〜part5〜


 
 
君にはいつも微笑んでいてほしいから
もう、つらい思いはさせたくないから
この気持ちに気付かれないよう、蓋をする



 
 
 
この年。
東の大国エスタの支配者、魔女アデルが全世界に向けて、宣戦布告する。
ついに、魔女戦争が始まった。
まだ、一般の人々に影響はでていなかったが、軍部内では緊張が走っていた。




 
「すみません、組織戦略課のシエラ・マクリーンですが。フュ−リー・カ−ウェイ二
等兵はいらっしゃいますか?」



後方支援課にシエラが訪ねてきたのは、そんな時だった。



「あら??シエラじゃん。どうしたの?こんなとこで。」
「あら、久しぶり、ラリ−タ。卒業以来かしら?」




ラリ−タ・メメンディは、フュ−リーとシエラの同期にあたる。
ラリ−タはそれほど出来るタイプではなかったので、この後方支援課に配属になっ
た。
士官学校では、女子の比率が少なく、圧倒的に男子ばかりだ。
実際、フュ−リ−たちの期でも、女子はたったの15人だけ。
それで、女子はたいがいみんな仲が良かった。




 
「カ−ウェイくんね、もうちょいしたら戻ってくると思うわ。」
「・・・・・・どうかしたの?」
「また、いつもの呼び出しよ。今からでも遅くないから、中央戦略システム部へ転属
しろっていう。エスタと戦争になったじゃない?だから、余計に引き抜きが激しく
なったみたいね。」
「そっか。フュ−、もともと、中央戦略のほうで欲しがってたんだもんねえ。」
「なんでこんなとこにいるのか、知ってる?彼女でしょ、シエラ。」
「もう。ラリ−タ、知ってるでしょ?わたしとフュ−はそんな関係じゃあありませ
ん。」




ラリ−タは、くすっと笑って首をすくめた。




「ホントに、在学中からウワサになってたのよ?シエラはいったいどっちが本命だっ
たのか〜って。ちなみに、わたしはカ−ウェイくんに一口賭けてたけど。」
「もう、みんなでそんなことして遊んでたの?」
「まあ、いいじゃない。あなたたち三人、すっごくお似合いだったからね。・・・・
・・・と、カ−ウェイくん、戻ってきたみたいよ。」




 
ラリ−タはそう言うと、フュ−リ−の内線にコ−ルした。




「もしもし、受付です。カ−ウェイ二等兵、面会の申し込みがきています。」



しばらくすると、フュ−リ−がやってきた。



「ああ、シエラ。すまないな。わざわざ。」
「ううん、ちょっと、話もあって。」
「そうか。じゃあ、ちょっとお茶しようか。メメンディ。少し席をはずすから。」
「は〜い、いってらっしゃ〜い。」



 
 
自販機のコ−ヒ−を二人分買い、シエラの待っているテ−ブルの方へ向かう。
ついに、リストが出来たのかもしれない。
フュ−リ−は少し、どきどきしたような気持ちだった。




 
早く、ジュリアの好きな男をみつけだしてやりたいと思う反面で。
結果がでてしまったら、自分たちはどうなるんだろうという不安が巻き起こる。



もともと、ジュリアの頼みを聞いてあげたところから始まった、二人の関係。
その頼みをすべてやり遂げてしまった後、ジュリアははたして自分と友達でいてくれ
るだろうか。
人づきあいのうまくない自分は、どうしたらジュリアが楽しんでくれるかわからなく
て。
こんな面白みのない自分では、ジュリアを繋ぎとめておく自信がなくて。
最近ではフュ−リ−は、シエラのリスト作りが長引いてくれればいいのになどと思っ
たりもした。




 
そんな自分がますます嫌になる。
彼女が幸せならそれでいいじゃないかと、本心から思っているのに。
でも今があまりにも楽しいから、このままずっと続いて欲しいと思ってしまう。



