〜part11〜



 
愛している
そんな言葉では足りないくらい
いつも君のことを考えている
 
 




「・・・・・・・・・ふう。」




フュ−リ−は仕事に一段落つけると、ため息をもらした。
最後にジュリアと会ったのはいつだったか。
まだ、それほど経ってはいないはずなのに、この焦燥感はなんだろう。
 




馬鹿だよな。
自分から会わないと決めたのに。
今すぐにジュリアに会いたい。
気が狂うほど、君を欲している。





自分の見通しが甘かったとフュ−リ−はずっと感じていた。
会わなければ、きっとこの想いも少しは落ち着くのではないか。
そう考えて、しばらく会わないと決めたのだが。
会えないとなると、会いたい気持ちが募ってしまい、余計に落ち着かない。
まるで、禁断症状のようだ。
 




こういうときは、仕事が忙しい方がいい。
頭の中をからっぽにできるから。
そう思って、フュ−リ−は必要以上に働き続けていた。
 




「・・・・・・フュ−、ちょっとコ−ヒ−でも飲まない?」
「シエラ。まだ残ってたのか。大変だな。」
「フュ−のがずっと大変よ。あなた、仕事しすぎだわ。一体、何かあったの?」
「・・・・・・・別に。」





シエラの心遣いは有難かったが、フュ−リ−は誰にもこの想いを打ち明けようとは
思っていなかった。
コ−ヒ−を受け取り、黙って飲む。
どう言っても、フュ−リ−は打ち明けないだろうということをシエラは感づいたの
か、話を変えた。
 




「とうとう明日ね。キャリッジ先輩の結婚式。フュ−も行くんでしょう?」
「シエラも招待されてるのか?」
「うん。わたし、入隊時の指導教官、キャリッジ先輩だったから。その縁で。」
「そうか。」
「一緒に行かない?なにか予定でもある?」





シエラは少し頬を染めてフュ−リ−を誘った。




「特に何もないが・・・・。」
「じゃあ、一緒に行きましょ!明日、官舎の門の前で待ち合わせ。それでいい?」
「いいよ。」





フュ−リ−の答えを聞いて、シエラは嬉しそうに笑った。
そんなしぐさを見ていると、ジュリアを思い出す。
 




彼女も、よく嬉しそうに笑っていた。
なにがそんなに嬉しいのかわからなくて、聞いたことがある。
ジュリアは、人の気持ちが優しくて嬉しいから、と言っていた。





そんなことを言う彼女の方が、ずっと優しい。
きっと、そんなところにも惹かれたんだ。
本当は俺は、優しい人間ではない。
今までは、執着するものがなかったから、みんな平等に扱っていただけだ。
でも、もし順位付けができるのであれば、俺は迷わず優先するほうを選ぶだろう。
 




たとえ、誰かがそのために泣いたとしても。
何かを犠牲にしたとしても。
 





***





職業軍人が正装する場合は、礼服を着なければならない。
これは、規則である。





礼服って、いいんだけど、女らしさはないわよねえ。
 




礼服を着た自分を鏡に映して、シエラはため息をついた。
礼服は確かに豪奢なのだが、しょせん軍服だ。
男にはいいかもしれないが、女性にとってはおしゃれのしようがない。





せっかくフュ−とパ−ティに行くって言うのに。
綺麗なドレス、着たかったなあ。





いつまでも鏡を見てため息をついていても仕方ない。
今日の主役は花嫁なのだし。
そう思い切って、シエラは待ち合わせ場所へ向かった。





門の前では、もうすでにフュ−リ−が待っていた。





やっぱり、すっごくかっこいい。
遠目から見ても、はっきりと目立っている。
まるで、礼服が彼のためにデザインされたかのように、彼の凛とした美貌を引き立て
ている。
 




シエラはどきどきしながら、フュ−リ−に声をかけた。




「ごめんなさい、大分待たせちゃった?」
「いや、俺もさっき来たところだ。・・・・・・・・・?どうかしたか、シエラ?顔
が赤いぞ?」
「!!な、なんでもないの!!行きましょ、遅れちゃうわ。」




