〜part3〜 どうして君の顔が浮かぶのだろう いままで、誰かのことを思い浮かべるなんてなかったのに フュ−リ−は出勤すると、情報戦略部組織戦略課に向かった。 ここは、全ガルバディア軍所属の者のデ−タを監理している部署である。 同期では比較的仲の良かった、シエラ・マクリーンは、ここに配属されていた。 「こんにちは、後方支援課の、フュ−リ−・カーウェイと申しますが、シエラ・マク リーン二等兵はいらっしゃいますか?」 「ああ、あの!!ちょっと待っててね。」 どうして、いつも自分が他の課を訪ねると、「ああ、あの!!」と言われるのであろ うか。 やはり、自分は変わり者で有名らしい。 別に、フュ−リ−は変わり者で有名な訳ではない。 いや、もちろん、その点でも有名ではあったが、なによりフュ−リ−自身は全く気付 いてないが、女性関係者の間では密かに人気があったのだ。 繊細な美貌は、身なりを全くかまわなかったとしても、全く損なわれることはなく。 無口でストイックな雰囲気とあいまって、女子の間では、非常に人気があった。 「あら、どうしたの?珍しいじゃない、朝っぱらからやって来るなんて。」 「おはよう、シエラ。今日の昼メシの予定は決まっているか?」 シエラ・マクリ−ンは、驚いた。 いつも、ランチなどに誘うのは、自分からばかりであったのに。 「いいえ、決まってないわよ?」 「ちょっと、外に食べに行かないか。」 「そうね、久しぶりだし。嬉しいわ。じゃあ、いつものところでかまわない??」 「ああ。」 フュ−リ−が立ち去ると、遠巻きに眺めていた事務の子が口々にシエラに話し掛け る。 「いいな〜、シエラさん。フュ−リ−さんと仲良くって。事務の間でも、評判なんで すよ〜、フュ−リ−さんって無口だけど、本当に困った時はさりげなく助けてくれ るって。しかも、あんなにかっこいいし。」 「学生時代から、ずっとつきあってるんですか〜?」 シエラは慌てて否定する。 「いいえ、わたしたちはそんな仲じゃないわよ。ただ、同期で仲がよかったってだ け。」 「ホントですか〜?でも、お二人、とってもいい雰囲気ですよ??」 「気のせいよ。」 適当に事務の子をあしらうと、シエラはほうっとため息をついた。 そう。自分とフュ−リ−の間には、なんの関係もない。 しかし、シエラは、密かにフュ−リ−のことを思っていた。学生時代からずっと。 なんの進展もなく、ただの友達として過ごしてはいるけれど。 (でも、それでいいの。あなたの一番近いひとでいられるなら。) 「おう、お疲れさん!!とりあえず、午前はここまでだな。」 「はい、ありがとうございました、キャリッジ先輩。」 「フュ−、この分だと、予定の三分の二は今週中に終了だな。う〜ん・・・・・ ・。」 「・・・・・・・・なにか、いけませんか?」 「まあな、ちいっとばかし、進度が速いかもな、他の連中と較べて。もしかしたら、 来週、進度調整するかもだぜ。残りの過程は、合同講義になるから、他の連中を待っ てなきゃならないんだよ。このトレ−ニング終わらせないと、他の仕事のヘルプもで きないしな。」 「あ、じゃあ、その時、ちょっとした調べ物をしてもかまわないでしょうか?」 「いいけど、なんだよ、それ。」 フュ−リ−は、ジュリアの悩みについては誰にも話すつもりはなかった。 もし、話せるようなことならば、もうとっくに誰かに相談していただろうと思うから だ。 彼女は自分と違って、たくさんの友人を持っているだろう。 彼女が友人達に相談しなかったのは、友人達を心配させたくなかったからであろう。 それならば、自分は、そのことを心の中にしまっておいたほうがいい。 「たいしたことではないのですが。昔から、ヒマができたら調べてみたかったものが あるので。」 「ふうん??まあ、あんまりムリするなよ?なんだったら、有給とってもかまわない んだから。」 ウェインは、別に追求することはしなかった。 フュ−リ−が唯一知っている、ウィンザーシティのカフェ。 学生時代から、ここの安い割りに量が多く、味もいいランチを気に入っていた。 まだ、どうやらシエラは来ていないらしい。 フュ−リ−はとりあえずコ−ヒ−を頼んで、席で彼女を待つことにした。 こういう、何もすることのない手持ち無沙汰な時間の時にいつも頭をよぎるのは、 ジュリアのことだった。 悩んでいる女性に対して、どうしてもっと気のきいたことを言えなかったのか。 彼女は真剣に悩んで苦しんでいた。それが分かったから、できるだけ誠意を持って自 分の考えを言ったつもりだった。 