 
 
「ごめんね、遅くなって。これ、とりあえず人だけピックアップしたやつなんだけ
ど。時間なくって、分類まではできなかったの。」




シエラは、分厚いファイルを取り出して、すまなさそうに謝った。



「いや、これだけファイリングするだけでも大変だったろう。すまない、迷惑をかけ
た。」




フュ−リ−はシエラに感謝した。
人をピックアップするだけでも、この人数分は大変だったであろう。しかも、運悪く
徴兵シ−ズンと重なったせいで、シエラの忙しさは普通ではなかったはすだ。




「今日、夕飯あいてるか?」
「え?」
「お礼に、なにか奢る。食べたいものとかあるか?」
「いいわよ〜、そんなの。」





シエラは遠慮していたが、フュ−リ−はそれでは気がすまないと言って、今晩の約束
をした。
 



 
***



 
 
「すいません、キャリッジ先輩。前から言っていた進度調整、今日の午後からはいっ
てもよろしいでしょうか?」




シエラからファイルを受け取った後、フュ−リ−はすぐにウェインのデスクへ向かっ
た。



「おう、いいぜ。なんだったら、有給もとれるぞ?」
「いや、そこまでしなくても大丈夫です。」




「なあ、フュ−。」



いきなり、改まった顔で、ウェインはフュ−リ−に話し掛けた。



「なんでしょうか。」
「お前さ、ジュリアとはいつまでもいい友達でいてやってくれな?」




唐突にそんなことを言われて、フュ−リ−は少し面食らった。
フュ−リ−が黙っていると、ウェインは恥ずかしそうに笑った。




「いやあ、リ−ナに言われてさ。ジュリアって、今まで同じ年くらいの友達が出来な
かったんだよ。あいつ、昔っから可愛かったから、女のコには敵視されるわ、男は下
心満載で近づいてくるわで。お前が始めての友達なんだよ、あいつにとって。」




フュ−リ−は少し驚いた。
ジュリアは明るく、友達がいないようには見えなかったのだ。
でも、少し嬉しかった。
友達としてでも、自分が必要とされているのがわかったから。





「ジュリアが友達でいたいと思ってくれている間は、自分はジュリアの友達でいたい
と思っています。」
「ありがとうな、フュ−。なんかさ、俺とリ−ナって、ジュリアの親みたいな気持ち
になっちゃうんだよなあ。うん、お前なら安心だ。お前、いい奴だもんな。」




面とむかって褒められることに慣れてないフュ−リ−は少し赤くなった。





 
 
早速、シエラから受け取ったファイルを開く。
シエラは分類はまったくしていないと言っていたが、それなりには分類されていた。
しかしそれでも、このファイルをそのまま使ったのでは、時間がかかってしょうがな
い。
フュ−リ−はジュリアが見やすいように、分類を始めた。




 
最近、ジュリアはよくその男のことを話す。
話している彼女は生き生きと光り輝いていて、そんな彼女を見るのは好きだった。
自分ではなく、他の男のために綺麗なのだと分かっていても。
それでも、きっと、彼女のこんな姿を見られるのは自分だけだ。
自分だけではなく、フュ−リ−にも恋が上手くいって欲しいと彼女は願っているよう
で、しきりに好きな女の子はいないのかと聞いてくる。
その度ごとに、切ない気持ちにはなるのだけれど。





 
でも。
それでいい。
ジュリアが嬉しそうに笑っていてくれるだけで、こんなにも心が暖かくなるから。
恋はしていなくても、ジュリアが自分のことを大切に思っていてくれるのは確かだか
ら。





 
(まず、50代以上の者は除外だな。)
その分のリストをはずす。
ジュリアによると、その男は黒髪だったらしい。
そこで、黒髪以外のリストをはずすと、その時点で半分ほどになった。
ガルバディアはもともと黒髪の人が多い国だ。黒髪にしぼった時点でまだ半分なのは
仕方ない。




