〜part14〜
 




君と家族になり
これからもずっと一緒に歩いて行く
そのためには、俺にできることは何でもする
たとえ、何かを犠牲にしたとしても
 
 






この月、ビンザ−・デリングは圧倒的な票を集めて大統領に就任する。
歴代の中で最年少の大統領の誕生に、この国がいかに追い詰められているかかがわ
かる。
そして、シティも、「デリング・シティ」と改名された。
 








「君、ジュリア・ハ−ティリ−と結婚するんだって?」





フュ−リ−はいきなり部長にそう呼び止められた。




「ええ、そうです。」
「そうか・・・・・・。実はな、今日は大統領閣下から直々に手紙を預かっているん
だ。閣下は、なにか君にお話しがあるらしい。」
「・・・・・・・自分の結婚についてでしょうか?」
「そうみたいだ。わたしのところにまで、結婚の話は本当かと打診がきたからね。」
 





なぜ、ビンザ−が自分の結婚について気にかけるのだろう。
いぶかしく思いながら、フュ−リ−は封筒の封を開けた。
 






[フュ−へ
いきなりで悪いな。なんだか妻がお祝いを渡したいとか言っているから、今晩俺の家
まで取りに来てくれないか?
ビンザ−]
 







わざわざ正式な手紙にするほどの内容ではないのに、直接自分に言わないのはどうし
てだろう。
何か嫌な感じはしたが、ビンザ−の立場では、電話を個人的にかけることすら難しい
のかもしれない。
そう思い直して、フュ−リ−はジュリアに電話をかけた。
 






「もしもし?」
「ジュリア?俺だ。今夜、少し帰りが遅くなる。友達のところへ行かないといけない
んでな。」
「あ、そうなの?じゃあ、わたし、式の準備も兼ねて、リ−ナのところへ行ってよう
かな。」
「じゃあ、帰りにそっちへ寄るから。」
「わかった、待ってるね。」
 






電話を切ると、目の前でラリ−タ・メメンディがニヤニヤしながら笑っていた。






「・・・・・・・なんだよ、メメンディ。」
「べっつに〜。あんな堅物だったカ−ウェイ君が、そんな甘甘になるとは世の中不思
議って、思ってただけ〜♪」
「電話してただけじゃないか。」
「うふふ。すっごい幸せそうな顔して話してたわよ〜。」






フュ−リ−は真っ赤になった顔を隠すようにして、席を立った。
後ろからは、ラリ−タの大笑いが聞こえていたが、無視をした。
 






「ラリ−タってば相変わらずね。」






振り返って見ると、そこにはシエラがいた。






「シエラ・・・・・・・・。」
「久しぶり、フュ−。」
「ああ・・・・・。」
 





シエラと会うのはあの夜以来のことだった。
いきなり会うとは思わなかったから。
一体何を言ったらいいのかわからない。







フュ−リ−が黙り込んでいると、シエラはふふっと笑った。






「フュ−ってば、またぐちゃぐちゃ考えちゃってるんでしょう?わたし、もう大丈夫
よ。泣いたらすっきりした。」
「・・・・・・あの時は悪かったな。一人で置いていったりして。」
「ううん。かえって良かった。優しくされたら、いつまでも期待しちゃうもの。辛
かったけど、でも、早く立ち直れたのはあなたのおかげだから。」





いいや、きっとそれは違う。
頑張ったのはシエラだ。
俺ではない。






「俺のせいじゃないさ。シエラが強いからだよ。」
「それって、褒め言葉?」
「ああ。そうだよ。いつもシエラは頑張っていて、俺はそういうところ、尊敬してい
る。」
「ふふ。嬉しいな。これからも、よろしくね!式の招待状送らなかったら、承知しな
いんだから。」
「ありがとうな。」
 






きっと、シエラは気を使って、わざわざうちの課まで来たんだろうな。
向こうが会いに来てくれなかったら、きっともうずっと会えなかったと思う。
彼女を傷つけたのは確かだから。
ジュリアの方だけを選んだのも、自分だから。
それでもこうして来てくれたシエラには、感謝してもし足りない。
 