シエラは慌ててそう言うと、さっさと歩き始めた。
(言える訳ないじゃない。あなたに見とれてたなんて)






式の会場は、こじんまりとしながらも、感じのいい教会だった。
親しい人たちばかりではなく、様々な人々が来ていたが、それも新郎新婦の人懐っこ
い性格に寄るのだろう。
そして、ジュリアは、内陣にいた。
今日の彼女は珍しく、淡いラヴェンダ―色のふんわりとしたドレスを着ていた。
 




久しぶりに見る彼女はやっぱり美しくて。
いつもの濃い色のドレス姿も綺麗だが、こういう淡い色のものも、ジュリアの白い肌
や艶やかな髪を引き立てていると思う。
しかも、淡い色はフュ−リ−の好きな色でもあった。
 




どうして彼女が淡い色のドレスを着ているのかはわからないが。
来てよかったと思う。
 




そのうち、ジュリアの歌になった。
彼女は、全部で三曲歌った。
二曲は、昔ながらのガルバディアに伝わる祝福の歌で、一曲は、彼女の新曲だった。
この日のために準備してあったのだろう。
そうすぐにわかるほど、その曲はリ−ナとウェインのことを表していた。
 




「・・・・・・すごいわね。さすが有名なだけあるわ。」




隣で、シエラがうっとりしながら感想をもらした。




「そうだな。しかも、二人の雰囲気を切り取ったかのように、穏やかな歌い方にして
いる。」
「あら?フュ−って、音楽好きなの?」
「まあな。」





音楽は元々好きだけれど。
でも、ジュリアの歌は別だ。
ジュリアの歌を聞いていると、心の奥が熱くなる。
これは、自分がジュリアのことが好きだからだというだけではなくて、きっと彼女の
才能のせいでもあるのだろう。
きっと、人気があるのも、そういう感動を人に与えることが出来るほどの歌だから
だ。





そんな彼女に自分はふさわしいかどうかはわからないけれども。
それでも、できるだけ側にいたい。





***




 
式も無事すんで、裏の芝生スペ−スでの野外パ−ティとなった。
あまり目立ちたくないフュ−リ−は、会場の隅のほうでシャンパンを飲んでいた。
前回のビンザ−の結婚式で大変な目に遭ったので、今回は用心していた。
 




「フュ−、またそんな隅っこにいたの?」




食べ物とドリンクを持ったシエラが声をかけてきた。




「まだ、新郎新婦とも話してないんでしょ?わたしは、もう話しちゃった。綺麗だっ
たよ、お嫁さん。」
「ま、そのうちにな。」
「・・・・・・・もしかして、前回大変な目にあったから、懲りてる?」
「・・・・・・・・まあな。」




そう言って、フュ−リ−は苦笑いをした。





あの時は本当に参った。
思い出したくもない。
 




「まあ、でも今回はこないだよりはマシかもな。こないだのは、男をあまり見たこと
のないようなお嬢さんばっかりだったから、珍しかったんだろう。」
「・・・・・・・ぷっ。」
「・・・・・・なんで笑うんだよ。」
「べっつに〜。フュ−って、自分のことあんまり知らないよね。今回も似たようなも
んかもよ?」




おかしそうに笑うシエラに、フュ−リーは嫌そうな顔をした。




「別に、俺なんかと話したところで、たいして面白くもないのにな。」




ため息をつきつつそう言うと、シエラはにっこり微笑んだ。




「そんなことない。わたし、いつも楽しいもん。いつだって、フュ−と話したい
よ。」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ。」





友達っていうのは有難いな。
面白みのない自分の性格では、誰も仲良くしてはくれないだろうと思うのに。
それでも1人でいるのは嫌で。





そんな俺を見捨てないでいてくれる。





「ありがとうな、シエラ。」




フュ−リ−はそう言うと、穏やかに微笑んだ。
シエラは、その笑顔を見て、真っ赤になった。




「・・・・・・・もう!何よ、いきなり。照れるじゃない。」
「いつもそう思ってるよ、俺は。」





もう、本当に心臓に悪い。
シエラは胸を押さえた。
そんな風に、いきなり満開の笑顔をしないでよ。
こっちにも、心の準備っていうのが必要なんだからね!!
 