しかし、後から思い出してみると、どう考えても彼女の悩みを解決したとは言い難 い。 ただ、話を聞いて、あいづちをうっただけだ。 しかし、彼女は、自分のつたない受け答えにも気分を害することなく、微笑んでくれ た。それがフュ−リ−には嬉しかった。 だから、そのかわりと言う訳ではないが、なんとかしてやりたかったし、真剣に歌と 向き合っている彼女を手助けしてやりたかった。 とりあえず、自分にできそうなこと。 それは、ジュリアの好きな男の行方を捜してやることだ。 でも、その後は? フュ−リ−は少し、胸が痛くなった。 「ごめんね〜、大分待たせちゃったかしら?先、食べててよかったのに。」 シエラは、走ってやってきた。 「いいや、大丈夫だ。急に誘ったのは俺だしな。」 「ホント、ごめんね。こんなことって滅多にないのに。」 早速ランチを注文し、シエラは、話を切り出した。 「で?なにか、わたしに頼みがあるんじゃないの?」 「・・・・・・・なんでそう思う。」 「だって、あなたから誘うなんて、それぐらいしか思いつかないもの。どう、はずれ てる?」 「はずれてないが。」 「やっぱり。たまには、そういうことなしで誘ってよね。で、何よ?」 シエラは、フュ−リ−にとって、数少ない友人だ。 女子にしてはさっぱりとした性格で、頭の回転も早い。 士官学校時代は、シエラとビンザーとフュ−リ−の三人でトップを争っていたので、 いつも一緒にいるようになった。 「実は、人を探しているんだ。一般兵で、しかも、遠征もしくは調査にかりだされて いる奴なんだが。」 シエラは目を剥いた。 「ちょっと、フュ−!!一体、外回りの一般兵がどれだけいると思ってるの!?」 「わかっている。とりあえず、その条件にあう人間をすべてピックアップして、俺に 送ってくれないか。」 「多分、3000人超えるわよ?リストに目を通すだけでも一苦労よ。あなた、仕事だっ てあるんでしょ?どうやって探す気??」 「・・・・これから、少しヒマになるんだ。それを使うから大丈夫。」 「ヒマになるって、それは、、あなたが仕事を頑張りすぎるからでしょ!?休みは休 みとして使いなさいよ!!体壊すわよ!?」 いくら言っても、この頑固な友人は、一度決めたら、絶対に変えることをしない。 だから、余計に心配なんじゃない。 シエラは軽く頭を振って、ため息をついた。 「シエラ?心配してくれるのは有難いが・・・・。」 「・・・・・・んもう!わかったわよ!!でも、約束してよ?絶対にムリはしないっ て。」 「ああ、わかった。」 「ホントに?」 「ああ。」 シエラは、もう一つため息をついた。 「・・・・・・・ちょっと時間かかるかもよ。なんせ、膨大な人数だから。顔写真付 きのリストがいいんなら、ファイルにするわ。出来次第、あなたに届ける。 これでいい?」 「すまないな、迷惑をかける。」 「いいわよ。頼ってくれて嬉しいわ。」 *** 一週間後。 フュ−リ−は仕事を終わらせて、ジュリアとの約束を果たすため、クラブへと向かっ た。 シエラのリスト作りはやはり手間がかかるらしく、まだできあがっては来なかった。 シエラにも仕事があるのだ。しかも、今は徴兵シ−ズンでもあり、シエラの部署は 今、大変に忙しい。 私用での頼みごとである以上、シエラをせかす訳にもいかず、気付いたら、約束の日 になっていた。 ジュリアを喜ばせてあげられるものが何もない。 手ぶらで彼女に会うのも気がひけるので、フュ−リ−はお菓子屋に寄って、小さな チョコレ−トを買った。 クラブに着くと、そこは人で溢れかえっていた。 様々な人々でごった返す様子を見て、フュ−リ−は少し驚いた。 やはり、自分は来るべきでなかったかもしれない。 帰ろうかと思っていると、後ろから、ぽんと肩をたたかれた。 「どうしたの、ハンサムな軍人さん?せっかくのライブ見ていかないつもり?」 声に聞き覚えがあった。 でも、まさかという思いが強い。 ゆっくり振り返ると、フュ−リ−はため息をついた。 「あんた、こんなとこで何をしてるんだ。」 声をかけたのは、ジュリア本人であったのだ。 「えへへ。驚いた?」 にっこり笑う、彼女に頭を抱えたい気持ちになりながら、フュ−リ−はジュリアに囁 いた。 「・・・・・・・いくら変装してるからといっても、これだけのファンの中にはあん たのことが分かる奴もいるだろうに。危険すぎる。」 「いままで、見つかったことないよ?」 そう言って、ジュリアは可愛らしく小首をかしげた。 