ありがとう。
ジュリアのようには欲しいとは思えないのだけれど、でも、シエラのことは大事だ。
大事な、俺の友達。
シエラとビンザ−には幸せになって欲しいといつも思っている。






 
***







仕事を終えて、ビンザ−の家にまで向う。
まだ就任したばかりなので、ビンザ−はまだ大統領官邸には引っ越していなかった。
結婚の時に借りた、こじんまりとした家にまだ住んでいた。
 






家を訪ねると、ビンザ−はまだ帰っていないとメイドから言われた。






「そうですか・・・・・・・。では、また出直します。」






そう言って帰ろうとしたところ、上のほうから呼び止める声がした。






「カ−ウェイ様でしょう?ああ、やっぱりそうだわ。」






ビンザ−の妻のフェンヤであった。






「お久しぶりです。」
「本当に。ビンザ−のお友達なのに、全然遊びに来てくださらないんだもの。もうじ
き主人も帰ると思いますわ。それまで、どうぞお待ちになって?」
「いえ、それでは悪いですし・・・・。」
「いいえ、そんなこと!わたくし、いつも1人で寂しいの。少し話し相手になってく
ださると嬉しいわ。」






フューリーがいくら固辞しても、フェンヤは全く聞き入れることはなく。
そんなこんなで、結局引き止められることになってしまった。
 






フュ−リ−は実は、このフェンヤという女性は苦手だった。
清楚で愛らしい顔立ちなのだが、時々、ぞっとするほど冷たい瞳をする。
結婚式の時からそうであった。
若い娘で、しかも自分の結婚式なのに、どこか冷めた目をしていたのを覚えている。
しかし、苦手とはいえ親友の奥方だ。
無下に断る訳にもいかず、フュ−リ−はビンザーの帰りを待つことになってしまっ
た。
 







「これ、おいしいお茶ですのよ。この間頂きましたの。どうぞ。」
「わざわざすみません。でも、どうぞお構いなく。」
「そんなこと言わないで、召し上がって?」






あたりに馥郁たる香りが立ち込める。
フェンヤは慣れた手つきでお茶をフュ−リ−に勧めた。
 






「カ−ウェイ様、今度結婚なさるんですってね。」
「フュ−リ−で結構ですよ。ええ、そうです。ビンザ−から聞きましたか?」
「ええ、そう。主人は酷く取り乱していたみたいだけれど・・・・・。」






そう言って、フェンヤは年に似合わず妖艶に笑った。






「わたくしね、あなたのこと恨みに思っていましてよ、フュ−リ−?」
「・・・・・・・・俺は何かあなたにしましたか?」
「いいえ、していませんわ。していないからこそ、恨んでいるのです。」
 






訳がわからなかった。
フェンヤと会うのは、これが二回目。初めて会ったのは、ビンザ−の結婚式の時で
あった。
どう考えても、恨みに思われるような覚えはない。






「うふふ、おわかりにならない?わたくしはね、あなたが欲しいの。結婚式で初めて
お見かけした時からずっと。」
「どういうことですか。」
「わたくし、あなたのことも調べて知ってはいましたけど、そんな出世街道をわざわ
ざ断るような方には全く期待しておりませんでしたの。将来、大統領夫人になるため
には、何の役にも立たないと思って。
でも、あなたを始めて見たとき、それは間違いだったと気付きましたわ。あなたは、
知らず知らずのうちに人の目を惹きつける方。そして、その能力も十分持ち合わせて
いる。」






一体、この女性は何を言っているんだろう?
清楚な表情をしているのに、話す内容は、とてもおぞましい。





このひとは。
こんな女性だったのか・・・・・?