 
(次は、蒼い目だと言っていたな。)
蒼い目以外のもののリストをはずした。
ここで、およそ100人ほどに絞ることができた。
 




(・・・・・・・・それでも100人か。)
これ以上はしぼることはできなかった。
これ以上絞ると、万が一、その男をうっかり除外することになりそうだ。
少し人数が多いので、これをジュリアにチェックしてもらうには時間が少しかかるか
もしれない。




(明日一番に、ジュリアの自宅に行こう。)




幸い、明日はもともと非番の日だ。
もし、ジュリアがいなかったら、待っていればいいだけのことだ。
ポストに入れて帰ることは、軍の秘密書類にあたるので、できればしたくなかった。
 
 




ここまでやり終えて、フュ−リ−はため息をついた。
黒髪で、蒼い目の男。
自分も全く同じ外見である。
 




やっぱり、俺の外見が似ていたから、ジュリアは俺に声をかけたんだろうな。
なんとなくわかってはいた。
時々、ジュリアが自分のことをまぶしそうに眺めるから。
そのたびごとに、ジュリアのこころをそこまで掴んだその男に嫉妬する。
 
 




恋をすると、素晴らしい気持ちになる反面、とてもつらい気持ちにもなる。
今まで、自分は知らなかったことだ。
でも、知らなかった頃の自分には戻りたくはない。
 
 



***





 
やだ、やっぱりちょっと延びちゃった。



 
シエラは慌てていた。
なんせ、今日の夕飯は、フュ−リ−と一緒なのだ。
本当は、早退して、おしゃれしてから行きたかったのだが、今殺人的に忙しいこの課
では、早退などできるわけもなく。
なんとか、定刻どおりにあがるので精一杯だった。




 
(もっと、可愛いカッコでくればよかったな。もう、急になんだもん、フュ−って
ば)



そんなことを思いつつも、シエラは嬉しくてしょうがなかった。
今まで、ランチをいっしょしたことはあっても、ディナ―を食べたことはない。
初めてのデ−トみたいで、心が浮き立っていた。
 




「よう、シエラ!待ってたんだぜ?」
「ビンザ−!?」




軍舎をでたところで、シエラはいきなり声をかけられた。
声をかけた男は、ブルネットの髪に、茶色の瞳の男。
シエラと仲の良かった、ビンザ−・デリングだった。




 
ビンザ−は、三人の中では一番マトモに、エリ−トコ−スへいった。
普段だったら、このようなところで会うことはない。
ビンザ−のいる、中央戦略システム部は軍統括本部にあるので、建物が違う。




「やだ、こんな寒いとこでずっと待ってたの?」
「大丈夫だよ。それより、フュ−は?」
「もう上がったんじゃないかしら。・・・・・・・どうかしたの?」
「ん〜・・・・・、ちょっと、話したいことあってさ、シエラとフュ−に。」





ビンザ−がそんなことを言うのは珍しいことだ。
何か、悩みでもあるのかしら。
本当は、二人でのディナ―を楽しみたかったところではあるが、親友からそんなこと
を言われては聞いてやらない訳にはいかない。
フュ−も大事だが、ビンザ−のことも別の意味で大事なことには変わりない。
そこで、シエラは、今夜のディナ―にビンザ−も誘うことにした。
 




 
いつものカフェでフュ−リ−はコーヒーを飲みながら、シエラを待っていた。




「ごめんなさい、遅れちゃって。」
「いや、そんなことは・・・・・・って、ビンザ−?お前、一体どうしたんだ?」
「いや〜、二人がメシを食うってんだったら、便乗させてもらおうと思ってさ。
ちょっと、話したいことあるんだよな〜。」




