〜part16〜





雨が降る。
俺の中の気持ちを全て洗い流すかのように、優しい雨が降る。
まるで、ジュリアに抱かれているように、俺たちを包む。
心配しているのか?そうかもな・・・・・・・。








 
「・・・・・・・・おとうさん?」
「リノア・・・・・・・。無事でよかった・・・・・・。リノアには痛いところ、ど
こにもないな?」
「うん・・・・・。でも、おかあさんは?」
「おかあさんは、少し酷い怪我なんだ。もうじきしたら、手術が終わる。」







フュ−リ−の嫌な予感は当たっていた。
ガルバディアホテルに向う途中、事故のことを知らされたのだ。
 






夢であって欲しかった。
何よりも大切なもの、ふたつがいなくなってしまうかもしれないなんて。
 






急いで病院に向うと、まず、担当の医者から挨拶を受け、リノアが無事であることを
聞かされた。
そのことを聞いて、フュ−リ−は少しほっとした。
話に聞いていたほど、酷い事故ではなかったのかもしれないと考えたからだ。
しかし、その後に医者が言ったことは、フュ−リ−を打ちのめした。
 






「奥様のほうは・・・・・・・、今緊急手術を行っては居ますが・・・・・・かなり
酷い怪我ですので、助かるという保証はできかねます。」
 






ジュリアが死ぬかもしれない?
俺たちを残して?
あんなに、あんなに一緒にいようと誓ったのに?
 






「お嬢さんのほうは、もう目が覚めたようですよ。しかし、あれほど酷い事故だった
のに、まるで奇跡です。お嬢さんにはまったく怪我がなかったのですから。奥様がお
守りになったせいでしょうね。」






凍ったように固まったフュ−リ−を見かねて、看護婦がそっと教えてくれた。
そうだ、リノア。
リノアも不安がっているだろう。
俺が参っていることを見せたら、あの子も不安になる。
すこし、気を入れなおして、フュ−リ−はリノアのもとへと向った。
 






「おとうさん、わたし、なんだか疲れたの。とっても眠い・・・・・・。」
「少し休みなさい。怪我がなくても、体はきっと参っている筈だから。おかあさんが
目覚めたら、リノアを起こしてあげるから。」
「うん・・・・・・・。」
 






リノアはそう頷くと、すやすやと眠ってしまった。
リノアの艶やかな黒髪をすいてやりながら、フュ−リ−は少し不審を感じていた。
同上していた運転手と、後ろからぶつかったという車の運転手は即死。ジュリアは瀕
死の重傷。
なのに、リノアには全く怪我がないというのはどういうことだろう。
いくらジュリアが守ったとはいえ、いくらなんでも少しは怪我をするものではなかろ
うか。
 






考えてはいけない。
これは、たまたま、だ。







考えてはいけない。
なんだか嫌な予感がするから。
 
                  






***






 
雨が降る。
しとしとと雨が降る。







「フュ−?そろそろ時間だぞ・・・・・・。」






ティンバ−から駆けつけたウェインが、そっとフュ−リ−の肩を叩いた。






「・・・・・・・キャリッジ先輩。」
「お前が見送ってやらなきゃ。誰よりも、お前に一番見送ってもらいたいに決まって
るんだから、ジュリアは。」
「・・・・・・・・なんだか、まだ信じられないんです・・・・・・・・。」
 






あれから、医者の手当ての甲斐もなくジュリアは儚い人となってしまった。
それから、一体何日たったのか分からない。
今が昼なのか、それとも夜なのかも。
すぐにティンバ−からキャリッジ夫妻が駆けつけてくれて、日常生活や葬式のことな
ども取り仕切ってくれたが。
まるで、まわりがもやにかかったのかのように、何も考えることができない。
 






「今は、そうだよ・・・・・・。俺たちだって、まだ信じられない。あんなに元気
だったのに・・・・・。」
「とりあえず、生きてはいるけれど、何もできないんです。何も、しようとは思えない。
まるで、悪い夢かのように、何もない・・・・・・。」
「何馬鹿なこと言ってるのよ!!」







