〜part12〜 愛されることがどんなに幸せか、やっとわかった もう、知らなかった今までには戻れない わたし、あなたと一緒にいられなくなったら、どうなっちゃうんだろう? いつまでも外で抱き合っている訳にもいかず、二人はフュ−リ−の部屋に戻るこ とにした。 そこには、もうシエラはいなかった。 その代わりに、テ−ブルの上にメモが置いてあった。 「とりあえず、帰ります。 今日は真剣にわたしの話を聞いてくれてありがとう。 もうすこししたら、またきっとわたし元に戻ると思うから、その時はまた友達でいて ください。 シエラ」 フュ−リ−はそのメモを見て、少し辛そうに笑った。 「女性は強いな。」 「そう?」 「そうだよ。あんなに酷い振り方をしたのに、俺を恨むことなく、こんなことを言っ てくれるんだから。」 それは、きっとシエラさん、本当にフュ−のことが好きだったからだよ。 愛した人は、やっぱり憎みきれないもの。 そう言うと、フュ−リ−は少し笑った。 「俺も、シエラのことは嫌いではないし、友達でいたいと思っている。でも、それで も、俺はジュリア以外欲しくないんだ。こんな俺は、しつこくて嫌か?」 「ううん。嬉しい・・・・・。シエラさんには悪いと思うけど、でもわたしもフュ− は譲れないんだもの。」 *** テ−ブルの上には干物のミルク煮が乗っているままであった。 「もしかして、お夕飯の途中だったの?」 「ああ。ジュリアはもう食ったか?」 「ううん、わたしもまだ。ねえ、この干物のミルク煮、シエラさんが作ったの?」 「・・・・・・・・・俺だ。」 「ええ!?」 確か、フュ−は不器用でなかったかしら? そういぶかしげに見ていると、フュ−リ−は気がついたらしく少しむっつりとした。 「これは俺の好物だから、これだけはできるんだよ。」 「カンタンだしね?」 「・・・・・・・・悪かったな。じゃあ、ジュリアにはやらない。」 「あ、うそうそ!!ちょっとからかってみたかっただけなの!!食べたいです!!」 ジュリアが慌ててそう言うと、フュ−リ−は大笑いをした。 こんな風に笑う彼を見るのは初めて。 こういう風にも笑える人なんだ。 「どうかしたか?」 そうフュ−リ−に問われて、ジュリアは嬉しそうに笑った。 「ううん。色々なフュ−が見られて嬉しいなあって。これからも、色々なフュ−をわ たしに見せてね?」 「ジュリアもな。もっと色々なジュリアを俺に教えてくれ。」 二人で夕飯をつつきながら、色々な話をした。 今まで気付かなかったフュ−リ−を色々見ることができて、その度にジュリアは心が 沸き立つように感じた。 あっという間に時間が経ってしまう。 あまりに居心地がよくて、帰りたくない。 もう、ひとりにはなりたくない。 「そろそろ、帰ったほうがいい。明日、俺ジュリアの家に行くからさ。」 そう言って、フュ−リ−が立ち上がった時、ジュリアは思わず首を振った。 「やだ。」 「やだって、明日も会えるんだからいいだろ?今日はもう遅いし・・・・・。」 「やだ。明日も会うんだから、今日はずっとここにいたい。」 あなたに会えなかった間、わたしがどんなに辛かったか、知らないでしょう? ほんの少しでも会いたくて、今夜ここまで来たの。 予想外に想いが通じてしまったから、もっと離れたくなくなってしまった。 ずっと一緒にいたい。 「ここにいるって・・・・・。それはだめだ。」 「どうして?わたし、あなたの邪魔しないから。側にいるだけでもダメ?」 そう言うと、フュ−リ−はひとつため息をついて、ジュリアを抱きしめた。 「ジュリアはわかってない。」 「何が?」 「俺の部屋に泊まるのがどれだけ危険か、わかってない。俺だって、男なんだぞ?」 フュ−リ−がじっと真剣な顔をしてこちらを見つめてくる。 ジュリアにはフュ−リ−の言いたいことが分かった。 わたしのこと、気遣ってくれてるんだ。 やっぱり、あなたは優しいね。 でも、そんなあなただからこそ。 わたしは。 わたしもね、そうなってもいいと思ってる。 さっきから抱っこされてて、もっとくっつきたくなってしまった。 