珍しい、とフュ−リ−は思った。
この、豪放磊落な友人は、あまり悩むことをしない。
そこがフュ−リ−にはたまらなく魅力であり、そんな彼だからこそ、二人は仲がよ
かったとも言えるのだが。
この友人がそんなことを言うのは、やはりよほどのことであろう。
シエラもそう思ったからこそ、今日のディナ―に誘ったに違いない。




 
「悪いな〜。ホントはデ−トだったんだろ?」
「ち、違うわよ。たまたまよ。ね、フュ−?」
「ああ。」
フュ−リ−はあまり店を知らないので、ビンザ−お勧めの店に行くことになった。




 
「ここだ。結構上手いガルバディア料理食べさせるんだぜ?」
ビンザ−の勧める店は、シティの中心部にあった。
なかなか、活気に溢れる店であった。
「あ、二人とも、ガルバディア料理で構わなかったか?」
「うん、いいわよ。」
「ああ。」



 
 
その店が出す料理は、どれも伝統にのっとりながらも斬新な盛り付けで、なかなかお
いしかった。




「ここ、いいじゃない。こんなお店があるの、知らなかったわ。」
「だろ−。ま、俺も先輩に教わったんだけどさ。」
「・・・・・・・ビンザ−、何かあったのか?」



フュ−リ−が話を切り出すと、ビンザ−は困ったように頭をかいた。




「お前って、ホント直球勝負だよなあ。ま、いいけどさ。そんなところが気にいって
るし。」




ビンザ−は、ワインを一口飲むと、急に真面目な顔になって切り出した。




「・・・・・・・実は、結婚することになった。」
「よかったじゃないか。」
「随分早いわね。そんな相手がいたことも知らなかったんだけど?隠してたの?」
「知る訳ないよ、そりゃあ。だって、先週知り合ったばかりなんだから。」




フュ−リ−とシエラは顔を見合わせた。
電撃結婚にも驚いたが、あまりビンザ−が幸せいっぱいそうでないのも気にかかる。





「・・・・・・・どういうこと?」




シエラが遠慮がちに切り出すと、ビンザ−は少し微笑んだ。




「先週、軍の任務で大統領公邸のパ−ティ−の警備を行ったんだ。そんときに、どう
も、今の大統領令嬢に見初められたらしいんだな。」
「らしいって・・・・、どうして、らしい、なんだ?」
「本人から聞いてないからだよ。もともと、その任務は、エリ−ト将校を集めての見
合いだったらしい。そのなかで、おめがねにかなったのが、俺らしい。まだ、本人と
話したことはないんだが、今日、正式に結婚の話を将軍から聞かされた。」
「ねえ、そんなんでいいの!?断れないの!?」
「・・・・・・俺は、受けようと思って、その話。」




 
ビンザ−の答えに、フュ−リ−は驚愕した。
別によく知らない女と結婚しようとしている親友が信じられなかった。




 
「それで、今度の大統領選挙に出馬しようと思うんだ。」
「お前、それは、政略結婚というやつか?そんなことをして、誰も幸せにならない
ぞ。だいたい、どうして大統領になりたいんだ?」




ビンザ−は、真剣な表情で、二人を見つめた。




「俺の国を守りたいからだよ。」




 
「俺の部署は、中央戦略システム部だから、今の自分の国の状況がかなり正確にわか
る。こないだ、エスタの魔女、アデルが宣戦布告したのは知ってるよな?」
「ええ。」



「今のこの国の力では、必ずエスタに負ける。ガルバディアは、資源に乏しい国だ。
エスタの科学力には今現在、まったく対抗できない。エスタに占領された国がどんな
運命をたどっているか知っているか?男はもれなく奴隷として、強制就労。女はアデ
ルとの適性を調べるために強制収監だ。そして、人々は自国に返されることはない。
いい例が、アルバトロス公国だ。去年エスタに侵略されて、今では無人の島と成り果
てている。」