それでも、まがりなりにも親友の妻である。
フューリーはすぐにでも席を立ちたい気持ちを堪えた。






「ビンザ−だって、優秀ですよ。俺なんかよりずっと。」
「でも、主人はあなたには一度も勝てなかったそうではありませんか?わたくしは誰
よりも優秀な方が好き。あなたを知ってしまったから、もう主人では物足りなくなっ
てしまって。だから、あなたを恨んでいるのよ。本当だったら、あなたと結婚するの
はわたくしだったのに。」
「・・・・・・・・俺なんかと結婚したってつまらないですよ。」
「つまらないかどうかはわたくしが決めるわ。世間体が悪いから、離婚はできないけ
れど、わたくしと楽しまない?損はさせないわよ。」
「どういう意味でしょうか?」
「あなたが考えている通りの意味よ。」






そう言うと、フェンヤは美しく笑った。
 






恐ろしい、と思った。
こんなに純真そうな顔をして、自分に愛人になれと言う。
そして、それが叶うことだと彼女が考えていることが余計に不快な気持ちにさせる。
 






誰もが自分の思い通りになるなんて、どうして思えるのだろう?
その思い上がりが非常に嫌だ。






それに。
親友の気持ちを考えると、フューリーはやるせない気持ちになった。
フェンヤとの結婚を決めるとき、ビンザーはフェンヤを愛して幸せになる、と言っていた。
その言葉に嘘はなかったはずだ。
だったら、あいつは今、幸せではない、のか・・・・・・・・・?






 
「俺に、親友を裏切れと言うのですか。」
「あら、そんなことにはならないでしょう?主人にだって他に好きな女性がいるのだ
から。わたくしのおかげで大統領にまでなれたのですもの、文句は言えないはずよ
?」
「ビンザ−はあなたを愛していると思いますよ。」
「わたくしは違うと思いますけど。でも、そんなことはどうでもよろしいわ。今は、
あなたのことよ。」
「俺は、妻以外欲しいとは思いません。」
「うふふ、まだ新婚ですものね?そのうち、気が変わってよ。あんな芸能人あがりの
女は、あなたのような方にはふさわしくないわ。そのうち、あなたにもわかるでしょ
う。」
「あなたは、ご自分が言っていることがわかってらっしゃらない。」
「まあ、そういうことにしておいてあげてもいいわ。気が変わるのを待ってますわ
ね。」
 






そこまで話した後、ビンザ−が部屋に入ってきた。






「フュ−、早かったな。」
「あら、あなたお帰りなさい。」






フェンヤはそう言って、ビンザ−に清楚に笑いかける。
 






魔女だ、と思った。
こんなに綺麗な顔で、考えることはおくびにもださず振舞う。
本当の彼女が求めているのは自分の快楽のみであり、そのためには他人を平気で押
しのけるような人間だが、そのことに気付く人はほとんどいないだろう。
まるで食虫花のように、甘い蜜で誘う。
それでも、彼女はただの人間、だ。
だから、人々に恐れられ、忌み嫌われるものにはならない。
彼女が本性を上手に隠している限り。







では、ジュリアはどうか?
あんなに綺麗な心を持っているのに、力を望んでいる訳でもないのに、素質があると
いうだけで、世界から忌み嫌われるものになる可能性がある。
不公平だ。
何のために魔女、という力はあるのだろう。
 






***







「ビンザ−、久しぶりだな。」
「ああ。」






ビンザ−の書斎に行き、二人っきりになった。
久々に見るビンザ−はどことなくやつれて見えた。
そして、何かすさんだ雰囲気がする。







やはり、彼は今、幸せではないのだろうか。
フューリーが知るこの友人は、いつも明るく快活で、こんな憂いた顔をするようなことは
なかった。
たった数ヶ月、それだけでしか経っていないのに。
まるで別人のような姿になってしまっている。






「お前、結婚するんだってな。」
「ああ。そのことだろう、今日呼んだのは。」
「・・・・・・・・どうして、シエラじゃないんだ。」
「は?」
「お前がシエラを幸せにすると思ったから、俺は身をひいたのに!!」
「ビンザ−、もしかして・・・・・。」
「ああ、そうだよ。俺はずっとシエラが好きだった。シエラがお前しか見ていないの
を知っていたけれど、それでもシエラが幸せならそれでいいと思ってたんだ!!それ
なのに、なんでそんなよく知りもしない女と結婚するんだよ!?」
 






ビンザ−がシエラを好き?
俺たちは、微妙な関係の上に成り立っていたのか?
フュ−リ−は自分の迂闊さに、改めて愕然とした。

 





