4.はじめの一歩 (キロス) 「だー!!」 「やかましい、ラグナくん。」 エスタ領内と思われる地域に入ってもう3日。私たちは疲労のどん底にあった。 エスタのある大陸は広い。馬鹿のように広い。そして、出て来るモンスターはやたらと凶悪なものばかりで、しかも遭遇率も高い。結果、たいして移動も出来ずにその日が終わってしまう。それの繰り返しだった。ウォードもおらず、たった二人で旅をするというのもさらに困難を呼んでいた。普段は3人で戦闘してたのに、一人欠けただけで大変に負担が重くなるのだ。気の抜けない毎日に、私たちは疲れ果てていた。 それなのに。 「ちっくしょー!!あいつらなんかえも太だ!!えも太でたくさんだ!! こうなったら歌だって歌ってやる!! ♪えーも太、えーも太。エスターの草原でこっそり住んでるー。 プリティーしっぽを掴んであーらびっくり。 汁ーが出てきて大慌て〜♪」 「・・・・・・・は??」 ラグナはどうもキレたみたいで。いきなり訳の分からないことを言い出した。私は一瞬ラグナの頭がついにおかしくなったのかと、そう思ってラグナの顔を真剣に見てしまった。 「なんだよー、キロス?」 「いや・・・・。ラグナくん、頭の方は大丈夫かね?」 「・・・・・・しっつれいだなー・・・。大丈夫に決まってんだろ!」 「じゃあ、今のは・・・・・。」 「ああ、えも太?」 「そう、それ。」 「いや、エスタのモンスターを略してえも太。こういうとあのにっくたらしい奴らも可愛らしくなると思わねーか?」 「・・・・・・。」 「えも太は癒し系なんだぜー。もうプリティでつぶらな瞳に胸キュン!って感じ?ただ尻尾が弱点なんだよなー。」 「・・・・・・なんだ、その設定は・・・・。」 「ン?今考えた。なんかずーっと戦闘だろ?単純作業の繰り返しでつまんなくってさ〜。」 「・・・・・・・・・。」 そんなことをラグナはにこにこしながら言う。私は頭を抱えたくなった。どこでも楽しめる、というのは美点だと思うが、時と場合によりけりだ。今はとりあえずそんな時ではなかった。真剣に戦わなければならない状況なのに。こんな馬鹿なことを聞いているせいか、全身から力が抜けてくる・・・・・。 私はひとつ大きな溜息をついてさっさと歩き始めた。 「おーいい、キロスー!!置いてくなよ〜。」 「ラグナくん、今ので君は50点マイナスだ。」 「なんでだよー?可愛いじゃねっか。何だったら一緒に歌うか?楽しいぞー。」 「結構。 大体そんなに騒いでるから、またお出ましだぞ、ルブルムドラゴンの。」 「うへえ、またアイツかよー・・・。たっまんねえなあ・・・・。」 ルブルムドラゴンの吐く炎を避けながら、ラグナはこっそりと先ほどの変な歌を口ずさんでいた。 そして戦闘が終わってからもラグナの語るえも太話は全く終わらなかった。しつこく熱く語られてしまった。 それのせいか私の頭の中にはしっかりとえも太がインプットされてしまったのだった。 しまいには、ラグナがのんきにいびきをかいて寝ている横で、私はえも太の夢まで見るようになってしまっていた。 ・・・・・・しまった。あまりにも強烈だったせいで、中々えも太が頭から離れない・・・・。 *** それから18年後。 「バンバンコミック読者数1億人突破おめでとうございます!!」 「ありがとう。」 「えも太大人気ですねえ。うちの娘も欲しがって仕方ないんですよ。わたしも実は愛読していましてね。」 「おお、それは有難い。」 「もうキロス社長のサクセスストーリも本に出した方がいいんじゃないですか!?」 今日はエスタ出版のパーティだった。エスタ出版はわたしが暇つぶし(そして小遣い稼ぎも兼ねて)に作ってみた会社なのだが、えも太人気のおかげであっという間に世界二大出版社に成長した。 賢い諸兄達はもう理解しているだろう。 そう、えも太とは。 18年前、ラグナが思いつきのように言ったアレのことである。 ププルンが人気なのならば、わが出版社でも何かキャラクターものを出さねばなるまい。そう思った私はなぜか頭に染み付いて忘れられなかった、えも太を売り出すことにしたのだった。 結果。純粋ではないキャラクターが受けたのか、私が想像する以上のヒットとなった。アニメ、ゲーム化もされ、今度は映画も上映される。 「よー!!キロス!!」 明るく能天気な声がして、振り返るとそこにはラグナとウォードがいた。 「よく来てくれたな。」 「いやー、すんげえ盛況だなあ!!メシも旨いし。」 「それは有難う。」 「ホンットすげえよなー、キロスは。俺の仕事の補佐しつつ、こんなすごい会社作っちゃうんだもんなあ・・・。 えも太だっけ?あれだってすごい感動できつつ笑える、いい話だよなあ。みんなが読みたがるの分かるよ、俺だって毎週楽しみにしてるんだぜ! 能ある熊は尻尾を隠すって本当だなー!!」 「・・・・。」 「ラグナくん。それを言うなら『能ある鷹は爪を隠す』だ。」 「あ、そーだっけ?」 ラグナはぽりぽりと頭を掻いた。わたしはその仕草より何より、ラグナがえも太のことをまったく覚えていないということにがっくりきていた。 あんな馬鹿なキャラクター、私が思いつくわけなかろう。 それなのに、私が考案したと信じて疑わないラグナや皆の反応を見て、私は少なからずショックだった。こんな馬鹿な話を思いつくような人間として私は認識されているのだろうか。それはかなり納得できないものを感じるが。 ーーーーーまあ、いいか。 金になるし。 私は人知れず溜息をつきながら、来客への感謝のスピーチをするために壇上へと向かったのだった。 7.はじめの一歩 end. *************** えも太誕生秘話。こうやって世界有数の企業は誕生した。 (B.G.Nとのコラボ作品) |