〜プロローグ〜 もしも出逢ったことが間違いであったとしても わたしは間違いであったとは思わないだろう 君に出逢わなかったら、わたしは平凡な家庭を築き、平凡に死んでいったことだろう 長くはなくとも、君と過ごした日々は色あせることなくわたしの中で息づいている こんな幸せをくれたのは君だから だから、守ってみせる 守り抜いてみせる わたしたちの秘密を 〜part 1〜 「おい!!ヒュー!!!」 いきなり呼び止められた黒髪の若い青年は、仕事の手を休めた。 「何ですか、キャリッジ先輩」 「今日さ、ちょっと飲みにいくんだけど、お前もどうよ?」 「え・・・、自分ですか・・・・。まだ、こちらのやり方に慣れていないもので、今 日は、残ってやり残したものをやろうかと・・・・」 ウェイン・キャリッジは、金髪を揺らして、鷹揚にため息をついた。 (こいつ、まじめでいいやつなんだけど、まじめすぎるんだよな〜・・・。) この春、ここ、ガルバディア軍情報戦略部後方支援課には、3人の新人が入ってき た。 彼、フューリー・カーウェイも、そのうちの1人である。 ウェインが指導係として彼のトレーニングを行っている。 初め、ウェインは信じられなかった。 (なんで、こいつ、こんなところに配属になったんだ!?) 自分で言うのもなんだが、後方支援課は、あまりエリートコースには乗れない職場で ある。いわゆる、「窓際」といったところか。 そのため、入ってくる人材も、おおよそ優秀とは言いがたい者ばかりであるのが、実 情であった。 しかし、今年の新人、フューリー・カーウェイは全く異なっていた。 まず、入隊時のテストは、筆記・実技ともにトップ。士官学校では、奨学生であっ た。 この成績ならば、普通は、一足飛びに少佐、それも、中央戦略システム部に所属され るのが通常だ。 現に、入隊試験第二位の、ピンサー・デリングは、中央戦略システム部の艦隊指揮課 に所属になった。 (普通は、ああいう花形部署に行きたがるよな〜??) ウワサによると、この部署に勤めたのは、本人たっての希望であるらしい。 ウェインには、この部署がそれほど魅力ある部署とはとても思えないのだが。 「お前さ、そんなに根つめてやることはねえんだよ。今は、戦時下でもないし、こん なちっぽけな産業もあまりない国、どこも攻め込んでこないだろ。 それにな・・・・」 「・・・・・・?」 ウェインはそこまで言うと、くすりと悪戯っぽそうに笑った。 「お前さんがそんなに頑張っちまったら、おれの仕事がなくなっちまう。とりあえず は、2ヶ月のトレーニングプランなんだからな。この調子だと、2週間でクリアだぞ? ?そうなったら、普段のおれらの仕事ぶりがいかにダメかがめだっちまうだろ。」 「自分は、そんなつもりでは・・・・。」 「わかってるよ。単純な能力の違いだってことは。でもな、あまりに他の新人と差が つくようだと、また、上層部から引き抜きの話がくるぞ?お前、他の部署には行きた くないんだろ。」 「・・・・・・・・そうですね。ありがとうございます。」 「ま、今日は息抜きとして、ぱ〜っとくりだそうや。日頃の頑張りを称えて、今日は おれが奢っちゃる!!」 フューリーは最後まで遠慮していたが。 ウェインはフューリーをほっとけなかった。 この優秀な後輩は、どこか自信なさげなところがある。 どこか一歩退いてしまうところがある。 これだけ優秀ならば、もっと自我が強くてもおかしくないのに。 どこか、人間付き合いがうまくないと本人が思い込んでいるふしがある。 (こいつ、性格もいいのに、もったいないよなぁ・・・・) ウェインは常日頃そう思っていた。 だから、今夜はフューリーを少々強引にでも誘ったのだ。 「今日はな、お前をいいところに連れってってやる。お前、音楽は好きか??」 「好きです。」 「おお。そりゃあよかった。いい歌手がいるんだよ。この間、デビューしたばっかな んだがな。」 そう言って、ウェインがフューリーを連れて行ったところは、小さいがこじんまりと して落ち着いた、なかなか感じのいいクラブであった。 「先輩、よく知ってますね?自分にとっては、首都は大きすぎて、どこがどうなの か、さっぱりわからないんです。」 「なあに、ちょっと遊びに行くようになったらすぐ覚えるさ。」 「あら。ウェイン!!その子がお気に入りの新人さん??」 「あら、とはごあいさつだね〜。リ−ナ?」 フューリーは、リーナと呼ばれた女性に向かって、ぺこりと小さくお辞儀をした。 リーナは、蜂蜜色の巻き毛を揺らして、にっこりと微笑んだ。 「始めまして。わたし、リーナ・ラッセルといいます。ここで、ウェイトレスしてる の。」 「始めまして。