はゆっくりしていきなさい。
その代り、明日からもここにいたいなら、きちんとスコールくんに電話すること。」
「えー!?」
「えー、じゃない。
帰ってきて誰もいなかったら、スコールくんは落ち込むんじゃないか?かわいそうだろう、それは。」
「・・・・・・はーい。」


不承不承頷いたリノアに、フューリーはほっとした。
多分きっと、明日すぐにでもスコールはリノアを迎えに来るだろう。あの子は律儀な子だから。


こころには、いまだ壁の残骸が降り積もる。
それは、いまだにこの胸に、あの子の胸にも、わだかまりとして残っている。
しかし、その思いを抱えつつも、それでも幸せになることは出来る。


それを知る事が出来た分だけ、生きていてよかったと、そうフューリーは思った。


38.わだかまり end.


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わだかまりを抱えつつも、暖かな気持ちも持てる。