もっとわたし、フュ−のことが知りたい。 そして、フュ−にもわたしのこと、もっと知って欲しい。 「危険じゃないよ。わたしもそうなりたいんだもの。フュ−がくれるものでわたしを 傷つけるものなんてない。」 「・・・・・・・・別に、今日じゃなくたっていいんだぞ?」 「ううん。今がいい。だって、明日どうなるかなんてわからないもの。ああすればよ かったって、後悔しながら生きるのは嫌。わたしね、フュ−にわたしのことを知って 欲しい。そして、わたしも誰も知らないフュ−を知りたい。」 「・・・・・・・・嫌だったら、すぐに殴ってもいいから止めろよ?できるだけ優し くしたいけど、無理かもしれないから。」 「嫌になんかならないよ。」 そう言うと、ジュリアはにっこりと笑った。 フュ−リ−も優しく笑うと、ジュリアに初めて深いキスをした。 優しく抱き上げられて、そっとベッドに下ろされる。 もともと寝室にはヘッドライトしかついていなくて、薄暗かった。 怖くないと言ったら、嘘になるんだけど。 でも、嬉しいのほうが強い。 ジュリアが微笑むと、フュ−リ−も微笑んでくれた。 耳や首筋に軽くキスを落とされて、少し震える。 フュ−リ−も少し震えているみたいだ。 こんな緊張までも、共有できるのが嬉しい。 「あのね、軽蔑しないでね?」 「・・・・・・何が。」 「今日告白したのに、もうこうなっていること。」 「それは俺だってそうだろう。なんだか、学生みたいだよな。がっついてるみたい で。」 「そうなの?」 「そうだよ。ずっとジュリアに触れたかった。最近なんか、自制がきかないように なってて怖かったんだぞ?」 「わたしもね、フュ−にずっと触れたかったの。同じだね。」 やっぱり初めてだったから、引き裂かれるように痛かった。 思わず泣き出してしまって、それに気付いたフュ−が止めようとしてくれたけど。 でも、止めて欲しくなかった。 わたしの体をたどる彼の指や唇がいとおしくて堪らない。 涙は止められなくて出てしまったけど、わたしの名前を呼んでくれるだけで、どうに かなってしまいそうだった。 こんなに深く他人と触れ合ったことなんてない。 でも、他人だから触れ合える。 そのことがわたしをおかしくさせる。 きっと、もう知らなかった頃には戻れない。 次の日ジュリアが目を覚ました時、フュ−リ−はまだ眠っていた。 フュ−リ−のさらさらな髪をひとすくい取って、ジュリアは口付けた。 まだ、体はなんだか重いし、痛いけど。 でも、こんなに幸せな気持ち、味わったことない。 初めて知った。 他人に愛されることがどんなに幸せなのか。 そっとベッドから抜け出して、とりあえず服を着る。 朝の光の中で散乱している服を拾いながら着るのは、かなり恥ずかしかったのだけれ ど。 そして、フュ−の服もたたんで、ベッド脇に置いた。 そこまでしても、フュ−リ−は全く目を覚まさなかった。 やっぱり、疲れていたんだなと思う。 昨日の夜、調査から帰ってきたばかりなんだもの。 ぐっすり眠る彼を起こしたくなくて、ジュリアはそっと寝室を出て、キッチンへと 向った。 「・・・・・・・何もないのね。」 キッチンには、やかんと鍋がひとつずつしかない。 コップや皿などはいくつかあるのだが、調理器具はほとんどなかった。 「しょうがないか。フュ−、料理できないんだもんね。じゃあ、コ−ヒ−でもいれよ うかな。」 コ−ヒ−も、インスタントのものしかなかったけれど、お茶などはもちろんなかった ので、仕方がない。 やかんに水を汲んで、火にかける。 他になにもすることはないので、火を眺めながら、ぼんやりしていた。 ここがフュ−の暮らしているところなんだ。 シンプルで、あまり物がない部屋はいかにも彼らしい、とジュリアは思う。 無駄なこととかしなさそうだし。 でも、どれも長年使い込んでいるようで、落ち着く感じがする。 「・・・・・・・・うひゃあ!!!」 「・・・・・・・・何してるんだ?」 いきなり後ろから抱きつかれて、ジュリアはすっとんきょうな声をあげてしまった。 