そこまで言うと、ビンザーは一息いれて、そして二人を真っ直ぐに見た。




「俺は、この国を守りたい。この国の人々がそんな目にあうのは我慢できない。で
も、今の政権でこの国を守るのは無理だ。この間の宣戦布告に大統領府はすっかり怯
えている。この間など、早めに降伏したほうがいいのではないかなどと言っていた。
今の政権が役に立たないのなら、俺がやる。
もう、時間はないんだ。今回のことは、俺にとって、二度とないチャンスだと思って
いる。」
 




ビンザ−の考えていることはわかる。
しかし、あまりにも結論を急ぎすぎているのではなかろうか。




 
シエラもそう感じたらしい。



「でもね、ビンザ−。アルバトロスは、最後まで徹底抗戦したから、そんなことに
なっちゃったんじゃないかしら?今のうちに降伏すれば、そこまで酷いことにはなら
ないと思うの。大統領も、そうお考えなのだと思うわ。」
「甘いよ、シエラ。魔女っていう人間はね、人間では計り知れない力を持っている上
に、非常に残忍な生き物なんだよ。奴らは、人が苦しんでいるのを見るのが好きなの
さ。そして、自分の欲望を満たすためだったら、なんだってやるんだよ。」





フュ−リ−は、ビンザーの言った内容に驚いた。
この友人は、今まで、そんなことを言うような人間ではなかったはずだ。
その視線に気付いたのだろうか、ビンザ−は苦い笑いを浮かべた。




「俺が、どうして孤児になったか知らないから。フュ−。俺の村の人間はね、魔女に
虐殺されたんだ。俺はその時、戸棚に隠れていたから、助かったけど。しかも、滅亡
させられた理由が、新しい魔法を試してみたかったから、だとさ。あいつは、村人を
ただの的にしたんだ。」




「その時の俺には、何も出来なかった。両親に隠れて、戸棚で遊んでいただけだった
のに、気付けばあいつがやってきて、村のみんなを殺していったんだ。あいつの顔は
この目に焼きついてる。忘れたくても、忘れられない。」




「中央戦略システム部にはいって、各国指導者の顔を初めて見たときは驚いたね。俺
の村を滅ぼした張本人が、まさかエスタの国主になっているなんて。」
 




フュ−リ−とシエラは何も言うことができなかった。
ビンザ−が孤児であったことは知っていたのだが、そのいきさつがこれほど酷いもの
だとは知らなかったのだ。




「俺はね、昔のようなちいさな子供ではない。もう、自分の国の人々には、あんな目
に遭って欲しくない。だから、そのためには大統領になる。そして、この国を守り抜
いてみせる。今回のことは、まさに天からの贈り物としか思えない。」


「・・・・・・・しかし、ビンザ−。お前、それでいいのか?令嬢を愛せるのか?」





ビンザ−は少し、びっくりしたような顔になった。




「フュ−、お前がそんなことを言うなんてな。さてはどこかにいい人でもできたか
?」
「俺のことはいいだろう。今はお前のことだ。」
「俺は、別に令嬢を嫌いだとは言っていないぞ?むしろ、多分好きになれそうな人だ
と思っている。結婚してから始まる恋があったとしてもいいじゃないか。」
「・・・・・・・それならいいが。できるだけ彼女を愛してやることだ。でないと、
お前はお前のために幸せになれない。」




ビンザ−は穏やかに微笑んだ。




「ありがとう。これからも、俺の友人でいてくれ。」
「ああ。」
「もちろんよ。」




 
「さ、俺の話は終わり!なんだか、暗くなっちゃったって悪いな。続き、食べようぜ
!!」
ビンザ−は今までに雰囲気を吹き飛ばすかのように、明るく言った。
 




 
 
***






次の日、朝早くに目をさますと、フュ−は身支度をしてジュリアの家へと向かった。
随分前に、ジュリアから自宅の住所は教えられていたが、一度も訪ねたことはなかっ
た。
何度もジュリアからは、家にきてくれるように誘われてはいたのだが。
行ってはいけないと自制していた。




