7.魔法
(アルス×キスティス 24歳)


馬鹿じゃねえの。
彼女に思う感情はいつもそれだ。


今日も仕事は立て込んでて、早く帰宅したくてもどうしても午前様になってしまって。アルスはムカつきながら自宅マンションの階段を駆け上がる。
朝綺麗に撫で付けたはちみつ色の髪は、もうすっかり落ちてしまっていて、さらさらと額を飾っていた。歩くたびごとにふわふわ揺れるそれを、うっとおしそうにアルスは掻き揚げた。そして、あるものを目に捉えた。掻き揚げる手を止めて、アルスは不機嫌そうに尋ねる。


「そこで、何してる訳?」
「・・・・・・・貴方を待ってたのよ。」
「こんな時間に玄関の前に居座られる俺の迷惑とかって、考えない訳?」
「・・・・・・・・。」


玄関の前には、キスティスがうずくまって座っていた。今日は雨も降っていて、しかももう午前1時を回っているような時間なのだ。風邪を引くだろう、そう思うが、それ以上に。こんなところで、仮にも美人な女性が一人でぽつんと待っているなんて。変な男とかがいたらどうするんだ。そういう危険性を全く考えてない彼女に、アルスは腹が立つ。


「・・・・・・どうしても、貴方に謝りたかったんだもの・・・・。」


消え入るような声で、ぽつり、とキスティスは俯きながら言った。


「へえ、俺に謝らなければいけないことなんて、あるんだ?」
「・・・・・・・!!」


ちょっと意地悪そうにそう言うと、彼女はむっとした顔で睨みつけてきた。
そんな彼女の表情も別に痛くも痒くもない。アルスはキスティスの傍を通り過ぎた。そして鍵を取り出して、玄関を開ける。


「何謝りたいんだか知らないけどね。別にキスティスは悪いことなんかしてないでしょ。それでいいじゃない。」


そう、彼女はいつだって正しい。いつだって間違っているのはきっと、俺のほうなのだ。
自分でも分かっているが、アルスはかなり性格が悪い方だ。直そうと思わないあたりがさらに捻くれている。これが俺だ。それが嫌な奴は付き合わなければいい。他人から嫌われようが、全然平気だった。


なのに。
キスティスは泣きそうな顔をして、それでもアルスの髪をそっと撫でた。


「わたし、貴方を傷つけること言っちゃったから。ごめんなさい。そんな風に思っているわけじゃないの。」


泣きそうな顔をして、それでも優しく撫でる彼女の指が、なんだかとても優しくて。
なんだかとても甘くて。
ついまじまじと彼女の顔を見てしまう。


・・・・・・馬鹿じゃねえの?
昼間の口論は、俺の八つ当たりみたいなものだったのに。君は何一つ間違ったことなんて言っていないのに。なのに、どうして君が謝るんだ?
俺には本当に、理解不能だ。


「俺が冷血で血の色緑で、他人の痛みなんか知ってて、それがどうしたと思ってるのなんて、本当じゃないか。」
「そんなことない、でしょ?」
「そんなことあるんだよ。」
「違うわ。貴方はいつも、影でこっそり人の痛みを思いやっているじゃない。今日だって、こんなに帰りが遅いのはまた、一人で他の人の仕事してたんでしょう?」


そう言うキスティスの言葉に、アルスは虚をつかれたように黙り込んだ。


・・・・・ホント、馬鹿じゃねえの?
俺のことをそんな風によく買いかぶって。俺が考えていることなんて、もしかしたらもっと最低なことばかりかもしれないのに。どうしたらそんな風によく見ることが出来るんだ?
俺には全く理解不能だ。


それでも、君の言葉はまるで魔法のように俺のこころを柔らかくさせるのだ。
彼女の話す言葉は綺麗で、青臭くて、自分からしたら馬鹿じゃねえのと思うこともしばしばなのだが。それでも、それは嫌ではない。
不思議なことに、これだけ嫌いなものが多い俺なのに、彼女の言葉だけは嫌いにならないのだった。
俺に喜びをくれるのも、傷をつけるのも、彼女だけだった。


・・・・・・真の馬鹿は俺か。


しかし、仕方ない。恋は魔法だ、といつだったかデブータの奴が言っていた。理性は魔法に勝てないのだ。


だから、俺は玄関を開けてそのまま彼女を部屋へと引き入れる。そして、そのまま抱き締めて唇を強く重ねる。彼女は最初驚いて、それでも俺の背中にそっと腕を回した。


「もう遅いし、俺、君を家まで送る気ないからな。」
「あ、うん。大丈夫。帰れるし。」
「アホか。帰るまで心配だろ。俺、明日も早いんだよ。睡眠不足にさせる気か?」
「えっと・・・・?」
「別に、帰らなくてもいいんだろ?」


そっぽを向いてそう言った俺の言葉に。
キスティスは少し目を丸くして。それから嬉しそうに頷いた。


7.魔法 end.

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君にしか、かけることの出来ない魔法がある。