シエラは赤くなった顔をごまかすように、後ろを振り返った。
そこには、さきほど素晴らしい歌を披露したジュリア・ハ−ティリ−がいた。
なにか、真剣な顔をして、こちらを見ているようにも感じられる。
 




・・・・・・・・・・?
誰か、知り合いでもいるのかしら。




シエラはそう思い、フュ−リ−に話を振ってみた。
 




「ねえ、あそこに、ジュリア・ハ−ティリ−がいるわよ。あのひと、やっぱり綺麗よ
ねえ。」




そう言うと、フュ−リ−は驚いたようにそちらを見た。




「誰か探してるのかしらね。」




そう言って流すつもりだったのに、フュ−リ−はいきなりジュリアの方へ歩いていっ
てしまった。
 




久しぶりに見たジュリアは、恐ろしいほど真剣な顔をしていた。
どうしたのだろう。
こちらへ来たのは偶然なのだろうが、いつも笑っているジュリアが笑っていないとい
うのはおかしい。
フュ−リ−は、ジュリアに近寄って声をかけた。





不審に思ったらしいシエラもやってきて、三人で少し話した。
その間中、ジュリアはあまり話すこともなくおとなしかった。
これもいつもの彼女からしたら、とてもおかしなことだ。
いつもの彼女なら、その人懐っこい性格ですぐ初対面の人とも仲良くなれるのに。





自分が見ていない間、もしかして何かあったのだろうか。
心配になり、フュ−リ−はジュリアに、新郎新婦のところまで連れて行ってくれるよ
うに案内を頼んだ。
向かっている間中、話をしたが、その時のジュリアはあまり変わった感じはしなかっ
た。
さきほどの様子は気のせいか、とフュ−リ−は思った。
 




そうだよな。
俺だって、初めて会った人と話すのは緊張するし。
少し、緊張していただけだよな?





でも、よかった。
俺の知らないところで、ジュリアに何かあったとかいうのではなくて。
もし、そんなことになったら、俺は後悔してもし足りない。
 




リ−ナとウェインに挨拶をしている間も、ジュリアはフュ−リ−と一緒にいた。
フュ−リ−は少しいぶかしげに思っていたが、ジュリアは別に普段通りに振舞ってい
た。
挨拶が終わってから、ジュリアと会場の隅へ行き、そこで少し話しをした。
ジュリアが話をしたがっているように、フュ−リ−には思えたからだ。





二人でとりとめのない話をしているうちに、ジュリアはおずおずと切り出した。




「今度のライブには、来てくれるのかなあ?」




ジュリアは可愛らしく小首をかしげていた。
その仕草に少しクラクラしたフュ−リ−は、赤くなった顔を見られないようにするの
で精一杯だった。
久々に見ると、やっぱり可愛い。




「いや、俺、今週もライブに行けないと思う。」




そう言うと、ジュリアは真剣な顔をした。




「どうして!?」




その口調がいつもより少し強いものだったので、フュ−リ−は軽く驚いた。




「今週から二週間、少し調査に行かないといけないんだ。シティにいないから・・・
・・。」




そう言うと、ジュリアは寂しそうに「そっか。」と言った。





やはり、リ−ナたちが結婚することで、少し情緒不安定になっているのかもしれない
な。
そう考えたフュ−リ−はフォローをした。





「ああ、でも、その次の週には行けるから。」
「・・・・・・・それまで、少しも会えない?」
「え?」




ジュリアは、悲しそうな瞳でこちらを見つめていた。






一体、どうしたというんだろう。
なにがそんなに悲しいんだ?





