〜part9〜 ものごとは予想もつかない方へと進んでいく これがいいのか悪いのか、それすらわからない そして、この想いは、どうしたらいいのだろう 「おめでとう!ビンザ−!!」 「幸せになってね!!フェンヤ!!」 今日は、ビンザ−の結婚式だ。 花嫁側の招待客にあわせたかのように、ビンザ−のほうも士官学校時代の同級生がほ ぼ全員集まって、大変豪華な式になった。 花嫁の、フェンヤ・ウィンザーはまだ20歳。 しかし、とても5歳も下には見えなかった。 「お嫁さん、綺麗ね。」 隣にいたシエラがひっそりとフュ−リーに言った。 「そうだな。」 「いいなあ、ああいうの。憧れちゃう。」 フュ−リ−は少なからず驚いた。 シエラはバリバリのキャリア志向で、結婚とかに興味がなさそうに思っていたから だ。 「シエラも結婚に憧れるのか?」 それを聞いて、シエラはぷうっと膨れた。 「わたしだって、女だもの。いいじゃない、憧れたって。」 「いや、気を悪くしたらすまなかった。ただ、シエラは結婚したくないんじゃないか と思っていたから。今まで、いろんな男に告白とかされてたって、ビンザ−が言って いたぞ。なのに、誰とも付き合わないし。」 それはね、あなたのことが好きだからよ。 たとえ今は友達としてしか見てくれなくても、いつか振り向いてもらえるんじゃない かって期待してたから。 「わたしだって、1人で生きていくより、誰かと支えあって生きていきたいわ。1人で も生きてはいけるけど、でもそれは寂しすぎるもの。」 「・・・・・・そうだな。」 真に愛する人と二人、支えあって年を重ねていけたら、それはなんと幸福なことだろ う。 おそらく、自分にはありえないだろうが。 叶わない夢だからこそ、羨ましく見えるのだろうか。 自分に自信のないフュ−リ−は、いつか自分にもこのような日が訪れるとは思えな かった。 それに。 もう自分はジュリア以外を好きになることはできないだろう。 人を愛しく思う嬉しさも切なさも、すべて彼女がくれたものだから。 今まで知らなかったぶん、それは怒涛のように自分を満たしていて。 叶わないのは分かっているが、彼女以外を欲しいとは思えない。 自分は今まで執着の薄いタイプだと思っていたのだが、それは違っていたらしい。 振られるのがわかっていても、それでもジュリア以外の女性を考えることなどできな い。 こんなにも、自分は彼女に執着している。 こんなことを彼女に言ったら、余りにも執着の強い自分を恐れて、嫌われるし嫌がら れるだろう。 それに、彼女が自分に望んでいることは、恋人としての自分ではなく、友情だ。 だから、言わない。 自分の想いで、彼女を苦しませたくない。 彼女には、いつも幸せに微笑んでいてもらいたい。 それだけが、俺の望みなのだから。 ジュリアに手が届かなくても。この想いは叶わなくても。 そばで見守るだけでいい。 それで、俺の心は満たされる。 「フュ−はさ、結婚したいとか、思わないの?」 そうシエラに聞かれて。 フュ−リ−は穏やかに微笑んだ。 「俺と一緒にいてくれるような、物好きな女性はいないだろ。」 「そんなことないでしょ!フュ−は優しいもの。フュ−のこと、わたし好きよ?」 「ありがとう、シエラ。俺もシエラと友達でよかったと思っている。」 そう言って、フュ−リ−はビンザーに呼ばれて行ってしまった。 後に残されたシエラは、1人ため息をついた。 わたし、失敗したのかもしれないなあ。 今だって、わたし的には、せいいっぱい告白したつもりなのに。 最初、シエラはフュ−リーのことが怖かった。 いつも無口で、話し掛けてもいつも、頷き程度しか返ってこない。 明るく快活なビンザ−とは正反対だった。 しかし、ビンザ−とフュ−リ−は意外にも仲がよく、シエラは不思議に思ってビンザ −に訊ねたことがある。 その時、ビンザ−は笑って言った。 「あいつをよく見てればわかるよ。すっげえいいヤツだから。」 そして、ある時気付いた。 フュ−リ−は絶対に理不尽な差別をしない。 士官学校は完全な男性社会で、シエラたち女子学生にはなかなか辛い環境だったのだ けれど。 フュ−リ−だけが、影でさりげなく助けてくれた。 もともと、男性・女性にはできることとできないことがある。 そういうところを理解しない上官は、適当に任務を押し付けた挙句、できないことを 知ると「これだから女は」などと言ったりする。 