49.どこかに
(キロス、エルオーネ)


「ねえ、キロさんって結婚しないのね。どうして?」


子供だ、子供だ、とずっと思っていたエルオーネにそんなことを言われて、私はとても驚いた。思わず瞳を見開くと、エルオーネはくすり、と笑った。
今は執務中の私の執務室の中。エルオーネは大統領秘書でもあるので、大統領に奏上する書類を取りに来たのだった。


「ラグナおじさんも、ウォードさんも、結婚して子供いるじゃない?キロさんモテそうなのに、なんで結婚しないのかなあって思って。謎よね。」
「何でだろうな。
たまたま、かな。別に謎ではないさ。」


ふむ、と首をかしげて私がそう答えると、エルオーネはおかしそうに笑った。その笑顔は、昔ちいさな子供だった頃と全く変わっていない。どこか悪戯げなそれだった。
私は、目の前の書類をきちん、と揃えてからエルオーネに渡す。エルオーネはそれを確認していた。そんな彼女に、今度は私が問い返す。


「それを言うなら、君も謎だぞ、エルオーネ。」
「え?」
「君ももう自由の身で、何をしてもいいし、適齢期だ。それなりに人気もあるのに、結婚しない。
それは結構なミステリーじゃないか?」
「弟はとっくに結婚してるってのに?」
「まあ、スコールくんは事情が事情だったからちょっと早いけれどな。」
「そうねえ・・・・。まあ、私もあえて言うなら、たまたま、かな?」


エルオーネはそう言うと、首をちょっとだけかしげてふむ、とした顔をした。それはきっと私が先ほどした仕草と同じだったのだろう。私はそんなことを思った。


「ほら、そうだろう。何も理由なんかないが、何故かそうなってしまった、というかな。」
「そうだね。・・・でも、改めて考えると何か嫌だなあ。毎日無為に過ごしてるみたいで。」


笑いながら、しかしちょっとだけ眉を顰めたような表情を浮べるエルオーネ。私はそんな彼女に苦笑する。


「日々を彩るもの、人生を豊かにするものは、恋だけではないさ。」
「・・・・・・うん。」


私が書類を読みながらそう言うと、エルオーネは少しの沈黙の後に、同意した。その少しの間、が何故か気になって。私は書類から目を上げる。


エルオーネは外を眺めていた。
無機質のようでいて、どこか暖かな気もする、スケルトンなエスタの町並みを見ていた。
ぼんやりと、はるか彼方に見える砂漠のように荒廃した大地。それと比べてまるで夢のように、整いすぎるほど整ったシティ。そのコントラストは、とても不可思議なものだった。
エルオーネはそんな景色を見ていた。しかし、それでいて、瞳はどこも見ていなかった。私は確かにそれを分かっていた。
それは多分に、エルオーネの恋を私が知っていたからというせいでもあるのだろう。


エルオーネを娘だと言ってはばからないラグナ。
ラグナをおとうさん、とは絶対に呼ばないエルオーネ。
お互いがお互いを大事に思っている気持ちは、確かに存在しているのに、それはイコールではなかった。
どんなに願っても、おそらくは叶わないのぞみ。今が幸せでも、もっと痛いほどの幸せを欲しがってしまう本能的なこころ。愛情と恋情。同じところから出発しつつ、それは確かに重なりつつも、混ざり合わなくて。
ああ、難しい。
全く、人の気持ちは難しいと思う。


「まあ、でもどこかに誰か、自分だけの人間が待っているかもしれない。そんなことを思いながら毎日を過ごす、ってのも悪くないものだよ?」


私がそんなことを言うと、エルオーネは少しだけ目を丸くして振り返った。
そして、困ったように笑う。
その笑顔の意味も知りながら、私はあえてにっこりと笑った。エルオーネはそんな私に、拗ねたように言葉を洩らした。


「キロさん、そんなの信じてないくせに。」
「信じきれてはいないけれど、全く信じていない訳でもない。」
「よく、わかんないわ。」


49.どこかに end.


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信じてはいないけれど、「信じたい」と、そう願うわ。