〜part6〜
 
あのひとの名前を初めて知った
なんだか、すこしずつあのひとに近づけたような気がした
すこしずつ、すこしずつ
わたしの恋があのひとに近づいていく




 
 
「じゃあ、俺帰るから。」




フュ−リ−のそのひとことで、ジュリアは現実に引き戻された。





「え、もう帰っちゃうの?もっと、ゆっくりしていけばいいのに。」




そう言うと、フュ−リ−は少し困った顔になった。




(・・・・・・?わたし、なにかヘンなこと言ったかしら)




フュ−リ−は一つため息をつくと、
「・・・・・・今日は、このリストの確認のために来ただけだから。ジュリアも、忙
しいだろう?」
と言った。




別に、今日は忙しくは無い。
最近、作曲の調子もよく、締め切りに間に合わないと言うこともない。

 




でも、確かに、今日は彼の思い出に浸って居たいかも。
彼の写真を眺めながら、一日中彼のことだけ考えて。
 
 




「ねえ、フュ−。このリスト、もらっちゃダメ?」
「コピ−なら構わないが。」
「じゃあ、ちょっと待ってて!今、コピ−するから。」




ジュリアは自室のプリンタ−のところへ駆けていった。
たまらなく切なそうに見つめるフュ−リ−の視線には気付かずに。
 




「じゃあ、本当にどうもありがとう。」
「これから、傷病者リストのほうもあたってみるから。そして、何かわかったらまた
報告する。」
「うん。本当にありがとう。わたしね、フュ−とお友達になれて、本当によかっ
た。」




そう言って、ジュリアはフュ−リ−に手を差し出した。
フュ−リ−は少し微笑むと、ぎゅっとジュリアの手を握ってから、去っていった。





 
ジュリアは、コピ−したファイルを眺めながら、コ−ヒ−を飲んだ。
(あのひと、ラグナって言うんだ。)




 
年も、まさか自分より上だとは思ってなかった。
だって、ラグナはいつも子供みたいなひとだったから。
 




ラグナ。
わたしのこころを捕らえて離さないひと。
今までは、あのひととしか言えなかったけど、これからは、名前で呼びかけることが
出来る。
好きな人の名前って、どうしてこんなに愛しいのかしら。
 
 




本当は、ジュリアはラグナが見つかるのが怖かった。
別に約束をしていた訳ではない。
ただ、自分がいいなと思っていただけのひと。
だから、もしラグナに、他に誰か大切な人がいたとしても、それはしょうがない。
ジュリアは会いたかったが、ラグナの方は会いたかったかどうかもわからない。
もし、ラグナが自分の意思で、会いにきてくれなかったのだとしても、責める権利な
ど自分にはないのは、よくわかっていた。
 




でも。
それでも。
やっぱり忘れることなんてできなくて。
なのに、ラグナ本人にはなにも聞けなかった自分を後悔してばかりで。
本当に、フュ−リ−に出会わなかったなら、今ごろどうなっていたかわからない。
 




  
そしてフュ−リ−の見つけ出した真実は、ジュリアにとっては嬉しい真実であった。
別に、ラグナは会いにきたくなかった訳ではなく、会いにこれなかったのだ。





いや、もちろん怪我をしているのは心配だが、それよりなにより、嫌われていた訳で
はなかったということが嬉しい。
自分でも、現金だなあと思う。





(本当に、フュ−に会えてよかった。)
 
 




***




 
「最近、なんか特に嬉しそうね?」




いつものように楽屋入りしたジュリアに、リ−ナは訊ねた。




「え?うん、いいことがあったんだ〜。」
「そうなの?今日はフュ−が来る日だからじゃあなくて?」
「ん、フュ−と会うのも嬉しいけど。そうじゃなくって、もっといいことがあった
の。えへ、リ−ナには教えちゃおうかな。あのね、好きな人が見つかったの。いきな
りいなくなっちゃったから、わたし、ずっと心配してたんだけど。でもね、フュ−が
見つけてくれたの。」




 
リ−ナはかなり驚いた。
ジュリアに好きな人がいたというのも初耳だが、その人をフュ−リ−が探していたと
いうことにも驚いた。
だから、二人は仲良くなったのか。
しかし、フュ−リ−のことを考えると、かなり胸が痛い。




リ−ナは、フュ−リーがジュリアのことを好きらしいということに気付いていた。
ジュリアは全く気付いてないが、フュ−リ−はいつも彼女を優しい、甘やかな瞳で見
つめていたから。
そして、フュ−リ−がジュリアの友達でいようとしていることにも気付いていた。
これは、自分とウェインのせいかも知れない。なんせ、ジュリアと「いいお友達」で
いてくれるように、フュ−リ−に頼んでしまったからだ。
フュ−リ−が友達以上に踏み込まないのは、そのせいかと思って気にしていたのだ
が。