フューリー・カーウェイです。」 「カーウェイ・・・・、珍しい苗字ね?この辺の出身じゃないのかしら?じゃあ、ま だ、このウィンザーシティはよくわからないでしょう。わたしなんて、長年ここに住 んでるけど、いまだにさっぱりだわ。」 「おいおい、リ−ナ。おれのことは聞かないわけ?」 「あなたのことなんて、知らないことなんかほとんどないじゃないの。幼馴染なんだ し。ああ、こんなところで立ち話もなんだわね。こちらへどうぞ。」 リーナは、そう言うと、二人をピアノの前の席へと案内した。 そこは、普段だったら、ファンクラブの人間しか座れないような席であった。 「おいおい、リ−ナ、こんないい席にいいのかよ??今日だって、来るんだろ、ジュ リア。おれ、やだぜ〜、帰りに闇討ちにあったりするの。」 リーナは、少し肩をすくめた。 「う〜ん、うちってさ、小さいクラブじゃない?席もそんなにあるわけじゃないか ら、ファンクラブの人間に買い占められると、他のお客さんが楽しめないのよねえ。 もともと、ジュリアの希望としては、お客と近い目線で、だけど、いろいろな人に聞 いてもらいたいっていうのだったし。だから、明日から抽選制にしようかなと思って るの。」 「じゃあ、今日は?」 「今日はね、ジュリアは来ないってことになってるの。最後にちょろっと出てくるけ ど。シークレットてやつね?だから、あなたたち、ラッキーよ。ジュリア、最近、ど んどん売れてきたから、その分チケットも取りにくくなってるし。」 さっきから、まったく会話にはいらないフューリーをウェインは怪訝そうに眺めた。 (まさか、こいつ、今話題の新人、ジュリア・ハーティリ−を知らない訳じゃないよ な??いや、こいつ、超くそまじめだから、ホントに知らないのかもしれないぞ・・ ・・?) リーナも同じことを考えていたらしい。 ウェインに向かって、いたずらっぽそうにペールグリーンの瞳をつぶると、フュー リーに言った。 「今日の歌手はね、とってもいい歌を歌うから、楽しみにしてて」 フューリーは、二人の気遣いに感謝した。 士官学校のころ、あまりに普通のことを知らない自分を、同級生たちが煙たく思い、 また、呆れていたのを知っている。 よく、「カーウェイは何が楽しみで生きているんだ」とか、「何考えてるかわからな い」とか言われていたのも知っている。 自分なんかと遊んでも、おおよその人は楽しくないであろう。 しかし、ウェインはそんなことは気にせず、こうして自分を楽しませようとしてくれ ている。 そして、リ−ナも、初対面にも関わらず、こんなに無愛想な自分にも微笑んで話をし てくれる。 故郷を離れて、はじめて、くつろいだ気持ちになったような気がした。 リーナの勧めてくれた酒を飲み、いくつかのバンドの演奏を楽しむ。 突然、ウェインは自分の砂色の頭をぽりぽりと掻きだした。 「あのよう、おれ、ずっと不思議に思ってたんだ。あ、もちろん、言いたくなければ いいんだけどさ。お前、どうしてうちの課を希望したんだ??お前ならもっといいと ころに行けたはずだろう。」 フューリーは、コップの氷をからんと揺らした。 「あ、すまん!!そうだな、誰にだって、言いたくないことはあるよな。」 「・・・・・・・・いいえ。でも、先輩だって、もともとは優秀なのに、どうして上 にいかないのですか??」 「あ、おれ?おれは、軍隊早く辞めたいからさ。安く学校行くには、士官学校しかな くって、でも、あそこ行ったら軍に入隊しなきゃだろ。だったら、なるたけ早く辞め られそうなトコを探して、そこに入るためにいろいろ努力したわけだ。」 「・・・・・・努力って、いかにギリギリなスコアをとるかってことですか??」 「その通り!!いやあ、苦労したぜ〜。あんまり悪いと留年だし、ちょっとでもいい とこんどはなかなか辞められなくなるしな〜。」 ウェインのその言葉に、フューリーはくすりと笑った。 「でも、辞めてどうするんですか?」 「それはひみつ。あ、でも、夢がかなったら、お前も招待するよ。期待しといてくれ !!」 「わかりました。」 「お、そろそろみたいだぜ?」 フューリーは、そう言われて、舞台のほうに視線を向けた。 ピアノが真ん中に引き出されている。 周りの客の、「え、まさか・・・」とか言う声で、あたりはざわざわし始めた。 (・・・・・?それほど人気のある歌手なのか・・・・。) 舞台の袖から、ほっそりとした、でも、とても美しい女性が歩いて来た。 客は、皆口々に「ジュリアー!!」と叫び、大騒ぎだ。 ジュリアは、マイクをとると、客席に向かって、にっこりと微笑んだ。 「今日は、ちょっとだけ、ここのステージを借りました。ほんの少しだけど、わたし の歌も聴いてください」 「ちょっとだけじゃいや〜!!」 