「もう、びっくりした。いつ起きたの?」 そう訊ねると、フュ−リ−は心なしか顔を赤くした。 「フュ−?」 「・・・・・・・さっき目が覚めたら、ジュリアはいないし。昨日のことが夢かと 思った。」 拗ねた子供のように言うフュ−リ−を見て、ジュリアは嬉しそうに笑った。 「夢じゃないよ?わたしはここにいるじゃない。」 「・・・・・体大丈夫なのか?起き上がったりして。」 ジュリアは真っ赤になった。 「だ、だいじょうぶ!!だって、怪我したわけじゃないんだし。」 「ならいいけど・・・・・・。あ、悪いな。俺の家、なにもないんだ。」 ジュリアがコ−ヒ−を淹れようとしているのがわかったらしい。 フュ−リ−は申し訳なさそうに言った。 「急だったから、しょうがないよ。これ飲んだら、ご飯食べに行こう?」 「ああ。俺、シャワ−浴びてくるから、その後ジュリアも使うといい。」 「ありがとう。」 フュ−リ−がお休みであった3日間は、ジュリアの家に行ったり、フュ−リ−の部屋 に行ったりしてずっと一緒に過ごした。 ただテレビを見たり、そういう何気ないこともフュ−と一緒だと、どうしてこんなに 楽しいのか。 でも、二人ともいつまでも休みな訳ではない。 終わりはあるのだ。 どうして終わりなんてあるのかなあ。 いつも一緒にいたいのに。 *** 「次って、いつ会えるの?」 最後の夜、愛し合った後、ジュリアは隣にいるフュ−リ−にくっつきながら訊ねた。 「とりあえず来週かな。今週は、俺よその部署のヘルプ志願だしてしまったし。」 「また一週間会えないの?」 おかしいね、わたし。 この間まで、一ヶ月以上会わなかったことだってあったのに。 でも、今までは知らなかったから。 二人でいるというのが、どんなに気持ちがいいものかということを。 知ってしまったから、もう知らなかった頃には戻れない。 戻りたくない。 「ジュリア?」 俯いてるジュリアに、フュ−リ−が伺うように訊ねる。 「わたし欲張りになっちゃったみたい。」 「え?」 「ひとりになるのが怖い。いつか会えなくなったりするのが怖いの。もう、ひとりに なりたくない。」 ずっとひとりだったから、気付かなかったけど。 ひとりって、寂しいものだったんだ。 知らず知らずのうちに、潤んだ瞳になってしまったらしく、フュ−リ−はジュリアを きゅっと抱きしめた。 「あのさ、いきなりで悪いんだけど、でも、今言っておきたいんだけど。」 「・・・・・・なあに?」 「結婚してくれないか?」 結婚? しばらく頭が動かなくて、つい、ぼんやりとしてしまった。 何も言わないジュリアを見て、フュ−リ−は慌て出した。 「やっぱりいきなりだよな・・・・・。ごめん、忘れていいから。」 「・・・・・・・わたしを、フュ−のお嫁さんにしてくれるの?」 「俺も、もう離れたくないんだ。でも、お互い忙しいし、中々会えなかったりするだ ろう?だったら、一緒に暮らしたい。」 「わたし、ワガママだよ?もっといい人が現れるかもしれないよ?」 「俺はジュリアがいい。ジュリア以外いらない。」 そう言って、フュ−リ−はにっこり微笑んだ。 わたしもね。 フュ−がいい。フュ−以外いらないの。 そう言おうと思ったけど、涙が溢れて止まらない。 わたしのことを選んでくれたのも嬉しいけど、わたしと同じ気持ちでいてくれたのが もっと嬉しい。 ただ、こくこくと頷くことしかできなかったけれど、それでもフュ−リ−はわかって くれた。 フュ−リ−も少し泣きそうな顔で、笑う。 わたしの人生をあなたにあげるから、あなたの人生をわたしにちょうだい? なんとかそう言って、フュ−リ−の額に自分の額をくっつけた。 *** それからが大変だった。 まず、ジュリアは新婚旅行から帰って来たばかりのキャリッジ夫妻のところに報告に 行った。 二人はかなり驚いたようだが、それでも、自分たち以上に喜んでくれた。 式も、たくさんの人を呼ぶと大変だし、フュ−リ−が目立つのを嫌がるタイプなの で、こじんまりとあげることにした。 教会もすぐに見つかった。 