〜part2〜 最近、眠れないの。 とっても忙しいから、体は睡眠を求めているはずなのに。 気付けば、あの人のことばかりを考えている ウィンザーシティの隅にある、小さいが、小奇麗なクラブ。 そこの店主である、リ−ナの父親に軽く会釈をして、ジュリアは控え室のカギを受け 取った。 「ジュリア、最近、ますます人気がでてきたねえ。うちのクラブも最近じゃ、すっか り有名になってしまったらしいよ。ここに来れば、あの、ジュリア・ハ−ティリ−の 歌が聴けるってね。」 「ありがとう、おじさん。」 「うちで歌ってくれるのは嬉しいが、ムリをしてまですることはないんだよ。もう、 お前さんは、大ホ−ルで公演ができるのだし。うちは、それほどキャパも広くないし な。」 「ううん、わたし、ここの舞台、好きなの。程よい距離感と、親密さがあって。どっ ちかといったら、わたしのほうがおじさんやリ−ナにムリさせてるんじゃないかしら ??」 「ムリなんかあるもんかさ!できれば、ず〜っとうちで専属してもらいたいくらいだ よ。」 ジュリアは、控え室に入ると、ふっとため息をついた。 控え室には、昔から、1人でいさせてもらえるようにしてある。 歌手にとって、本番前の集中は、何より大切なものだからだ。 しかし、今のジュリアには、そう言う意味だけではなく、ひとりでいられることがあ りがたかった。 ジュリアがデビュ−したのは、半年前。 ずっと暖めていた曲で、デビュ−した。そして、それは、またたくまに人気をさらっ た。 このクラブは、メジャ−デビュ−する前からよく出演しており、スタ−となった今 も、たびたび出演させてもらっている。 ジュリアにとって、歌手になることは、小さいころからの夢だった。 それがかない、今がもっとも幸せな筈なのに、最近のジュリアは疲れを感じていた。 そして、その理由はわかっている。 (・・・・・・・・あの人がいないから) ジュリアは、いつものようにステージ上にあがる。 ここのステージは小さい分、客席の隅々まで見渡せる。 ジュリアは、ぐるりと周りを見渡し、客に挨拶をした。 (・・・・・・今日も、あの人はいなかった) 歌を歌っているときも、常にあの人のことが頭をよぎる。 こんなことは、あの人に会って、初めて知ったことだ。 今まで、歌以外のことを考えたことなどなかったのに、最近では、歌のことを考えな くなってしまった自分がいる。 こんな、心ここにあらずな歌は聴かせるべきでないのに、それでも、ファンはよろこ んでくれる。 激しい自己嫌悪と、それでもあの人のことを考えられずにいられない自分との狭間 で、ジュリアは息苦しさを感じていた。 予定の曲を終わっても、アンコ−ルは鳴り止まない。 やはり、客は「Eyes on me」を聴きたがっているのだ。 ジュリアは、本当はこの曲を歌いたくはなかった。 あの人のことを歌った曲・・・・。幸せだったころの歌・・・・・。 しかし、この歌が最もメジャ−である以上、歌わない訳にはいかないのだ。 ジュリアは、一息吸い込むと、ピアノを弾き始めた・・・・・・・・。 すべてを歌い終わって、こぼれそうになる涙を堪える。 客席の拍手に応えるために、客席のほうを振り返って、ジュリアはドキリとした。 1人だけ、拍手をするわけでもなく、真剣に自分を眺めている男がいるのだ。 無表情ではあったが、瞳にはっきりと、哀しみの色を残していた。 (もしかしてあの人、気付いたのかしら・・・・・・・・?) 控え室に戻り、私服に着替えたジュリアは、閉店後の店のフロアに戻った。 今日は、ウェインも来ている筈だ。 ウェインに会うのは久しぶりなので、ジュリアはそれも楽しみであった。 ウェインとリ−ナは、ジュリアにとっては優しい兄と姉のようなものだ。 沈んだ気持ちでいては、二人に迷惑がかかると思い、ジュリアは明るく二人に近づい た。 近づいて、ジュリアは驚いた。 先程の男はどうもウェインの連れであったらしい。 男は、少し怪訝な顔をしていた。 (・・・・・・やっぱりこの人、気付いてたんだわ) ジュリアはそう確信した。 そして、ウェインに、紹介を求めた。 「・・・・・・ところでこちらの方は??」 男は、ウェインの後輩で、フュ−リ−・カ−ウェイという名であった。 