乗りのいい客からの歓声がまぜっかえす。 ジュリアは、にっこり微笑んで、「ありがとう」と言った。 (・・・・・・・・?) しかし、フューリーは不思議に思った。 なぜ、あの歌手はあんなに寂しそうに笑うのだろうか。 あれほどの人気のある歌手だったら、もっと、晴れやかに微笑んでもいいはずなの に。 (せっかくあんなに綺麗なのに、もったいない) 確かに、ジュリアの歌は素晴らしかった。 あれほどほっそりしているのに、声量はたっぷりと申し分なく、また情感に溢れた歌 声は、ココロの奥深くにまで染み入るようであった。 しかし、フューリーは、ほんのときたま彼女が見せる、泣き出しそうな笑顔が気に なってたまらなかった。 誰も気付かないようにしているところが、また痛痛しい。 ジュリアはアンコールに応えて、もう一曲歌った。 それは、彼女のデビュー曲である、「Eyes on me」であった。 横で、ウェインが、「ホントにいい歌だよな〜。」と言い、それにリ−ナが「ホン ト。あたしもこの歌が一番好きかも。」などと言っている。 しかし、フューリーにはとてもそうは思えなかった。 その歌を歌い終わったあとのジュリアは、とても、泣くのを我慢しているような、そ んな感じだったのだ。 (・・・・・歌手って大変だな) その時のフューリーは、そのくらいの感想しか持たなかった。 「ジュリアー!!今日もよかったよう〜!!!」 「ありがとう、リ−ナ。今日は、ウェインもいるのね?」 「おうよ。最近、ますます忙しいみたいだなあ。」 「ううん、わたし、やっと夢がかなったんだもの。今、とっても幸せ」 店がはねたあと、服を着替えたジュリアがこちらにやって来た。 やわらかなセーターにジーンズという、普通の格好だったが、色の白い彼女には、ピ ンクのセーターがとても映えていた。 どうも、リ−ナとウェインは、ジュリアと友達であったらしい。 ふたりとも、友達の活躍を心から喜んでいるようであった。 「・・・・・・・ところで、こちらの方は?」 ジュリアはフューリ−に振り返った。 もともと美人だとは思っていたが、間近で見ると、そのあまりの美しさに圧倒され る。 つややかな黒髪に、黒曜石のような瞳は黒ダイヤのよう。そして、ふっくらした唇は まるで珊瑚のようであった。 「ああ、こいつは、うちの課の新人。フューリー・カーウェイっていうんだ」 ウェインが、フューリーを引き寄せて、ジュリアに紹介する。 「ジュリアと同い年だぜ?だけど、こいつ、まだこっちにあまり慣れてないみたいな んだ。」 「始めまして?わたし、ジュリア・ハーティリーっていいます。リーナとウェインに はよく小さい頃面倒みてもらったの。」 にっこり微笑みながら、手を差し出すジュリアに、フューリーは少しとまどった。 先程の痛々しい様子は微塵にも感じられなかったからだ。 しばらくとまどっていると、ウェインが、背中をばし!!と叩いた。 「おいおい、女性から握手を求めてるんだから、別に握手してもいいんだよ!!さて は、ジュリアがあんまり美人だから、怖気ついたか〜??」 「もう、やだ!!ウェインってば。」 まあ、握手をしないというのも、感じが悪いだろう。 フューリーはそう思い直して、ジュリアの手をとった。 「始めまして、フューリー・カーウェイです。」 じっとジュリアが自分を見つめ返している。 先程考えていたことは、やはり間違いだったのだ。そう思ったフューリーは、何か気 恥ずかしさを感じた。 (何、勘違いしてるんだ。俺・・・・) すると、突然、ジュリアはリーナに振り返って言った。 「ねえ、リ−ナ、ちょっと、フュ−リーさんに手伝ってもらってもいいかしら?」 「なあに、力仕事?うちのスタッフ呼ぶわよ??」 「ううん、そんなに大変じゃないから。フュ−リ−さん、きっと、わたしの歌、一度 も聴いたことないだろうし、それならCDをあげたいしね。」 「そお?わかったわ。これが、あなたの控え室のカギよ。んもう、最近は、熱狂的な ファンが楽屋に忍び込もうとして、セキュリティが大変だわ」 ジュリアは、リ−ナから、カギを受け取ると、フュ−リ−の手をとって歩きだした。 フュ−リ−は、全くわけがわからなかった。 初対面の男をこんなにカンタンに信用していいのだろうか。 CDだって、別に、楽屋で渡す必要はないはずだ。 いぶかしげに見ているのに、気付いたのであろう、ジュリアはフュ−リ−に囁いた。 「ごめんなさい。でも、気付いたの、あなただけだったから。ちょっと相談があるの ・・・・・。」 |
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