9、さがしもの
(サイファー、風神、雷神 18歳)


何かを見つけたくて彷徨っているのは同じかもしれなかった。
だから俺は、お前のことを無視できなかったのかもしれない。


ぽちゃん、と静かな音を立てて、仕掛けは海の中に吸い込まれていった。
あの戦いが終わって、サイファーはのんびりと釣りを楽しむ毎日を送っている。隣には雷神と風神がいた。以前と変わらず、傍にいた。


サイファーは目をこらして海面をみる。どうも魚などいないような、そんな気がしたからだ。さきほどから二時間近くこうやって、糸をたらしているけれど、ブイはまったく動く気配をも見せない。
しかし、隣で雷神は魚を釣り上げたようだ。


「見てくれよ、サイファー、風神!俺が一番先に釣ったんだもんよ!」


サイファーはむっとする。
・・・・・・なんでアイツが釣れて、俺が釣れねえんだよ。
もう一回海を見つめてみた。しかし、そこにあるのはどこまでも青く穏やかな海で。魚の影など、影も形も無い。
横では釣り上げたのがよほど嬉しかったのだろう。雷神が大はしゃぎしていた。風神はそのくらいにしろと、そうたしなめていたけれど雷神は全く気にしていないようだった。


サイファーは頭に来た。こんな風に横で騒がれたら、寄ってくる魚も逃げるというものだ。しばらくは我慢していたが、・・・・・ついにキレた。釣竿をぶん投げる。それを見て、風神は雷神をさらになだめた。しかし、雷神は全く気にしてはいなかった。
そんな雷神の様子に腹が立ったのだろう。今度は風神がキレる。おもむろに足で雷神を蹴り倒した。雷神はいきなりの攻撃でよろめき、そして。

ぼっちゃーん。

海へと落ちてしまった。


「酷いんだもんよ、風神!魚も逃げちゃったんだもんよ・・・・。」


大男のくせに、妙にしょんぼりと、そう海の中から顔を出して雷神は嘆いた。その様子がなんだかすごくおかしくて、サイファーは大笑いをしてしまう。


笑ってしまって、それで気がついた。
俺は、今まで、ずっとこんな風に心から笑ったことが無かった、ということを。
そして、俺でもこんな風に笑うことが出来るんだ、ということを。


口にシニカルな笑みを浮かべることはあったけれど、こんな風に心から笑ったことなどなかった。笑うことなんて必要なかったし、そんな感情が巻き起こることもなかった。それなのに、今俺は笑っている。笑うことが出来ている。それは、サイファーに満足感と幸福感をもたらした。
サイファーの笑顔を見て、滅多に笑わない風神もほんのりと笑みを、その冷たいとも思える美貌にのせた。雷神も、にっかりと人がよさそうに笑う。


そんな、どんなときも一緒だった彼らの笑顔を見て。やっとサイファーは自分が孵化していくようなそんな気持ちに襲われた。


ずっと、何かが欲しかった。
ずっと何かを探していた。
求めるものが何なのか、全く分からなくて。それでも、それを求める心の飢えは抑えることができなくて。
ずっと、苦しかった。


いつも何かしらの不安を抱えて、それでもそんな自分がいることを認めたくなくて。何か出来るはずだ、という自意識と、何も出来ないだろうという恐れと、その二つがまるで嵐のようにぶつかって、噴き出して、抑えることができなかった。


不思議だ、と思う。
そんなに時が過ぎたわけでもないのに、あの頃の自分がとても遠いような、そんな気がする。あんなに自分に注目して欲しいと、そう熱望していたのに、それがなんだかとてもつまらないもののに思えてきた。そういう風に思えるようになった。


そして、それはきっと。
どんなに俺が最低で、駄目なところを見せても決して見捨てなかった、こいつらのおかげなんだろう。
どんな俺でも受け入れてもらえて。何もない俺でも愛されているということを実感して、俺はやっと。


『俺』に、なることが出来たのだ。


ふと目を上げると、ガーデンが花を撒き散らしながら飛んで行くのが見える。サイファーは、少しだけ目を細めて、それから穏やかな笑みを浮かべた。
風神も、雷神も、懐かしそうに笑っていた。


俺は、ずっと探していたものを見つけた。
お前は、見つけることが出来たのだろうか。
お前は、『スコール』になれたのだろうか。


きっとガーデンにいるだろう、同じ傷を持つ男にそう、心の中でサイファーは呼びかけた。


9、さがしもの end.


******************

切なくて、狂おしいほど何かに飢えていた少年時代に、さよならを告げた日に。