入り口の方を見ると、リ−ナが泣きながら怒っていた。






「フュ−がそんなことでどうするの!?あなたにはリノアがいるでしょう!?リノア
のためにも、しっかりしないとダメじゃない!!」
「・・・・・・・リノア・・・・・・・。」
「ジュリアだって、悲しむわ。こんな抜け殻みたいなあなたを見たらきっと心配す
る。ゆっくり眠れないじゃない!!」
「そうでしょうか・・・・・・。」
「そうよ!!だから、せめてあの子を見送ってあげて。それから、うんと泣きなさ
い。あの子を幸せに眠らせてやりましょうよ。それが出来るのは、フュ−だけなんだ
から。」
 






そうか。
そうだな。
俺にはリノアがいる。
あの幸せだった日々が嘘ではなかった証拠。







部屋から出ると、リノアがアルスと一緒にいた。
アルスはキャリッジ夫妻の1人息子で、リノアと同い年のせいもあり、昔から仲が良
かった。






「おとうさん・・・・・・・・・。」
「リノア、すまん。心配かけたな。行こう。」






リノアの小さな手をとり、教会へと向った。
 








今日の葬儀は親族と親しい人のみの、密葬であった。
うるさいマスコミも、この場所には入っていない。
ジュリアは、まるで夢見ているかのように少し微笑みながらそこにいた。
ジュリアのまわりに、彼女が好きだった花を飾って、それからゆっくりと口付けた。







こうしていると、まるで眠っているだけみたいなのにな。
でも、呼びかけても応えてくれない。
いつものように、黒曜石の瞳をくりっとさせて笑うこともない。
 





まだ、信じられない。
もう、君が目を覚まさないだなんて。





でも、これが現実。
夢であって欲しいと思っても、これが現実。





俺は、君と居ることができて、本当に幸せだった。
ありがとう。
こんな俺でも愛してくれて。






ジュリアは「幸せだ」と言ってくれたけど。
本当に幸せだったのは、俺のほうなんだ。
毎日が夢のようだった。
 






リノアも、ジュリアのまわりに花を置いて、それからジュリアの頬に口付けた。
そして、棺が閉じられた。
 






納棺もすみ、墓地へと向う途中、リノアが不安そうに呟いた。






「あのね、おとうさん。わたし、思いだしたことがあるの。」
「何だ?」
「後ろの車の人、わたしたちを狙っていたみたいなの。運転手さんがそんなこと言っ
てた。」
「なんだって?それは本当か?」
「うん。わたしたちを見て、笑ったような気がした。・・・・・・・・・どうして?
わたしたち、何も悪いことしてないのに。」
 






リノアはそう言って、はらはらと涙をこぼす。
フュ−リ−は静かに泣くリノアに手を差しのべた。
しかし、その手はリノアによってさえぎられた。
 






「おかあさんが死んだの、おとうさんのせい?」
「リノア?」
「おとうさんが軍人なんかじゃなければ、おかあさんは死ななかったんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・」
 






ジュリアが死んだのは、俺のせい?
でも、今リノアから聞いた様子から察するに、自爆テロのような気がするのも確か
だ。
もし、軍関係者を狙って多発している自爆テロだったら・・・・・・、ジュリアが死
んだのは俺のせいだ。
俺は、ジュリアを守るつもりで、ジュリアの命を縮めてしまったのか?
 






「リノア、そんなことある訳ないじゃないか。そんなこと言っちゃだめだよ。」






アルスが厳しくリノアをとがめた。






「アルス・・・・・。」
「おばさんが死んでしまって悲しいのは、リノアだけじゃない。おじさんだって悲し
いんだよ。そんな風に八つ当たりしちゃだめだ。」
「・・・・・・・・いいんだよ、アルス。」
「でも、おじさん・・・・・!!」
「いいんだ、ありがとう。」






フューリーはそう言って、アルスを宥めた。
リノアは少し気まずそうな顔をしていたが、ふいっとリーナのところへ行ってしまっ
た。
その後姿を見ながら、フュ−リ−は自分の秘書に連絡を取った。
 






***






 
「・・・・・・・やっぱりそうか。」
「ええ、反デリング同盟から、犯行声明が出ています。」
「このことは、大統領府には・・・・・」
「ええ、もう伝えました。でも、この件は事故として処理するようにとの指令がきて
います。」
「・・・・・・なんだって?」
 






自分の手で犯人を殺してやりたいほど憎んでいるのに、裁判にもかけることができな
いというのはどういうことだ?







