失われた風景 |
「わたし、ティンバーに行きたい。」 全ての戦いが終わってから、リノアが言った。 パーティが終わって翌日のことだ。 「・・・・・・・相談してみよう。」 俺はそうリノアに言った。 リノアは、あの戦いが終わってから、どことなく大人びた。 相変わらず、無邪気に笑い、素直だが。 それでもどこか今までとは変わった。 それも仕方がないことなのかもしれない。 俺にはわからない。 でも俺が今までの俺とは変わっているように、リノアも同じなんだろう。 そして、これからのことを考えたら、自由に動ける今だけでもリノアの願いを叶えてやりたかった。 俺ができることは、なんでもしてやりたかった。 *** 「おや、スコールどうしましたか?君たちは一ヶ月の休暇中でしょう。」 学園長へアポをとって面会に行くと、シド学園長はそんな風に話しかけてきた。 「・・・・・暇なのがたいくつですか?でも、これから君たちは大変に忙しくなりますよ。 休めるうちに休んでおいた方がいいと思いますがね。」 「リノアが、ティンバーへ行きたいと言っているんです。許可をだしてもらえないでしょうか。」 俺がそう切り出すと、シド学園長は少し腕組みをした。 「彼女は、もともとティンバーのレジスタンスにいたんでしたね・・・。 あの戦いからティンバーと接触していないのなら、心配するのも道理でしょう。 しかし・・・・・・。」 ガーデンは、学園長が意思決定をするのではない。 一応学園長がトップとなっているが、実際は5つの機関で意思決定をしている。 ひとつは学園長。 ふたつめは、マスター。(今現在、バラム・ガーデンでのマスター職は空席である。) みっつめは総指揮官。(これは仮ではあるが、俺が担当している。) よっつめは教職員組合。 いつつめはSeeD総議会。 これらの機関の過半数による賛成によってガーデンは運営されている。 今はあの戦いが終わったばかりで、まだ世界の枠組みも決まっておらず。 リノアの存在はトップシークレットとして、ガーデン預かりになっていた。 これから三ヵ月後に始まる世界会議の時に、リノアの身の振り方が決められることになっていた。 だから、リノアは今はなにも出来ない。 息を潜めて、ガーデンに隠れている、といった状態か。 そして、リノアのことに関しては、過半数ではなく全機関一致の意見でないと決められない、ということにしてあった。 「教職員組合とSeeD総議会。これがどうでるか、ですね・・・・。」 「ええ、教職員組合の方は、キスティスに根回しを頼んでおきます。」 「SeeD総議会の方は、シュウにわたしから頼んでおきましょう。」 「・・・・・・ありがとうございます。」 予想に反して、学園長があっさりOKを出したことに、俺は少し面食らった。 反対されるのではないか、とずっと考えていたからだ。 [どうかしましたか、スコール?」 「・・・・・・・・・いえ。」 「わたしが許可を出したことが不審だと言うような顔をしていますね。」 学園長はそう言うと、少し笑った。 「今、イデアはずっと眠っています。彼女の時間を取り戻すために。 次にイデアが目覚めたときには、リノアはきっと魔女の真実を知ることになるでしょう。 今しか、彼女を本当に自由にさせてあげることは出来ない。 スコールもそう考えたから、わたしのところへ来たのでしょう?違いますか。」 やはり。 あんなに自由が好きな彼女なのに、それを望むことはできないのか。 許可を得たというのに、俺の心は少し痛んだ。 あの戦いが終わっても。 俺たちの問題はなにも終わっていないんだ。 そういう現実を、目の前に突きつけられた気がして。 *** 教職員組合はキスティスによって。 SeeD総議会は議長でもあるシュウによって。 週明けには賛成の意思を示していた。 ただし、どの機関からも「リノアが魔女だということは絶対知られないように」という但し書きと、 「SeeDの付き添いをつけるように」という要請が付けられた。 「リノアのこと、信頼してない訳じゃあないんだよ。 わたしたちは、みんなリノアがいい子だってことを知っているし、いい魔女になると信じている。 でもね、彼女のことを知らない人間にとっては、また違うだろう? これからの世界会議のことを考えたら、なるたけ人々を刺激しない方がいいと思う。 そのためには、この意見は最低条件だ。」 シュウは少しすまない、といった顔で言い。 隣に居たキスティスも少し辛そうに頷いた。 わかっているさ、そんなことは。 