全く気づかなかった。
いつまでも、三人仲良くやっていけると思っていた。
そんなことは、俺の思い込みだったのだろうか。




いいや、違う。
違うと思いたい。







「シエラには悪いけど、でも俺の気持ちはちゃんとシエラは知っているし、理解して
くれた。」






フュ−リ−はそう言ったが、ビンザ−はぞっとするような暗い笑顔をした。
 






「お前は、いつもそうだよな。俺の欲しいものは全てお前が持っていく。」
「・・・・・・・ビンザ−?」
「シエラだけでない、フェンヤもそうだ。あいつ、式でお前のこと見かけてから、俺
のことなど振りむきもしない。さっきも、あいつお前のことをくどいてたろう?全部
聞いていたよ。
士官学校でも。俺はどんなに努力してもお前には勝てなかった。今まで何一つ、思い
通りにならなかったことなどないのに、お前がいるお陰で俺は万年二位に甘んじるこ
とになってしまった。任官してからも、いつもお前と較べられて、そのたびに俺がど
んなに屈辱を感じていたか、お前に分かるか!?」





親友だと、かけがえのない友達だと。
そう思っていたのは、俺だけ、か?






「・・・・・・・・・・・。」
「お前と友達づきあいをして、お前が自分の才能などを疎ましく思っていることを
知った時、俺は神を呪ったよ。あんなに何も望まない奴のところには全てがあって、
どうして望んでいる俺のところには何一つないんだ!?大統領になってもそうだ。俺
の言うことなど、周りの奴らバカにして聞いてくれない。」
「ビンザ−。何もかもをいきなり急に変えることなど無理だ。お前、そのくらいわ
かっていたじゃないか。」






フュ−リ−はそうビンザーを諭しながらも、頭が混乱して仕方がなかった。
 






ずっと仲のいい親友でいられると思っていたのに。
誰よりも、シエラとビンザー二人には幸せになって欲しいと思っていたのに。
どこで線路が行き違ってしまったのだろう。
まさか、自分の存在がビンザ−を傷つけているとは考えもしなかった。
 






「ビンザ−、俺はお前のほうがすごいと思っている。俺は、ただ穏やかに暮らしてい
きたいだけだけど、お前はこの国のためにと頑張っているじゃないか。そして、お前
はそれを叶えるだけの能力も持っている。」






ビンザ−はちらりとフュ−リ−の方を見て、口を歪めた。






「・・・・・・・・お前にはきっと、一生分からないよ。俺が喉から手が出るほど欲
しいと思っているものを全て持っているんだから。・・・・・・・・・でも、せっか
く親友だと思ってくれているんだし、俺の頼みを聞いてくれないか?」
「・・・・・・・・・・・なんだよ。」
「お前の才能を、全て俺によこせ。俺のために、その能力を使え。どうせ、お前には
いらないものなんだろう?だったら、俺が有効に使ってやるよ。」
「どういう・・・・・?」




「とりあえず、俺はまだぽっと出の政治家だ。いくらフェンヤの実家の後ろ盾がある
とは言っても、いつ足元をすくわれるか分からない。だから、俺には強力な力が必要
なんだ。お前には、軍の要職にまで登りつめてもらって、俺の後ろ盾になってもらい
たい。」
「そんなことをしなくたって、お前には十分力はあるだろう?」
「もちろん俺には能力もあるさ。でも、政治はそれだけではやっていけない。馬鹿ど
もを黙らすにはそれなりのコネが必要ってことさ。とりあえず、お前には中央に転属
してもらいたい。」
 






友達として、ビンザーの役に立ってはやりたい。
しかし、こんなことは本当に彼のためになるのだろうか?
地道に少しずつ力をつけるほうが、彼とこの国のためにはいいのではなかろうか。
 






そう考えたフュ−リ−はコートを取って立ち上がった。






「・・・・・・・・・協力する気はないってことか?」
「そうじゃない、ビンザ−。お前には協力したいが、そんな方法はお前のためになら
ないと思う。」






ビンザ−は口の端を歪めて笑った。






「俺のためかどうかは俺が決めるさ。」
「お前、今少し疲れているんだよ。少し落ち着いて考えた方がいい。」






そう言って、出て行こうとしたとき、ビンザ−はなんでもないように切り出した。
 






「そういえば、お前の嫁さん。確か、有名な歌手だったよなあ?」
「・・・・・・・そうだが。」
「25年前に、一組の男女がこのシティに逃げ込んできた。男のほうはともかく、女の
ほうはまるで子供のように愛らしい人だったそうだが、その人はやたらと薬関係に詳
しくてな。当時重い病で臥せっていた俺の義母上、つまり前の大統領夫人の治療をい
ともカンタンにしたらしい。」
「・・・・・・それがなにか?」