「とりあえず、大統領に面会の申し込みをしてくれないか?」
「ええ、わかりました。」
 






一体、ビンザ−は何を考えているんだろう。
真実を明らかにするのは、俺たちの義務でもあるはずだ。
 






「中佐。お会いすることは出来ないそうですが、今すこしだけならお話しできるそう
です。」
「繋いでくれ。」
 






秘書は接続を完了すると、席をはずした。
ブッ・・・・・・と言う音とともに、ビンザ−の顔がスクリ−ンに映し出される。






「・・・・・・・・一体どういうことだ。」
「いきなりご挨拶だねえ。どういうことかなんて、お前は分かっているだろう?」
「・・・・・・・・。」
「お前の嫁さんが、有名な歌手だったってのもまずいんだよ。軍幹部の妻で、有名人
を殺ったということが分かれば、やつらの士気が上がってしまう。そんなことになっ
たら、こういう事件は終わらない。いつまでも続くだろう。」





理屈で言えば、ビンザーの言うとおりなのだろう。
でも、そうだとしても。






「だから、ジュリアに犠牲になれっていうのか?」
「彼女にとってもその方がいいんじゃないのか?事故だということにしておけば、彼
女のファン達も納得するだろうし・・・・・・・。それに、今度はお前の娘が狙われ
るかもしれないぞ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「まあ、お前の娘はもしかしたら無事かもな。なんたって、奇跡の娘だからな。」
「たまたま、リノアは助かっただけだ。」
「たまたま、ね。まあ、そういうことにしておいてやるよ。ああ、事故で処理をする
ことは、俺の独断ではないぞ。一応将軍達も同意見だ。これ以上犠牲者を増やさない
ために。いいな?」
「・・・・・・・・わかった。」
 






接続を切り、一人執務室の椅子に腰掛けて深いため息をつく。
軍を辞めたくなるのは大概こういう時だ。
自分ひとりではどうすることもできない時。
 






理屈では理解できる。
これからのことを考えれば、そうするのが一番いいのだということもわかる。
 






でも、そうだとしたら、俺の気持ちはどうしたらいい?
リノアの言うとおり、俺のせいでジュリアは死んだ。
ジュリアは何も悪くなかったのに。
ジュリアとリノアを守るために軍にいたことは間違いだったのか?
あんなに、ジュリアとリノアを守るつもりでいたのに。
俺には何もできなかったどころか、かえって彼女を死なせてしまった。







こういう事件はきっと絶対にはなくならない。
自爆テロはもっともお金のかからない手段だからだ。
ビンザ−はやっきになって、反対派の人間を収容所に送っているが、そのようなこと
では反対派の憎悪を増やすだけだ。
自分が狙われるのはまったくかまわないが。
リノアも、もしかしたら、危険な目に会うかもしれない。
 







そこまで考えて、フュ−リ−ははっと気がついた。
リノアが最後の魔女であるということを。
 






ジュリアの言っていたことが確かならば、リノアは死ぬことはない。
しかし、事故や事件が起きる度に助かっているのなら、人々の不審の目を浴びること
は確かだろう。
そんなことになったら、あの子はひとりぼっちになってしまう。
皆から奇異の目で見られるなんて、人懐っこいあの子には耐えられないに違いないだ
ろう。
また、リノアを魔女にしないためにも。
俺が、俺にしかできないことがあるはずだ。
どこかに、きっと道はある。





フューリーは真剣に考え始めた。
 






***

     
     

     

「おとうさん、どういうこと!?」
「リノア、見ての通りだ。」
「わたし、学校やめたくないって言ったじゃない!!!」
「お前はこれから家で勉強しなさい。スミス先生は優秀な方だ。学校へ行くよりも
ちゃんと勉強できる。」
「そういうことじゃない!!わたし、勉強のためだけに学校に行ってるんじゃない。
友達が大切だって言ってたの、おとうさんとおかあさんでしょう!?」
「これから、わたしは忙しくなるんだ。お前はひとりで学校の行き来をしなくてはな
らなくなる。軍人の娘である以上、危険すぎるんだ。」