一番もめたのは、ジュリアの事務所関係であったが、もともとアイドル路線ではない ので、反対をされることにはならなかった。 新居は、ジュリアの家にした。 官舎はもともと独身用であるし、ジュリア自身が、今の家から離れるのが嫌だったか らだ。 この家は、ジュリアの両親が生きていた頃からの家だ。 ジュリアはこの家に愛着を感じていた。 「この部屋、全然使ってないんだけど、ここを書斎にしたらどうかしら?もともと は、お母さんの衣裳部屋だったの。」 「いいのか?」 「うん、構わないよ。わたし、物置にしか使ってなかったし・・・・・・・。」 「じゃあ、とりあえず、この中のものを空にしないとな。それで、いらないものは捨 てて。」 「そうね。」 今日は、フュ−リ−の引越しの日だ。 もともとフュ−リ−は物をあまり持っていないので、荷物といってもそれほどあるわ けではないのだが、それでも二人の部屋にするには1日は必要なので、フュ−リ−は 有給をとった。 小さなこまごまとしたものはジュリアが買い揃えてくれていたが、力仕事などは、 ジュリア1人ではどうにもならない。 「これで、全部出たよな。・・・・・・・・・?あれなんだ?」 「・・・・・?わたしも知らないわ。この部屋って、両親が生きていた頃は入っちゃ いけなかったし・・・・・・。」 すべての家具を出してみたら、壁にちいさな扉がついていた。 今までは、箪笥に隠れて見えなかったらしい。 ジュリアにしても、そんな扉があるとは全く気付かなかった。 「・・・・・・・中になにか入っているぞ。」 その扉を軽くひっぱると、どうも引き出しになっていたらしく、中から一冊の本が出 て来た。 フュ−リ−がその本の裏表紙をめくると、そこには、リコリス・ハ−ティリ−と書い てあった。 「リコリス・ハ−ティリ−?」 「それ、母さんの名前よ!!」 「日記みたいだぞ。」 どうしてお母さんの日記がそんなところにあるのだろう。 明らかに隠されているように。 なにか、嫌なことが書いてあるのかしら。 そんな不安に襲われる。 「後で、読むといい。ジュリア、お母さんのことを、あまり覚えていないと言ってた ろう?」 そう笑いかけるフュ−リ−に、ジュリアはぎゅっとしがみついた。 「ジュリア?」 「ひとりで読むのは、なんか怖い。一緒に読んで?」 「俺が読んでもいいのか?」 「ひとりじゃ、多分読めないと思う・・・・・・。」 お母さんもお父さんも、何も言ってはいなかった。 それどころか、ジュリアは自分のことは何も知らない。 分かっていることは、両親はシティ出身ではないということ、それだけ。 何か、二人には秘密があったのかもしれない。 どうしようもなく、不安な気持ちにかられる。 「ジュリア?どうかしたか?」 「・・・・・・ううん。なんか不安になっただけ。」 「側にいるだろう?これからだって、ずっと一緒にいるよ?」 「うん。そうだよね。」 きっと気のせい。 隠してあったのは、見られるのが気恥ずかしいからだよね? 「じゃあ、続きしちゃおっか!!今日しかないんだもんね。」 「ああ、これは夜にでも読もう。」 *** 「じゃあ、あけるぞ?」 片付けも終わり、夕飯もお風呂もすませて、フュ−リ−が例の日記を取り出した。 「うん。でも、その前に。」 ジュリアは、フュ−リ−の膝の上に乗って、ちょうどフュ−リ−に後ろから抱えられ るような格好になった。 「ジュリア?」 「ごめんね、でも、この格好でいさせて。わたし、この日記本当に怖いの。嫌な予感 ばかりする・・・・・・。」 「いいけど。でも、後で知らないぞ?」 そう言って、フュ−リ−は後ろからジュリアを優しく抱いて、日記を開いた。 *** [ジュリアへ あなたがこの本を読む頃には きっとわたしたちはこの世にいないことでしょう。 そして、これを見つけたときは、あなたが愛するひとと人生をともに歩みたいと決心 した時だと思います。 そういう時には必ずこの本を見つけるように、あなたには強催眠をかけておいたので す。] 「・・・・・・強催眠?」 