最初はシエラも全部自分ひとりでやると言い張っていたのだが。 自分たち男にはできないことをやってくれればいいとフュ−リ−に諭された。 そう。つっぱっていたのはわたしのほう。 今まで肩肘張って生きてきたのを気付かせてくれた。 そのままのわたしで、できることをすればいいんだって教えてもらって、凝り固まっ ていた心が軽くなった。 その時、このひとが好きだと気付いたの。 それから、シエラは頑張って、一番の友人の座を手に入れた。 フュ−リ−はやっぱり無口だが、それは人と話すことがあまり上手くないだけで、自 分が言った事は全部ちゃんと心に留めてくれる。 そして、なにより優しい。 フュ−リ−のことを知れば知るほど、もっと彼のことが好きになる。 だから、もう一歩進んだ関係になりたいのに、長年友人でいたせいか、シエラには きっかけがつかめずにいた。 また、フュ−リ−の方も、お世辞にもカンがいいタイプとはいえないので、シエラの 気持ちに気付くこともない。 いつまでこんな宙ぶらりんな関係を続けるんだろう。 しかし、そうは思いながらも、シエラにはどうしたらいいのかわからなかった。 *** フュ−リ−は家に帰って、礼服をその辺に放り出した。 そして、シャワ−を浴びる。 今日は、新婦側の女学校時代の友人なども多数招待されていた。 ただでさえエリ−ト軍人の証拠である礼服を着ている上に、顔もいいフュ−リ−は あっという間に彼女たちに囲まれてしまった。 時々は見るに見かねて、シエラが助けてくれたけれども。 振り払ってもまた別の女性が声をかけてくるというありさまで、フュ−リ−は心の底 から疲れ果てた。 自分でも自覚しているほど、もともと人と話すのが苦手なのに。 今日は、初対面の人間、それも女性ばかりだ。 しかし、これから上流世界に入る友人のことを思えば、放り出して帰るわけにも行か ず。 なかなか終わらないパ−ティが、まるで拷問のようにフュ−リ−には感じられた。 熱い湯を浴びていると、ふっと体が軽くなる。 こんなときに頭をよぎるのは、ジュリアのことだ。 あれから一ヶ月。 ジュリアとの関係は以前と変わっていない。傍目には。 今回は、自分で吹っ切れたらしく、ジュリアはあまり落ち込んでいるようではなかっ た。 そのことには安心したのだが。 でも、ジュリアはともかく、自分は今までどおりジュリアと接することができなくな ってしまっていた。 あのとき。 泣いているジュリアをつい抱きしめてしまったから。 あのときの感触がまだ自分の中に残っている気がする。 自分のような男とは全く違う、ほっそりとして柔らかな体。 たちのぼる甘い香り。 それらすべてが自分を誘っていて。 あの、ウィンヒルのホテルでも危なかった。 危うく寝ているジュリアに触れそうになるところだった。 あの時は、なんとか思いとどまったが次は我慢できるかどうかわからない。 もともと、ジュリアを思い切るために行った旅行だった。 それなのに、結果は全く異なってしまった。 もう、ラグナに遠慮しなくてもいいはずなのだが。 フュ−リ−は、ジュリアの心を手に入れられる筈はないと思っていた。 俺は、なんの面白みもない男だ。 ラグナと会って、それがよくわかった。 ああいう男がジュリアの好みならば、自分は到底ジュリアに好きになってはもらえな いだろう。 だったら、せめて友達でいたいのに。 あの時のジュリアの感触が忘れられず、つい手を伸ばしてしまいそうになる。 ジュリアの信頼を裏切るような行動をしてしまいそうになる自分を、必死で抑えてい る。 ジュリアはもともと人に触れたりするのが好きなほうだ。 リ−ナやウェインにも、よくじゃれついていたりする。 だから、自分にも触れてこようとするのだけど、そのたびごとに、フュ−リ−は避け ていた。 そしてそのたびごとに、ジュリアが少し悲しそうな顔をしているのにも気付いてい た。 でも、触れられるこっちの身にもなって欲しい。 必死でジュリアに触れたい気持ちを抑えているのに。 ジュリアに触れられてしまったら、自分の理性は切れてしまうだろう。 最近では、ジュリアと目を合わすこともしづらくなってしまった。 あの瞳にじっと見つめられると、箍がはずれそうで怖いのだ。 ジュリアを愛している。 