「・・・・・スコールって知ってるか?」 「・・・・・ううん、知らないわ。」 ウィンヒルを出たことのない君は、知らなかったね。 「熱帯のさー、あっつい地方だと、夕方とかにもんのすげえ雨が降るんだよ。 そのことを、スコールっていうんだ。」 「ふうん。でも、そんなにすごい雨なの?」 「ああ、そりゃあもう目も開けていられないくらいのどしゃぶりさ。」 俺が話すことを、妙に感心して聞いていたね。 「・・・・・・じゃあ、その辺に住んでいる人は大変ね? そんな雨が降るんじゃ。」 「・・・・いいや、俺はどっちかって言ったら、恵みの雨だと思ってるよ。 スコールがあるとあたりがぱっと涼しくなる。俺なんかは心待ちにしてたけどな!!」 「・・・・・・そうなの。わたし、雨って言ったら、優しく降るものしか知らないわ。」 「・・・・・・・いつか、見に行きたいわね。」 そう言って微笑む君は、どこかに消えていきそうで、俺は慌てたよな。 後ろから抱きしめたら、手をまわしてにっこり笑った君。 「・・・・・・いつか、見にいこう、な。」 「・・・・・・約束、よ?」 だから。 俺には、すぐにわかったんだよ。 *** 「・・・・・・・いい加減にしたまえ、ラグナくん。」 「・・・・・・・・。」 俺の目の前には山のような未決済の書類。 まったくよー、こんなに並べられたらやる気も失せるってもんだ。 「・・・・・・・はー、いつになったらこの生活から足を洗えるのかねえ・・・・・。」 「さあな。そんなわからない未来に心を飛ばしている間に書類のひとつやふたつ、片付くのではないかね。 ほら、ウォードもそう言っているぞ。」 「・・・・・・・前から思ってたんだけどさあ、お前、適当に嘘言ってねえ? ウォードはそんな酷いこと言わないよな!?」 期待をこめてウォードの方を見たのに。 奴は、力いっぱい否定しやがった・・・・。 ・・・・・別にいいけどさ・・・・・・・。 「おじさん、別にキロさんも意地悪で仕事させてるんじゃないのよ? 来週からお休みとるんでしょ?ウィンヒルとガーデンに行くんだったら二週間はとらないと。」 そんなことを言いながらコーヒーを差し出したのはエルオーネだ。 一応俺の娘?にあたる。 しかし、いつのまにかでっかくなっちゃってなー・・・・。 俺が年をとるはずだよ・・・・・。 「あ、その書類終らなかったら、休みないから。」 エルオーネが綺麗な笑顔を浮かべながら鬼のようなことを言う。 ・・・・・・・昔と変わってない。 でも、こんな風にまたみんな一緒に過ごせるなんて、ついこの間までは考えもしなかった。 これだから、人生って悪くない、と思うんだよ。 でも、心残りはあるんだ。 果たせなくって、ずっと後悔していたことを果たしに。 俺は休みをとった。 この国に来て初めての休みだ。 今はまあ、鎖国解除したことで国全体が浮かれてるときだし、休みもとりやすかった。 その分今働かされてるんだけどさー・・・・・。 「・・・・・・わたしたちも一緒に行くから。」 「・・・・・・へ?」 「・・・・・・わたしもちゃんとお墓参りしたいし。それに、わたしも話したいことがあるし。」 「・・・・・・そっか。」 *** どこまでも続く緑のじゅうたん。 色とりどりの花が咲き乱れる美しい村。 ウィンヒルは、俺が記憶していたままだった。 「・・・・・・・本当に、変わらないな。」 「・・・・・・・ああ。」 「ほんとね。わたしが覚えているまんまだわ・・・・・・。」 ウォード以外はみんなかつてこの村にいたことがある。 記憶のままに俺たちを迎えてくれる風景に、みんなで懐かしさと寂しさを感じていた。 だって、そうだろ? 景色はそのままなのに。 あのころのまま、穏やかな時間が流れているのに。 決定的にひとつだけ、違うんだから。 「・・・・・・確か、こっちよ。」 エルオーネが手招きをした。 このメンツの中で、君の居場所を知っているのは彼女だけ。 「・・・・・・この先の丘の上がそうよ。 レインが、そこがいいって言ってたから。」 「・・・・・・・ちょっと、おれ一人で行ってくるわ。 ・・・・・・長い間の恨み言も聞いてやんなきゃいけないしな!!」 俺がそう明るく言うと、3人は黙って頷いた。 ふん、奴ら気を使ってやがる。 でも、その心遣いが有難かった。 *** レインは丘の上で眠っていた。 どうして彼女がこの場所を望んだのか、俺はわかっている。 ・・・・・・・ったくよー、つくづくレインだよなあ。 普段は気丈に元気に振舞っているくせに、実は泣き虫で。 ひとつひとつの思い出を大切にしていて。 そんな彼女だから、俺はほっとけなかったんだ。 大事だったんだ。 愛してたんだ。 この場所は、俺がレインにプロポーズしたところ。 あのときの様子は、今でも手に取るように思い出せる。 あのとき抱いた君の感触も、何もかも昨日のように思い出せるのに。 でも、君はもういないんだよな。 「・・・・・・・よう。久しぶり。」 墓の前に立って、レインに挨拶する。 『・・・・・・・遅いじゃない、ラグナ。』 そう言ってぷりぷり怒る君の姿が見えるようだ。 「これでもよー、めちゃめちゃ急いだんだぜー? ちったあ褒めてくれよ。」 そう言いながら、墓石を触る。 レインの墓は、案外綺麗にしてあった。 まあ、レインはここの村人に好かれてたからなー。 今でも彼女のことを忘れない村人たちが手入れをしてくれているんだろう。 ・・・・・・俺はあんまり好かれてなかったけどよ。 なんせ、村のアイドル、レインをとっちゃったからな〜。 それでも、レインの名前にはちゃんと俺と結婚していた証があった。 俺のことは嫌いでも、そうしてくれたこの村人たちには感謝だ。 「・・・・・・会いたかったよ。」 会って、君と触れ合いたかった。 君と笑いあいたかった。 君となんでもない日々を過ごしたかった。 でも、そうできなかったのは、全部俺のせい、だ。 いつかできるなんて考えてた、俺が甘かったんだよな。 若かった俺は、きっといつまでも変わらないと思ってたんだ。 ここに戻れば、レインが笑って俺を迎えてくれる。 レインはきっと待っていてくれる。 そうだと信じていた。 この辺が若かった証拠だよなあ。 変わらないものなんて、世の中にはないのに。 いつまでも変わらないと信じ込んでいた。 あのとき、ジュリアにも言われたのになあ。 結局こうだよ。 後悔はしている。 けれど、これも俺、だ。 俺が選んだ人生だ。 それは仕方がねえ。 「・・・・・・・・おじさーん!!」 向こうから手を降るキロスとウォード。 こちらへやってくるエルオーネ。 レイン、見えるか? 俺たちは、こんなに年食っちまったけど。 でも、あの頃から気持ちは変わってない。 「おー!!」 俺も明るく手を振り返す。 君はいないけど。 俺はひとりではない。 ここに来れば、また君に会える。 だから、俺は大丈夫だ。 ほら、見ろよ。 俺たちの娘、エルオーネだ。 立派なれでぃーになっただろ? 「・・・・・・・レイン、ここまで来るのに、時間かかっちゃって、ごめんね。」 エルオーネがそっとつぶやく。 「・・・・・・・レインはきっとわかってるよ。 エルが頑張ってここまで来たってこと。」 「・・・・・・・うん。きっとレインはわかってるね。 おじさんも精一杯やってきたんだってこと。」 お互いに心に傷はあるけど。 そんなことを言って笑った。 俺たちは、ずっと君に会いたかったんだよ。 ・・・・・・そして、多分あの子も。 「・・・・・・・・今さ、息子のほうはガーデンから動けないんだ。 でも、そのうち動けるようになるから。そうしたら、みんなでまた会いにくるよ。」 それと、もうひとつ。 「・・・・・・ありがとう。」 あの子を産んでくれて、ありがとう。 君は体が弱かったから、まさか子供を生んでいるなんて思わなかったけど。 でも、あの子のことを知ったとき。 俺はめちゃめちゃ嬉しかったんだよ。 レインとそっくりな顔をして、でもどことなく俺にも似ているあの子。 あの子を見ていると、俺たちは家族になれたと実感できる。 最初、あの子を見たときは、どことなくレインを思い出した。 髪の色なんかもそうなんだけどさ。 でも、レインのどこか落ち着いた雰囲気が特に似ているなー、なんて思った。 確信したのは、あの子の名前を聞いたからだ。 「スコール」 あまり何がしたいとか言わなかった君が、唯一見に行きたいと願ったもの。 いつか、連れてってやると約束した。 優しい雨しか知らない君が見たがった、激しい雨。 きっと、いつか出会うかもしれない俺たちのために、レインは目印を残しておいてくれたんだろう。 ははっ、レインの思惑通りだよ。 名前を聞いて、すぐにわかったよ。 そして、情けないことに、少し泣きそうになってしまった。 ホントはさ。 あの子の成長を見守りたかった。 こんな風に、大きくなったあの子にいきなり会うんではなくて、小さい頃からずっと一緒にいたかった。 俺にはわからないけども。 きっと、あの子はあの子なりに苦労したんだと思う。 寂しい思いも、きっとたくさんさせてしまった。 まだ、あの子とそんなに話をしたわけではないけど、それもあの子を見ればわかる。 これも、俺のせいだ。 でも、俺たちは生きているから。 まだ、やり直すことはできると信じていたいから。 これからの未来があるはずだから。 俺たちの頭上を、ガーデンが通り過ぎていく。 そのとき起こった風とともに、花びらが舞い上がる。 レイン、見えるか? あそこに、あの子はいるよ。 君と同じような顔をして、でも時々捨てられた子犬のような瞳をするあの子が。 俺は、あの子に打ち明けようと思っている。 許してくれなくてもいいんだ。 恨んでくれてもいいんだ。 殴られたっていいや。 何か、俺の言ったことであの子から返ってくるものがあるなら、それは俺にとっては嬉しいことだから。 あの子がそこにいて、俺がここにいることを実感できるから。 でも、少し怖いのも確か。 受け入れられないのはまあ、仕方がないにしても。 もし、あの子が無関心だったら・・・・? 何も、反応を返してくれなかったら? それを考えると、震えが来るほど怖い。 本当は、何も言わないで見守るっていうのがいいのかもとかも思う。 でもさー、俺、我慢できなくなっちゃったんだよ。 真実を知ったときから、あの子に言いたくて仕方なかった。 一応戦いのときは迷わしちゃいけないと思って我慢したけど。 戦いが終ったら、やっぱり我慢できなかった。 それに、俺のことはさておき、レインのことも知って欲しかったし。 今でもちょっと、まわりに人がいてくれるかどうか不安に思っているあの子に。 俺たちは何があってもお前の味方だと、伝えたい。 レイン、俺に勇気をくれ。 あの子に、きちんと真実をいい、そして謝罪できる勇気を。 |
BACK/NEXT |