「・・・・・・・普段は全く気付かないが、ある瞬間にある行動を行うようにマイン ドコントロ−ルすることだ。でも、一体何のために・・・・。」 「わたしに、必ずこれを見て欲しかったっていうことなのかしら。」 「たぶんな。次、行くぞ?」 [魔女、という言葉をあなたは知っていると思います。 わたしの出身は、魔女の村でした。 いつか産まれる最後の魔女のために、魔女の血を絶やさないようにするための隠れ里 だったのです。 魔女になりうるものは、魔力を保持しうる能力をもつもの。 突然変異などでも起こりえますが、一番確実な方法は、血をつないでいくこと。 わたしの家系は、魔女を産みだす家でした。 わたし自身は、魔女ではありません。 しかし、魔女になるはずのものではありました。 わたしたちの村では、魔女候補が17歳になると、力の継承を行い、次代の魔女にしま す。 次代の魔女として、一番能力が高いと選ばれたのが、わたしでした。 本当だったら、わたしは魔女となって、力を次代に繋げていかなければならなかっ た。 父さんに出会うまでは、魔女として生きていく道しか、わたしにはなかったのです。 父さんは、グラントは、もともと村の者ではありませんでした。 あるとき、遭難をしたらしく、村の外で酷い怪我をしているのをわたしが見つけまし た。 グラントは冒険家で、ありとあらゆる外の世界のことをわたしに教えてくれました。 明るく優しかったグラントのことは、わたしはすぐ好きになりました。 でも、この恋は実らないというのはわかっていました。 わたしは、あと数ヶ月で魔女になることになっていたのですから。 両親は、わたしがグラントに心惹かれていることに気付いてはいましたが、何もいい ませんでした。 きっと、これから長い間ひとりで生きていかなければならないわたしのことを思っ て、ほんの少しの思い出を持たせてくれるつもりだったのでしょう。 わたしもそれでいいと思っていました。 グラントと愛し合うようになり、わたしはだんだんと魔女になりたくなくなってきま した。 魔女になってしまったら、それは永遠にグラントとお別れをするときです。 グラントの怪我も癒え、もう村を出て行くことになったときには、わたしが村のため に彼の記憶を操作しなければならない。 でも、それだけはするのが嫌でした。 思い出としていいから、わたしのことを彼の中でなかったことにはしたくなかったの です。 わたしが思い悩んでいるのはすぐにグラントにも知られ、問い詰められました。 そのうちごまかせなくなってしまい、わたしは全てを彼に打ち明けました。 彼はしばらく考えさせてくれと言い、2〜3日わたしに会おうとはしませんでした。 わたしは、このまま彼と別れるのだろうと思っていました。 それでもよかった。 わたしにかけがえのない想いをくれたのは、グラントだったから、それだけで生きて いけると思いました。 ある、嵐の日に、わたしの部屋にいきなりグラントがやってきました。 驚くわたしに、グラントは一緒に逃げようと言いました。 今日は酷い嵐で、村人の誰もが忙しく働いている、今が逃げるチャンスだと。 わたしのために、グラントを危険な目に合わせたくない、そう彼には言ったのです が。 わたしのいない人生など、生きていたくないと、そう言ってくれました。 わたしも同じ気持ちでした。 彼のいない人生など、あってもなくても同じ。 そうして、ふたりでシティへと駆け落ちしてきたのです。 不思議なことに、村人たちの追跡はかかりませんでした。 そうしているうちに、わたしにはジュリア、あなたが生まれました。 あなたが生まれたとき、分かっていたこととはいえ、わたしはショックでした。 あなたが女の子だったから。 わたしの家系から産まれる女の子は、すべて魔女の候補となりうる素質を持っていま す。 そして、力の強い者が産む子は、どういうわけかすべて女の子なのです。 しかし、そうだからこそ、魔女の血を残すことができていたのかもしれません。 本当は、あなたを普通の子として産んでやりたかった。 