「いや、シティに戻ってくるのは10日後だが・・・・。」
「じゃあ、帰ってきたら会えるのね?」
「でも、何時に帰れるかわからないぞ?もしかしたら、夜になるかもしれないし。」
「・・・・・・・・・。」
 




ジュリアは黙り込んでしまった。
フュ−リ−は慌てた。




「でも、次の日から3日は非番だから。その時は会える。俺、会いに行くよ。」




そのことを聞いたジュリアは、やっと少し落ちついたようだった。




「わたし、待ってるから。絶対来てね?」
「ああ。でも、ジュリアの予定は平気なのか?」
「うん。わたし、しばらくオフが続くの、そのあたり。」
「そうか。」
 




自分としても、ジュリアに会えるのは嬉しい。
しばらく会わなかったせいか、彼女のやることなすこと新鮮で、愛しい。
側に居ない辛さを味わったせいか、今は側にいるだけで、こみあげるような幸せを感
じている。





やっぱり、俺は彼女から離れることなんてできないんだな。
こんなにも彼女に囚われていて。
 




愛している、なんて言葉ではとても足りない。
言葉では自分の気持ちはとても言い表せない。
いつも君のことを考えている。
 




***




 
今回の調査はシエラも一緒だった。
ガルバディア地方都市をめぐり、フュ−リ−の部署は街の現状を調べ、シエラの部署
はそのデータを元に、どれだけ徴兵可能かを調べる。
 




調査も終わり、報告書をまとめている間、フュ−リ−はやりきれない気持ちだった。
今のところ、まだ余裕はある。
だがこれから、いつ余裕がなくなるのかはわからない。
そうでなくても、この戦争は長引きそうな気持ちがする。
自分の愛しい人たちが何年も帰ってこないなど、待つ身にとっては裂かれるように辛
いだろう。
調査中、何度も女性たちから、いつ戦争が終わるのかと訊ねられた。

 




「・・・・・・・・・因果な商売だよな。」
「・・・・・・・・・そうね。」




シティに戻る間、フュ−リ−は少しだけシエラと話した。




「・・・・・・・なんだか怖いわ。今日のわたしたちの調査であのひとたちの運命が
決まってしまうんですもの。」
「そうだな。アデルの支配に下るのも辛いが、今のように徴兵されるのも、普通の人
たちにとっては同じくらい辛いことだ。」
「・・・・・・・・・そうね。命の保証はないもの、どちらも。」
「早く終わらせたいな。」




自分たちには、この戦争を早く終わらせるような、そんな権限はない。
だけど、心からそう願った。
 
 




シティに着いたのは夕方頃だった。
報告書を提出すると、そのまま官舎への直帰が認められた。





こんなやりきれない気持ちの時は、1人でいたくない。
本当はこういう時こそ、ジュリアに側にいて欲しい。
でも、今の自分はいつにもまして愛想よく振舞えないだろう。
まして、今日の自分には余裕もない。
こんな自分の相手をさせるのも気が引けた。
 




明日になったら、会いに行こう。
君を見ているだけで、癒されるから。





 
帰ってすぐ熱いシャワ−を浴びる。
熱い湯を浴びていると、疲れが吹き飛ぶような気持ちがする。
フュ−リ−はシャワーから出ると、冷蔵庫からビ−ルを出して飲んだ。





なんだかんだいって、かなり疲れたらしい。
いや、きっと気持ちが参っているから余計にそう思うのかもしれないな。
 




そうやって一息ついていると、インタ−フォンが鳴った。
 




(・・・・・?誰だろう)