彼女は、赤いショ−トのかつらをかぶり、メガネをかけていた。 「今までは見つからなくても、これからはどうだかわからないぞ。」 「うふふ。」 「・・・・・・・・何か?」 「ううん。本当に優しい人なんだなあって思ったの。あまりよく知らないわたしのこ とも、いつもちゃんと考えてくれてるから。」 嬉しそうに笑うジュリアを見て、フュ−リ−はなんともいえない気持ちになった。 この、綺麗な人は、自分のことをまったく分かっていない。 新人とはいえ、かなり有名な歌手で、彼女のことを知らない人間はほとんどいないと 思われるのに。 よくいままで無事であったものだ。 でも。 心配する反面、偶然とはいえ、こうしてジュリアに会えて、少し嬉しい気持ちがする のも、また事実。 フュ−リ−は、お小言をジュリアに言いながらも、顔がほころぶのを止められなかっ た。 フュ−リ−はくじにはずれ、席をとることはできなかった。 しかし、後ろの隅のほうに、立ち見で入ることはできた。 「ドリンク何になさいますか〜?・・・・て、あら?フュ−リーじゃない?」 「リ−ナさん。こんばんは。」 「なあに、ジュリアのファンになっちゃったの?」 くすくすとリ−ナに笑われ、危うく否定しそうになったが、彼女の歌が好きなのは事 実なのでフュ−リ−は黙っていた。 「はい。ご注文のロック。」 「ありがとうございます。」 「あのね、これからは、リ−ナさんじゃなくって、リーナって呼んでね?」 リ−ナはそう言ってドリンクを置いていった。 いつものようにジュリアはステージにあがり、客席をぐるりと見回す。 でも、その表情は今までのように悲しげではなく、どこか楽しそうであった。 そして、ジュリアは、端のほうにいるフュ−リ−に気がつくと、にっこり笑って小さ く手を振った。 (どうやら、今までの悩みは吹っ切れたみたいだな。) フュ−リ−は少し安心した。 そして、彼女のしなやかな強さは美しいと思った。 たとえ心に痛みを抱えていたとしても、ちゃんとそれと向かい合って逃げない。 もし、自分だったらどうしただろうか。 ジュリアのように強く前を見て生きていけるだろうか。 フュ−リ−はジュリアから目を離せなかった。 「どうだった、今日のわたし!!」 舞台がはねてから、ジュリアは急いでフュ−リ−のところにやって来た。 興奮しているのだろう、すこし紅潮した頬が艶かしかった。 「とてもよかった。歌の楽しさに満ち溢れていたステージだったと思う。」 「本当に!?嬉しいな。ちょっと待っててね、急いで着替えてくるから。お茶しま しょ。」 ジュリアはそう言うと、楽屋のほうへと走っていった。 とても淑やかなドレスを身につけているというのに、端をはしょって走るジュリアは まるで町娘のようで、なんだかフュ−リ−にはおかしかった。 くすくす笑う声が聞こえたのであろうか。 向こうのほうから、何笑ってるの〜!?というジュリアの叫び声がして、フュ−リ− は大笑いしてしまった。 (こんなに笑ったの、久しぶりだな。) リ−ナがコーヒーを二つ持ってきてくれた。 「あの子がこんなに明るいの、久しぶりだわ。ありがとね、フュ−リ−。」 「どういうことですか、リ−ナ?あ、俺のことは、フュ−で構いませんよ。」 「そう?じゃ、フュ−。ここのところ、あの子ずっとふさいでたの。わたしもウェイ ンも何かジュリアが悩んでいるらしいってことは気付いてたんだけど。でも、何もし てやれなかった。あの子もわたしたちに心配させたくなかったのかもしれない、わた したちの前ではムリしてはしゃいでて。それがわたしたちには辛くてしょうがなかっ たの。」 リ−ナはコーヒーをすすりながら、ぽつぽつと話した。 フュ−リ−は相槌をうつことなく、黙って聞いていた。 「でもね、あなたに会ってから、ジュリア、ちょっと変わったみたい。きっと、あな たのおかげなのね。お礼を言うわ。」 「・・・・・・別に、俺は何も。」 何もしていないのは本当なので、フュ−リ−はリーナに軽く否定をした。しかし、リ −ナは首を振った。 「ううん、何もしていなかったとしても、あなたの何かによってジュリアが癒された のは確かだから。」 癒されたのは自分のほうだ。 彼女の歌や微笑、それらを感じると心が暖かくなる。 しかし、心が暖かくなるのと同時に、小さな痛みも感じるのはどうしてだろう。 フュ−リ−は軽く頭を振った。 「どうしたの?ふたりで仲良く話し込んじゃって。」 ジュリアが普段着に着替えて戻ってきた。 「ううん、こういう店にフュ−が来るのって珍しいことだな〜って思って。