リノアは唇をぎゅっと噛み締めた。






「いいな?明日からは、スミス先生と勉強するように。」






フュ−リ−がそこまで言うと、リノアは瞳を涙でいっぱいにしながら、きっとフュ−
リ−を見上げた。






「やっぱり、おかあさんが死んだの、事故じゃないんじゃない。わたし、おとうさん
にも言ったのに、なんで事故ということになっているの!?」
「・・・・・・・・・・・。」
「おかあさんは、おとうさんのせいで死んじゃったのに、おとうさんは悲しくないんだ。
それに、おかあさんが大事にしてた、友達とか、そういうこともおとうさんはバカにしてるよ。
そんなの、おかあさんが可哀想だよ。
おとうさんなんか、だいきらい!!」






リノアはそう言うと、居間を飛び出していった。
 








だいきらい、か。
覚悟はしていたが、やはりかなりこたえるな。
でも、俺にはこの方法しか取るべき道がなかったんだ。
 








リノアが最後の魔女である以上、リノアが望まずとも、魔女の力の継承が行われてし
まう。
魔女は日陰の存在であるので、どれだけの数の魔女がいて、どこに住んでいるのかは
全くわからない。
魔女と接触しなければ、魔力の継承は行われないのだから、それならば、外部との接
触をなるだけ断てばいい。
そう考えたフュ−リ−は、リノアを家に閉じ込めることにした。








あの活発な子には、どれだけ辛いことを強いているのか、自分でも分かっている。
でも、それでも。
世界中の人々から嫌われ、迫害され、ひとりぼっちの人生を送るよりはいいはずだ。
ジュリアは、いいや、俺たちはいつもあの子に望んでいる。
愛する人を見つけて、幸せになって欲しいと。
俺がそうだったから。









ジュリアと出会って、一緒に日々を暮らして、本当に幸せだった。
彼女が居なくなってしまった今でも、鮮やかに記憶に残るほどだ。
愛する人に愛されるということが、どれほど幸せなことか。
娘にも、そんな喜びを味わって欲しい。








そして、本当のことをリノアに知らせるつもりもない。
ジュリアの遺言であったこともあるが。
ジュリアのことを恨んだりして欲しくないからだ。
俺のことは、いくらでも恨んでくれていい。
嫌いになってくれていい。
でも、どうかジュリアのことは嫌いにならないで欲しい。
先に死んでいってしまった彼女にとって、もう評価を挽回できるチャンスはないのだ
から。








 
普通の魔女が17歳までに力の継承を行わないといけないのならば、きっと最後の魔女
であろうとも、10代までに力を受け継がなくてはならないものではないかと推測できる。
17歳まで、というリミットは人間の体力と関わっているような気がするからだ。
およそヒトの体力は18歳を過ぎると下降線をたどるようにできている。
体力は20歳をすぎれば後は衰えていくだけだ。
魔力のキャパシティが一定の体力を必要とすると考えるならば、最低でも10代のうち
に継承を行わなければならないであろう。
ジュリアが最後に言っていた、「魔女になるかどうかわからない」ということは、こ
のことを指しているのではないかと思われる。
だから、リノアが20歳の誕生日を迎えるまで魔女との接触を避ければ、魔女にならな
くてすむのではないかというのがフュ−リ−の出した結論だった。
 







『ふん、人間にしては頭が切れるじゃないか。』
 







ふいに、小さな男の子の声が頭の中に響いてきたような気がした。







「・・・・・?」
 







気のせいか?
俺、疲れているのかもしれないな。
フュ−リ−は少し頭を振った。








とにかく。
リノアは絶対に魔女にはさせない。
自分の出来うる限り、リノアを守ってみせる。
きっと、ジュリアを死なせてしまった俺が出来る、唯一のことだから。
 
                 



もうそのくらいしか、俺にはできないのだから。





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