カ−ウェイという苗字が示すとおり、ウィンザーシティの出身ではないらしい。そし て、あまり遊ばないタイプらしく、ジュリアのこともよく知らない様子であった。 しかし、なにより、あの人を思わせる、黒い髪と深い蒼の瞳が、ジュリアをどきりと させた。 (雰囲気は全く違うのに。あの人は真夏の海のような感じだったけど、この人は、冬 の静かな海みたい。) あまりにもじっとジュリアがみつめるので、フュ−リ−は少し怪訝な顔をしていた。 この人しか、気付いてくれる人はいなかった。 ウェインやリ−ナ、マネ−ジャ−、色々な人々は全く気付かなかったのに。 この人だったら、わたしを助けてくれるかもしれない。 ジュリアは、男を自分の楽屋へと連れて行った。 ほんの少しの口実とともに。 「・・・・・・・・ごめんなさい。いきなり。」 「いいや、別にかまわないが・・・・。俺は君とは他人みたいなものだから。かえっ て、キャリッジ先輩とかより話しやすいだろう。」 控え室に入り、申し訳なさそうに謝ったジュリアに、フュ−リ−は気にしない様子で 応えた。 やっぱり、この人は気付いていたのだ。 「・・・・・・・やっぱり。むいていないのかな〜、この仕事。」 「・・・・・・・何故、そう思う?たくさんの人が君の歌を待ち望んでいたじゃない か。」 「・・・・・・・それがつらいの。今のわたしは、ただの女になってしまったから。 良かったら、聞いてくれる?」 「・・・・・・・・?」 本当は、先程まで、フュ−リ−に打ち明けるのをためらっていた。 こんなことは、人に相談するべきではない、とも思っていた。 こんなことをいきなり初対面の人間に打ち明けられても、普通の人はとまどうだけだ。 しかし、フュ−リ−はジュリアを哀れむわけではなく、ただ、受け止めてくれるタイ プだと。ジュリアは間近で話して感じた。 だから、話してみようという気になった。 もし、哀れまれるようであったなら、話したくはなかった。 しかし、誰にも言えずに澱のようにたまっている気持ちを誰かに聞いてももらいたかった。 「あのね。わたしには、好きな人がいるの。Eyes on me は、その人のこ とを思って歌った歌なの。」 「・・・・・・・・・・・。」 「でもね、その人、いなくなっちゃった。どこでどうしてるのかもわからない。」 「・・・・・・・どうして探さない?」 「・・・・・・・名前、知らないの。よくわたしのピアノを聴きにきてくれていた人 で、お話ししたのはたった一回きり。・・・・・・・わたしね、きっと、後悔してる んだと思う。あの人のことが好きなのは、もっと前から分かっていた筈なのに、その 気持ちを伝えることをしなかった。そして、いなくなってしまってから、ずっと考え るの。ああすればよかったって。。いつも、ステージに立つときも、あの人を無意識 に探してしまったり。こんなに中途半端な気持ちで本当は歌を歌ってはいけないと思 うの。でもね、みんながわたしの歌を聴きたがってくれる。」 「わたし、歌手になるの、小さい頃からの夢だった。それさえかなえば、他には何も いらないと思ってた。なのに、夢がかなったっていうのに、おかしいよね。苦しいな んて、贅沢だよね。」 しばらく黙って話を聞いていたフュ−リ−は、静かに答えた。 「別に、おかしいことはない。それが人間だからだ。」 「・・・・・・・?」 「人間が、他の動物と違って進化の道をとげたのは、常に向上心と後悔を持ち続けた からだ。君は君の好きな人に気持ちを伝えなかったのを後悔していると言った。な ら、気持ちを伝えればいいだけだ。そして、君の歌は俺は素晴らしいと思うぞ。あれ ほど、人間らしい歌を聞いたことがなかったからだ。」 「たとえ、歌が優しいイメージの歌だとしても、優しく歌わなければならない訳では ないと、俺は思う。人は、そのときその時考えていることは違って当たり前なんだ。 その時の気持ちを載せた歌は、何より素晴らしいと俺は思う。」 ジュリアの瞳から、涙がひとつぶこぼれた。 確かに、気持ちを聞いてもらいたかったが、これほどちゃんと返事が返ってくるとは 思わなかったのだ。 そして、フュ−リ−の言ったことは、ジュリアの乾いた心に染み入った。 