こんな素質は、わたしだけでとどめておきたかった。 グラントという、外の血が入ったから、魔女の血は受け継がれないかもしれないと、 二人で夢見ていた。 しかし、運命はやはりそれを許さなかった。 でも、グラントは決まった運命などないといいました。 お前だって、魔女になる運命だと言われていたが、そうはならなかったじゃないか、 と。 確かに、能力があるだけなら、普通の人と変わりません。 継承さえしなければ、普通の人として暮らせるのです。 わたしたちは、それに賭けることにしました。 魔女になるためには、17歳までに力の継承を行わなければならない。 それまでに力を受け継がなかったら、もう魔女になることはできない。 これは魔力を維持する最低条件です。 そして、さらに。 継承を行うためには、受け入れる側の方が心を開いて魔女を受け入れなければなりま せん。 勝手に力を継ぐことはないのです。 だから、ジュリア、あなたには、わたしたちが魔女になりうるものだということを隠 してきました。 魔女であるということさえ知らなかったなら、力を継承することにはならないと考え たからです。 本当は、このままずっと知らせないままでいさせてやりたかった。 けれど、あなたは女の子で、これから、愛する人と出会って結婚したりすることもあ るでしょう。 もしかしたら、魔女になりうる子が産まれるかもしれない。 その時に、迷わないように、この本を置いておきます。 ここから後は、わたしが魔女候補だった間に学んだ、魔女について知っていることを 書いておきました。 こんなことが役に立たなければいいのですが、未来はわかりません。 こんな運命を背負わせてしまって、本当にごめんなさい。 本当だったら、子供を作るべきではなかったのかもしれない。 けれど、どうしてもわたしたちは子供が欲しかったのです。 わたしたちが確かに愛し合っていたということを、この世に残しておきたかった。 できれば、ジュリア、あなたも愛する人を見つけて、そして幸せになって欲しい。 わたしは、グラントとジュリアがいて、本当に幸せでした。 あなたにも、あなたの全てを受け入れてくれる人と幸せになって欲しい。 そう言うひとが見つかるように、いつも願っています。 リコリス・ハ−ティリ−] ・・・・・・・・・・どういうこと? 頭の中が、ぐるぐるして、何も考えられない。 思い出に残るお母さんは、儚いけれど、でもとっても優しい人だった。 あんなお母さんが、魔女になるひとだったなんて、信じられない。 わたしは、普通のひとではなかったの? わたしは、アデルのように、人々に恐怖を振りまく存在になるかもしれないものなの ? わたしは。 どうすればいいんだろう。 もう、ひとりになんかなりたくないのに。 フュー、あなたとさよならしなくちゃいけない? いきなり知らされた事実はジュリアには重すぎて。 頭が混乱していく。 何をしたらいいのかわからない。 でも、しなくてはいけないことはわかっている。 わたしたち、もう一緒にいてはいけない。 わたしの運命を、フュ−に背負わす訳にはいかない。 あなたは優しいから、きっとわたしのことを見捨てたりしないと思うけど。 だからこそ、わたしに縛り付けたり、そういうのは嫌なの。 フュ−には、自由に生きて欲しいから。 それにわたしと結婚して、子供ができたとしても。 その子供はまた、魔女になりうる子の可能性が高い。 フュ−リ−はかっこいいし、優しいから、たくさんのひとが好きになる。 普通の人と結婚すれば、普通の人生を送れる。 わたし、本当は知っているんだ。 フュ−が、穏やかな普通の生活をしたいって望んでいること。 わたし、フュ−の望みは、なんだって叶えたい。 わたしと一緒だったら、そんな普通の生活も送れなくなる。 わたし、フューのためだったら、我慢できる。 ジュリアは硬く唇を噛み締めながら、フューリーの方を真っ直ぐ見た。 |
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