わかっているのに、どうしてこんなにやるせない気持ちになるんだろう? リノアには、きっと普通の生活があった。 たくさんの友達と笑いあって毎日を過ごしていたはずだ。 なのに、今の現実はなんだろう。 彼女にとって、まるで悪い夢かのような、この現実は。 そして俺はいつも考えてしまう。 リノアは俺と出会わない方がよかったんではないか、と。 *** 「リノアー!!!ほんとーっに元気になったんだな!?」 「心配かけたみたいだね、ごめんねゾーン。」 ティンバーに滞在するのは、今日だけ。 もっと長くいてもいい、と勧めたのだが、リノアは「一日でいいよ。」と言った。 「わたし、ティンバーでやらなきゃいけないことがある。 でも、一日あれば大丈夫だよ。」 「本当にいいのか・・・・・・?」 俺がリノアに伺うようにこぼすと。 リノアは穏やかに笑った。 「スコールがいるから。だいじょうぶ。」 「ホントよかったっすよー。スコールさんから時々話は聞いてたんですけどね。 やっぱ実物に会わないと、どこか不安だったんっすよねー。」 ワッツも心から安心したように笑う。 ここの連中は相変わらず、だ。 昔、初めて彼女たちに会ったとき。 このなまぬるい雰囲気が嫌だった。 こんな奴らと仕事をするなんて最悪だ、とも思っていた。 でも、今は違う。 リノアは、この優しい仲間たちに囲まれて、幸せだった。 それがわかる。 では、今は? 彼女は、今も幸せなのだろうか? 俺にはわからない。 *** ゾーンはリノアが来たことが嬉しくて仕方がないようだった。 いつも騒がしい奴であったが、今日はひときわ騒がしい。 リノアも楽しそうだ。 彼女が笑っている姿を見ると、ほっとする。 悲しませたくないから。 リノアにはいつも幸せで居て欲しいから。 「でもさ、リノアが帰ってきてくれてよかったよ!! これで、ようやっとティンバーの独立運動も軌道に乗るよな。」 「そうだな。ガルバディア共和国も解体が始まるようだし。 やっとあのときの約束が叶うよな!!」 「ごめんね、わたし、独立運動、もうできないの。」 盛り上がる仲間たちをまっすぐ見据えて、リノアは言った。 「・・・・・え??」 まず最初に反応したのはゾーンだった。 「嘘、だよな・・・・・・・?」 「どうしてだよ、今までリノアが一番頑張っていたじゃないか。 もう、夢が叶うっていうのに、どうして抜けるんだ!?」 口々に騒ぐ仲間たちを、ゾーンは止めた。 「抜けるってのは、本気なのか。」 いつもとは違って、ゾーンは本気の目をしていた。 「うん。」 それを見返すリノアの瞳も、強いまなざしだった。 「ワッツ以外、みんな席をはずしてくれないか。」 *** 「で?どういうことなんだ?」 さすが腐ってもリーダーといったところか。 ゾーンは落ち着いていた。 「わたし、今までみんなに隠していたことがあるの。」 リノアはぽつぽつと語り始めた。 「わたし、本当はガルバディア人なの。生粋のティンバー出身ではないんだ。 そして・・・・・・。」 リノアはそこまで言うと、ひとつ息を吸い込んだ。 「わたしの本当の名前は、リノア・カーウェイ。 ハーティリーは、母の旧姓なの。」 「・・・・・・・・・・カーウェイって・・・・・・・・。」 「前ガルバディア軍の最高責任者、でしたよ、ね・・・・・・・。」 ゾーンは椅子に倒れこむようにして座り。 ワッツは口を押さえたまま、動かなかった。 「ね、わかるでしょ? 今まではよかったかもしれない。 でも、これからは違う。 これから、ティンバーの新政府をみんなは作っていくんだよ。 そのときに、わたしのような人間がいてはいけないの。」 「・・・・・・・・・でも、それは、リノアさんのせいではないじゃないっすか・・・・・。」 「そうだよ、俺たちはリノアがどんなにいい子か知っている。そんなことは関係ない!!」 口々に言う、彼らの言葉に。 リノアは本当に嬉しそうに笑った。 でも、俺も、そしてあいつらも気づいている。 リノアの肩が少し震えていることを。 「みんながそう思ってくれるの、本当に嬉しい・・・・・。ありがとう。 でもね、みんながみんな、そう思うわけじゃない。 ガルバディアにうらみを抱えているひとはたくさんいる。 そういう人たちにとって、わたしみたいな存在は憎しみ以外生まないよ。」 本当は、リノアは魔女だから。 ティンバー独立に魔女が関わったとなると、どれだけ世界を混乱させるかわからない。 リノアがティンバー独立運動から抜けることは、この間の5機関会議でも話題になったことではあった。 