45.ドキドキ
(ラグナ×レイン)


彼女の笑顔とかを見ると、何だか異様にくらくらするというか、胸がドキドキするというか、身体の不調に襲われる。
それって、やっぱり。


***


「はー、どうなんだろーねー。」


どこまでも続くウィンヒルの花畑。上を見上げると、抜けるように澄んだ青空。溜息なんか全く似つかわしくない景色なんだが、俺ははー、と溜息をつく。
身体がきちんと俺の言うことを聞くようになって、もう一月だ。
もう、一月も経ってしまった。
ーーーーそして俺は、何もしていない。


最近の俺は、どうもずーっとぐるぐると迷路の中に迷い込んでいるような、そんな感じだった。
俺のやらなければいけないことはわかっている。
俺がこれからしたいことも、わかっている。
それなのに、どうして俺は。


どうして、何もせずにここにいたいと思うのだろうか。


俺は、てきとーだったとはいえ、一応軍人だ。まだ軍籍を抜けてないから、今でも軍人なはずだった。
現役軍人は、居場所を統括本部に知らせなくてはいけない決まりがある。俺が怪我してこの村に担ぎ込まれたときに、一応負傷者手続きは村人達でやってくれたらしかった。だから、ペナルティはないはず、だったけど。
でも、もう完治してしまった以上。
俺は、本部、つまり首都へと帰還しなければいけない。


そして、俺はまた、ジャーナリストになる夢も捨ててはいなかった。
世界には、色々なものがある。色々な人がいて、色々なことを考えている。俺は、それをこの目で見たい。そして、できることなら、俺の筆でそのことをたくさんの人に伝えたい。世界はこんなに素敵だってこと、みんなに知ってもらいたい。
だから、俺はどこまでも遠くへ行きたい。


だけど。
今の俺は。
やらなくちゃいけないことも知ってるのに。
したいこともわかっているのに。
どうして。
どうして、何もせずにずーっとここにいたいと思うのだろうか。


俺は、緑のじゅうたんの上に、ごろん、と転がった。そして、瞳を閉じる。草を吹き抜けていく風が気持ちよかった。鼻腔を草いきれと、幽かな花の香りが刺激する。


そして、瞳を閉じた俺の瞼に写るのは。


「ラグナ?寝てるの、こんなところで?」


いきなりレインの優しい声が耳に響いて、俺は慌てて起き上がった。そんな俺を見て、レインは少し驚いて顔をして、それから悪戯そうに笑った。


「どうも帰りが遅いなあ、って思ったら、こんなところでサボってたの?」
「や、ち、違うって!!」
「そうお?」
「ところで、レインは何でこんなとこにいるんだよ!あぶねーだろっ。」
「危なくなんかないわよ。昔は、わたし一人だってここまで花摘みに来たんだから。」


レインはそう言うと、えっへん、という仕草をして笑った。
俺は、その笑顔を見て、胸がドキドキするのを押さえられない。頭はくらくらするし、何だか苦しいような気もするし。まるで自分の身体が自分のものではないようだった。眩暈がする。
そして。
それは、以前にあの綺麗な人に感じたものとは全く違って、とてもリアルで。
とても、泣きたいほど熱いものだった。


ああ、俺は分かっている。
そうだ、このドキドキと胸を打つものが、何なのかを。
何処へも行きたくないと思うのが、何故なのかも。


俺が、君を見てドキドキする理由。
俺は、そのことをちゃんと分かっていた。
だから、今も顔が何だか熱いのは、当たり前のこと。


45.ドキドキ end.


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人知れず咲いてしまった花が、ここにあることを知っている。