 
 
多くを望めば、それだけジュリアの気持ちを望んでしまう。
少しでいいのだ。
彼女は友達としての自分を望んでいるのだから。
自分が友達以上に思っていることは絶対に気付かせてはならない。
 
 




(まあ、だいじょうぶそうだけどな。ジュリア、鈍いし。)





 
彼女の部屋のインタ−フォンを押すと、ジュリアが出てきた。
彼女はかなり驚いているようであった。
無理もない、今までは何があってもジュリアの部屋へは行かなかったのだから。
先に連絡すればよかったな。
フュ−リ−は自分の迂闊さに心の中で舌打ちした。
 




 
リストができたことをジュリアに知らせた時。
ジュリアは、放心したような表情をし、それから少し震えていた。
そんな彼女を気遣いながら、フュ−リ−は自分も少し震えているのに気付いていた。
その理由も自分で分かっていた。
 




今日から、彼女の恋は現実時間に戻るから。
自分と彼女の関係も変わらざるをえないであろう。
どのように変わるのか、先が見えなくて怖いのだ。
 





 
フュ−リ−は、ジュリアに勧められて、部屋に入った。
彼女の部屋は、どこかしら、暖かみがあるように感じられた。
部屋の真ん中には大きなグランドピアノがあり、先程まで作曲していたのであろう、
まわりには楽譜が散らばっていた。




「ごめんね、散らかってて。」




ジュリアはそんなことを言っていたが、フュ−リ−には全く気にならなかった。
どちらかというと、生活感が感じられて嬉しかった。
 




「コ−ヒ−でいい?」
「そんなにかまわなくていい。」




すると、ジュリアは少し膨れた顔になった。




「むう。わたしのコ−ヒ−は飲みたくないってこと?そりゃあ、リ−ナほどうまくは
ないけど、結構上手に淹れられるんだから。」
 




 
(この部屋、やばいかもな。)
ジュリアの少し拗ねた表情が可愛らしすぎて、フュ−リ−は少し動揺した。
自分の理性がはたして持つのであろうか。
しかし、普段からあまり表情が顔に出ないせいか、ジュリアは別に何も気付くことは
なかった。




「そういう意味ではなかったんだが・・・・。でも、そんなにおいしいなら、飲んで
みたいかもな。」
「でっしょ〜?あ、豆はリ−ナからもらったやつだから、味はいいはずよ!ちょっと
待っててね。」
 




ジュリアはそう言うと、キッチンのほうに行ってしまった。
フュ−リ−は所在無さげに部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
女性の部屋、しかも1人暮らしの部屋に入るのは初めてのことだ。
しかも、自分の好きな女性の部屋とあっては。
きょろきょろするのも悪いし、また、勝手にくつろぐのも気がひけるし。
コ−トを持ったまま立ちつくすフュ−リ−にジュリアは気がついたようだった。
 




「もう。勝手にくつろいでていいんだってば。フュ−、律儀すぎ!」




そう言うと、ダイニングの椅子をひいて、フュ−リ−に勧めた。
フュ−リ−はその椅子に腰掛けて、ジュリアがコ−ヒ−を淹れているのを眺めた。
キッチンで立ち働く彼女を見るのは、初めてのことだ。
 




 
新しい彼女に出会うたびに、ますます彼女から目が離せなくなる。
この気持ちは、いったいどこまでいくんだろう。
そして、ジュリアの恋が上手くいったとき、俺はどうなるのだろうか。

 




そんなことを考えているうちに、ジュリアがコ−ヒ−を持って、こちらにやってき
た。




「はい、できたわよ。」
「ありがとう。いただきます。」




フュ−リ−はコーヒーを一口飲んだ。
何か視線を感じて正面を見ると、ジュリアが真剣な顔をして、フュ−リ−を見つめて
いた。




「・・・・・・・ぷっ。」




思わず、笑ってしまう。




「もう、ひどい!!そんなにわたしの顔、面白い!?」
「大丈夫だ。そんなに心配しなくても、ちゃんと美味い。」
「・・・・・・・笑われながら言われると、なんだか信じられないんですけど?」
「本当に、美味い。」