「どの医者からも治らないと見離されていた義母上は、非常にその夫婦に感謝して、
一つの家を与えた。そのうち夫婦には娘が1人生まれる。そして義母上はその夫婦か
ら頼まれたそうだ。何があっても17歳をすぎるまで娘をシティの外へ出さないように
して欲しい、と。そしてその夫婦の苗字はハ−ティリ−と言ったそうだ。このことが
何を意味するか、わかるか?」






ビンザ−は暗い笑いを浮かべながらフュ−リ−を見た。







一体、ビンザ−は何がいいたい?
まさか、あのことを知っているとでもいうのか?
 






「大概魔女というものは非常に魅力的で、薬の扱いに長けている。大昔なんかは、魔
女は医者の役割も果たしていたらしいからな。俺は、その女は魔女か、もしくは魔女
に近いものだと睨んでいる。・・・・・・・確か、お前の嫁さんもハ−ティリ−と
言ったよなあ?」
「・・・・・・・・それがジュリアとなんの関係がある?」
「ないかもしれないし、あるかもしれない。俺は知らないがね。ただ、俺たちの国は
今魔女と戦っているんだ。こんなことが噂にでもなったら大変なんじゃないか?」
「お前、俺を脅しているのか?」
「別に?やましいことがないのならいいんだがね。ただ、俺は魔女を根絶やしにした
いと思っているのは本当だ。お前の妻だろうが、容赦はしないだろうな。」
 






ビンザ−は能力の高い男だ。
きっと、俺たちが秘密にしておきたいあのことも、あっと言う間に感づいてしまうだ
ろう。
そうでなくても、彼は今、この国の最高権力者の地位にある。
その気になれば、この話の確証を得ることなど、赤子の手を捻るように容易いであろ
う。
 






ジュリア。
俺は君のために何ができる?







秘密はいつか漏れるものだ。
そうなったとき、俺は君を守れるのか?
 






「お前次第だよ、フュ−。もしお前が俺に協力してくれるのなら、お前は俺にとって
大事な友だから見逃してやることもできるんだが?」
「お前、そんなに俺が憎いか?」
「憎いというより、お前との道は違ってしまったというのが本当かな。さあ、どっち
だ?」
 






俺は、ジュリアと一緒にいたい。
もう、離れないと誓ったんだ。
ジュリアと一緒にいるためなら、なんだってする。
もう、彼女なしの人生なんて考えられないから。
 







「来週、転属願いを出す。でも、出世するかどうかはわからないぞ?」
「するに決まってるだろう。お前は本当に能力が高いんだから。来週には少佐だ
な。」
 







***






 
「お帰りなさい、フュ−!ジュリア、フュ−が迎えに来てくれたわよ?」
「遅かったね?楽しかった?」






コ−トを着て、にこにこ微笑むジュリアを見て、フュ−リ−も微笑んだ。






「じゃあ、リ−ナ。俺たち帰ります。」
「は〜い!また来てね?」
 






ふたりで家に向かって歩いている時、ジュリアがフュ−リ−の顔を見上げて首をかし
げた。






「フュ−、何かあった?元気、ないね?楽しくなかったの??」
「別に、いつもどおりだけど?」
「そんなことない。わたし、わかるんだもん。フュ−ってば全部自分で溜め込んじゃ
うでしょ?辛いことはわたしにも分けてよ。二人で支えあって生きていきたいの。結
婚ってそういうことでしょう?」
 






ジュリアのその言葉を聞いて。
自分の心がほっと安らぐのがわかる。
 






そうか。
今までは1人だったけど、これからは1人じゃない。
たとえ世界中のひとが分かってくれなくても、一番近くに誰より分かってくれる人が
いる。
それはなんて幸せなことだろう。
 