「・・・・・・はい。」
「あ、フュ−?わたし、シエラです。今、いいかなあ?」
「シエラ!?」




フュ−リ−は慌ててドアを開けた。
シエラがこの部屋を訪ねてくることは滅多にない。
それだけに、何かあったのかと不安になったからだ。





「・・・・・・・ごめんね?あのね、今日頂きものをもらったから、そのお裾分けな
んだけれど。明日からフュ−も休みでしょ?職場で会わないから、渡せないかなと
思って。それだけなの。」
「そんなに気をつかわなくてもよかったのに。シエラも疲れているだろう?わざわざ
すまなかったな。」
「これ、生ものだから、早めに食べて。確か、フュ−好きだったよね?」





それは、バラムフィッシュの切り身を干したものだった。
確かに、これのミルク煮はフュ−リ−の大好物だ。
バラムフィッシュは高級魚なので、滅多に食べることはできない。




「こんなに高いもの、いいのか?」
「うん。わたしだけじゃ食べきれないし。」
「ありがとう、シエラ。そうだ、シエラも食べていくか?夕飯まだだったろ。」
「え・・・・・。うん、そうだけど。」
「こんなカッコで悪いけど、構わないか?」




フュ−リ−は風呂上りだったので、スウェットの上下で、また、いつも綺麗に撫で付
けられている髪はさらさらと下ろしたままであった。




「ありがとう。じゃあ、ごちそうになっちゃおうかな。」
「入れよ。」
 




なんだか、こんな普通の姿のフュ−リ−は初めて見るかも。
髪下ろすと、こんなに若く見えるんだ。
胸をどきどきさせながら、シエラはフュ−リーの部屋に入った。
相変わらず、物の少ない部屋。
それなのに、そんな部屋がフュ−リ−らしくて、シエラには微笑ましい。
 




「ところでフュ−、あなたぶきっちょさんだったでしょう?わたしが作ろうか?」
「・・・・・・・悪かったな。でも、これだけはできるんだ。」
「そうなの?」
「俺は漁師町出身だからな。小さい頃からよく作って食べてたよ。ただし、その時は
こんな高級魚じゃなかったけどな。」




フュ−リ−は手馴れた手つきで鍋にミルクを入れた。




「なんか、コツとかあるの?」




シエラが側にやってきて、鍋を覗き込む。




「まず、切り身は軽く火であぶっておくんだ。そうすると、無駄な油が落ちるし、生
臭くならない。あとは、ミルクのほうに、エバミルクをちょっと入れてコクをだすっ
てことか。」
「うちではクリ−ム入れてたわ。」
「ああ、それでもいいかもな。・・・・・・・・っと、出来た。」





やわらかく煮あがった魚は、ふんわりと優しい味だった。




「・・・・・・!おいしい!!」
「そうか?ありがとう。シエラがいい材料持って来てくれたから。」
「ううん。わたしこそ、ご相伴にあずかっちゃって・・・・。こんなつもりじゃな
かったのよ。」
「お互い、今日は疲れたもんな。たまにはいいさ。」
 




フュ−リ−はそんなことを言っていたが、本当はわかっているのだとシエラは思っ
た。
やりきれない気持ちになったのは、シエラも同じ。
どうしても1人ではいたくなくて、実家からバラムフィッシュをもらったのをいいこ
とにフュ−リーの部屋にまで押しかけてしまった。
きっと、フュ−リ−も人寂しい気持ちだったのに違いない。





それと。
シエラはジュリアのことを知って、少し焦っていた。
あんなに綺麗なひとがフュ−リ−と知り合いだったなんて、全然知らなかった。
どうしてフュ−リ−は黙っていたのか。
多分、もともとおしゃべりではない彼は、シエラとは関係のないことだからと思って
言わなかったのだろう。
しかし、シエラにしてみれば、フュ−リ−からいきなり突き放されたかのような気持
ちになった。
 