しかし、まさかリノアも同じことを考えているとは思わなかった。 「・・・・・・・・リノアは、それでいいのか。」 ゾーンが搾り出すように言うと。 リノアはふんわりと笑った。 この笑いも、彼女が以前はしなかったもの。 「・・・・・・・・・・・・わかったよ。 みんなには俺から言っておく。 リノアは、実家で仕事を手伝わなきゃならなくなった、とでも。」 「・・・・え・・・・?本当のことを言ってもいいよ・・・・・・?」 リノアははっとしたかのように言ったが。 ゾーンはにかっと笑った。 「この独立運動を抜けても。 俺たちはいつまでも友達、だ。 そうだろ? だから、いつでも遊びに来いよ。 俺たち、待ってるから。姫様のご帰還を!!」 「・・・・・・・うん!ありがとう・・・・・・・。」 少し泣き出してしまったリノアを、ゾーンは一生懸命慰めていた。 その姿を眺めていた俺に、ワッツがそっと囁く。 「ずっと不思議だったんすよ。」 「・・・・・・・・・何が?」 「俺、ガルバディアの情報を得るために色々動いていたじゃないですか。 結構やばいときもあったんすけど、そのたびごとに助けが入ったんすよね。 情報も、細かいところまで知ることができたし。 今思うと、リノアさんのお父さんが助けてくれていたのかもしれないっすね・・・・・。」 「・・・・・・・そうか。」 あのひとがやりそうなことだ、と俺は思った。 カーウェイ氏とは何回か話をしたことがあったが、その時いつもリノアのことを心配していた。 「きっと、リノアさんは大丈夫っすよね。 スコールさんといるんですから。 リノアさんのこと、よろしくお願いします。」 「ああ。」 俺が頷くと、ワッツは心から安心したかのように笑った。 *** リノアが好きだという、ティンバー全体が見下ろせるプラットフォーム近くの橋。 町を離れる前にここに来たい、とリノアが言った。 「ありがとうね、スコール。」 前を見つめながら、リノアは言った。 「・・・・・・・いいや。」 あの戦いの時にも、ここで町を眺めていたリノア。 あの時から、俺たちはなんて遠くまで来たのだろう。 あの時と同じ風景はもう、帰ってはこない。 「・・・・・・・・あんたたちの仲間は、本当にいい奴ばっかりだったんだな。」 「でしょ。」 そう言ってリノアは微笑む。 まるで、帰ってこない風景を懐かしむかのように。 「俺と、出会わないほうがよかったか・・・・・・?」 俺は思わずそう尋ねてしまった。 彼女の過去が幸せだったのがわかればわかるほど。 今の彼女が痛ましい。 好きで望んだわけではない力のせいで、彼女の羽はもがれたまま。 俺と会わなければ、魔女になることはなかった。 いつまでも自由に生きられた。 ぺしっ。 軽く頬を叩かれて、俺ははっとする。 目の前には、少し怒った顔のリノアがいた。 「わたし、あなたに会えてよかったよ? どうしてそんなこと思うの?」 「俺に会わなければ、こうはならなかったかもしれないんだぞ・・・・?」 俺がずっと心にひっかかっていたことを言うと。 リノアはいつものように笑った。 「別に、スコールに会わなかったとしても、こうなってたかもよ? わたし、ガルバディア人だし。」 「それにね、わたし、どんなに幸せだったとしても、昔には戻りたくない。 そこにはあなたがいないもの。 反対に、どんなに辛くったって、あなたがそこにいる、今の方が幸せだと感じる。」 過去に戻りたくないのは、俺も同じ。 そこにはリノア、あんたがいない。 俺は後ろからリノアを抱きしめた。 俺に抱かれたまま、リノアはやっぱり前を見つめている。 「わたしは、これから先の未来をあなたと歩いていきたい。 そういう未来が欲しいよ。 昔は今があればいいと思っていたけど・・・・・・・、欲張りになっちゃったのかな?」 そう言って花がほころぶように笑った。 「これからも、色々あるだろうけど、そのために、頑張るよ、わたし。」 「ああ、俺も頑張る。二人でやっていこう。」 俺がそう囁くと。 リノアも嬉しそうに頷いた。 *** いつも曇らない瞳で、まっすぐ前を見つめる君が、俺にとってどんなにまぶしいか、君は知らない。 そんな君の本質に、俺は惹かれてやまない。 願わくば、そんな君にふさわしい人間になれるように。 俺も前を見据えて生きていく。 失われた風景は戻らないけれど。 そこにはきっと新しい風景が俺たちを待っているはずだから。 |
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