「・・・・・・・・・わたし、このままで、いいんだ・・・?」 「ああ。今まで、よくがんばったな。」 その言葉を聞いて、ジュリアは涙が止められなかった。 (そう、わたし、誰か1人でいいから、わたしの気持ち、知っておいてもらいたかっ たの。) フュ−リ−は、泣いているジュリアにハンカチを差し出した。 「思いっきり泣いてしまった方がいい。そうすれば、また明日から、元気にすごせ る。」 「・・・・・・・わたし、こんなに泣いたの、久しぶりかも。そういえば、あの人に 会えなくなってからも、一度も泣いたことがなかったんだわ・・・・・・。」 「それがいけない。たまった思いは、たまに開放してやることだ。でないと、心の奥 で澱になってしまう。」 「・・・・・そうね、本当にその通りだわ。ごめんなさい、初めて会った人なの に。」 人前で泣いてしまったのなんて、ジュリアにとっては初めての経験であった。 でも、だからこそ。 あのひとに会えない、そのことがこんなにも辛かったんだと思い知らされたような気持ちになった。 「・・・・・・・・その人というのは、どういう職種かもわからないのか??」 「・・・・・・・確か、ガルバディア軍よ。それも、兵役で入隊したんですって。将 来は、ジャ−ナリストになりたいって言ってたわ。・・・・・・・・それがどうかし た??」 「それだけあれば、十分だ。俺がそいつの行方を調べてやる。」 「・・・・・・えっ!!そんなの、悪いわ。お仕事だって、あるんでしょう?」 「キャリッジ先輩に、もう少しサボれと言われたばかりでね、ヒマはある。それに、 後悔したくないんだろ、もう?俺は、軍の情報戦略部所属だから、すぐにわかる さ。」 ジュリアは、目をまんまるにした。 ちょっと話を聞いてもらうだけでも有難かったのに、ここまでしてくれるなんて。 そして、フュ−リ−が、完全に善意から申し出てくれていることにも、ジュリアは感 激した。 もし、フュ−リ−に下心があるような人間だったら、このように二人きりにはならな かった。 でも、フュ−リ−の澄んだ深い蒼の瞳からは、全くそのようなところは伺われなかっ たし、実際話してみても、フュ−リ−は、凪いだ海のような人柄であることが分かっ た。 (ウェインが気に入る訳だわね。) 「あのね、わたし、また来週にここで歌う予定なの。よかったら、そのときにでもま た来て?このハンカチ、濡らしちゃったし、洗って返したいから。」 「別に、ハンカチは洗わなくていい。たいしたものじゃないし。それに、俺が来る と、君の歌を聞きたいほかのたくさんの人の分の席を取ってしまうことになる。」 「あなたにも、聞いて貰いたいわ。それに、わたし、もう後悔したくないの。ここ で、あなた誘わなかったら、わたし、また、後悔して、ぐじぐじ悩んだりするんだも の。」 「・・・・・・・そうか?」 「そうよ。だから、ね??」 「わかった。」 ジュリアはにっこり微笑んだ。 「じゃあ、また、来週ね?指きり!」 「・・・・・・・指きり?」 フュ−リ−は指きりを知らないようだった。 ジュリアはくすっと笑うと、フュ−リ−の手を取り、彼の小指に自分の小指を絡ませ た。 「約束、ね?」 ここのところ、よく眠れなかったから、今日はぐっすり眠れるに違いない。 フュ−リ−と一緒にリ−ナとウェインのところに戻りながら、ジュリアは体が軽く なったような気がした。 わたしの悩みを真剣に受け止めてくれたことが嬉しくて、顔がつい、ほころんでしま う。 案の定、リ−ナに、つっこまれてしまった。 「どうしたの?なんか、よっぽど面白いことでもあったみたいだけど??」 次の日の朝。 ジュリアは目が覚めると、ピアノに向かい始めた。 あの人がいなくなってから、初めて、曲を新たに作る気になったのだ。 やっぱり、わたし、歌が好き。 どうして、気付かなかったのかしら。歌は、嬉しい時も、悲しい時も、人のこころを 震わせるということを。 フュ−リ−さんに教わった気持ちだわ。 わたしってば、本職の歌手なのにね。 ジュリアは、来週のライブが待ち遠しくてたまらなかった。 |
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