あなたと親しいのは、わたしだけだと思っていたのに。





もう、いつまでもぐずぐずはできないと思った。
いつ、フュ−リ−を誰かに取られてしまうかわからない。





シエラがそんなことを考えていると、またインタ−フォンが鳴った。




「・・・・・・・・?今日は随分訪ねてくる人が多いな・・・・・。」




そう言って、フュ−リ−は立ち上がって、ドアの方へ行った。




「・・・・・・・はい。」
「!!よかった、フュ−、帰ってたんだ。わたし、ジュリアです。」
「ジュリア!?」




フュ−リ−は慌ててドアを開けた。
 




ジュリアが官舎にまで来るなんて、初めてのことだ。
一体どうしたんだろう。
 




「あのね、今日はここの近くでライブがあったの。もしかしたら、フュ−帰ってるか
なあって思って、寄ってみたんだ。明日会えるのはわかってたんだけど・・・・・・
・。」




そう言って、ジュリアは恥ずかしげに微笑んだ。
まさか、今日ジュリアに会えると思っていなかったフュ−リ−は驚いた。




「いや、さっき帰ったんだ。もう少し後に連絡しようと思っていたから。」




そんなことを二人で話していると、向こうの部屋からシエラがやって来た。




「どうしたの、フュ−。誰かお客様?・・・・・・・・あら、あなたは。」




シエラの姿と声を聞いたとたん、ジュリアは真っ青な顔になった。
 




「・・・・・・・ジュリア?」




ジュリアは俯いてしまった。
華奢な肩が少し震えているように思える。




「・・・・・・・・ごめんね。わたし、邪魔しちゃったんだね。いきなり押しかけた
りして。」




そう言う声も、震えていた。
まるで泣くのを必死に堪えているように。




「ジュリア・・・・・?」
「今まで、わたしフュ−に迷惑かけるばっかりだったけれど。こんな時までなんて、
呆れちゃうね。」
「ジュリア、何を言っているんだ?」
「わたし帰るね。」




そう言うと、ジュリアはフュ−リ−を全く見ずに走り去ってしまった。




「おい。ジュリア!!」




フュ−リ−はコートを掴んで、ジュリアの後を追おうとした。
 




泣かせてしまったのは、俺のせいか?
ジュリアを、まさか俺が泣かすだなんて。
 




「待って!!行かないで!!!」




シエラがいきなり泣き叫ぶような声でフュ−リ−を呼び止めた。




「・・・・・・・シエラ?」
「どうしてよ!わたしがずっと側にいたのに。どうしてわたしのことは見てくれない
の!?」
「シエラ?」
「わたし、ずっとフュ−のことが好きだった。わたしのこと、フュ−は気付かなかっ
た?」
 




シエラが俺を好き?
いままで考えたこともなかった。そんなことは。
 




黙り込むフュ−リ−を見て、シエラは寂しげに笑った。




「わたしのこと、全然気にしてくれていないのは知ってた。でもね、もし誰も好きで
ないのなら、わたしのことも考えて欲しいの。」
「・・・・・・・・俺は。」
「今は一番でなくてもいいから。そばに置いてよ。」
 




こんなに自分への気持ちを打ち明けてくれていると言うのに。
いま、自分の頭の中にあるのはジュリアのことだけだ。
泣いているだろうジュリアのことしか考えられない。
 




シエラのことは大事だ。
でも、ジュリアのことが一番大事だ。





ジュリアだけ。
彼女のほかには何も要らない。
 





「シエラ。悪いけど、シエラの気持ちには応えられない。」
「今すぐじゃなくて、これからでもいいの。」
「俺は、ジュリア以外好きにはならない。これからも、ずっと彼女だけだ。」
「わたしにはちょっとの希望もない?」
「ない。」
 