 
(そっか。ジュリアには、もう好きな人がいたのか。)
本当は、フュ−リ−と上手くいってほしかったのだけど。
フュ−リ−が、本当にジュリアのことを大切にしているのがわかっていたから、いつ
も暖かくジュリアを包んでいたのを知っていたから。
でも、こればっかりは、どうしようもないことなのだ。
きっと、フュ−リ−にもそれが分かっているから、ジュリアに伝えていないのだろ
う。




 
人の気持ちってむつかしい。
嬉しそうに話すジュリアを眺めながら、リ−ナはそんなことを考えていた。






 
***





 
いつものようにライブがはねたあとは、フュ−リ−と少し話しをする。
ジュリアにとっては、これも楽しい時間だ。
おいしいコ−ヒ−に、ライブの後のたまらない昂揚感。
それを一緒にわかちあってくれるひとがいる。
ここに、ラグナも居てくれたら。
そしたら、わたし、きっとすっごく幸せなのに。




 
 
ここまで考えて、ジュリアはひとつのアイデアを思いついた。
 





そうだ。
待っているばかりじゃだめなんだわ。
わたしがラグナに会いに行けばいいのよ。
 




「・・・・ねえ、フュ−って、2〜3日お休みってとれるの?」
「・・・・・・・・??今は、少しヒマだから取れるが・・・・・。」
「一緒にね、旅行しない?」
「・・・・・・・・・・は?」
 




フュ−リ−は少し怪訝そうな顔をしていた。
さすがにちょっと唐突だったかなあ。
フュ−リ−もいきなりそんなことを言われたら、困るだろう。
そう考えて、ジュリアは話を切り出した。
 
 




「あのね。わたし、ラグナさんのお見舞いに行きたいの。ラグナさん、怪我してるん
でしょ?どんな具合だか心配だし・・・・・。」
「傷病者リストによると、少し酷い怪我だったらしいが、今は大分回復しているそう
だ。」
「そうなんだけど!!・・・・・・・わたし、ラグナさんの居場所とかがわかったか
ら、なんだかすっごく彼に会いたくなっちゃったの。今まで、ちゅうぶらりんな状態
だったでしょ、だから、余計に今すぐにでも会いたい!!っていう気持ちになっ
ちゃったの。」
「そうか。」
「うん。迷惑だったかなあ?でもね、ラグナさんに、フュ−のこと紹介したいんだ。
わたしの一番大切なお友達だって。」






そう言って、ジュリアは小首をかしげた。
フュ−リ−はそんなジュリアの様子を見て、すこしため息をついた。




「いや、そんな紹介はしなくていい。」
「え〜、だって、ラグナさんのことでは、こんなにフュ−にお世話になったのに。」
「俺が好きでしたことだから。」
「・・・・・・そうなの?」
 




フュ−リ−は、あまりラグナに会いたくないらしい。
さっきから、断ってばかりいる。
どうしてだろう。ラグナは楽しい人だから、フュ−リ−もきっと仲良くなれると思う
のに。




やっぱり、迷惑なのかな・・・・・。




ジュリアはそう思った。
別に用があるのはジュリアだけな訳で、せっかくの休みを自分のためだけに使わせる
のはあまりにもフュ−リ−に悪いであろう。




 
「あ、あのね。わたし、ひとりで大丈夫だから!そうだよね、フュ−も、せっかくの
お休み、もっと違うことに使いたいよね。」
「いや、一緒に行く。」
「え・・・・・?どうして??」
「今、ウィンヒルのあたりは、一般人の渡航は禁止されている。あそこの近くには、
軍基地があるし、エスタにも近いからな。ウィンヒルに行くなら、誰か、軍関係者か
政府関係者と一緒でないと無理だ。」
「そんなに大変なの?じゃあ、やっぱり、いいよ。これは、わたしのワガママだし。
しょうがないよ。」





そう、ジュリアは断ったのだが。





「・・・・・・・でも、ジュリアはずっと頑張ってきただろう?少しくらい、ワガマ
マ言ってもいい。」





そう言う風に言って、フュ−リ−は優しく微笑んだ。
ジュリアは少し、泣きそうになってしまった。
 




ジュリアは、基本的には、人にあまり頼ることはしない。
昔っから、なんとか自分ひとりでなんとかしようと頑張ってきた。
周りの人々が大好きだったから、心配や世話をかけたくなかったのだ。
早くに両親をなくしたぶん、ひとへの甘え方が下手だった。
だから、ラグナのことも自分の心の奥にしまいこんでいた。