ひとこひとこと、フュ−リ−がかみしめるように言うと、ジュリアはやっとほっとし
たように微笑んだ。




「今まで、誰にも飲ませたこと無かったから。わたしと味覚が違ったら、どうしよう
かなあって思ってたの。」
 




 
赤くなった顔をごまかすように、フュ−リ−はリストを取りだした。






「一応、少しは絞ったんだが・・・・・、100人ほどまだ残っている。」
「ううん、わたし、ここまで絞るのがどれだけ大変だったかわかる。本当にありがと
う。」




そう言って、ジュリアはリストを受け取った。
「今から早速見るね?わたし、今日フリ−だし。あ、フュ−は?もしかして忙しい
?」
「俺も今日は非番だ。だから、気にしなくていい。」
「ありがとう。なら、そばにいてくれる?」
「もちろん。」
 




 
ジュリアは真剣にリストを見始めた。
ときどき、フュ−リ−の方を見て、「退屈じゃない?」などと訊ねていたが。
もちろん、フュ−リ−には退屈であろうはずがない。
その度ごとに、フュ−リ−は、「大丈夫だから」と彼女を促した。
 




そんなことをしているうちに。
ジュリアは目的の人物を見つけたようだった。
そのぺージから手が動くことはなく。
それなのに、瞳は写真を食い入るように見つめていて。
ジュリアは何も言わなかったが、フュ−リ−は彼女が見つけたことを確信した。
 




「こいつか?」
「・・・・・・・・・。」
 




いつも、あれほどおしゃべりなジュリアは、声もでないらしい。
ただ、こくこくと首を頷いた。
 




そのリストを、フュ−リ−も見てみる。
 




そこには、とてもハンサムで、快活な表情をした、黒髪で蒼い目の男がいた。
(・・・・・こいつか・・・・・・。)
 
 




ラグナ・レウァ−ル
27歳
ウィンザーシティ出身
情報収集任務中、敵兵と遭遇。致傷。
現在、ウィンヒル村にて療養中
詳しくは、傷病者リストを参照
 




  
どうも、ジュリアの好きな男、ラグナは怪我をしているらしい。
それも、ウィンザーシティから遠く離れた、ウィンヒルのあたりで怪我をしたらし
い。
それでは、ジュリアと会えなくなっても当たり前だ。
 




  
「・・・・・・・・ラグナっていうんだ・・・・・。」




ずっと黙っていたジュリアがやっと口を開いた。
フュ−リ−ははっとした。
なぜなら、そう言った彼女の顔はどこか夢見るようで、今までの中で、一番美しかっ
たからだ。
 




 
やっぱり、俺じゃあだめなのか。
その男じゃないと、ジュリアにそういう幸せそうな顔はさせられないのか。





 
そして。
この、ラグナという男もきっと、ジュリアのことを愛しているのだろう。
ジュリアはこんなに魅力的なんだ。
愛さない訳がない。
それに、ラグナがジュリアに会いに来なかったのは、彼の意思ではく不可抗力だ。

 




(わかってはいたが・・・・・・・かなりつらい)
本当は、心のどこかで、ラグナが酷い男でジュリアを捨てたとかいう結果を望んでい
たのかもしれない。
そして、自分にも振り向いて欲しかったから、リスト作りをしたのかも知れない。
 




(卑怯者だよな。ジュリアの恋がうまくいくように願っているふりをして、その実、
心の奥ではうまくいかないことを望んでいたなんて)
 





フュ−リ−はコ−ヒ−をすすった。
コ−ヒ−の微かな苦味は、まるで自分の今の気持ちのようだった。

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