「俺、ジュリアが好きだ。」
「なあに、いきなり?・・・・・でもね、わたしの方がもっと好きだよ、きっと。」
 





そう言ってくすくす笑う君が本当に愛しい。
君は、きっと知らない。
俺がどんなに君に焦がれていたかを。
 






いつも一緒に歩こう。
いつも一緒のものを見よう。
そして二人でさらに広い世界へと歩いていこう。
 






「ジュリアが考えているより、もっと俺のほうが好きだよ。」
「そんなのわからないじゃない。」






ジュリアがむうっと膨れる。
 






「俺さ、来週転属することになったんだ。」
「随分急なんだね。でも、いいの?今の部署から動きたくなかったんでしょう?」
「まあな。でも、ある意味中央に行くって言うのも悪くないと思うぞ?戦争を早く終
わらせることができるかもしれないからな。」






そう言ってフュ−リ−は笑ったが、ジュリアは少し難しい顔をしていた。






「・・・・・・・・もしかして、わたしのせい?」
「なんで?」
「だって、今までそんなこと一言も言ってなかったじゃない。わたしのせいでフュ−
に迷惑かかってる?」
「何もないよ。それに、別に他の部署に行くのは構わないんだ。俺にはもっと欲しい
ものが手に入ったからな。」
「・・・・・・・本当に?」
「本当に。嘘だと思うのか、ジュリアは?」
 






ジュリアは少し考えていたが、やがて花が開くようににっこり笑った。






「本当に欲しいものが手に入ったのならいいか。でも、本当に欲しいものってなあに
?」
「・・・・・分からないか?」
「わたしの想像通りかなあ。それならわたし、すっごく嬉しいんだけど。」
「ジュリアは何だと思う?」






フュ−リ−がそう訊ねると、ジュリアは少し顔を赤くさせた。






「教えない。」
「言ってみろよ。どうせ、誰もいないんだし。」






すると、ジュリアは顔を赤くさせたまま、フュ−リ−の耳元で囁いた。






「・・・・・・・・・もしかして、わたし?」
「もしかしなくても、そう。正解したからご褒美をあげよう。」






そして、ジュリアの頬に軽くキスをする。







「あはは、なんか照れるね。でも嬉しいな。あのね、わたしも欲しいものって、フュ
−なの。お揃いだね。」
「なんだ、ジュリアは俺のこと欲しかったのか。いいこと聞いた。」
「・・・・・・・・なんか、そう言う風に言われるとえっちくさいよう。」
「ジュリアは違うのか?俺はそういう意味も込めてたんだけど?」
「・・・・・・・・・馬鹿。」
「嫌ならしないけど?」
「・・・・・・・・意地悪。」
「何が意地悪?」
「・・・・・・・もう、意地悪!馬鹿!すけべ!!知らないんだから!!」
 






ジュリアは真っ赤な顔をしてそう言うと、自宅の方へ走っていってしまった。
フュ−リ−が後をゆっくりついて行くと、心配になったのかジュリアは戻ってきた。






「ジュリア?」
「・・・・・・・・怒ってない?フュ−。」
「は?」
「だって、追いかけてきてくれないんだもん。不安になっちゃった。わたし、言い過
ぎたかなあって。」






そう言って、俯く彼女が愛らしくて、思わず笑ってしまった。






「ひどい、笑うなんて!わたし真剣なのに。」
「だって、何もジュリアは悪いことしてないじゃないか。」
「・・・・・・・すけべって言っちゃったもん・・・・・・・。」
「別に?俺は自分のすけべは自覚してるしな。本当のことを言っただけだろう。」
「そういう顔でそんなことしれっと言わないでよう。」






困った顔でジュリアが微笑む。
 






こういうなんでもないやりとりがどんなに幸せか。
きっと、ビンザ−は知らない。
それが彼の選んだ道とはいえ、フュ−リ−はなんだかやるせなかった。
 






***





                

そうして二人は結婚し、月日は巡る。
キャリッジ夫妻のところに赤ちゃんが生まれた半年後、ジュリアも珠のような女の子
を出産した。
生まれてきたのが女の子であったこともあって、ジュリアは非常にショックを受けて
いた。
初めて対面した日は泣いて、フュ−リ−と赤ん坊に謝った。
しかし、能力があるないに関わらず、要するに力の継承さえ行わなければいい話であ
ると考えたフュ−リ−は、別に気にしてはいなかった。
 