でも、フュ−リ−に会って。
フュ−リ−はいつも、気付かないくらいそっとジュリアを気遣ってくれるから。
だから、ジュリアはやっとひとに甘えることが出来るようになった。
今も、フュ−リ−の押し付けがましくない優しさに触れて、涙が出るほど嬉しかった
のだ。





「本当にいいの?」
「ああ。ジュリアはいつ休みがとれるんだ?その日にあわす。」
「とりあえず、来週は2日間くらいオフがあって、その後ここのライブだから・・・
・・。リ−ナに聞いて、来週のライブ、休めるかどうか聞いてくる。」




そう言って、ジュリアはリ−ナのところへ行った。




 
リ−ナはまさに帰るところであったらしく、走ってきたジュリアに驚いていた。




「どうしたの、ジュリア?」
「あのね、来週のライブ、休ませてもらえないかなあ?」
ジュリアがライブを休みたいということは、かなり珍しい。
「いいけど・・・・・。どうかしたの?」
「うん、ちょっと、お見舞いにいきたいんだけどね、そこって、すっごく遠いから、
ちょっとお休み使わないとムリっぽそうなの。」
「あなた、1人で行くの?」
「ううん、フュ−が一緒にきてくれるって。今、戦時中で、危ないからって。」




そんなことをにこにこしながら言うジュリアに、リ−ナは頭を抱えたくなった。
あまりにも、ジュリアは鈍すぎる。
きっと、その見舞いに行きたい人というのは、ジュリアの好きな男なのだろう。
そこへ行くのに、足としてフュ−リ−を使うとは、フュ−リ−には可哀想すぎやしな
いか。




「ちょっと、フュ−呼んできてもらえないかしら。ジュリア?」




リ−ナは頭を抱えてジュリアにそう言った。




「??うん・・・・・。」




ジュリアは、やっぱりよく分かっていない様子で、フュ−リ−を呼びに行った。




 
 
「どうかしましたか。」
「どうかしましたか、じゃないわよ。あなた、いいの?ジュリアの好きな男のところ
へ一緒に行くだなんて。」
「ああ、その話ですか。実際、ジュリアが行こうとしている地域は、一般人は今渡航
禁止なんです。だから、軍関係者の俺が行ってやらないと。」
「軍関係者ってことは、ウェインでもいいんでしょ?だったら、ウェインに行かせる
わよ。」
「キャリッジ先輩は、今すこし忙しいから。俺は、今ヒマな時期なので、構わないん
です。」
「そうじゃなくって!!」




リ−ナはついうっかり声を荒げてしまった。
いけないいけない、と思い直し、また、声をひそめる。




「あなた、ジュリアのこと好きなんでしょ?それなのに、そんな他の男にみすみす渡
すようなことしていいの?わたしはね、フュ−にも幸せになってほしいのよ。あな
た、とってもいいひとだもの。」
「ありがとうございます。」




そう言って、フュ−リ−は下を向いた。




「でも、俺は、ジュリアが幸せでいてくれればそれでいいんです。ジュリアの幸せな
様子をみているだけで、幸せなんです。だから、ジュリアの望むことはなんでもして
やりたい。俺の想いがかなわないことは、最初からわかっていたんですから。」
「でもね、そうだとしても、やっぱり、つらいでしょう?わざわざつらい思いをし
て、そこまでしなくてもいいと思うの。」




そう言ったリ−ナに対して、フュ−リ−は顔をあげ、穏やかに微笑んだ。




「大丈夫です。」
 




てこでも動かないフュ−リ−の様子を見て、リ−ナはため息をついた。




「・・・・・・・あなたがいいならいいけど。でも、ムリしないのよ?」
「有難うございます。」




ジュリアのところへ戻っていくフュ−リ−を見て、リ−ナはなんともいえない気持ち
になった。
フュ−リ−は、覚悟を決めてしまったんだ。
ジュリアには恋心を伝えないということを。
一生、友達でいるということを。






 
***




 
 
「じゃあ、来週のこの日から、この日まででだいじょうぶ?」
「ああ。大丈夫だ。」
「ホントに、ごめんね?」
「別に構わない。旅行だと思えば。」
「えへへ。わたしも楽しみだな。フュ−とお出かけって、初めてじゃない?」




そう言うと、ジュリアはにこにこと笑った。

 




 
フュ−リ−と別れて自分の部屋へと戻った時も、ジュリアの顔から笑みが消えること
は無かった。




本当に楽しみだなあ。
わたし、今まで友達とどこかへ行ったことないし。
それどころか、このウィンザーシティから外へ出たことも無い。
初めてづくしの旅行だ。
 




 
きっと、素敵な旅になるに違いない。
そう、ジュリアは確信して、眠りについた。
 
     BACK/NEXT