だって、 ウェインから聞いた話だと、フュ−っていつも、官舎と職場の往復しかしてないらし いから。」 「え〜、そうなの?じゃあ、誘っちゃって悪かったかなあ?」 「え?今日って、ジュリアが彼を誘ったの??随分彼がお気に入りなのね!じゃあ、 わたしは消えるわ。お二人さんごゆっくり〜♪」 リ−ナはそう言うと、ジュリアのコ−ヒ−を置いて、向こうへ行ってしまった。 フュ−リ−はリーナの言ったことを否定しようとしたが、否定する間もなかった。 ジュリアが自分と会ってくれるのは、彼女の探し人を探しているから。 ただ、それだけの関係なのに。 「悪かったな。」 「え?何が?」 「リ−ナが誤解しているみたいだから。あんたにはちゃんと好きな人がいるのに な。」 彼女には好きな人がいる。 今までずっと心の中で思っていたことを口に出しただけなのに。 それなのに、どうしてこんなに辛いんだろう。 「ん?わたし、フュ−リーさんのことも好きよ?わたしも、フュ−って呼んでもいい ?」 そんな風に微笑みながら言わないで欲しい。 最初から望みのない気持ちなはずなのに、期待してしまうから。 最初から望みのない気持ち? 一体、どんな望みを抱いているというんだ?? 別に、人探しをすることを請け負っただけではないか。 「別にかまわない。俺たち、同い年だしな。」 「わたしのことも、ジュリアって呼んでね?」 「わかった。ジュリア。」 フュ−リ−が彼女の名前を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。 そのあまりの美しさについ見とれそうになりながら、フュ−リ−はチョコレートを差 し出した。 「すまないな。まだ、一般兵のリストができあがっていないんだ。もし、出来上がっ てきたら、あんたに見てもらうから。そうすれば、人物の特定ができるだろう?今日 は、とりあえず何も成果がなかったから、たいしたものじゃないけど・・・・。」 「・・・・・・これを、わたしにくれるの?」 「何が好きかわからなかったから。」 「わたし、チョコレ−ト大好き!!ありがとう!!!」 ジュリアは本当にチョコレ−トが好きらしい。 早速包みを開けて、一個口にほうりこんだ。 「うん!おいしいよ。フュ−も食べる?」 そう言うや否や、二つ目のチョコレ−トをつまみ、フュ−に差し出した。 「・・・・・・うん。うまいな。」 「でしょ〜?でも、いいのかな、わたし。フュ−にもらってばかりで、何も返してな いよ・・・・・。」 「今日、歌を聞かせてもらった。いい歌だった。ジュリアが心の底から歌が好きなの がよくわかった。」 ジュリアははじかれたように顔を上げて、フュ−リ−を見つめた。 そして、大輪の華がほころぶかのような鮮やかな微笑みをうかべた。 「ありがとう。わたしがいい歌を歌ったとしたら、それはきっとあなたのおかげ。」 「・・・・・・・別に俺は何も・・・・。」 「ううん。あなたのおかげ。あなたのおかげでわたし、歌ともう一度向き合えるよう になったから。」 楽しそうに笑うジュリアは、今まで見たどんな彼女よりも美しく見えた。 やはり、彼女は明るい笑顔がよく似合う。 いつも彼女の明るい笑顔を見ていたい。 誰にも見せたくない。 たとえ、彼女の好きな男にも、渡したくない。 そういう感情を把握して、フュ−リ−はある結論にたどり着いた。 そうか。 俺は彼女のことが好きなのか。 今まで、良くも悪くも、感情が一つのところに留まることなどなかった。 河の流れのように、フュ−リ−はものごとをありのままに受け入れていた。 まわりが恋の話題をしていても、そういう感情があるのかと思っただけだった。 そうか。 いつも彼女のことを考えてしまうのは、俺が恋をしているからか。 今まで、何も執着することのできなかった自分なのに、初めて執着するという感情を 教えてくれた彼女。 でも、彼女には好きな人がいる。 そして、自分と彼女との接点は、その男を探すこと、それだけだ。 それでも、かまわない。 彼女が喜ぶのなら、なんだってする。 少し、胸の痛みはあるけども。 でも、この痛みさえ、彼女がくれたものだから。 ジュリアに、次の週もライブに来ることを約束して、フュ−リ−は官舎に帰った。 とりあえず、来週もジュリアに会える。 その後のことはわからないが、でも、きっと彼女に会いに行くだろう。 そんな自分も嫌いじゃない。 フュ−リ−はそう思った。 |
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