でも、自分の気持ちで精一杯で。 ジュリアの気持ちを思いやれるほど余裕もない。 このままではきっと友人失格だ。 一緒にいても、ジュリアを傷つけてしまうばかりになってしまうだろう。 だから、今まで通りの関係に 戻るために。 少し距離を置いて、頭を冷やそう。 今はきっと、熱病に冒されているようなものだから。 きっともう少し時間がたてば、また元通りの関係に戻れるはずだ。 *** 「最近さ、フュ−おかしくない?」 いつものようにライブがはねた後、コ−ヒ−を飲んでいると、ジュリアが訊ねてき た。 「・・・・・そんなことはないと思うが。」 少しフュ−リ−はぎくりとした。 心当たりがあるのはもちろん、それ以上に。 まるで、ジュリアに自分の心の中を見透かされたのかと思ったからだ。 知られたくない。 俺が、こんなに醜い気持ちを抱えていることを。 「だって、最近フュ−、なんかよそよそしいんだもん。」 ジュリアはコ−ヒ−をかき混ぜながら、俯いて言った。 「気のせいだろう。」 そう、フュ−リ−はかわしたつもりだったのだが。 ジュリアは、きっと顔を上げると、強い口調で言い切った。 「気のせいなんかじゃない。最近、フュ−、わたしに近づいてくれないじゃない。目 も合わしてくれない。ねえ、わたしなにかした?」 フュ−リ−は口ごもった。 ジュリアには本当のことを知られたくない。 けれども、自分の態度のせいでジュリアが傷ついているのも本当で。 「わたしのこと、もう嫌いになっちゃった?わたし、今までフュ−に迷惑ばっかりか けてたから?」 そう言って俯くジュリアは今にも泣いてしまいそうだった。 フュ−リ−は堪らない気持ちになった。 俺、一体なにやってるんだ。 自分勝手にジュリアを振り回して。 どんなことからでも守ってやりたかったのに、結局傷つけて泣かせているのは自分 だ。 「俺がジュリアのことを嫌いになるなんて、ありえない。ただ、最近はちょっと仕事 で疲れていたから、だからぶっきらぼうになってしまったんだ。ジュリアのせいじゃ ない。傷つけてすまん。」 フュ−リ−はそう言って、頭を下げた。 「あ、謝らないで。わたしが勝手に思い込んでいたんだから。違うんなら、いいの。 わたし、フュ−には嫌われたくないから。」 ジュリアの瞳は少し潤んでいたけれども、でも慌てて首を振ってにっこりと微笑ん だ。 「でも、仕事忙しいの?大丈夫?」 「そうだな、やっとトレ−ニングも終わったから、あちこちのヘルプにも入ってい る。戦時下だから、うちの部署でもやることは多いな。」 「そうなんだ・・・・・。」 「だから、これからしばらくは、少しここのライブにも来れないと思う。」 「・・・・・・・・・・・・えっ?」 フュ−リ−は前から言おうと思っていたことを、やっと口に出した。 このところ、ずっと言い出せなかったこと。 ずっといい友達であり続けるために、どうしても必要なことだった。 しばらく会わない方がいいんだ。 少し頭を冷やせば、また今まで通りに戻れるから。 「・・・・・・・・・・・それって、どのくらいの間?」 しばらく黙っていたジュリアが切り出した。 「まだ、めどがついていないから、どのくらいとは言えない。」 「そう・・・・・・。」 ジュリアはそう呟くと、下を向いてしまった。 本当はいつだってジュリアに会いたい。 でも、このまま会っていたら、いつかジュリアを傷つけてしまう。 それは、予感ではなく確信だった。 抱きしめなければ良かった。 そうすれば、今まで通り、ただ見守るだけで満足できたのに。 ジュリアを守りたいと思っている気持ちは本当なのに、その反対でジュリアを欲し がっているワガママな子供のような自分がいる。 今も、悲しそうなジュリアを見て、心が痛む自分の奥に。 自分に会えなくなることで悲しんでいるジュリアを見て、自分のことを大事に思って くれていることが分かって、狂喜している自分もいる。 なんて、俺は卑怯なんだろう。 しばらく下を向いていたが、ジュリアは顔を上げた。 「・・・・・・ずっとじゃないよね?少しだけ、離れているだけだよね?また、会っ てくれるんだよね?」 「少しの間だけだ。」 「一ヵ月後の、リ−ナたちの結婚式には来るんだよね?」 「ああ。キャリッジ先輩は、俺の直属の上司だからな。」 「・・・・・・・そっか。わかった。