残酷な言い方なのは分かっている。
けれども、これが真実だ。
 




「俺、ジュリア探しに行くから。今日は、ありがとうな。」





本当は、これからも友達でいて欲しいが。
それをシエラに言うのは酷だと思う。
もし、自分がそれをやられたら、きっととても辛いだろうから。
 




俺もそうだが、きっとシエラも。
望んでいるのは、相手のゼロか、もしくは全てだ。
 



***




 
泣き崩れるシエラを置いて、フュ−リ−はジュリアを探しに外へ出た。
走りながら、あちこちを見回すと、ジュリアはカンタンに見つけることが出来た。
 




「ジュリア−−−!!!」




ジュリアは、はっとこちらへ気付くと、慌てて逃げようとした。
 




逃がさない。
1人で泣く姿は、もう見たくないんだ。





フュ−リ−はあっという間にジュリアに追いついて、ジュリアを抱きしめた。




「・・・・・やだ!!離してったら!!!」
「・・・・・・俺、前にも言ったよな?1人で泣くなって。」




ジュリアは手をつっぱって、必死でフュ−リ−から逃げようとした。




「わたし、大丈夫だから!!もう、同情で側にいてくれなくていいよ!!!」
「同情?」
「フュ−が優しいから、わたしのこと気にしてくれてるのは分かってるけど!!残酷
だよ!!誰にでも優しいなら、そんな優しさはわたし、いらない。」
「何で、同情だなんて思うんだよ!!」
 




腹が立った。
まあ、ジュリアは自分の気持ちを知らないのだから、友人として心配してくれている
くらいは思っているだろうとは思っていたが。
同情だって?
同情で優しくするような、そんな薄っぺらい男に見えるのか。
 




ジュリアをぎゅっと抱きしめる。
ジュリアはかなり驚いているようだった。




「フュ−?痛いよ・・・・・・。」
「同情なんかじゃない。同情なんかで、こんなに胸が痛くなるわけないだろう。」
「・・・・・・・じゃあ、わたしが友人だから?でもね、わたしフュ−の友人でもい
たくない。」
「・・・・・・ジュリア?」
「わたし、フュ−の全部が欲しいの。わたし以外を、大事にして欲しくない。いつも
わたしだけ見ていて欲しい。」
「・・・・・・・・・。」
「わたし、フュ−のことが好きなの。」
 




なんだか、頭の中が真っ白になった気がする。
その中で、ジュリアの言葉がふわふわ浮いているようだ。
 




何もフュ−リ−が言わないので、ジュリアは悲しげな顔をして俯いた。




「やっぱり迷惑だよね。フュ−には、シエラさんがいるんだもんね。でも、気持ちを
言えて嬉しかった。わたし、ひとりでも平気だから。もう、戻ってあげて?」





夢じゃない。
そう気付いたとき、フュ−リ−はさらに一層ジュリアを抱きしめた。




「フュ−?」
 




ずっとうちあけることもないと思っていた気持ちを。
今、やっと君に伝えることが出来る。
本当は、言葉にはできないほどの想いなのだけれど。
 




「愛してるよ。」
「え?」
「ずっと前から、ジュリアのことが好きだった。」
 




君から打ち明けられてやっと言うっていうのも、なんだか情けないが。





やっとの思いでそう言うと、ジュリアはびっくりしたような顔をしていた。




「・・・・・・ホント?」
「でも、ジュリアは俺なんかでいいのか?」





ラグナのように魅力的でないし、人を楽しませることもできない。
とりえといったら、真面目なこと、それだけ。
君を思う気持ちは誰にも負けないけれど、そんなことしかない。





自信なさげにそう言うフュ−リ−を見て、ジュリアは輝くように笑った。




「わたしは、フュ−がいい。そのままのフュ−がいい。」






ジュリアの愛らしい唇に、自分の唇を重ねて。
何回もジュリアが自分の腕の中にいるのを確かめる。
きゅっとしがみつくジュリアが愛しくて、もう離せないと思った。
 





ありがとう。
こんな俺を選んでくれて。
こんな俺でも、そのままでいいと言ってくれて。





君にはわからないだろう。
そのままの俺でいいと言ってもらったとき、どんなに俺が嬉しかったか。





そうやって、二人はいつまでも抱き合っていた。
通りを通る人たちが、たまに冷やかしていったけれども、そんな声もフュ−リ−には耳に入らなかった。
 
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