それより何より。
嬉しくて泣けてくる。
ああ、俺たちは本当に家族になったんだと実感できるから。
 






そう言うと、ジュリアはまた涙を浮かべながら笑った。
そして、わたしも今ならお母さんの気持ちが分かると言った。
 






そうなんだよな。
きっとジュリアの両親もこんな気持ちだった。
ただ嬉しくてたまらない。
この子にも、生まれてくれてありがとうという気持ちだけしか考えられない。
 






「名前、つけたいのがあるんだ。」
「どういうの?」
「俺の村は漁師村だったろう。海へ出るのに、方向を指し示す重要な星があってな。
その名前にしようと思う。その星の名前は航海を守護する女神の名前でもあってな、
女の子にぴったりだと思うんだ。これから、この子には辛い人生が待ち受けているか
もしれない。でも、そんなときにも自分を見失わないで生きていって欲しいから。」
「素敵だね。でも、女の子らしい名前にしてね?でないと可哀想よ。」
「分かってるよ。それは大丈夫だ。可愛らしく覚え易い名前だから。」
 






俺たちの娘。
かけがえのない宝物。







俺たちは、「リノア」と名づけた。







***






 
そうこうしているうちに、ガルバディアはティンバ−に侵攻。
ティンバ−は資源豊富な小国で、ビンザ−はかなり前から目をつけていたらしい。
その際、一部の軍人が規律に反して住民を虐殺した。
住民の虐殺を厳しく禁じていた軍は、早速犯人たちをとらえ、軍法会議にかけること
にした。
しかし軍法会議が開かれる直前、犯人たちは全員何者かに毒を盛られ死亡するという
事件がおきた。
 






この一部の軍人はどうもビンザ−から密命を受けていたらしい。
そんな噂がまことしやかに広まった。
そんな噂を裏付けるように、大統領直属軍が結成され、砂漠地方には巨大な刑務所が
つくられる。
しかし、情報が手に入らない一般人の大統領への熱狂振りは凄まじく、ついに、ビン
ザ−は終身大統領に就任する。
 






この国に嫌気がさしたのか、キャリッジ夫妻はティンバ−に引っ越していった。
ウェインはもともとティンバ−の出身でもあったらしく、祖国の惨状を見ていられな
かったらしい。







そして、シエラもビンザーのやり方に納得できないと、軍を辞めた。
今、彼女は反政府運動を地下で行っている。
 






一体この国はどこへと行くのだろう。
みんなが何かしようと立ち上がっているのに、自分だけのうのうと暮らしているのは
気が引けるが。
 






それでもフュ−リ−は軍を辞めようとは思わなかった。
軍はガルバディア国内でも少し特殊で、大統領府に対して一定の発言権がある。
ここに残っていれば、何か自分にもできるかもしれない。
去っていったシエラもウェインも、きっとそう望んでいるはずだ。
 






そして、なにより。
自分はジュリアとリノアを守らねばならない。
自分が軍にいる限り、ビンザ−は手出しをしてくることはないと思う。
しかし、軍を離れたらどうなるか分からない。







俺にとって一番大事なのは、ジュリアとリノアだ。
それ以外は何もいらない。
 






ティンバ−にはすまないと思うし、今のこの国に納得もしていない。
でも、それでも。
 






はっきり言ってしまえば、ジュリアとリノア以外、いらないんだ。
二人を守るためなら、何だってする。
たとえ、何かを犠牲にしたとしても。
 






こんな自分はエゴが強くて嫌になる。
けれど、これがごまかしようがない自分の真実。
 






「リノアが大きくなった頃には、もう少し変わっているかな?そうだといいな。」






そう言いながらあやすと、リノアはジュリアそっくりのつぶらな瞳でフュ−リ−を見
上げてきゃらきゃらと笑う。







願わくば。
この子が大きくなった頃には平和になっていますように。
フュ−リ−はそう言う気持ちを込めてリノアを抱きしめた。
 




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