そうだよね、フュ−だってお仕 事あるんだもん、いつもわたしの予定にあわせていられないよね。」 そう言って、微笑むジュリアの声は少し震えていて。 にっこり微笑む顔は少しこわばっていて。 フュ−リ−は、自分のせいでこんな顔をさせてしまったことに胸が痛んだ。 でもそれでも。 君を傷つけるよりはずっといいはずだ。 今の俺は少しおかしいんだ。 こんな俺の側に居たら、ジュリアはきっと辛い思いをする。 ついこの間、辛い思いをしたばかりなのに。 「今までも、別にジュリアに合わせていた訳じゃないから。俺がしたいからしてた んだ。気にしないでくれ。」 「ありがとう。じゃあ、わたし、いいんだよね、今まで通りフュ−と仲良くできるん だよね。」 「ジュリアが、そうしたいと願ってくれている限り。」 ずっと仲良くして欲しいのは俺のほうだ。 ジュリアが嫌だと思うその時まで、できるだけそばにいたい。 「わたしね、リ−ナたちのために、パーティで歌うんだよ。楽しみにしてて。がん ばって歌うから。」 「そうか。楽しみだな。ジュリアの歌、俺好きだから。」 フュ−リ−は微笑みながら言った。 歌は、聴いているすべての人のものだから。 だから、自分のものでもある訳で。 これくらい、自分のものだと思ってもいいよな・・・・・? フュ−リ−が微笑むと、ジュリアはなぜか顔を赤くしていた。 「・・・・・・ありがとう。フュ−、いつもわたしの歌真剣に聴いてくれるね。わた し、本当に嬉しい。」 「こちらこそ、ありがとう。俺、あまりジュリアを楽しませることはできないんだ が、それでも仲良くしてくれて。」 そう言うと、ジュリアは弾かれたようにフュ−リ−を見つめ、そして華が開くように 笑った。 「ううん。わたし、あなたと会えて本当によかった。フュ−といるとね、わたしゆっ たりとした気持ちになれる。そんな気持ちにさせてくれるの、フュ−だけだから。」 俺も、君と会えてよかった。 ジュリア。 俺の心を浮き立たせてくれるのも、君だけだ。 「さて、と!そろそろ行こうかな。」 「そうだな、夜も遅いし。今日は、キャリッジ先輩のところへ行くんだろう?」 「うん。そろそろ打ち合わせとかもつめないとね。どういう感じの歌がいいのかリサ −チしなきゃ。一曲はもう決まってるんだけどね。他にも歌う予定だから。」 「気をつけて行けよ。」 「だいじょうぶ、ここの裏だもん。フュ−こそ気をつけて。官舎まで遠いんだか ら。」 ジュリアが行くのを見送って、フュ−リ−は官舎へと向かった。 街を1人で歩くのは好きだ。 人と話すのが上手くない自分にとっては、1人のほうが落ち着ける。 その上、誰に気兼ねすることもなく、考え事をすることができる。 ジュリアに言った、「仕事が忙しい」という理由は半分嘘だった。 確かに、フュ−リ−の部署が忙しくなっているのは本当だが、もともと能力の高い フュ−リ−にとっては、たいしたことはなかった。 いつも残業もすることなく、定時に帰ることが出来る。 だから、ジュリアに会う暇もないという訳はない。 ごめんな。 本当は、忙しくなんかないのに。 ごめんな。 本当は、君が俺と会うのを楽しみにしてくれていることを知っているんだ。 でも、君はいつも嬉しそうに微笑みかけてくるから。 それが今は、少しだけ辛い。 俺は本当はジュリアにそんなに仲良くしてもらえるほどいい人間じゃない。 ラグナとの恋が叶わなかったのを知った時、ほんの少しだけ、喜んでしまった。 自分にもチャンスがあるんじゃないかと思って。 そんなこと、ありえるはずないのに。 次に会う時には、もう少しちゃんとした自分でいられますように。 そう、心の中で願ってみる。 君は、どんな気持ちにも正直にぶつかっていく。 自分をごまかさずに、まっすぐに立ち向かっていく。 そして、鮮やかに壁を乗り越えていくんだ。 そんな君が大好きだから。 俺も、ちゃんと自分の気持ちからは逃げないと決めた。 君の友人にふさわしいように、恥ずかしくないように。 会わない間、ちゃんと自分の気持ちを整理するから。 だから、少しだけ待っていてくれ。 とりあえず、リ−ナとウェインの結婚式までは会わない。 フュ−リ−はそう決心していた。 |
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